幼い連に、彼の父親はいつもより違う、そして儚げにこう告げた。
「連、いつか分かるときが来るだろうが、『魔際(まぎわ)』家代々伝わるこの万華鏡……『映(うつ)し館(かん)』を使うまでに成長した時には、『封じ役』を背負って生きていくんだ」
「綺麗だね……色んなモノがクルクル廻って、まるでお花畑みたい!これ、いつかボクにくれるの?今欲しいよ。こうやって廻して眺めてたら、夢の中にいるみたい!」
連は、無垢な気持ちでただただ万華鏡を廻して中に宿る世界を楽しんでいる。
時おり万華鏡の内側から奇妙な音が聞こえてくるが、それもまた連にとっては楽しめる遊びとなるのだ。
純粋に万華鏡で楽しむ連を目にし、父親はいつものように笑みを浮かべた。
「連にはまだ早い話だな。だけど、これだけは云っておく。この世には善人の仮面を付けた悪人がたくさんいるんだ。その中からきちんと悪人を見抜いて、その万華鏡……『映(うつ)し館(かん)』の中へと封じ込む。決して『善人』と『悪人』を間違えては……」
「父さん、見て見て!」
「!」
連が廻していた万華鏡の内側から説明出来ない形の何かが無数に飛び出し、それらは天空を目指して……そして見えなくなった。
空の彼方を見つめていた息子と父親は、どちらともなく互いを見合わせ距離感を保っていた。
そして連は無垢な瞳に父親を映して、天使のような姿で言葉をこぼした。
「今翔んでいったのが、『アクニン』だったモノ?」
驚きの言葉に父親の次の言葉が出てこない。
「『アクニン』って、綺麗だねえ!ボク、もっと翔ばしたいよ。『アクニン』!」
「……もしかしたら、もう既に才能が開花しているのかもしれないな」
「えっ?なに?」
「連……近いうちにこれを『映(うつ)し館(かん)』を譲ろう」
その時の父親の表情は、何かから解放されるかのように安心していたように思えた。
置き去りにしたままの遠い日の記憶。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
連は今、中学生となり、父親から譲り受けた万華鏡、『映(うつ)し館(かん)』を肌身離さず大事にし、常に懐に納めている。ある瞬間を除いてだ。
「今日、ドコ寄ってく?」
「駄菓子屋だろ?そんでレトロ喫茶でインベーダーゲームして帰る」
「いいねえ。素朴で」
「遊びは素朴な所が一番だよな。あ、でも休みだったら、水族館とかカラオケだな。次の休み行こう」
「連の遊びスイッチ、切り替え上手いな」
髪を毛髪材で遊ばせた少年、連と短めの髪をした少年、河岸羽留(かわぎしはる)とが、放課後の過ごし方について語り合いながら帰宅している。
白いカッターシャツに藍色のネクタイを揺らし、ネクタイと同色のスラックスをダブらせ履いている。
「じゃあ休みの日、日帰りで遊べる所があるからそこ行こうよ。ほら、ここ!『遊斗(ユウト)ピア』!温泉あり、映画館あり、スケートリンクあり!半日楽しめて、なんと二千円!」
「おおっ!いいな、行こう行こう!」
休みの日の計画があっと言う間に決まり、二人は今から楽しみな気分になる。
「へえっ……日帰り旅行か。いいなあ」
「お兄さんたちも誘ってくれないかなあ?」
「今俺ら金欠でさ……遊ぶカネ、欲しいんだよねえ……混ぜてくれないかな?」
この辺りで悪名高いタカリ高校生グループが、連と羽留を一瞬で取り囲んだ。
「カ、ネ……あんだよな?」
「ちょっとでいいから、恵んでくれない?」
黒い笑顔を振り撒き二人に迫る高校生グループを、連は軽く扱う。
「まっぴらゴメンだ」
「連……刺激しない方がいいよ」
連とは対称的に羽留の表情には恐怖の感情が全開に見えている。
「ウンウン、そっちの少年は理解出来てるね。エライエライ……で、そっちのお前……は?」
「言葉を知らないみたいだね?教育してやろうか?」
笑いながら怒りを見せつける高校生グループを目と鼻の先にしても、やはり連は微動だにしない。
それどころか逆に連の方から異様な空気が放たれている。
「『キョウイク』?なにそれ?美味しいの?」
高校生グループの顔が獣と化した。
「この、ガキが!調子のりやがって!」
「年上舐めんなああああ!」
「オラアア!」
高校生グループの襲撃が連へ向けられた瞬間、連の手には万華鏡が携えられていた。
「『封じ込む力』発動……!」
万華鏡から何らかの力が働き、高校生グループを光の速さで吸い込んだ。
「……ん、っと!一度に三体の封じ込みはきついな。ええと、ドコまで話したっけ?」
「半日楽しめて二千円!いいよね」
「おうおう!パラダイスだな!じゃあ、今から駄菓子屋でその計画たてよう」
万華鏡で高校生グループを吸い込んだ事を記憶しているのは、連だけだ。
残酷な事なので、普通に過ごしている人は忘れるように仕組まれている。
『映(うつ)し館(かん)』と称される万華鏡に封じられたモノは、そこで魂になる日を迎えるしかない。