その後、ガゼル王との会合によって、武装国家ドワルゴンと同盟を結ぶことになった。
交易も開始し、高品質のポーションや珍しい魔獣の皮等のジュラの大森林の資源の輸出が決まった。
代わりに輸入するのはドワルゴンの安定生産された武具達だ。
また、軍事ノウハウの共有も行われ、合同の軍事訓練が行われることも決まっている。
随分と太っ腹だが、これもガゼル王側の「アルジュナの庇護下に入りたい」という思惑が関係しているらしい。
そうして、リムルは忙しくも平和な日々を過ごしていた。
その中でもテンペストで大きな話題となったのは、新システム「信仰と加護」という大型アップデートの実装だろう。
アルジュナが適当な仮想世界を作成して運用、細かい仕様を詰めたから、一応は問題のあるものではなくなっているとはいえ。
魔物を含めた全生命体に鳴り響く世界の声は全世界を騒然とさせたらしい。
リムルもそろそろ、この神のしでかすことに慣れてきた感覚である。
また、ベスターとガビルという新たな仲間もテンペストに加わった。
ベスターはドワルゴンの優秀な研究者だったが、ガゼル王の意向でテンペストへ人材供与された。
法廷で嘘をつき王の顔に泥を塗ったため、国内にいられなかったのは確かだが、同時に何者にも代え難い研究者であることも確か。
それをあえてテンペストに流出させたのは、テンペストへの貢物という意味が大きいらしい。
ベスターを簀巻きにして連れてきたガゼル王は、そのまま少しだけテンペストに滞在することになった。
どうやらアルジュナや俺と今後の方針について話し合いたいようだ。
迎賓館にそのまま滞在しているため、リムルも気を抜けない日々を送っている。
ガビルの方は事情はシンプルだ。
リザードマンの族長のアビルに、見聞を広めろと里を追い出されたらしい。
オークロードとの戦いでも失態ばかりでソウエイにフォローされていたからな。
族長の心配も当然だ。
さて、そんな本日。
急にアルジュナが「どこからか見られている気配がしますね」などと言い出して、遠くをぼんやり見始めたのだ。
ラファエルさんによると、アルジュナは視線の先を逆探知しているようだ。
そして暫し沈黙した後、「来ます、広い場所に移動しましょう」と言ってリムルのスライムボディを抱えてヒョイとジャンプした。
瞬間、切り替わる視界。
「うおっ、なんだ!?」
《告。転移を感知しました。原理を解析中……解析できませんでした。世界間転移に似たシステムと推察》
「なるほど…?アルジュナ!いきなり転移すんなよな!びっくりするだろ!」
「失礼、急いでいたもので」
ラファエルさんでも解析できない転移とは、アルジュナも気軽に凄いことをやるものだ。
一拍置いて落ち着いてようやく、凄まじい気配がこのテンペストに向かってくることにリムルも気がついた。
正確にはリムル達に向かって、か。
空を見上げれば、尾を引く桃色の流星が恐るべき速度でこちらへ疾っている。
「とうっ!!」
流星は瞬く間にリムル達の足元へと到達した、勢いにしてはソフトな着地を遂げた。
やや熱と魔素で地面が焼けついているが、クレーターはできていない程度か。
アルジュナが頷いた。
「着地が上手くなりましたね、ミリム」
「ふふん。当然なのだ。私はヴェルダナーヴァの娘、ミリム・ナーヴァなのだからな!」
胸を張る少女は、どうやらアルジュナの知り合いらしい。
「で、誰この子?」
「私が育てた子ですよ。養い子と言いましょうか」
「え!?お前子供とかいたのか!?」
「いえ、貴方の子ですよ。貴方の」
「唐突な認知して案件に驚愕を隠せない。俺は結婚していて子供もいた……?」
ちょっとよく分からなくてリムルは背後に宇宙を背負った。
前世も童貞なのに…子供……???
ミリムと呼ばれた少女は「そうだ!そうなのだ!」と言ってつかつかアルジュナに詰め寄った。
「ずーるーいーのーだーーー!!!ずるいずるいずるい!!」
「なにがです?」
「こんな面白そうなことにノワールもアルジュナもワタシを除け者にしたのだ!」
ぷんぷんと怒る少女は手足をジタバタさせて憤りをあらわにしている。
それを頭を撫ぜながらこともなげに「別に除け者にはしてませんよ」とアルジュナが答えた。
「私なんてまだリムルに会って一年も経ってませんし。別に連絡してなくても不思議じゃないでしょう?」
「前々から思っていたが、アルジュナは時間感覚が可笑しいのだ。というか、毎日会うみたいな感覚で20年ごとに会っても話が噛み合わないぞ」
「えっ」
それはそう。
リムルは思わず真顔で頷いた。
アルジュナからすれば20年なんて瞬きのうちというか、多分本人からしたら「会いすぎてうざくないかな」ぐらいの単位なのだろうが。
ごほんと咳払いして、リムルは二人の間に割って入った。
「ようこそ来てくれた、お客人。積もる話もあるだろうし。まずは骨休めにどうだ、テンペスト名物、温泉に入るのは?」
「温泉?」
ミリムという名の少女はこてんと首を傾げた。
温泉に入るにあたり、案内役としてシオンとシュナをつけることにした。
覗くことは流石にできないが、大きな混乱もなく穏やかに入れている様子だ。
リムル達も同時に男湯に入ったのだが、ちょうどガゼル王とカイジンとベニマル、ハクロウが先客としてまったり入っていた。
どうやら時間が被ったらしい。
源泉掛け流しの湯を存分に楽しんだあと、ゆっくりと湯から出て脱衣所に戻る。
風呂上がりの風が涼しい。
まだまだ春だ。
優しい草花の香りがここまで漂ってくる、大森林に囲まれたジュラの温泉は乙なものである。
こんな風呂上がりはコーヒー牛乳がほしいところだな、なんて思っていると。
アルジュナが横から見覚えのある牛乳瓶を手渡してきた。
「はい、どうぞ。今創造したての新鮮なコーヒー牛乳ですよ」
「思考読むなよな。創造したてって新鮮っていうのか…?ま、サンキューアルジュナ!」
リムル達の隣までやってきた風呂上がりのガゼル王が、竹で編んだ椅子に座って話しかけてくる。
「しかし驚いたぞ。魔王ミリムがこの国にやってくるとはな」
「あ、知ってたんだ」
「あんな馬鹿でかい気配が頭上を通過して気付かぬ俺ではないわ」
一緒に上がっていたらしいカイジンがむう、と唸ってその隣の椅子を引き寄せて座る。
ベニマルとハクロウも同時に上がってきたようで、最近引いた水道から水を飲んでいる。
「随分仲良さげにお二人とも歩いてたじゃねぇか。この分だと明日には町中に広まる噂になってんな」
「ただの客人だろ?そんなに騒ぐことか?」
「いやいや。魔王ミリムが客人として招かれたって事実がでかいんだよ」
「その通りだ」
カイジンの言葉にガゼル王が同意した。
「魔王は各国を持ち、互いに牽制しあっておる。今回の件は魔物の国テンペストが魔王ミリムと同盟を組んだことと周囲は受け取るだろうな。とはいえ、アルジュナ神が背後にいる以上、攻め込まれるようなことにはならんとは思うが」
一千年の区切りももうすぐそこだ。不出来と判断されるようなことはしないだろう。
そのようにガゼル王は言葉をまとめた。
リムルとしてもそれには同意できる。
アルジュナは温厚で好意的な人ではあるが、やはり人間ではないのだと思う時が時折ある。
特に数字的単位の規模の大きさは乖離が激しい。
横でアルジュナが腰にタオルを巻いたまま半裸で瓶牛乳を呷っている。
こう見ると完璧に風呂上がりのおっさんだ。
瓶の中身を飲み干したアルジュナが、やや首を傾げて息を吐く。
「別に不出来だとして、余程でない限り消去したりしないのですが。そのあたり誤解されている気がするんですよね」
アルジュナの声は平坦だ。
羽虫にどう思われようが気にはしないが、誤解されているのは若干納得いかない、みたいな感覚だろうか。
「私は邪を祓ってるだけなんですよ?」
「うーん、お前が祓ってる邪ってなんなんだ?俺のスキルでわかるもんか?」
うーん。とアルジュナが悩ましい声を出した。
興味があるのか皆の視線がアルジュナに集中する。
「無の海に時間の概念が成立した直後ぐらいの話なんですが」
「いきなりスケール大きいな」
「私の友人であるヴェルダナーヴァが無の海に世界を乱造して、無の海を散らかしまくった時期があったんです」
「スケール大きいまま話が帰ってこないんだが」
その場にいる全員宇宙猫になってしまった。いきなり創世神話が始まって、全員訳がわからないまま続きを促す。
「で、散らかしてた無の海に、案の定でかいゴキブリが出たんですけど」
「太古のゴキブリ???」
「違いました。正式名称は滅界竜イヴァラージェといいます。強大な、この世界の何よりも規模の大きな害悪です」
ゴジラみたいに巨大なゴキブリからイメージが転換できない。
あまりに悍ましい想像にリムルの体に震えがはしる。
ぶるぶるとスライム体を震わせていると、ガゼル王が口を挟んだ。
「その滅界竜とやらがどのように一千年ごとの滅びに関わってくるのですか、アルジュナ神よ」
「私がゴキブリ退治をした時、残滓が周囲にあった数多の世界に散ったんですよ。それはここ、基軸世界も変わらない」
残滓は時を追うごとに増え、その世界を汚す。
だから千年ごとにそれを浄化する必要があるのです。
アルジュナはそう言ってまた新たな牛乳瓶を出現させた。
牛乳飲み過ぎだろお前。
「ん?じゃあ待てよ。この世界以外に散った残滓はどうしてるんだ?」
「もちろん祓ってますよ。多次元世界の全てを、千年ごとにきっちりと」
「!!」
多次元世界の全て。
簡単に言うが、規模が完全にインド神話である。
どれほどの数の世界が多次元世界にあるか知らないが、億や兆では桁が足りないことは確かだろう。
「それもこれもあの駄龍が作っては放置した全世界を存続させようなどと言ったからです。散らかした要らない世界は全て消してしまえばこの百倍楽だったというのに!」
「お、おう」
相槌の打ちづらい話をされて、リムルは若干精彩の欠いた返事をしてしまった。
不出来と判断されたら消される、なんて次元の話ではない。
年末の部屋掃除みたいなノリで世界ごと消されるとはまた、凄まじいという言葉ですら陳腐だ。
───しかも、その世界にはきっとここと同じく知性体がいて、それぞれの文化があるのだろう。
我知らず、ごくりと生唾を飲み込んだ。
この存在が本物の神であることを、リムルは改めて思い知る心地であった。
部屋の端で無になって目につかないようベニマルが気配を消している。
ほっほっほ、流石はアルジュナ神ですな、とハクロウが朗らかに笑った。
そんな極寒の脱衣所で、ただ一人アルジュナだけが「この空気なんなんです???」とややムッとしているのだった。