テンペストの開国祭の準備が着々と進んでいる。
急ピッチで進められる建設、屋台の準備、人員教育。
街は浮き足立っていて、どこか騒がしい雰囲気を醸し出す。
俺たちはそんな中、ベスターとガビルの研究所を訪れていた。
「ようこそリムル様、アルジュナ神」
恭しく礼をするのはベスターだ。
元貴族だけあって、この辺の所作一つ一つが美しい。
ガビルの方は奥で大きな研究ノートを見つめながらポーションの調合に勤しんでいる。
どうやら作業中らしい。
「ベスター達は開国祭では回復薬の歴史について発表するんだよな。進捗はどうだ?」
「順調です。ただ、大衆にわかりやすく、興味を惹くようにというのが少し難しく。ガビル殿と協議を重ねております」
「だよなぁ。やっぱ科学館みたいに派手な実演がないと普通の人は興味を惹かれないもんな」
リムルがうんうんと頷く。
ベスターが「科学館…?詳しくお伺いしても?」と食いついた。
「国民の皆が自由に出入りできる研究施設で、そこで最新の研究をわかりやすく学べる場所だよ」
「大学のように、ですかな」
「いや。どっちかというとお前達がやろうとしている開国祭の出し物のようなものを常設展にした感じだよ」
「それは素晴らしい!我らの理想が詰まっていると言って過言ではありませんよ!」
「そうだな……長くなるから、後でまとめて時間を取って話すよ。ちょうどいいから開国祭の科学館ならぬ魔術館か?うん、作るとするか!」
側で聞いていても実に面白そうな試みだ。
興味深そうにじっと見ていれば、「ああ、アルジュナ神は手出し無用ですので」とベスターに釘を刺されてしまった。
「というより、研究所には立ち入りをご遠慮ください、アルジュナ神」
No!ときっぱり拒絶されてしまったので、俺はしおっと肩を落とした。
「おお、アルジュナ出入り禁止って、こいつ何をやらかしたんだ?」
「……あの方は見るだけで全てを明らかにする真理の神。私たちが苦労していると見るや、その答えをフルスロットルで暴露することが幾度か」
頭痛を堪えるように眉間を揉むベスターに返す言葉もない。
リムルが「あー」と呆れたように肩をすくめた。
「ネタバレ魔みたいなもんか」
「技術が進歩するのは悪いことではないのですが、こう、私たちの存在意義が無くなってしまいますので」
「そりゃそうだ」
じとっとした二人の視線を受けて俺はいきり立った。
仕方ないだろ、すごく行き詰まって苦しんでそうだったんだから!力になりたいって思うのは普通だろ!!
リムルがやや明後日の方向を見て、うーんと唸った。
「そういえば、アルジュナは真理も見通せる系の偉い神様だろ。もし開国祭で来る信者がかなりの数になるなら、その辺の人流整理も考えないとな」
誘導係とか、と悩ましげに腕を組んだリムルに俺は首を振った。
「そちらに関しては心配ありませんよ」
「へ、なんで?」
ベスターがやや理由を理解したかのような顔で頷いた。
流石に貴族。他国の宗教状況も把握している様子だ。
そもそもの話、俺ことアルジュナ信仰はエルフ等の信仰が大きく、ドワーフや人間社会ではルミナス教に押されがちだ。
何故なら、1000年毎のユガ回し以外、俺が表立って人間社会に出ることはほとんどない。
そのユガ回しも、魔物に比べて感覚の鈍い人間からすればただの異常気象に過ぎない。
だから長命種以外における俺の信仰はインパクトが低い。
俺の営業不足で、認知度が低くなりがちということだ。
元々、この世界には土地神と呼ばれる存在が実在している。
それの正体は強い魔人や魔物だが、そうした実在の脅威を抑えるため「信仰するからこちらに災いをもたらしてくれるな」と信仰する祟り神信仰みたいなものも結構盛んだ。
つまり、この世界は元々アニミズムが主流だったということ。
俺への信仰もどっちかといえば祟り神信仰に属する。
それをルミナスが強固な教義と「信仰と恩寵の秘奥」による返報で駆逐していったのが2000年ほど前。
いや、流石に長命のハイエルフの国であるソーマと、その周辺の人間国はアルジュナ信仰は残ってはいるが。
そして魔物はどちらかといえば実力主義で、「名付け」という恩寵のある強い指導者に信仰が行きがちだ。
指導者と神がイコールで結ばれる体制は、魔王領の特徴だろう。
カリオンのところとかもろにそうだ。
「つまり、俺は意外とマイナー宗教ということですね」
「でもソーマじゃでかい神殿もあったぞ?あそこの信徒だけでもここに押しかけたらとんでもない数にならないか?」
「いや。押しかけては来ないでしょう。なにせ、アルジュナ信仰の第一教義は『神に触れるべからず』ですから」
つまり「めんどくさいから俺の周りに集まるな」の意である。
旅商人をしていたころ、昔のソーマでとんでもない目にあったからな。
冷たいようだが、俺は気軽に旅がしたかったからな。
自分で勝手に信仰するのは構わんが、ぶら下がり取材みたいなのはやめてくれとお願いしてあったのだ。
「そんな教義がかなりの力を持つソーマだからこそ、テンペストへの国交の申し出も偵察の類も何もないんですよ」
「あー、そういう。ご近所なのに全然音沙汰ないから警戒してたんだが、お前がらみだったってことだな」
「はい。魔王カザリーム自身は別途何か考えているかとは思いますが。神殿を無視して動くことは難しいでしょう」
「へー」とリムルが何か考えているような顔で呻いた。
「教義的な理由なら仕方ないけど、ソーマからの祭りの来客が想定より少なくなりそうだな。新しく旅行者を獲得できないかと思ってたんだが」
リムルが若干残念そうだ。
ベスターが「こればかりは仕方ありませんね」と苦笑している。
ふむ。
ベスターのところでの会合のあと。
リムルはアルジュナと別れて、ミョルマイルとファストフード店の経営について話を進めていた。
「味見はさせてもらったよ。大変美味で大変ジャンクなあの味わい!完璧だった!」
「それはそれは、お褒めに与り光栄ですとも!」
ミョルマイルが笑顔で揉み手をした。
あのパンチの効いた味は長い旅程に疲れた旅人たちの心を大いに掴むことだろう。
鉄板焼きの店を出すと意気込んでいたヴェルドラも随分上手くなったし、これは中々に期待値が高まるというものだ。
リムルはそれから、声を潜めてミョルマイルに問いかけた。
「そういえばさ、なにやらアルジュナがこっそり化身を使って屋台を出すことを企んでるみたいなんだが、何か知ってるか?」
「アルジュナ様がですかい!?そりゃまた、随分壮大になりそうですなぁ」
「早めに何を企んでいるか聞き出さないと恐ろしいことになりそうで、ちょっと俺悩んでるんだよな」
アルジュナはああ見えて全能の神だ。
うっかりするとドラえもんのひみつ道具の露天販売とかしかねない。
彼にとってはそんなもの些事に過ぎないだろうが、こちらは目の玉飛び出てしまいかねない。
それに。
どうしても状況的に頼ってしまいがちだが、リムルはアルジュナの好意に甘えてはいけないと考えていた。
友を搾取するなど正しい友人の在り方ではないからだ。
「んー、アルジュナについてはミョルマイルも知らないみたいだし、後で俺が聞き出すとして。あと歌劇場と闘技場のほうは会場はゲルド達ハイオークと避難民の獣人達に急ピッチで進めてもらってるよ」
「ワシの方も企画は固めて、スタッフの教育も進めておりますわい。……ただ」
ミョルマイルが唸った。
「今いる神社の人員も出払うことになりますので、神社自体の管理の人手が足りなくなることが予想されるのですよ。いくら教義があるとはいえ、観光客がふらりと参拝に来る可能性は大きいですからな」
「だな。誰かいい人材がいるといいんだけど」
そう言った、その瞬間である。
恐ろしい妖気が突如、狭い会議室内に収束した。
思わずミョルマイルを庇うように構えを取ると、妖気は収束。
見知らぬ少女を模った。
「は、はぁ、はぁ、……っ話は聞かせてもらったよ!ならボクの出番じゃないかな!!」
息を切らせた辛そうな紫髪の少女の悪魔が姿を現したのだった。
・ヴィオレ
手下の悪魔の下手な召喚とほぼ自前の魔素を使って一時的に現界している。
無理やりに来たのでかなり辛い。