千里眼を起動。
しょんぼりしたガビルがソウエイに首根っこ引っ掴まれながら戦場を駆け抜けているシーンを見ながらの今現在。
今のところ、豚頭族がこのゴブリンの町に来る様子はなかった。
とはいえ、急ピッチで周囲の防衛のための壁や武器を整え、市民は不安な夜を過ごしている。
リムルがいない間のトップとしてシズ、補助としてシオンが町を支えているが、やはりリムルのいない町は不安が大きいようだ。
俺の方はと言えば。
町の中央にある神社の境内でぶらぶらゴロゴロするばかりである。
一応、お参りに来た信者達にランダムな加護を授ける作業は続けている。
とはいえ、その加護の内容はささやかなものだ。
失せ物が見つかる加護(二日間)、人間関係がうまくいく加護(今日限り)などなど。
俺の様子を見にやってきたシズさんにも、戯れに「美味しい甘味に巡り会える加護」を授けておいた。
どうも、普通の加護よりこういう超ささやかで短期的な加護の方がウケるらしいことが分かったからな。
おみくじ気分というか、皆野良バフみたいな気持ちになるようだ。
加護が授けられたのが『変質者』のスキルで分かったのか、「ありがとうございます!」とシズがにっこり微笑んで頭を下げた。
俺もつられて微笑んだ。
なんというか、子うさぎを可愛がっている気持ちになるのだ。
こんな可愛い子でも千年もしないうちに死んでしまうと思うと悩ましくて仕方ない。
あーー、何故小さきものは短命なのか。
そこでふと、俺は前のことで彼女に謝っていなかったことに気がついた。
「そう言えば、長く言えていませんでしたね。申し訳ありませんでした」
「えっと、なにが?」
シズさんが首を傾げる。確かに少々唐突だったか。
俺はやや所在なさげに目を逸らして、もう一度彼女の様子を伺う。
「………私は、貴方の生命としての終わりを妨げた」
生命の終わりは、全ての知的生命体にとっての結末を決めるもの。終幕。大切なおしまいの話。
ヴェルダナーヴァがそうであったように、その終わりは誰にも邪魔されてはならない。
俺はそう信じている。
だから基本的に長寿の加護は授けないし、知的生命体の殺害は可能な限り避けてきた。
シズは俺の様子に苦笑して、俺の隣にゆっくりと座った。
「気にしないで。初めは…ちょっと恥ずかしかったけど。今は感謝してるの」
「また、自分を見つめ直す機会ができたから。やり残しを済ます機会が得られたから」と、静かに彼女は笑う。
「それになにより。悟さんという出会いがあった。だから今、私は幸せなの」
「───そうですか」
彼女の想いは本物だ。
同郷の人と会えて、わずかばかりの言葉を交わして、それで満足してしまえるほどに長い心の隙間が、ようやっと埋まったのだろう。
普段リムルと彼女が何を話しているのかは知らないが。
その優しい関係が続いてほしいと願うばかりである。
シズが優しく笑って天井を見上げた。
「無事かなぁ、悟さん」
「リムルはオークロード程度に負けるほど柔ではありませんよ」
「そうだね」
どうやら彼女はリムルの様子が気になるようだ。
せっかくなので実況映像を流すとしよう。
プロジェクターの要領で障子3枚を横断する形で現場の映像を投影する。
「TVみたいな感じで映してみました。どうです?結構発色もいいでしょう?」
「てれび?」
「そういえばギリギリ貴女の転移後に発明された技術でしたね。あー、遠くのものを映す技術に似せたものです」
白黒TVの日本での初登場は、あー、権能で確認したところ1953年らしい。
終戦後、ということはシズさんはみたことがなくても仕方あるまい。
というかこの空間、もしかして高齢の爺さん婆さんの集いなのでは…?
変なことを考えるのはやめよう。
障子に映した映像の先では、派手に黒炎獄を展開して大群を蹴散らすベニマルの姿があった。
修行の成果により、強力なユニークスキル『
これは炎熱操作スキルの上位版で、熱に対する絶対的な支配を可能とする複合スキルだ。
さらに派手かつ高温となった炎を撒き散らし、ベニマルは凄絶かつ陰鬱な顔で笑っている。
仇を討てた、ということなのだろう。
また、ディアブロは誘惑者の特性上、オークロードにより恐怖が失われてしまっている豚頭族の大軍には不利である。
それでも戯れに放つ魔法と爪の一撃で十分すぎるほどに無双ゲームと呼んでいいほどの活躍をみせていた。
精神耐性を貫通して
そうして次々と蹴散らされる豚頭族軍は、それでもなんの反応もなく進軍を続けるのみ。
ジロリと豚頭族の兵たちを見てみれば、これまた色々な背景を見通すことができた。
良き父であったのに、飢餓で妻を亡くし。
そのままオークロードの支配下に取り込まれ、我が子を食らって何の呵責も覚えない飢えた獣へと堕ちた、ある豚頭族。
あるいは幼くして兵に志願して、親友だった同僚を喰らった娘。
オークロードの影響力がいかに強いかが感じ取れる内容だ。
あーーーもう。
だから、こういう子犬が酷い目にあうのは地雷だと何度言ったら。
大元の元凶は飢饉だから、やはり戦争終結後に彼らの住まう周辺地域を緑化してやるのが安牌か。
いや、彼らは森に生きるノウハウがない。やはり農業が可能な肥沃な大地に変えてやるのが正解だろう。
ああ、そうだ。
そろそろ可哀想だから豚頭族の一般兵たちも正気に戻してやるか。
ぱちん、と軽く指を鳴らす。
きょとんと隣にいたシズがこちらを見た。
オークロードの『
二十万の軍勢全てを一気に取り除き終えると、するりとその狂気が溶けて消える。
瞬間、正気に戻った豚頭族の一人が絶叫をあげた。
絶叫と共にパニックに陥り、それが一瞬で波打つように軍全体へと伝播していく。
「!?!?!?」
「な、何をしたの?」
その間にもベニマルとディアブロの攻撃は続いている。
隙を見てソウエイとランガもコンビで動き、攻撃を加えたりリザードマンの兵を救助したりしているようだ。
じっと兵たちの意識を見てみれば、後悔の念と今という緊急事態への恐怖がごちゃ混ぜに合わさっていた。
一気にパニックが伝播したのは、そもそもオークロードの支配下にない彼らの精神状態が最悪だったからだ。
と、その時俺に念話の着信があった。相手はリムルだ。
「はい、どうしましたリムル」
「おいアルジュナ!また勝手に動いたろ!ラファエルさんがお前のせいで豚頭族の軍が大混乱だっていってんだけど!」
「誤解です、私はちょっと小さいものたちが可哀想だったので手を加えただけで」
「報・連・相!!!」
「す、すみませんでした」
社会人の常識を言われてしまえば俺も反論の術を持たない。
俺がしゅんとして肩を落とせば「次から気をつければいいよ」とシズが優しく言ってくれる。
やだ…親切で優しい職場の先輩じゃん…。
「ちょっと俺もオークロードと戦闘に入る!余計なことはするなよ!」
「わかりました。何かやる時は事前に連絡しますね」
「やらないという選択肢はないのかよ!!」
そんな愉快な会話を終えた数秒後。
『
わあっとシズさんが喜んで拍手する。
ヤマもオチもない展開だったが、彼女が喜んでいるようなら何よりである。
俺はそう思うことにして、「戦後処理の会議の準備もしますか」「そうだね」とまったりシズと話すのだった。