「――ふぅ。終わったな」
弾薬のカスや埃、油が染みついて真っ黒の手袋を外し、額に巻いていた手ぬぐいをぐいっと剥がす。最後に口元に着けていたマスクを取り払うと、清々しい新鮮な空気が肺に積もった緊張感をすっと拭い去っていく。
汗で濡れてしまった作業服一式を纏めて洗濯カゴの中に叩き込み、制服に着替えた俺は改めて整備し終えた武器たちの姿を眺めて一満足する。
整備用のスプレーやドライバーなどが並んでいる机の横には、本日クリーニングを終えたばかりの武器たちがずらりと並んでいる。歴戦の証を拭い去られた彼らは、再び主と共に戦場へ赴かんと輝いている――これほどの光景は、まさに
気分の悪くなることを忘れるには何かに打ち込むのが一番だと、そんな訳で新学期早々駆け込んできた整備
いやはや、武器を振るう以上に
なにせ、自分の武器は整備に失敗したところで最悪自分の命一つで済む。だが、他人の武器を壊してしまえば失われるのはそいつの命。それは間接的に、殺してしまうも同義なんだから。だから華のない装備科とは言っても、ミスは決して許されないんだ。
「もっとも、その分やりがいがある仕事だけどな」
整備を受けた奴が次に整備の依頼を持ってくるとき、生きて帰ってきた奴らの顔を見るとき。
その時に初めて、俺は人を殺すだけじゃなくて、生かすために仕事が出来ているんだって、胸の辺りを暖かくさせられるのだから。
――だが、疲れたものは疲れた。ずっと張り詰めていた甲斐あって、曇っていた頭も今やすっかり晴れた気分だ。後は帰って風呂入って、メシ食って寝れば明日には元通りの落ち着いた生活が待っている。
「げっ、もう九時かよ。……晩飯はどうすっかね」
ふと壁の時計に目をやれば、とっくに夜中になっていた。
これじゃあコンビニの弁当も売り切れてるだろうし、キンジだって星伽がいるため自分から飯を作るわけがない。
仕方ないが、今日は深夜でも開いてるファミレスでも構わないか。依頼も結構こなしたことだし、明日には深夜料金の分なんて気にならないくらいの報酬が返ってくるんだし。
「帰るか」
■■■
「ん、星伽か?」
「あれっ、ヤマト君?」
イタリア料理の某ファミレスでピザをたらふく食ってから男子寮に帰ると、偶然にも入り口で星伽と鉢合わせた。それも、彼女の纏う衣装は珍しく巫女服だ。
こっちも十分驚いたのだが、相手も俺を見て驚いたようである。
「もう帰っていたんじゃなかったの? キンちゃんがさっき、風呂に居るのはヤマトだから、って……」
「いや、俺は今依頼を終えて戻ってきたばかりだぞ? 風呂なんてむしろ今から入りたくて仕方がないんだが」
「……キンちゃん、私に嘘をついてたの? どうして? どうして?」
途端に星伽の目から光が消える。
ヤバい、どうやら今の会話だけで彼女の地雷を踏んでしまったらしい。
「私にお風呂に入ってる誰かさんを隠すなんて、もしかして、もしかしなくても女の人だよね? だから隠してたんだそうなんだ――ねぇ、ヤマト君っ!」
そして、妖怪のように髪を振り乱した彼女はこちらへ迫りくる。
馬鹿っ、こっちは汗を軽く拭いた程度なんだ。未婚の乙女が近寄るんじゃないっ。……いやそんなことよりも今にも抜刀しそうな彼女の勢いの方がなにより恐ろしい!
「ヤマト君っ、お願いがあるの! 今キンちゃんと部屋にいるもう一人のこと、後で教えてくれないかな! 私、これから合宿で、時間ギリギリなの! ももも、もし女の子だったら大変だしっ! お、お金ならいくらでも払うからっ!」
「ちょ、ちょっと待て、ちょっと待て星伽!」
なんとか目の光を消した武装巫女を引き剥がしながら、俺は何度も首を縦に振った。
「しーっ! しーっ! ……静かにしろ。もう夜なんだぞ。それに友人からお金を受け取る気はないし、後でちゃんと教えてやるから。落ち着け、星伽」
「あっ、ご、ごめん。ありがとうヤマト君。お土産はちゃんと買ってくるから、それじゃあね!」
彼女はなんとも器用に、下駄のままで駆け去っていった。なんとも嵐のようだったな。
しかし、あのキンジにまさか同居人がいる中でイチャコラするほど度胸があるとは思わないが……。それでもアイツを好きな星伽からしたら心配で仕方がないだろう。
アイツも災難だな。朝に武偵殺しにあったらしいが、今夜は武装巫女の逆鱗に触れそうだとは。
同居人の不運に同情しながら玄関を開けると、特有の甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。男な訳ないし、あーあ。こりゃ完全に女だな。
「おーい、キンジー! 帰ったぞ!」
一応声をかけながらリビングに入ると、そこには床に手をつく本来の住人に加えて、もう一人が優雅にソファーに座っていた。
何よりも目を引くのはその緋色の髪と瞳だが――それよりも先に気になったのは、彼女が薄手のパジャマを着ているということだ。まさか、泊っていくつもりなのか?
――うん。こりゃ完全にアウトですわ。しかもやたら
「あら、もう一人いたのね……って、アンタ今変な事考えなかった?」
「いやまったく」
チャキッ、と向けられた銃口に俺は即座に降参した。なんて勘が良いんだ。
それにしても目の前の女の子、
「で、キンジ。女ってことはどうせお前の客なんだろ? 珍しいな、お前が女の子を迎え入れるのは」
「無理やり入ってきたんだ、ってオイ待て。その手のケータイはなんだ」
「いや、何でもないぞ。星伽と、ついでに警察にでも連絡しようかなと」
「待て待て! 後半はともかく前半は冗談じゃない!」
慌ててケータイを取りに来たキンジ。
警察よりも先に幼馴染の方を心配するだなんて、まったくコイツらしい。
――仕方ない。星伽への報告は後に回してやろう。隠しておくと後で俺の身も危ないし。
「それで、そっちは誰なんだ? まさかもう一人の住人に話も通さずに泊るほど無神経じゃないだろ。自己紹介くらいはしてくれないか」
「アタシは神崎・H・アリアよ。そう言うアンタは?」
「宮本大和だ。二年C組のしがない
ひとまず握手してから対面の床に座ると、突然キンジは顔を上げて急に流暢に話し出した。
「そ、そうだ! アリア、さっきの件なんだが、ヤマトならどうなんだ!? 二つ名だって非公式だが持ってるし、ランクだってEの俺と違ってAランクだぞ!」
「は? 急にどうしたんだ、まるで意味が分からんぞキンジ。お前はいったい何が言いた――」
「装備科なら別に良いわよ。それにAランクでしょ? 悪いけど、アタシには吊り合わないわ。アンタじゃなきゃね」
「待て、本当に話についていけないんだが? 最初から説明をしてく――」
「じゃ、挨拶も済んだことだし。アタシはもう寝るから覗いたら風穴開けるからねっ」
「待てアリア、俺はまだ納得してないぞ!」
「カ・ザ・ア・ナ!」
必死に手を伸ばすがキンジに勝てる道理はなく、神崎は拳銃片手に脅しをかけて寝室へと消えていった。
これはこれは、また……個性的な子に目をつけられたものだ。
「なんなんだ、あの子。お前に関係あるみたいだが……良いのか?」
女嫌いであるキンジがここまで許さざるをえないとは、どこまで図々しいんだか。俺には関係なさそうだし、一周回って感心するくらいだ。
銃や刀を相手に切り込む
握手の際に刀と銃を扱っていることが分かったし、もう片方の手にも同じようなタコが見えた。得物は双銃に加えて双剣か。あの体格からして、剣は小太刀程度だろう。更に銃に埋め込まれたカメオのすり減り具合からも、相当使い込んでいることが分かる。
それ程根っからの強襲科なんなら、キンジが尻に敷かれても仕方がないか。
狙いはよく分からないが……一年生の時のキンジは同じ強襲科のSランクだったし、その繋がりかな。神保と同じで、ツバをつけに来たのかもしれない。
「良い訳ないだろ。でも、押し切られたんだ。俺にはどうしようもなかった」
そんな言葉を吐いたキンジは、納得はしていないもののまさに真っ白に燃え尽きていた。
「そ、そうか……。とりあえず頑張れよ。俺には関係がないみたいだがな」
まさか神保より酷いヤツがいたとは思わなかったが、まあキンジには頑張ってほしい所だ。追い出したければ、こいつ自身が頑張って追い出してみるしかないだろう。
なにせ神崎の言う通り俺は唯のAランク。
武器を手入れする事くらいしか、価値のない人間なんだからな。無理やり彼女を押し出そうにも無理ってもんだ。
「さてと。んじゃ、俺は風呂上がり後の牛乳でも買ってくるから。あと、腹が痛いんなら俺の使っていいぞ。そこの棚の下に入ってる、白くて丸い奴の中に塗るヤツが入ってるから」
「あ、ああ……。ありがとな」
ちらりと赤くなっていたが、さては神崎にでも蹴っ飛ばされたのかね。これじゃ家の中で銃弾が飛ぶ日も遠くはなさそうだ。巻き込むのだけは勘弁してほしいものだ。
俺は外へ出て、階段を下りながら――ピッ。
『あ、ヤマト君?』
「よー、星伽。早速だが報告だ。キンジだが、連れ込んでたのは女の子だ。神崎って言う、ロリっ子な。しかも今日は泊ってくらしいぞ」
『え、ええーっ!?』
「早めに戻ってきた方が良いと思うぜ、じゃあな」
それだけ言って、さっさと通話を切る。
キンジには悪いが、あいつはさっき神崎に俺を売り渡そうとしてたみたいだからな。
精々女に挟まれて
なにせ硝煙と血の匂いに塗れるくらいが、武偵の青春にはちょうど良いんだからな。悲しいことに。