あのあと、冒険者3人組はギルドへの報告のためブルムンド王国に帰って行った。
シズはと言えば、しばらくこの国に留まるらしい。
考えをまとめる時間が欲しいとのことで、今は雑多な魔物の討伐や、炎熱操作のスキルを駆使しての火の確保などに勤しんでいる。
概ね、この街は段々と発展して拓けてきていた。
そんな中。
「リムル様を紹介してくださいませんか。対価は言い値を払います」
ノワールとは800年ほど前にブルムンド王国で会ったばかりだ。
俺がブルムンドの首都の露店で買い物をしていたら、ばったりと召喚されたノワールと再会したのだ。
そのためあまり久しぶりという感じはしない。
ここは俺用の簡易的な神社だ。
日本風の鳥居と本殿が誂えられたここは神域にも相当し、テクスチャすら異なる異界へと変化している。
その中で座布団に座っていると、つかつか外から徒歩で入ってきたノワールが不意に俺をぎっと睨みつけたのだ。
悔しいが仇を頼らなくてはならないみたいな鋭い目で見られて、俺は若干たじろいだ。
急にやってきて一体なんだ?
「えぇと。口利きぐらいなら構いませんよ。リムルに仕えたいとは、相変わらずノワールには見る目がありますね」
「貴方が節穴すぎるんですよ。ブルムンド王国の時も、何故ゴミ壺を高値で買わされそうになってるんですか」
「壺を売りつけられるってシチュエーション自体にときめいてしまって……つい…」
ノワールは大きなため息をついた。
ブルムンド王国で彼と会った際、ちょうど怪しげな露天商が俺に詐欺まがいな高価な壺を売りつけようとしているところだったのだ。
しかし、だ。こんなコッテコテのテンプレ詐欺文句を流れるように言われたら楽しくならないか?
アトラクション代としてなら金貨15枚ぐらい払ってもいいかと思ったんだよ!
もうどうしようもねーなこいつ、と言わんばかりにノワールが首を振った。
「まぁ、過去のことはいいでしょう。対価はどうしますかアルジュナ神」
「リムルの護衛が増える分にはむしろこちらからお願いしたいくらいですし。対価は必要ありませんよ」
小さき生命から物を貰うほど、俺も耄碌はしていない。
若干難しい顔をしたノワールが「貴方に支払えるほど価値のある物を私が持ち合わせていないのは否定できませんが」と言って少しだけ目を逸らす。
何やら悔しいらしい。何がどう悔しいのかは定かではないが。
「個人的な借りにしておきますよ。また理不尽な依頼があれば一度なら請け負います」
「律儀ですね」
「悪魔として当然のことですよ」
俺の目から見たノワールの契約は、前回の80年の受肉権もまだ70年ほどが残っているように見えた。
4000年の間に受肉権10年分くらいしか使ってないとは、この男もなかなかの倹約家だ。
ま、なんでもいいか。
ともかく約束通り、リムルにノワールのことを紹介せねばなるまいよ。
善は急げ。
リムルのいる庵を訪ねれば、ちょうど在宅のようだった。
ぐにょっと歪な人形をとって鏡の前でグネグネと蠢いている。
人に化けようともがくスライム、といったなかなかにホラーな風体である。
リムルがハッと後ろを振り返って叫んだ。
「み、見たな!?!?見ただろ!!」
「人取って喰うタイプの化け物みたいな変形でしたね、リムル」
「うるせーーー!!!人の努力を笑うのは趣味わりーぞ!」
「これは失敬」
ノワールはなんとなく感慨深そうに微笑んでいる。
一体何を考えて……いつもの流線型も素晴らしいが人を模した姿も不完全の中に圧倒的美が感じられる?なるほど、奇人変人の類だったか。
この一瞬のうちに思考加速のスキルを交えながら高速でリムルを脳内で賛美する悪魔にちょっとばかり引き気味になりつつ。
「で、そこの隣の人は誰なんだ?」とリムルに聞かれたので、俺はノワールを目で促した。
「初めまして。私はしがない名もなき悪魔でございます。どうか貴方の配下の末席に加えていただけないかと馳せ参じた次第であります」
「彼は昔私にも仕えてくれた指折りの悪魔で、家事炊事何でもこなすスーパー執事です。割とおすすめ物件なので紹介しにきました」
「家事炊事こなすの!?悪魔が!?」
リムルの素早いツッコミが炸裂した。
そうだよ。家事育児のエキスパートだよ。
とりあえずリムルに効く謳い文句をつらつらと思い並べて頭の中で整理する。
やはりここは美味い物だな。
「料理が美味しいんですよ、彼。悪魔の能力の物質創造を駆使して圧力鍋で作った豚角煮は絶品でしたね」
「採用。君のような人材を待っていた!」
「!!!誠心誠意努めさせていただきます!」
速報、正式採用決定。
ぱあっとノワールの顔が明るくなった。
こんなテンションの奴だったなんて、20年一緒に暮らした俺でも知らなかった事実である。
見たことない嬉しそうな顔でヘニョリと笑い、悪魔は喜びを噛み締めるように震えている。
俺は震える悪魔を放っておいてリムルに話しかけた。
「そう言えば、先ほど人間に化けようとしてましたが。やはり人間に戻りたいんですか?」
「戻りたいってのは少し違うが。人間と違ってスライムだと動くのも人前に出るのも手間がかかるしな。味の件はアルジュナが解決してくれたけど」
一週間ほど前、食事もせず黙々と考え事をするリムルに俺から提案したんだよな。
完成した料理を権能で存在ごと格上げして、神饌と化した状態で食べてもらうのだ。
そうすれば格の上がった食事は魂で味を感じられるようになる。
実は権能で味も上がっており、絶品と言ってもいい仕上がりと化してもいる。
もしかしたら常人なら魂をも溶かし落とす美食かもしれないが、リムルなら大丈夫だからな。
しかし、味はいいとしてやはり人間型であることの利点は多い。
「誰かをベースとした人型を作成して、取り込むのはどうでしょう。捕食のスキルで取り込んだ物の形を再現できますよね?」
「おう。そうだな…悪い、お前に頼る形になっちまうけど、頼んでもいいか?」
「勿論です。では、シズに頼んで型取りの型役にでもなってもらいましょうか」
俺が型作りの算段を練っていると、リムルが「なんでシズさん?」と首を傾げた。
なんでってお前。
「貴方なら型は女性の方がいいでしょう?それも美人の」
「………」
成るなら美しい女性になりたいのは割とよくあるサガだ。
ゲームだって美女でプレイしたいし。
そうだろう三上悟よ。正直に言ったらどうだ、ええ?
「…………良きに計らいたまえ。うむ」
リムルが鷹揚に頷いた。
おっ、不出来か?などとニヤニヤしていたらげしっとスライム体当たりを喰らわせられた。
図星らしい。「お前はどうなんだよ!!!」と叫ばれてしまった。
だから俺はミジンコは性の対象じゃ無いと何度言ったら。
というか、創造物に恋するとかってかなり難易度高い性癖は持ち合わせていないのだ。
小学校で同級生が作ったどんぐりの人形にガチ恋したら変態以外の何者でも無いでしょ!!
「流石リムル様、創世神相手に容赦のないツッコミ!」
「ノワールは自由すぎですよねコレ」
信じられないほどニコニコしているノワールがリムルを拍手喝采した。
俺とミリムといた二十年は常に無の表情だったのに、お前そんなに表情豊かだったんだな…。
「あ、そうだ。お前にも名前をつけなきゃな。名前ないんだろ?」
「え、ええ。いただけるのですか!?」
驚愕したノワールは心配そうな顔をしつつもソワソワと顔を赤らめて乙女のように恥じらっている。
いやちょっと待てリムルさんや。
お前、今の魔素量だと全部ノワールに吸い取られて死ぬぞ。
急いでリムルとの間にパスを敷設し、急激な魔素欠乏に備える。
そうとは知らず、リムルは意気揚々とノワールに名前をつけた。
「じゃあ、お前の名前はディアブロだ」
「───拝命いたしました」
凄まじい勢いで吸われていくリムルの魔素を、それを補填する形で同量ほど補填していく。
間に合ってよかったよかった。
危うくリムルがとんでもなく間抜けな死に方をするところだったからな。
《告。魔素量が急激に増大しています。このまま増大し続けた場合、約15秒後に魔素過剰で肉体が崩壊します》
「嘘ぉ!?ってこれアルジュナだろなんで、新手の暗殺か!?」
「おっとっと。失敬失敬。パスを切ります」
可笑しいな、気をつけて同量だけ魔素を入れたつもりだったが。
どんぶり勘定はやはりよくないな。権能を使った方が確実だったらしい。
てへぺろ、と無表情のまま言えば、長く伸ばしたスライム張り手が飛んできて頬を打った。
ぐえー、やられたー。
「わざとらしいダメージモーションすんなし!!!」
余計怒られてしまった。
なお、ディアブロの方も
こいつのテンションはよくわからんな。
「じゃあ、そろそろ私はシズのところへ行って型取りをお願いしようと思います」
「あ、俺も一緒に行くよ。俺の体のことだし、俺から頼むのが筋だろうしな。ディアブロはどうする?」
「どこまでもお供します」
優雅に一礼したディアブロを連れ。
俺たちはむさ苦しい高齢ジジイ二人と転生おじさん一人という終末パーティを組んでうら若き乙女、シズを訪ねることとなったのであった。
・アルジュナ神殿
見た目は日本式の神社。祭神はアルジュナ。
ゴブリン達がお参りに来るので、気まぐれに加護を授けたりしている。
何故か隣に集合墓地もあり、アルジュナの冥府の主ヤマ神の権能のもと死んだものはそこに埋葬される。