ミュウランと名乗る魔人がヨウムグループに加わったらしい。
普通に神社に挨拶に来たから、将来の祝福がてら「今日飲む酒が美味くなる加護」を授けてやった。
二人の間には強い結びつき…というか、運命の赤い糸的なものがあるからな。
ヨウムはハクロウの指導ですっかり男前が上がり、このテンペストでも強者と言っていいまでに成長している。
人界に出れば英雄として持て囃されるだろう実力だ。
街の大小の揉め事に関わるうちに人と魔物の価値観の違いにも理解が深くなり、交渉ごとも上手くなった。
それでも「アルジュナ神の考えてることは俺には分かりませんよ」と常々言われるのだがな。
俺、基本は何も考えてないのだがなぁ。
そんなヨウムだが、俺が二人を祝福して加護を授けると困惑にパタパタと手を振った。
いつも彼は俺を前にすると挙動がおかしいが。
「おいおいアルジュナ神、新しい仲間を祝ってくれるのは嬉しいけどよ、加護まで授けてくれるのは…!」
「まあまあ。シズ不在の今、神社の掃除をしてくれているのはシュナとあなた達ですからね。このぐらいは正当な報酬ですよ」
そう言って加護を授けてから、ふと見ると彼女の心臓が何者かの秘術によって抜き取られていることがわかった。
俺の視線に気づいたミュウランがタジタジと後ずさる。
「なにか……?」
「ふむ。心臓が何かに支配されてますね」
「!!!」
まぁいいか。
俺はミュウランから視線を外し、そのまま縁側に横になった。
見たところ魔王クレイマンの技らしいが、こういう愛に障害はつきものだからな。
かなりこの国に馴染んでいるようだし、ヨウムとグルーシス、ミュウランの三角関係は見ていてギャグみたいで面白いし。
対処は何か問題が起きてからでよかろう。
ちなみに、先日ブルムンドとも友好協定を結び、そこでも「病の快癒」を大盤振る舞いしたばかりだ。
その影響か、西方の人間国家でも俺に対する信仰が日に日に高まっている。
これでより「信仰と加護」システムが起動する機会も増えることだろう。
作ったシステムが上手く動くのを見るのは嬉しい限りである。
俺は大欠伸をして尻尾を丸め、眠りの態勢に入った。
「じゃ、アルジュナ神もまたな」と言って去っていくヨウムに手を振り返し、目を閉じる。
しばしこちらを驚愕の表情で見ていたミュウランも、そのままヨウムと共に去っていく。
こうして日向で惰眠を貪るのはいい文化だ。
俺は目を瞑り、眠りのうちに微笑んだのだった。
その頃。
ファルムス王国では、上級貴族や軍部の長のみを招いた秘密裏の会議が開かれていた。
「つまり、テンペストがアルジュナ神に守られているのは噂ばかりではない、ということか」
ファルムスの王、エドマリスがその豊満な髭を撫で付けながら欲深そうに微笑んだ。
その前でラーゼンはただ黙って、己の調査結果を淡々と報告する。
「魔物の国は獣王国ユーラザニア、武装国家ドワルゴンとも国交を結び、今や新たなる交易の一大中心地として商人達の噂に昇っております」
「つまり、我が国の国益に反する、ということだな」
「それは……」
ラーゼンは言葉に詰まった。
額面だけ受け取るのならその通りだ。しかしエドマリス王の狙いたる「テンペストへの侵攻」は拙いのだ。
机の陰で拳を握り締め、冷や汗の止まらぬ背筋を震わせる。
魔人ラーゼンは師である東の帝国の大魔法使いガドラよりアルジュナ神についてよくよく聞き及んでいた。
一千年に一度、この世の全てを滅ぼし、作り変える大権能。
竜種すら指先一つで従える強大さ。
4000年前、滅びたはずのソーマを気まぐれに七日前の姿へと巻き戻した万能性。
かの神は気まぐれで、知性体に興味がない。
だから見逃されているのだと、我々は生き延びているのだと。
師ガドラはそう恐れを込めて言った。
今。
エドマリス王とファルムスはテンペストへの侵攻で意見が固まってしまっている。
これまで幾度もラーゼンは王へと進言した。
やめた方がいいと、アルジュナを敵に回すのは避けるべきだと。
それでも欲に目の眩んだエドマリス王はラーゼンの意見を一蹴した。
古いだけの神話に興味はないと笑って、耳を傾けようとしなかった。
西方聖教会から派遣されて来たレイヒム大司教も、テンペスト侵攻に乗り気だ。
神に対する敵対国として討伐予定だなどと抜かして、「神はルミナスただ一人」とお題目を掲げる姿は滑稽ですらあった。
ラーゼンは震える声でもう一度、エドマリス王に進言した。
「王よ、おやめください。アルジュナ神との敵対は危険なのです」
エドマリス王の返事は「くどいぞラーゼン」というピシャリとした一言だけだった。
貴族の一人がラーゼンを見てせせら笑う。
「まったく、魔人ラーゼンが何を弱気なことを。老いとは恐ろしいものですなぁ」
「然り。我らには神ルミナスがついておられるのですぞ。そのような有様ではそろそろ引退が近いのでは?」
「………」
それ以上ラーゼンの言うべきことはなかった。
針の筵の会議を終え、ラーゼンは王の命令通り、異世界人のいる部屋へと入室した。
3人の異世界人の敵対的な視線がラーゼンを穿つ。
彼らはファルムスが召喚した異世界人だ。
力に溺れ、その性質は悪。
ラーゼンがいなければ手綱を握ることすらできない劇物だ。
「以前話したスライムの国への侵攻が決まった。お主らは3人で先んじて街へ入り、騒動を起こせ。それをもってファルムスの侵攻の正当性となす予定だ」
「チッ。スライムなんて雑魚モンスターが王様してる国に俺たちがわざわざ出向かなきゃならねーのかよ。ふざけてんのか?」
ショウゴ・タグチが今にも食いつきそうな剣幕でラーゼンを睨みつけた。
表向き大人しくしているように見えるキョウヤ・タチバナも腹の中では黒く浅い思惑でいっぱいなのだろう。
ラーゼンは思わずため息を吐きかけて、すんでのところで堪える。
「ただし、彼の国には神がおわす。騒動は起こしていいが、できる限りアルジュナ神だけは距離を取れ。絶対に刃を向けてはならん」
「神?なんだそりゃ」
キララ・ミズタニが己のネイルを整えながら、「神様だって!へー、面白そうじゃん!」とニヤニヤ笑った。
「聞いたことねぇな」
「確かに。というか僕ら、地球のはともかくこっちの世界の神話なんて知らないしね。……でも神か。いいね、神殺しができるなんて」
「スライムの神だろ?そんな雑魚俺らの敵じゃねーよ」
まるでラーゼンの言うことを聞いていない3人の様子に、吐きそうな心地が襲ってくる。
先々代の王の時代より仕え、かの王より国の行末を任されているラーゼンにとって、この国は宝であった。
だが今、この国はもはや腐敗と欲の温床で美しかった街は見る影もない。
己の力不足か。はたまた、これが運命だったのか。
ラーゼンは部屋を出てから、しばし夜空を見上げたのだった。