それは光であった。
「巫女。その眼の確かさを賞賛しましょう」
隠していた力を解放したのだろうか。
ジュラの森を、あまりに巨大な気配が包み込んでいた。
聳える大樹、見上げるほどの巨竜、太陽が降ってきたような焼け付くような威圧感。
大鬼族の若たる己の全身に、汗がどっと噴き出してくる。
「弱きもの。不出来なものよ。ここは私が庇護する地、清浄なる地。そこに戦禍を運ぶ罪は大きく深い」
「お、お許しください!俺達はッ、」
声はまるで天の断罪のように魂を裂いてゆく。
敵わない。死ぬ。消される。殺される。みんなみんな殺される。
ぐるぐると思考がから回る。
失敗した、もう俺たちは絶対に助からない。
今や、若き大鬼族の次期首領はだれよりも彼我の力量差をよく理解していた。
あれは太陽だ。あれは天だ。あれは地獄そのものだ。
知性体などひっくり返ったって敵う相手ではないのだ。
それと同時に、その理不尽に狂おしいほどの絶望と憤怒も、同時に覚えていた。
神が何故こんなゴブリンを庇護しているのか、信仰を尽くした大鬼族をあのような悲劇から救わずに。助けの声も聞かずに。
無惨に胸を切り裂かれ腹から内臓を垂れ流しながら必死に地を這いずる老婆がいた。
炎に巻かれて顔の半分を焼け爛れさせた幼子がいた。
絶望だった。無念だった。
なのに、なのに神は何もしなかったというのに───。
瞬間。
悍ましいほどの気配が拭い去られたかのように消滅した。
「………?」
「なんて、冗談ですよ。流石にこの程度で粛清したりしません」
「お、おう。冗談ってわからない冗談を言うのはやめようなアルジュナさんや」
魔人の一人が恐る恐る口を開く。
「あとは頼みました」なんて軽く言って後ろへ下がった神の代わりに、水色の髪の魔人が「悪かったなお前達」と進み出てきた。
どうやら助かったらしい。
へなへなと腰から力が抜けて、立てるようになるまでわずかばかり時間を要したのだった。
俺渾身のジョークによって丸く場が収まった後は、俺たちはゆったりと里に戻ることとした。
「マジで神様だったんだな、アルジュナって」
「そうです神です。全能神。崇めても構いませんよ?」
「発言のせいで有り難みがだいぶ減るじゃん?」
リムルがはぁと情けないため息をついた。
リムルの疑問に答えるように、桃色の髪の大鬼族が口を開く。
「私達の里では古くから崇められている神様ですよ。あらゆるものの祖たる星王竜ヴェルダナーヴァ、それと対をなす破壊と輪廻の神アルジュナ」
「他国でも比較的崇めている国は多いと聞きます」とのことだ。
確かに、神聖法皇国ルベリオスなどは神ルミナスを頂く一神教国家だが。
ソーマの周辺国は大抵俺とヴェルダナーヴァの二柱を置く形になっている。
「千年ごとの再創世を司るのもアルジュナ神の特徴ではありますね」とは話を聞いていたディアブロの言だ。
そういえば、もうそろそろ再創世の時期か。
「再創世って?」
「一千年に一度の周期で、世界が黄昏色に染まる日がやってきます。その時世界は滅び、無たる空間と成り果て、そこで世界は再びアルジュナ神によって生まれ直すんです」
ディアブロの解説にギョッとリムルが体をのけぞらせた。
「え、それ千年ごとにあるただの天体イベントじゃなくて?つかそれじゃ終末じゃん!なんでんなことやってんの?」
「悪しき存在を地獄へと落とすためとも、善き者を天国へと導くためとも言われておりますが。真実はアルジュナ神のみが知るところとなっています」
「へぇー」
桃髪の大鬼族の説明はわかりやすいな。
というか、地球では俺の再創世は単なる天体イベントとして認識されているんだよな。
理由は解明されていないが、千年ごとに空が赤色に染まる不思議な現象とされているのだ。
リムルが大賢者に何か言われたのか、ハッとなって恐る恐るディアブロへと聞いている。
「もしかして地球で起きてたのも実は再創世…?」
「間違いなく。ただそれに気付くことのできるスキルを持つ強者が居なかっただけかと」
「え、そうなの!?」と一緒にいるシズもびっくりしているようだ。
そういえば前回の地球の再創世は1944年だ。
シズなら直に体験している可能性が高い。
ほえー、と間の抜けた声を出した後、リムルが俺の小脇をつついた。
「で、実際のところなんでそんなことしてんだよ」
「話せば長くなるんですが、ようは世の中の掃除のためですね。サーバーの定期メンテナンスですよ」
「そんな俗っぽい理由!?え、メンテ?」
「メンテ明けには世界全体の運気も上がります。逆を言うとメンテしてから長時間経った今が一番運気が最悪ですね」
「なるほど???」
メンテが長引いたら石も配る。長引いたことないけど。
街についた後は、街中央の市役所の役割を担う建物に皆でゾロゾロとIN。
部屋に用意された椅子に全員座って、それぞれの持つ情報の整理開始である。
まず一番最初に問いかけたのはリムルだ。
「で、お前達はなんで俺らに突っかかってきたんだ?」
「……俺たちの里の仇と間違えたんだ。迷惑をかけてすまなかった」
ポツポツと語られたのは、大鬼族の里を襲撃した豚頭族の話であった。
里のものほとんどが命を落とし、助かったのはここにいる6人だけ。
弱きが弱きを喰らい合う。ユガの最後にはよく見られる光景だ。
しかしこの男の辿ってきた衝撃、絶望、喪失感は俺の目には痛いほどよく見える。
あえて言うなら子犬が酷い目に遭う映画を見ている心境か。
下界にいて辛いと思うのはこう言うのを見る時だ。
天星宮でぶらぶらしている時にはそういうのは無いから、あそこはあそこで平和だった。
その後は、リムルの提案で大鬼族がリムルの庇護下に入るかどうかの提案があった。
答えは明日でいいと言う。
それまでは宴を存分に楽しみ悔いなき選択を促すのだ。
すぐに仲良くなった桃色の髪の大鬼族とシズで、この世界における服のオシャレについて長々と語り合っていた。
まぁ、俺は大鬼族に遠巻きに見られてるんだけどね……。
せっかく桃の香りのする神酒も宴用に提供したのに、飲んでいるのはゴブリン達やリムルばかりで大鬼族はあたふたするばかりだ。
スライムなリムルの形に空中で酒が浮かんで、それを自由に掬う形にしたらゴブリン達に大好評だった。
歌えや踊れの大騒ぎが一晩続いて。
翌日の昼。
大鬼族はリムルの提案を呑んだ。
彼らはベニマル、ソウエイ、シュナ、シオン、ハクロウ、クロベエの名をもらって鬼人に進化したとのことだった。
・リムル
神の本気を肌で感じて「怖…仲間でよかった…」などと内心でホッと胸を撫で下ろしている。
これまではドラえもんだと思ってた。
・各国
ジュラの大森林に未知の強大な一瞬気配が出現し、神経を尖らせている。
魔王らあたりは「あの物凄く鷹揚なアルジュナ神を怒らせた馬鹿が出たのか?千年周期間近に?嘘だろ?」という反応。