サウザーはゼノビアの容態についに痺れを切らしたらしく、ついに軍を動かすことに決めたらしい。
悪魔に力を与えられ、オークディザスター程度の力を持つ皇太子は常人にとっては脅威の一言だ。
まぁ、それ以上に本人は健康体になれたことが嬉しいようだが。
俺は建物の影から出て、アスラン殿下の元へと向かおうとする軍団の注目を一身に受けた。
「それ以上先に進むことはまかりなりません」
「!ッ貴様は……アスランの手のものか!」
顔を知っていたのか特徴を聞いていたのか、昨日の訪問を受けた俺はすっかりアスラン派にされてしまったらしい。
「捕えよ!」とのサウザー殿下の命令の元、鎧で武装した兵士が幾人か俺へと殺到する。
彼らをできるだけ傷つけないように戦闘不能にせねばなるまい。
俺は少しだけ逡巡してから、弓を構えた。
膝を地面と縫い付ければ動くこともできないだろうし、それなら後でリムルのフルポーションで回復できる。
「
炎と共に現出するは神の弓。炎の神アグニの権能の籠った弓だ。
素早く撃ち放ち、三人の兵士の鎧を貫通して足を石畳に縫い付ける。
こんな規模の小さな力、新鮮すぎてちょっと嬉しくなってしまう。
満足に頷いていれば、俺の出すオーラの量に気がついたらしいサウザー殿下が歩み出てきた。
「貴様ら、下がれ!!奴の相手は私がする!」
「おや。部下を肉の盾に進まないんですか?」
「そんなことができるものか、下衆め!」
食いつくような視線で睨まれてしまった。
この第一王子も心根は正しいものらしい。
そういう善性のものは嫌いじゃない。
初手。まずはサウザーの凄まじい踏み込みと剣の一撃をステップで躱す。
強いが、宮廷剣術の域を出ない型通りのものだ。
実戦経験があまりないのだろう。
いや、実戦経験の無さでいえば俺も人のことは言えないのだが。
「滾れ、炎。アグニの権能よ!」
「ッ!?」
青白い炎を纏った矢が、ありえざる軌跡を描いて分裂した。
それを三つまでも叩き落としたサウザーだったが、残る二つを追いきれず、足に炎を纏った矢を受ける。
膝を射抜かれ、そのまま炎と共に石畳に深々と突き刺さった矢がありえざる温度で燃え上がった。
「ぐっ、ぁああああ!!」と絶叫が街にこだまする。
サウザー様!と部下たちが騒いでいる。
どうでもいいけどサウザーって凄まじく強そうな名前だよな。聖帝って感じで。
「野郎!サウザー殿下を!」「捕えろ!」「斬りかかれ!!」と口々に騒ぐ兵士たちが剣を抜く。
ふむ。面倒だ、この場にいる全員射抜いてしまおうか、なんて考えつつ軍勢をよく見てみれば。
人間に化けたアークデーモンが軍勢を頻りに囃し立てていた。
俺を捕らえさせるつもりなのだろう。
なら先にこの悪魔を射抜いておけばいいか。
アグニの青白い炎が頭蓋を一撃。
一瞬にして轟々と燃え上がった炎に、兵士たちが呆気に取られ、よろよろと炎から距離をとる。
「静粛に。悪魔はまだ死んでいませんよ」
そう言うと、頭蓋を射抜かれたはずの悪魔が「かかかかか!!」と哄笑をあげる。
しかし同時に、その炎がどんどんと青白く色が変わっていくことに眉間に皺を寄せた。
「……なんだ、これは、…ッ、ばかな!俺の炎熱耐性を突破して!」
「神の炎をその程度のチャチな耐性で防ごうなどと。愚かしいことだ」
弾けなさい、と一言。
無惨な悲鳴をあげて悪魔がその正体を見せて角と黒い瞳を晒し、燃えてゆく。
近衛兵たちが訳もわからず立ち尽くしている。
悪魔はそのまま炎に巻かれ、塵だけを残して燃え尽きた。
広場に沈黙が満ちる。
全員が全員理解したのだ。先ほどのものは悪魔だったと、自分たちは騙されていたのだと。
その時。
空が歪曲し、ある一点に収束する。
空間転移魔法の前触れだ。
空間の切れ目からぬるりと姿を現した侍医長グスタフ──グレーターデーモンが、唾棄すべきものを見るようような目で吐き捨てた。
「馬鹿が、この程度の雑魚どもにやられるなど!」
仲間であるはずの悪魔へと吐き捨てた後、ふん、と小さく息をついて俺の方へと向き直る。
俺はやや首を傾げて問いかけた。
「ふむ。魔素を制限したままでいいのですか?人間のふりをするのは結構ですが、すぐ死にますよ?」
「Bランク冒険者如きが大口を叩く。多少強力なスキルを持っているようだが、身の程がわからないのか?」
………言っている意味が分からん。高度なブーメラン遊びか???
ちょっとばかり俺は背後に宇宙を背負ったが、この際しかたあるまい。
リムルはソウエイと合流し、今高速でこちらへ向かっている。
滅ぼさずに捕まえればサウザーの説得にも十分使えるだろう。
俺は弓を構え、未だ余裕綽々という表情のグスタフに炎の矢を射掛ける。
それはやや顔を右に逸れるだけで避けられ、「所詮は人間。この程度の実力で私に喧嘩を売るなど片腹痛い!」とグスタフがせせら笑った。
実際のところ、その矢は避けられる前提で射ったやる気のない矢だ。
本命は奴の背後に作ったアグニの権能の結晶化した球体である。
そこにアグニの炎を反射し、炎の結界と成すのだ。
「ッなに!?」
「誘爆起動。アグニの火により結界は成りました。出ようとすれば燃えるのみだ。足掻いても構いませんよ?」
「この、クソがァ!この程度私の力の前には…!」
魔法の一種らしき魔力弾をアグニの結界に放つが、それは魔素ごと燃やし尽くされて消え去った。
中の魔素を燃料に燃える結界を前に、己の魔素を吸われてだんだんと悪魔も弱っていく。
これは西方聖教会のホーリーフィールドに近い感じの原理だな。
と、そこにようやく到着したのはゼノビア女王を連れたリムルこと大怪盗サトル(偽名)だ。
遠目でゼノビア王女に名乗ったのを見ていたからな。
ツッコミ待ちみたいな称号だが、俺は笑わずにおいてやろうとも。
素早く反応したのはサウザーだった。
「貴様!ゼノビアをどうするつもりだ!」
「待ってお兄様!この方はわたくしを助けてくれたのです!」
「!?意識が戻ったのか、ゼノビア!」
クルクルと戦況が変わり何が何だかわからないのだろう。
駆け寄ろうとしたサウザーを前に、結界に囚われたままのグスタフが呻いた。
「私の身が尽きようとも、我が君の肉体だけは、必ず献上させてもらう!!」
炎に構わず躍り出たグスタフの体を炎が舐め上げる。
着火したアグニの火は容赦なくグスタフの体を焼き。
それでもかまわず、リムルの背後に瞬間移動したグスタフは死に体で召喚魔法を作動した。
驚いた。どうやら命を投げ出してでも原初の紫を呼び出す気らしい。
リムルの腕の中で紫の光が炸裂する。
「まずいっ、ゼノビア!!」
見たところどう計算しても顕現に至るための魔素量が不足していると思われる。
だが、どうやら向こう側で態々支払ってやってきたようだ。
光が収束し、拡散する。
中から出てきたヴィオレは真顔だった。
「お、おお、我が君……」とつぶやいて炎に塗れたままグスタフが手を伸ばす。
それを原初の紫、ヴィオレはパージ式の防御術式を纏わせた足で蹴り飛ばした。
おお、それならアグニの火を回避できる。
さすがは魔法に堪能な悪魔だ。
「ぐぁあ!?」
「ふざけんなよお前。自分が何やったかわかってる?その目、節穴なら抉り取ってやろうか」
「わ、が、君……!?」
そういえば、ヴィオレと会うのは久しぶりだ。数十万年ぶりと言ってもいいだろう。
誕生の時に立ち会った後は、時々念話で年賀状がてら近況を教えてもらっているが。
こうして顔を合わせるのは久しぶりになる。
ヴィオレは俺の前に跪き、恭しくこうべを垂れた。
「此度の件、どうかお許しください、我が父、滅びの神よ」
ざわり、と背後の兵士たちがざわめいた。
「高位の悪魔の父だと!?どういうことだ!」「あの男何者だ!?」とざわめきが広がり、そこでようやく不味いことになったと気がついた。
やっば。このままだと俺だけでなくリムルまで悪魔の一派だったことになってしまう。
リムルも「あわわわわわ」と汗を垂れ流して動揺しているようだ。
素早くヴィオレに念話を繋ぐ。
『ヴィオレ、ちょっと小芝居に付き合ってください』
『御心のままに、父なる神。ボクのできることならなんでもするよ』
『なら今から私が適当に悪魔の神としていい感じに振る舞いますので、この場にいる人員には傷をつけずに脱出しましょう』
『心得ました』
体の見た目を変えたり悪属性っぽい波動を出したりする権能を急遽本体から取り寄せ、体内に取り込む。
そして変身。精一杯高らかに笑う。
「ははははは。そうです。私が悪魔達の神、黒い光。クリシュナです。馬鹿な冒険者を使って国に入り込んだのはいいものの、手下はやられてしまったようだ。ここは引くしかなさそうですね」
「!?!?」
全力の棒読みにリムル…じゃなくてサトルが驚愕の顔であんぐりと口を開いた。
姿も取り寄せた権能にて変えた。
悪魔らしい捻れた角と翼、尾を付け加えて悪魔っぽく。
カーリー神の権能も使って破壊の妖気を撒き散らし、全力で悪魔の神を演出する。
「国王には私たちを召喚した功績の褒美をやろうと思っていたが、気が変わりました。いきますよ、ヴィオレ」
「はい、神よ。ボクはどこまでもお隣に」
これで一応国王が悪魔召喚に関わっていたと皆理解するだろう。
飛び立って早々、リムルに「後は適当にフォロー頼んだ!」と念話を繋げば。
「ふざけんなこの空気どうすんだよ!!」と怒鳴り散らされてしまった。
すまんて。俺もこの展開は予想外だったんだ。
そんなわけで。
適当に距離をとってから切なそうな顔で「お元気で、アルジュナ様」と涙を見せるヴィオレと別れて。
なんとか無事誤解(?)も解けて国を出たリムルと合流するのであった。
ヴィオレは涙を拭い、帰ってきた冥界で水晶を覗いた。
きっとこうして見ていることもアルジュナ神ならば気づいているだろう。
「アルジュナ様……」
かの神に拒絶されるのが怖くて、今回も言い出せなかった。
おそばにいさせてください、と。
かの神を父なる神として慕うヴィオレにとって、強く若い肉の体に受肉することは何より重要な課題であった。
今回もダメだった。そのうえあの方に迷惑をかけてしまった。
だから。
眼下に広がる使えない悪魔たちを見下ろし、ヴィオレは歯軋りした。
「お前ら、いまからボクの気が済むまで皆殺しだから。せいぜい可愛く足掻けよ」
次回から本編、リムルの覚醒魔王編