再会
リムル=テンペストはぽよぽよと洞窟の奥深く、地底湖を探索中であった。
胃袋にヴェルドラを納めてからおよそ30日が経過している。
地道に、この外敵がいない場所で己のスペックを確認するためだ。
取り込んだ地底湖の水を吹き出し、圧力を調整することで「水刃」や「水圧操作」のスキルと成す。
または己の一番のスキルたる「大賢者」を稼働させ起動条件を確認する。
などなどだ。
転生して120日あまり。
地道にこの洞窟を根城にしていたが、そろそろ外へと繰り出す時が来たのではなかろうか。
ヴェルドラの教えにより魔力感知で目は見えるようになったし。
「水刃」でひとまずの戦う力も得ることができた。
ぽにょんぽにょんと跳ねてよし、とリムルは決意を決めた。
外に何が待っているか。転生したここはどんな世界なのか。
満を持して世界を己の目で見んと、ヒポクテ草で満載の腹を揺らして動き出したのだ。
そんな、次の瞬間のことである。
虚空から突如、滲み出るように謎の第三者が姿を現した。
湖面の光のように輝く長いツノ持つ男は、長い黒髪を靡かせて目を伏せている。
黄金の装飾が古代の貴人といった風体で美しい。
深く青い衣服は滑るよう靡き、浅黒い肌を覆っている。
目を開き。
男はこちらを睥睨した。
《警告。測定不能の魔素量を検知しました》
(マジか!俺は何にも感じないんだけど……それってヴェルドラより上だったりする?)
《解。個体名ヴェルドラ・テンペストをはるかに上回る魔素量と推定されます。詳細は不明──解析を続けます》
どうやら野生の裏ボスだったらしい。
リムルは身を固めて、いざとなれば「水刃」で首を落としてやろうと慎重に構えた。
謎の男はリムルの姿に目を見開いて。
ふいに、だっと駆け寄ってきた。
「見つけましたよヴェルダナーヴァ!!!貴方は!本当に!!どこで何をしてたんですか!」
は、はい???
声帯が無いので声は出なかったが、まさにリムルの心境は疑問符の乱舞以外のなにものでもなかった。
ぷりぷりと怒る謎の男は、リムルに詰め寄って怒り顔でギィギィと怒っている。
リムルは困り果て、なんとか念話での会話を試みた。
(あのー、誰かと勘違いしてらっしゃるのでは……?)
「私に下手なごまかしは通用しませんよ。まったく、矮小な流線型に成り果てて。スライムってなんの冗談ですか」
悪かったな矮小な流線型で!
リムルはついつい憤慨した。スライムなんてなりたくてなったわけでは無いのだ。
平和な現代人だったはずが、転生時に気づいたらこうなってしまっただけで。
埒が明かないので、この勘違い男にやや強めに言い返す。
(なにを勘違いしているのか知らないが、俺にはリムルって名前があるんだ)
「……ほう。リムル、ですか。今世の名前はリムルというのですね。良い名前です」
一瞬、「まさか前世の知り合いか?」という考えがよぎったが、違いそうなので頭を振る。
だいたいヴェルダナーヴァって誰だよ。
ぽよんと男の両腕に抱えられ、リムルは混乱の極みだった。
「ひとまず地上に出ましょう。というか、貴方本当に記憶がないんですか?」
(ないっつーか本当に人違いだっての!!俺はリムル=テンペスト!前世の名前なら三上悟!ヴェルダナーヴァとか聞いたこともないから!)
「へぇ、ヴェルダナーヴァは一度私の管理している地球に降りていたんですね。これは盲点でした」
(人の話聞けよ!!!)
というか、私の管理してる地球?
リムルの疑問がスライム顔に出ていたのか、男はリムルを丁寧に抱え直すとその流線型の体を一撫ぜした。
「地球は私の創造物です。多様性に満ち、野心と不平等と争いにまみれ、当たり前の善と正義が踏み躙られる世界」
(ボロクソ言うじゃん……)
「人類の悪性を甘く見ていました……無限に世が荒れるし陰謀は渦巻くし、これもう対処しようがないですよ」
それはそう。
前世の魔境具合を知るリムルだからこそ、ちょっとばかり同情して肩を落とす男の意見に納得してしまった。
まぁ、このツノ付き青年の言っていることがどの程度本当かはしらないが。
悪いやつではないらしい、というのは分かった。
(ところで、地上へ出るって、道とか知ってるってことか?)
「知りません……テクスチャ跳躍でここまで来たので。ひとまず道なりに歩けば大丈夫でしょう」
(完全なるノープランかよ!!!)
大丈夫かこの自称創造神。
ヴェルドラの上をいく魔素量ってことは大抵のことは大丈夫だとは思うが、なんとなく不安にならざるを得ないリムルである。
抱き抱えられたまま道なりに進めば、そこは幸いなことに細い一本道が続いているのみであった。
やけに大切そうにリムルを抱え込む青年に、なんとなくむず痒い気持ちになる。
道中、巨大なムカデやら蛇やらが出たので、「私が露払いしましょうか」という男の申し出を断ってリムルが前に出た。
これまでの戦闘訓練の結果を試すときだ。
と、意気込んだはいいものの。
結局、力に物を言わせた水刃一発で首を刎ね飛ばすことができてしまい、肩透かしとなったが。
捕食者のスキルで取り込めば、いくつか新しいスキルも獲得できた。
「お見事!それは水分操作のスキルですね。なかなかの練度です」
(………おう)
男が幼稚園のお遊戯会でも見るようにパチパチと拍手した。
なんとも気が抜ける光景だ。
しかし、どんだけ強いんだこのツノ男、と疑問に思わざるを得ない。
リムルの思考が大賢者に伝わったのか、大賢者から返答があった。
《告。解析結果が出ました。この基底世界に存在する全魔素量の合計値と比較した場合、凡そその86億倍と推定されます》
(単位大きすぎない???)
うっかり男の姿を見上げてまじまじと確認してしまう。
全世界の86億倍?餓鬼が考えた俺の考えた最強の魔王とかか?
「ん、なにかありましたか?」
(い、いやぁ)
リムルは少しばかり言葉に詰まった。
逆にここまで来るとヴェルダナーヴァとかいうのに間違われているのは僥倖だったかもしれない。
いやいや、待て待て俺。
勘違いなんて後々の火種にしかならないもの、早めに解いておかねば足を掬われかねない。
しっかりと決意し直して慎重に念話を飛ばす。
(俺はヴェルダナーヴァとか言うのじゃないけどさ。どんなやつだったんだ?そいつ)
「人間好きというか、知性体好きの好奇心旺盛な生き急ぎ野郎でしたよ。私が何度言っても知性体に権能を分け与えるのをやめず。そのまま自らの創造した人間に殺されて」
男はゆっくりと瞳を伏せた。
話がよく掴めないが、この男はやはり神に近しい何からしい。
そして超抜級の力を持っていてなお真摯に友人思いなのも、その沈鬱な空気から察せられた。
(大切な友達だったんだな)
「ええ。もう二度と失ったりはしませんが」
(だから人違いだから。人違い!)
ぎゅっと柔らかなスライムボディを抱きしめられて、リムルは急いで勘違いを否定した。
この男頑固だな!!!
そんな漫才を続けていれば、ようやく地上に到着したようだ。
風が吹き、真昼の太陽の光が視界いっぱいに満ちていく。
草木の匂い。そして前世と変わらぬ太陽光を全身に浴びる暖かさよ。
全くの見知らぬ異世界の空気だというのに、どこか懐かしい気配がして。
リムルは少しだけワクワクした。
(でだ。そろそろ名乗ってくれよ。お前、名前あるだろ?)
「!!ああ、うっかりしてました。まだ名乗ってませんでしたね」
男が黒髪を風に靡かせて、にっこり笑う。
本当に心底嬉しそうに、顔を綻ばせてリムルへと笑いかける。
「私はアルジュナと申します。……あなたのお名前は?」
(だからリムル=テンペストだって言ってんだろ!!)
「そうでしたね」、なんて。
堪えきれないと言ったように笑い出したアルジュナに、リムルは盛大にため息をついたのだった。
・ジュナ主
ヴェルダナーヴァの転生体に会えてめちゃくちゃ喜んでいる。
4000年ぶりだぞオォイ!!!