紫の悪魔娘、ヴィオレを正式採用した後。
二人はアルジュナにヴィオレを紹介すべく彼の神社を訪ねた。
こたつに座ってパチクリと瞬きしたアルジュナは、ヴィオレを見て「久しぶりですね、ヴィオレ。元気でしたか?」と声をかけた。
その言葉に哀れなほど緊張した様子を見せたヴィオレは、「はいっ!ご無沙汰しておりますアルジュナ様!!!」と背筋をピンと伸ばしてコメツキバッタのようなギクシャクした動きでお辞儀をした。
「というわけでさ、お前のところの神官として正式に任命したいんだよ。シュナ達は内政の仕事でこれから忙しくなるだろうし、シズさんは巡回警備の要だしな」
「そうでしたか。ならば私に否やはありません。これからよろしくお願いしますね、ヴィオレ」
そして一拍間を開けてから、にこりと変わりづらい表情を笑顔にしてヴィオレに微笑みかける。
「いえ、今後あなたにはウルティマという名を与えます。励むように」
「!!!もちろん、ボクの全力をもって仕えると誓います!!」
心底嬉しそう頬を赤らめて笑うヴィオレ──これからはウルティマか──に、リムルはつられて笑顔になった。
どうもアルジュナの娘だそうだし、これで仕事の名目で親子水入らずで話す時間を設けられそうだ。
アルジュナが「こちらへどうぞ」と二人がこたつに入れる場所を作ったので、遠慮なくリムルもこたつに入る。
ウルティマがまごついていたので「ほら、ウルティマも来いよ」と呼んでやる。
もちろんアルジュナの隣を空けておいてやれば、おずおずとウルティマは恥じらって入ってきた。
どうも親子というより憧れのアイドルとファンといった様相だが、家庭の事情は千差万別だからな。
リムルは特にそこには触れず、机の上にあるみかんをひとつ、ウルティマへと手渡した。
アルジュナの創造品だからといって一生食べるのを躊躇していそうだったからだ。
ちょうどディアブロが「ご報告があります」と言って現れた瞬間、悪魔二人が視線を交わしたが知らぬ存ぜぬを貫く。
「ノワールがアルジュナ様に何の用?」「はて。私はリムル様へのご報告に来たまで」なんて無駄に緊張に満ちた会話が交わされている。
アルジュナが食べかけのみかんをもうひとふさ口に放り込んで言った。
「そういえば、長らくあなたの『家』にも行っていませんでしたね。久しぶりに訪ねても構いませんか?」
「え、あ。……今はその、散らかってて」
「ふふ、急に訪ねたりはしませんよ。もし都合のいい日がありましたら教えてください。またかつての日のように話しましょう」
「うん!わかったよアルジュナ様!しっかりお招きできるよう急いで準備する!」
リムルは二人の会話を聞いて首を傾げた。
「家って?」と聞けば、素早くディアブロが補足してくれた。
「我々デーモンが精神世界である冥界に住んでいるのはご存じでしょう。精神世界である冥界には、基本的には何もない。物質的な豊かさが存在し得ないのです」
「そりゃあ、なんとも」
「しかし例外があります。かつて、冥界にアルジュナ神が訪れたとき、生まれたばかりのヴィオレを特に可愛がっていたのですが。そのときに彼女にさまざまな創造物を与えたのですよ」
精神世界だった冥界の一部を半物質世界へと変換し、基軸世界を真似て豊かな森や河川を作った。
動植物を生み出し、自然現象としての法則を適用した。
人の住める童話の如き小さな家と泉。心地の良い四季のある庭。
それらを作り出して永遠のものとした。
「そうしてできたのが冥界で唯一の物質的な造形物、『家』。そこは冥界でありながら半物質世界としての性質も備える、特殊な空間ですよ」
「へぇ、アルジュナにもいいところあるじゃん」
てっきり娘を放置して遊び呆けていたのかとも思っていたリムルであったが、それは勘違いだったようだ。
アルジュナは二つ目のミカンに手を伸ばしていった。
「一応、前に基軸世界と『家』を繋ぐ門も作ったんですよ。使ってもあっという間に魔素が拡散して悪魔が死ぬだけなので閉じましたが」
「それにボクの家に勝手に入ろうとする虫ケラも多かったし。ま、そんな雑魚い虫ケラなんて全部滅ぼしてやったけど」
「迷惑をかけましたね、ウルティマ」
「全然そんなことないよ!アルジュナ様が気にすることじゃない!」
ウルティマがパッと頬を染めて俯き、可憐であろうと恥じらっている。
ディアブロが心底興味なさそうにあさっての方向を見ている。
リムルはふと思い立って、この場の皆、アルジュナ、ウルティマ、ディアブロに声をかけた。
「あ、そうだ。この際だからみんなに相談しておきたいんだけどさ。この国の目玉として、今後、毎日人を呼べる催しを開催して行きたいんだけど。何かアイデアあるか?」
まず答えたのはウルティマだった。
うーん、と少しだけ唸った後人差し指を立てて口を開く。
「例えばだけど、来客が有料でボクの下僕を嬲れるようにサンドバッグとして提供するとか?憂さ晴らしによし、武器の切れ味を確かめるもよし!」
「ほう、いい案ですね。決闘場で見せ物にしても良いし、料金次第で雌型雄型を選べるとかどうでしょう?」
ディアブロがその案に賛成し、綺麗な笑顔で追加の案を出した。
リムルはばっと右手でストップのポーズをとって首を振る。
「待て待て待て、発想が血生臭い!!……けどハントの催しって発想はいいよな。貴族にも狩りは人気だろうし」
ただし、それには場所が問題だ。
ジュラの森は狩りの獲物は豊富だが、やはり万一の際の事故が気がかかりだ。
なにせ結構な上位ランクの魔物も出るから、巡回警備の兵たちが倒しているくらいだし。
労働力自体は避難民に賃金を払えば比較的集まるから問題なかろうが。
貴族相手にするとなると教育もせねばなるまい。
アルジュナがぽそり、と次は煎餅を具現化しながら言った。
「もしラミリスがいれば、迷宮創造(チイサナセカイ)で楽をできたでしょうね」
「あの精霊のラミリスさんの?トレイニーさん達の主なんだったよな」
「ええ。精霊女王として古くから存在しており、その力は魔王にも匹敵します」
「そりゃ凄い。……じゃなくて、ないものを言っても仕方ないか。うーん」
答えのでない問いにうんうんと悩んでいると、ディアブロが「では、最近リムル様が手に入れられた『幽星之王』のスキルを使うのはいかがでしょうか」とアイデアを出してくれた。
「『幽星之王』はアストラルボディを復活させるのは得意だけど、肉体は適用範囲外だしなぁ」
これはアルジュナとの修行中に手に入れた新アルティメットスキルで、アルジュナに消し飛ばされたディアブロを自動復活より早く瞬時に復活させるために使った奥の手だ。
また、これはアストラル体が死亡した時に本来は失われる人格や記憶もそのまま復活させるのにも役立っている。
とはいえ、ディアブロは元々心核を砕かれても瞬時に復活できる悪魔であるが。
「ええ。ですので、アストラル体での訓練・狩り体験施設、というのはどうでしょう」
「というと?」
「アルジュナ神に今は使っていないという『門』に肉体から幽星体への変換機構をつけていただいて。それで、アストラルボディの状態で冥界の半物質領域で訓練や狩りを体験してもらうのです」
そこまで来てようやくリムルにも何となく概要が掴めてきた。
まず、客をマテリアルボディからアストラルボディに変換する。
するとリムルのスキルである『幽星之王』の適用範囲になるため、不慮の事故等があっても客に危害が加わることがなくなる。
そして物質界であるここと違い、冥界ならアストラルボディでも霧散の心配がない。
そのまま、冥界の『家』──つまりは紫の領土で狩りなどのレクリエーションを自由に行う。
終わったらまた客を物質体に戻し、安全に帰宅してもらう。
「いい案に思えるけど、ウルティマは大丈夫なのか?勝手に俺たちが領土を使うのは…」
「いいよ。ボクの家から結構離れたところまで森が広がってるし、そっちを使うなら問題ないよ。外周部はボクの下僕に見張らせておくから、変な横槍も入らないだろうしね」
「原初の紫たるボクに喧嘩を売る奴もそうそういないよ」と心強い言葉も返ってきた。
これは一考に値するかもしれない。
冥界とはいえどうやらこちらの森と大差ないようだし。
「狩りの獲物はポイント制にして、たまにレアな金色の獲物も出たりして。森の管理にはトレントの皆さんやドライアドの人にも手伝ってもらえばいいか!」
「うん、森の管理なんてボクはやってこなかったから。時期によって小さくなっちゃったり生き物が減っちゃったりしたんだよね。適切に管理してもらえるならボクとしても願ったり叶ったりだよ」
「よし、その方向で一回検討してみようと思う。ただ、いくら危険がないとはいえ冥界だからな……詰めるところは色々出てきそうだ」
万が一悪魔が襲ってきたらどうするか、とか。場所が冥界というのは隠す方向で、とか。
うーんと悩ましげに唸り、リムルは向かいのアルジュナから煎餅をひとかけらむしり取ったのだった。
・ミョルマイル
「冥界で狩り!?……本当に安全なんです?それ」
・ウルティマ
狩りの獲物は下僕の悪魔をいくらか用意すればいいと思っている。
・アルジュナ
どうせなら狩り用の小世界を一つ用意するのに、と思っている。