百の軍勢が雪崩れ込んだ端から燃え上がっていく。
黒炎に焼かれ、ファルムスの兵達は苦しみに悶えている。
現状、外に出ているリムル、シズ、ディアブロはまだいない。
それでも、かつてオークロードの戦いにおいてベニマルだけで以前二十万もの軍勢を大幅に削ってみせた実績がある。
あっという間に軍勢は炎へと消え失せた。
外からはソウエイとガビル率いるドラゴニュートの一団が分隊を襲撃中だ。
ファルムス王国が張ろうとした結界はすでに俺が破壊して存在しないが。
訳もわからず狼狽えるファルムス軍に襲撃をかけ、結界の再起動を防ぐソウエイの手腕は見事なものであった。
民間人の怪我人が複数。
建物に戦闘の余波で被害が出ている。
だが死者はゼロ。
規模は小さいとはいえ、他国の軍の襲撃があったと思えば規格外の戦果と言えよう。
民間消防隊の尽力で消火された家々の残火が焦げ臭い香りを残す。
広場には避難した魔物達でごった返し、俺はもみくちゃになる前に演説用の舞台に登ってマイクを握った。
精霊工学で作ったマイクもどきだが、これはこれでいい仕事をする。
「落ち着いて、負傷者は救急テントへ。フルポーションが無償で受けられますので、テントへ来てください。次に、逸れてしまっている方の情報です」
そう言って、大量の聴衆から家族等と逸れてしまっている人の情報を千里眼で集めてマイクで通知する。
特に幼い我が子と逸れてしまった人は、不安のあまり戦場に迷い出てしまうといけないからな。
ちなみに、異世界人はすでにハクロウとシオンが戦闘不能にしてある。
キララだけは戦意喪失のまま無傷で捕らえられたが。
結界の影響のないシュナ達の敵ではなかった、ということだろう。
あまりの猛攻に一度は逃げようとした異世界人だったが、それを許すハクロウとシオンではなく。
異世界人達は三人ともお縄につくことになった。
そんな中。リムルがようやくこちらに戻って来られたのか、マイクを握る俺の隣に飛び込んできた。
「状況は!?」
その言葉に瞬時に反応したのは、陰に潜んでいたソウエイだ。
俺を除けば一番広範に状況を知っているであろうソウエイは、冷静に姿を舞台下に表して口を開いた。
「犠牲者は今のところゼロ。しかし建物がいくつも被害を受けています。奴らの放った火矢の影響が大きいかと。街に何らかの魔法結界を張ろうとした罪で捕らえたミュウランは、現在迎賓館で軟禁しております」
「ミュウランが!?おいおい、それどういうことだよ!」
「クレイマンに命を握られて命令を聞かされていたようですね」
俺もすかさず口を挟んだ。
甘酸っぱい恋愛譚でミュウランもヨウムもグルーシスも、なかなかに俺を楽しませてくれたからな。
その礼みたいなものである。
「ちなみにそれぞれ、ファルムス王国の目的は交易路という既得権益を侵された報復。クレイマンの目的は魔王に覚醒するための魂欲しさに首を突っ込んだ形です」
「うわ…なんだそりゃ。魔王になるのに魂とか必要なのかよ!?」
「そうですよ。というか、因果が逆ですね。多くの知性体を殺すようなものを、魔王と認定しているんです」
昔にヴェルダナーヴァがちまちま内職して作った制度だ。
多くの知性体を殺害した危険因子を魔王という型にはめて人類の守護者として再雇用し、知性体絶滅を防ぐアラート機能に近い。
奴はメンテはしないくせにそういう新機能ばっか作る竜であったからな。
額の汗を拭う仕草をして、リムルはふうと息をついた。
事態がそれほど悪い訳じゃなくて安心したのだろう。
「よくわからんが。ひとまず被害はなかったんだ。あとは捕らえた異世界人三人に詳しい事情を吐かせて、ミュウランにも事情を聞いて。あとは……」
「ファルムスへの神罰ですね」
「え」
流石に、今回の一件は神として許せる許容範囲を超えている。
クレイマンはあくまで漁夫の利を得ようとしただけだ。
直接的に神に刃を向けようと決めたのはファルムス王国、そしてそこに根を張る欲深い不出来なミジンコ達だ。
一瞬で空へと舞い上がり、千里眼を開く。
遥か彼方にファルムスの王国の姿が見えて、その翳りある繁栄をじっと捉える。
宝具を装填。
世界を滅ぼすに足る力が収縮と膨張を繰り返し、脈動する巨大な心臓となって人々に幻視を与える。
少し早いがユガの回る時間だ。
翼を生やして追いかけてきたリムルが、いつにない強い口調で叫んだ。
「なにやってんだ!俺たちは無事だったんだし、お前が滅ぼ、」
「今回の件は許すと後を引きますよ」
ぐ、とリムルは言葉を失ったようだった。
リムルもわかってはいるのだ。突然他国に攻め入ったこの行為は、本来許されることではない。
未だ何も失ったことのないリムルには酷だが、テンペストが舐められないために、今からの犠牲は許容せねばなるまい。
それになにより。
「神への明確な敵対行為です。神として、これを許すことはできない」
リムルは息を呑んで目を見開き、俺の平坦な声を反芻した。
神は己に歯向かうものは許容できない。
神の絶対性に傷をつけるものだからだ。
ミジンコの一匹や二匹が動く分には戯れと見逃そう。
しかし国家として動くのであれば、俺はそれを冷徹に断罪するものである。
しばし沈黙してから、絞り出すようにリムルは口を開いた。
「せめて、これを企てた上層部だけにしてくれないか。国民全員に非があるわけじゃないだろ」
「いいでしょう」
俺は頷いてみせた。
親友の頼みとあらば、多少の融通は効かせるものだ。
「では、千年の区切りの時です。星は縮小し、悪は剣によって裁かれる」
世界が黄昏色に染まっていく。
リムルが呆気に取られて空を見上げて、その次にラファエルの言葉を聞いたようだった。
権能を用いて耳を澄ませれば、ラファエルの声も聞き取ることができる。
《告。攻性の魔素が収束しています。魔力阻害を構築。成功。多重結界を構築。成功》
「へ?なに?どゆこと?」
《最高の防御形態を構築しました。再計測……攻撃を防ぐことのできる確率、0%。生存の術を再演算します。……失敗。再演算……失敗。再演算……失敗。生存不可能です》
どうやら俺の
まぁ、下手に防いだ場合、一瞬でも無の海に投げ出されて存在証明ができず霧散してしまうからな。
大人しく滅亡を受け入れてもらえるとありがたい。
きっちり俺が再創造するのだからな。
黄昏色の空が落ちてくる。
廻剣の威容を受け、魔素が震える。生きとし生けるものが不可思議な終わりを感じている。
俺はゆったりと詠唱した。
「創世滅亡輪廻。善性なるものには生を、悪性たるものには裁きを。………滅べ」
その時。
ふらふらと空を飛ぶ闖入者が現れた。
そのものの名はラーゼン。
あえぐように口を開くも、時はすでに遅すぎた。
「お、お待ちくださ────」
宝具が、発動する。
『
世界が一太刀のもとに切り裂かれ。
瞬きの間もない一瞬のうちにあまねく世界は崩落した。
そこに残るのは無の海のみ。
リムルを含めて、全てのものが例外なく消滅した。
静かなる無の海がゆったりと肌を撫ぜる。
音もなく、気配もなく、騒がしさもない。
少しだけ寂しい、我が故郷。
手の中に残るのは直前の状態を記した設計図だ。
いつも通り、俺はそこを少しばかり書き換えて滅界竜イヴァラージェの残滓を取り除く。
それと、少し考えてからファルムス王国の元王と上層部を丸ごと「無かったことに」することにした。
西方聖教会は……困ったな。七曜の暴走みたいだが、ルミナスは無関係だ。
あの娘への口頭注意で済ますにはことが大きすぎるし。
保留。とりあえず神罰の呪いをかけ、後でギィやディアブロあたりと相談することにしよう。
そういえば、さっき何かを言いかけていた闖入者はどうやらファルムス王国のお偉いさんらしい。
俺の情報を知っていて、この戦いにはずっと反対だったのだとか。
あの行動も、どうやら国の助命嘆願だったのだ。
仕方ないなぁ、のび太くんは。と俺はドラえもんの如く笑う。
どうせ上層部を一掃すると政治的混乱が起きるだろう。
それで難民が他国へと流入し、テンペストの印象が悪くなっても困る。
今回の記憶を胸に刻み、お前が王となり国を治めよ。
ついでにクレイマンもだ。
流石に今回のことは目に余るし、本来仲間思いの穏やかな魔人だということはわかっている。
洗脳を解いて、しかし俺と敵対した事実は書き換えず。それをもって罰としよう。
書き換え終わった設計図を元に、創世の大権能を発動させる。
無の海より世界が再び誕生していく。
その美しい光景を誰にも見せることができないのが悲しいものだ。
俺は再び、創造された世界にて元いた座標へと顕現した。
滅亡前と全く同じ格好のリムルが、強い光に目を覆うように腕を上げて困惑の声を出している。
「お、おお……?何があった!?」
《解。滅亡神アルジュナのスキル『
「え…つまり俺、死んでた?」
《告。正確には死んでも生きてもいない、生命発生の事実がない状態となっていました》
「凄い、壮大な話過ぎて何もわからない」
テンペスト周辺に関しては見た目には何ら変わらない。
もうすでに百人の兵達も外の結界係も処分した後だったし、俺が手を加えるまでもなかったからな。
変化は本国にある。
「上層部など元からだれもいない」という不可思議はすぐに周囲に違和感として伝わるだろう。
なにせ、なら誰が政策を決めていたのかという話になるからな。
それ以前に、ラーゼンだけは俺が手を入れる前の記憶を保持させておいた。
先ほどのマハープララヤとの関連性はすぐにわかるだろう。
目の前のラーゼンが呆然と、ただ「あ、あぁ、」と思わずと言ったように溢れる声で頭を抱える。
その記憶の誤差に、二つの記憶に苛まれて少しばかり辛いのかもしれない。
まぁ、そこは頑張ってもらうとして。
俺は剣をしまい、そのまま空を見上げた。
空は晴れ渡り、黄昏色の空が嘘だったかのように爽やかな青を降り注がせている。
少しだけ。
恐れたようなリムルの瞳が俺を射抜いている。
リムルの中に溜まったイヴァラージェの残滓も綺麗さっぱり拭い去られ、これで不運にリムルが苛まれる確率も減っただろう。
ああ。隔意が見える。恐れが聞こえる。
リムルの視線が胸を穿つ。
けれど、大切な親友との約束なので。
億年先も、俺はこの多次元世界を維持するのだろう。
ルミナス「(気絶)」