その国、超魔導大国ソーマでは二柱の神が信仰されていた。
一柱目は星王竜ヴェルダナーヴァ。創世の神にして竜。全ての生みの親。
二柱目は滅亡神アルジュナ。終末を司る神にして裁くもの。終わりを見守る神。
滅亡神は1000年に一度地上に降り立ち、世界の全てを消し去ってしまう。
次のユガを迎えられるのは神に認められし優秀な者のみ。
不出来な悪はそこで拭い去られ、超魔導大国ソーマは栄華を誇ってきたのだ。
「と、いうことらしいんですけど初耳なんですよね。私、ここ数万年は創世滅亡輪廻のシステム制作にかかりきりで世界になんて降りてきていませんでしたし」
「ダメじゃねぇかソレ。アンタこの国の主神だろ」
「別に勝手に崇めてるだけじゃないですか。私に扶養義務はありませんよ」
軽くフードをかぶって変装しながら、俺は繁栄を極めた王都の中央をぶらぶらと歩いている。
隣にいるのは赤髪の悪魔。道中会ったヴェルダナーヴァの知り合いらしい悪魔だ。
名をギィというらしい。
原初の赤、と呼ばれる闇の大精霊から生まれた最初の悪魔で戦闘狂。
ヴェルダナーヴァに喧嘩を売るとかいう中々にファンキーな存在である。
ちなみに、闇の大精霊と光の大精霊は俺の力の残滓のため、コイツは間接的に俺の創造物になるようだ。
「それで、手合わせでしたっけ。いいですよ。でも私、何百億年も体動かしてないんですよね……ヴェルダナーヴァと手合わせしたのいつでしたっけ」
「ますますダメじゃねぇか。出不精とは聞いていたがここまで極めつきとはな」
「創造した世界にかかりきりだったんですよ。温度管理に運命操作、すぐ滅ぶ動植物のデータベース化。ヴェルダナーヴァが適当過ぎるんですよ」
調整項目が多過ぎて目が回りそうだったのが、最近になってようやく安定して回せるAIを作れたのだ。
出不精もいたしかたあるまいよ。
……え?生来出不精じゃないかって?はっはっは、何をおっしゃられるやら。
古代の超文明、といった風情の超魔導大国ソーマで思う存分三泊四日の旅を満喫し、現在は四日目。
そろそろ東の大国にも行ってみようか考えていた時にこのギィと出会ったのだ。
なんでも、俺と手合わせしろ、とのこと。
俺戦闘とかからきしなのにな……。
「というか、なんで私なんですか。別にヴェルダナーヴァとまた手合わせすれば良いじゃないですか」
「あいつの全盛期と同等だっていうお前と手合わせするのが良いんだよ。今のアイツは弱り切ってるからな」
「あー、また権能撒き散らしたんですか。まったく、そんなんだから私の探索で見つからなくなるくらい反応が弱くなってしまうんですよ」
「違いない。ま、それもあいつの選択なんだろうな」
多少の親密さを滲ませながらギィが笑う。
けどいよいよ死にかねないぞあいつ。弱過ぎて。
「じゃあ…どこで手合わせしますか。ここから200kmほど先に空き地があります。そこはどうでしょう」
「きろめーとる?まぁなんだっていいさ」
「では転移しましょうか」
屋台で買った串焼きをもぐっと食べ終わり、串を消滅させてから権能で位置を指定する。
ぐいっとテクスチャを手繰り寄せる感覚で移動すれば、瞬きの間に一瞬で200km先のいい感じの空き地、荒野に姿を現していた。
ここは昔滅界竜イヴァラージェの粒子から生まれた怪物が暴れていた地区で、長く不毛の大地となっているのだ。
「さて。戦闘の作法は分かりませんので先手はお願いします。どこからでもかかってきていいですよ」
「おいおい、それでいいのかよ」
「戦いって正直よくわからないんですよね…」
戦闘に関しては本気で一般人から何も成長していないので、腰の入っていないヘボヘボパンチとかならできるがその程度。
流石にそれは格好悪過ぎるので棒立ちが安牌である。
情けないっていうな。
「じゃあ、一丁やってやるか」と鷹のように獰猛に笑ったギィが、目にも留まらぬ速さで俺に肉薄する。
顔面に向かって全力の拳が迫る。
反射で目を瞑って肩を縮こまらせたが、痛みはやってこなかった。
超統合神性の影響だ。
俺の完全性は常に示されている。完全であるということは、欠けがないということ。
常に欠けのない俺に、何者であろうと傷をつけることはできない。
とはいえ、殴られれば人は目を瞑り身を縮める。
当然の反射である。
「び、びっくりした…!」
「ノーダメの癖になに一般人みてーな反応してんだよ!」
「無事であることと驚くことは別でしょう!」
俺の堂々とした開き直りに「チッ」と舌打ちすると、ギィは恐るべき炎熱と概念系の干渉、そして物理的な格闘戦を全て織り交ぜて俺に猛攻を加えてきた。
どうすればいいかわからずとりあえず頭をガードして中腰になる。
「ド素人か!?!?」とツッコミを食らった。
そうだよまさにド素人だっつの!
炎。何万度かは知らないが別に熱くはない。
概念干渉。量子コンピューター相手にそろばんでハッキングされたみたいな感覚だ。つまりあまりに無意味。
物理攻撃。そよ風ぐらいだ。
慣れてきたので頭の防御を外して棒立ちになった。
反撃するべきなのだろうが、どうすればこのか弱い生命を傷付けずに撃退できるか分からない。
「今からちょっと殴りますので防御固めてください。私、生まれてこのかた初めてパンチとかしますのでどんなものかわかりませんが!」
「待て待て待て待て!!!ンなもん喰らったら俺どころか見渡す限り周囲全部消滅する!!拳に込めた魔力はその一万分の一にしろ!」
「おっと失礼」
周囲の魔素量と調節してそこまで違和感のない量を拳に込めると、そのまま必殺!素人パンチ!を繰り出す。
胸にとすっと軽い音を立てて俺のパンチが着地する。
どうやら弱過ぎたらしい。
本物の腰の入っていない一般人パンチを体感したギィは無言だった。
「………………。俺、帰るわ」
「はい…」
長い沈黙の後、鬱々とした顔のギィがトボトボと背を向ける。
すまんて……。
「あ、そうだ」とギィが思い出したように振り返って口を開く。
「今回別口で召喚されたからここに来たわけだが。この国、嫌な予感がするぜ。きな臭い香りがする。いずれ何かが起こるかもな」
ユガの終わりも近い。
この国には悪が蔓延り、悪運が付き纏い、どこか退廃的な空気も漂っている。
「それはそれは。面倒なことになりそうですね。早いところヴェルダナーヴァを見つけられるといいんですが。連絡一つ寄越さないとはまったく」
「は、全能神にもできないことがあるんだな」
ギィが面白そうに言う。
俺が全能神というのはちょっとばかり違うからな。
超統合神性としてほとんどできないことはないが、残念ながら使う意識が一般人なもので。
出来ない……というか、おぼつかないことのほうが多いくらいだ。
さっきの戦闘だって今更「戦の神の権能を使えばよかったんじゃ」と思い出したしな。
「このぐらい抜けてたほうが飽きずに世を生きるにはちょうどいいんですよ」
「だろうな。精々悪賢い悪党に騙されて利用されないようにな」
「失敬な。創世神をなんと心得ますか」
「つかさっきも屋台でボられそうになってたじゃねぇか」
「………」
ちょっとよく聞こえなかったネ。
老兵は去るのみ───なんて口を引き結んで背を向ければ、ギィの盛大な笑いがいつまでも背後で響いていたのだった。