サラマンダー3体が狭い室内に召喚され、通常の生物なら肺が爛れるような熱波がごうごうと吹き盛る。
思ったより風が強いな。
風で部屋が荒れるので、パチリと指を鳴らして少し離れた空き地に全員を転移させる。
転移先は木を切り倒して整地した後、まだ建物を建てていない草と土とが剥き出しになった土地だ。
「うおっ!?転移!?」と冒険者三人組の一人、ガルムが驚く。
「アルジュナ!ゴブリン達の避難頼んだ!」
「わかりました。ご武運を」
騒ぎを聞いて集まってきたゴブリン達を一箇所に集めて、反対側の森のそばへと誘導する。
下手に森に入ると延焼した場合逃げるのに手間だからな。
俺ならなんとでも出来るものの、あまり緊急時に俺に頼りきりになってもまずい。
「皆、こちらに集まってください。点呼を取りますので呼ばれたら返事をしてくださいね」
目についたホブゴブリン一匹に創造した点呼表を渡して前に立つよう促す。
ゴブリン達ではまだ一般的な文字は読めないだろうが、文字を見れば読み方がわかるよう『統一言語』を使っている。
統一言語とは、型月にてお馴染みの古代言語にして、あらゆるものと会話を成立させる根源に近しき言葉である。
型月設定を再現した統一言語は、それ自体が俺と接続して言語の意味を念話のように相手へと伝える。
これで教育とは無縁の一般ボブゴブリンでも点呼ができるというわけだ。
点呼を続けながら戦いを観察していると、遠目からかなりの魔素を含んだ水刃が飛来するのが見えた。
だがしかし、圧倒的熱量を誇るイフリートには効いていないようだ。
お、イフリートの炎化爆獄陣がリムルを捉えた。
熱変動無効だからこの場にいる誰にも効かないけど、一般的にはまぁまぁの攻撃になるだろう。
リムルはダメージを受けないことを利用して至近距離まで接近。
粘鋼糸でイフリートの動きを封じ、そのまま「捕食者」スキルで仕留めた。
お見事。
俺が熱変動無効を付与しなければカブトムシの相撲ぐらいには見どころのある戦いになっていただろう。
いや、そもそもそんなものなくともリムルには下位互換たる熱変動耐性がある。
最初からイフリートに勝ち目はなかったというべきか。
気を失って倒れるシズは既に虫の息だ。
魔素の使いすぎだろう。
目を覚まさずこのまま、という可能性も大いにありえる状況に、真剣な顔をしたリムルがシズの身体を抱き上げている。
ふむ。
仕方ないので運命力…生きる力をちょろっとだけ補充しようか。
シズの額にぽうと光を灯らせ、生命と魂の権限を少しばかり変更する。
「?何してるんだ」
「治療です。当座のしのぎにしかなりませんが」
「………助かる」
リムルが難しい顔のまま少しだけ頷いた。
まぁ、この程度手間のうちに入らないので問題ないさ。
それから。
気を失ったシズを医療用に作った荒屋に運び込み、そっとそこに作った暖かく上等なベッドへと横たえる。
リムルも念のため冒険者三人組に回復薬を渡してから、この荒屋にやってきていた。
三人組もシズを心配しているらしく、体の疲れを休めつつも明日には見舞いに行くのだと話していた。
とはいえ……もう彼女の命の砂は落ち切った。
死に落ちてゆく魂が、今ほんの少しの気まぐれにまだ息をしているだけの体だ。
その身体の内側はもうボロボロ。全身の臓器が痛み、悲鳴をあげている。
ベット脇に佇み、リムルが口を開いた。
「なぁ、アルジュナ。お前ならなんとかできないか」
「できますよ。どうとでも。命を繋ぐのも若返るも、長命な別種に変わるも。いかようにも」
「なら」と、言いかけて。
それを止めたのはシズ自身だった。
「…もういいの。もう十分生きたから、私はもういいの」
「そんな、でも」
「ありがとう、悟さん。最期に同郷の人に会えてよかった」
「………」
シズがポツポツと語りだす。
この世界が嫌いだったこと、召喚にてシズをこの世界に連れてきた魔王を恨んでいること。
リムルに、己の死体を食べて欲しいこと。
それは切なる願いだった。
もう終わりにしたい、楽になりたいという願い。
俺の目にはこの少女にしか見えぬ女の、長く苦しく、しかし鮮烈な一生が一枚の絵画のように見えている。
生きて生きて生き抜いた、一人の勇者の生涯は。何より美しい織物のように歴史へと刻みついたのだ。
この神たるアルジュナが讃えよう。
お前は生をまっとうした。強く、美しく、鮮やかに。
長い沈黙ののち、リムルが強く歯軋りをしてから、頷いてみせた。
「わかった。───あなたの思いは、俺が受け継ぐ」
ありがとう。
声なき声でシズは言って、目を閉じた。
沈黙が数秒。
もう数秒経ってようやく、俺は異変に気がついた。
シズの体が急速に自己回復を始めている。
あれ?おん???
「……?……体が軽い?」
「うん?シズさんどうした」
じーっとシズをまじまじと見れば、その理由はすぐにわかった。
どうやら戦闘後に虫の息だったシズに運命力を分け与えたのが影響しているらしい。
具体的には、ちょっとばかし与えすぎた。
この分だとあと六十年ほどは何事もなく生きられる程度には運命力が満ちている。
ちょ、ちょっとのつもりだったんだが失敗してしまったらしい。
てへぺろ。
「てへぺろじゃねーよこの駄目創造神!どうすんだよこの空気!」
「申し訳ないとは思ってます」
「キリッとして言うことか!!!」
かあっと顔を赤くしたシズが布団を深めにかぶってぶるぶると震え出した。
死に際だからこそ言えたことだったのに、この空気でまだまだ元気とか恥オブ恥ということか。
俺も居た堪れないっていうか、本当に申し訳ない。
リムルは頭を抱えて「お前さぁ、ホントさぁ」と座り込んでしまった。
後悔も反省もしている。
「しばらく一人にして…」と蚊の鳴くような声で言ったっきり黙り込んでしまったシズさんが哀れで仕方がない。
というわけでシズさんを置いて部屋を出て。
「お前ほんと時々やらかすじゃん。俺の加護切り忘れて一時俺が夜に七色に輝いた時とかあったけど」
「その件に関しては面目しだいもない。ゲーミングスライムは私も本意ではなく」
「誰がゲーミングスライムだ!!ったく!」
ぷりぷりと怒ってリムルは切り株の上にぺにょっと広がった。
俺も隣に椅子を簡易創造して適当に座る。
ゲーミングスライム、綺麗だったけどな。ダンシングオウムのGIFみたいで。
しばらく沈黙したのち、リムルが口を開いた。
「お前さ。もしシズさんの意思なんか関係ない、シズさんをなんとかしてくれって言われてたらなんとかできてただろ?」
「ええ。そもそも彼女が幼少期に召喚されず田舎の疎開先で家族と幸せな人生をすごしたと変えることに、手間はかかりません」
「そうか」
リムルがぽにょん、と俺の肩の上に乗った。
ややひんやりとした感覚が肩を覆う。
リムルの声は静かだった。
「なんでも出来るって、辛くないか?」
「はい?」
無言で地面を見つめたまま、リムルが身体を少しだけモゾモゾさせる。
そろそろシズさん回復の知らせを冒険者三人組に知らせねばならないだろう。
「辛くはありませんが、少しだけ寂しくなる時はありますね」
「……そうか」
「それもこれも貴方が全能を手放して一般スライムなんかに成り下がったせいですけど」
「だからそれ人違いだからね本当に!?」
人違いだよね???とちょっと不安になったらしいリムルが首を捻っている。
人違いじゃねーよこの駄竜め。
俺が親友の魂を見間違えるとでも思ったか。
そんなわけで、静かな夜はそうして今日も過ぎていく。
シズという新たな仲間を加えて、リムルの王国はどんどんと大きくなることだろう。
それを俺も楽しみに、日々を過ごしていくのである。
・ヴェルドラの感想
「あの炎の上位精霊、自殺志願者とかか???」
見ているだけで怖すぎてチャンネル変えようともがいていた模様
・イフリートの感想
「暴走時のことなので多めに見てください(白目)」
急死に一生を得た顔をしている。
・ノワールの感想
あの美しき流線型に完璧な比率のお姿輝ける魂!!我が生涯の主を得たり!!!
……あっっっっ隣にいるのはいつぞやの最悪独裁創造神!!!