ヴェルダナーヴァが死んでしまったらしい。
訃報を知らせてくれたのはヴェルダナーヴァが遣わせてくれたらしい悪魔で、全身真っ黒に金の瞳孔を持つ憎たらしいほどの美男だ。
原初の黒、ノワールと呼ばれていて、名前自体は無いとのこと。
呼び辛いから名前をつけてもいいかと聞いたのだが、「間に合ってます」とすげなく断られた。
どうもとっつき辛い男である。
「ヴェルダナーヴァ様との契約によりお伝えします。かのお方がお亡くなりになったのはここから三つ先の小国です」
「死因は?」
「戦争に巻き込まれての外傷性ショック死ですね。もはやヴェルダナーヴァ様は唯人に近しい、無力な人間でしたので」
「………そうですか」
だから権能をばら撒き過ぎるのはやめろと言ったのに。
胸にぽっかりと穴が空いたようだ。
竜は死んでも再び復活することぐらいは知っている。
通常は死ぬと人格も記憶もリセットされるそうだが、ヴェルダナーヴァほどにもなればもしかしたら記憶もあるかもしれない。
それでも、やはり感傷はぬぐいきれない。
何十億年も苦楽を共にした最初の友が一時であってもいなくなったのだ。
しかも自らの創造物に殺されて、苦しみのうちに。
ノワールが特に何の感慨もなく口を開く。
彼がどう考えているのは知らないが、まだ俺に伝えるべき情報があるようだ。
「生き残っておられるのはご令嬢であるミリム・ナーヴァ様のみで、奥方のルシア様も亡くなられたようです」
「ご令嬢………お、奥方って、あいつ、結婚してたってことですよね!?!?」
「はい」
俺氏、友達に先を越される───!!!
さらっと結婚して娘までいるとかお前、お前ェ!!
嫉妬に狂えばいいのか娘一人残して死んだ奴に怒ればいいのか、もはや何もわからない。
少なくとも娘さんは早いところ保護せねばならないだろう。
この古代社会において孤児なんて保護制度があるはずもなく。
一度転落すれば飢えて死ぬか、あるいは犯罪に手を染めて醜く泥水を啜りながら生きながらえるしかない。
俺は執事然として俺の判断を待つノワールに指示を出した。
「今すぐ娘の居場所へ案内してください。私が引き取って育てます」
「承知しました。飛行して森を突っ切れば二日ほどで着きますが」
「近くまで私がテクスチャ跳躍で移動します。細かい位置だけ案内を頼みますので、近くの街の名前をお願いします」
悠然とノワールは一礼し、「かしこまりました」と言って微笑んだ。
こういうイケメンに俺は成りたい……。
アルジュナのガワは間違いなくイケメンなのだが、俺と言う中身のせいで「抜けてる」「親しみやすい」と言われてしまうのが悩みどころだ。
なお、そう言って俺をこき下ろしたのはヴェルダナーヴァその人である。
あの考え無しの駄竜め。来世では覚えてろよ。
ノワールを連れて単独顕現に似たテクスチャ間の移動を行えばあっという間にそこは三つ先の小国の領土だ。
ここはあまり来たことがなかった土地だが、存在自体は街頭の噂で聞いていた。
内乱があったらしく戦火で建物は焼け果て、黒々とした煙と火の手の跡、そして負傷者と陰鬱な空気のみが滞留している。
みずぼらしい衣服のまま裸足で親を探す子供。
家財をかき分けてなんとか使えそうなものを探す老婆。
酷いものだ。やはり戦争はどうにも慣れない。
どうも窃盗も起きているようで、ユガの終わり頃であることが悪影響を与えている。
「ミリム様はあちらです」
ノワールの先導に従い大通りを下っていく。
道中いかにも金を持っていそうな格好のノワールにいちゃもんをつけるチンピラが三人ほどいたが、彼のひと睨みで失神してしまったようだ。
悪魔相手にカツアゲ、追い剥ぎしようなどなんと大胆不敵なことか。
思わずほへぇと呆けてしまって、呆れたようなノワールの凍える視線を受けてしまった。
「アルジュナ様は創造神であり、以前戦ったギィは手も足も出なかったと聞きましたが」
「う、うーん。それもある意味間違ってませんが。私、戦闘下手過ぎてほとんど何もしてないんですよね」
小さい生命を壊さず戦う方法がわからない…。
そう言うととても強そうに聞こえるが、単に大怪獣が手足をバタバタさせているだけと言われればその通りである。
仕方ないだろ動くだけで小さきもの達が死ぬんだから!俺は悪くねぇ!
ノワールが金の瞳で俺をじっと見て、それから一つ嘆息した。
「全能の神としてこれまで競うという概念すら必要なかった、ということですね。その内包する魔素量。存在感。素人同然の立ち振る舞い。納得しました」
素人言うなし。
至極残念そうなノワールはやっぱり悪魔にありがちな「いっちょ手合わせしようぜ!」的な感覚があったのかもしれない。
ほとんどサイヤ人さながらだな、悪魔って。どうして初手で戦おうとするんだみんな。
と、そんな感じで雑談しながらぶらぶらと歩いていけば、一個の木造のオンボロ家屋が見えてきた。
それもやはり半壊していて、一部が燃えたのか黒く焦げ付いている。
この辺りに雨が降ったせいで全焼を免れたのだろう。
その家の前に座りこむ、一人の幼女がいる。
桜色の長い髪をツインテールにしており、その髪が地面についてぬかるんだ泥に塗れてしまっている。
簡素なワンピースは血塗れに煤だらけ。
無表情のまま汚れた地面に膝をつき、その両手に一匹の子竜を抱えたまま涙を流す。
そんな、ありふれた悲痛さがここにはあった。
「ミリム・ナーヴァ、ですね」
「…何なのだ、おまえたち。ワタシは…」
「貴方の父親であるヴェルダナーヴァの古い友人、アルジュナと言います。貴方を引き取りにきました」
「………」
警戒の瞳だ。
もしかしたら、これまでもそのようにいい顔をして彼女を騙し、人売りさせられそうになったのかもしれない。
ワンピースにこびりついた返り血はどす黒く乾いている。
「ワタシを騙せば報いを受けてもらうのだ。わかるな?」
「勿論。殺してくれて結構です。とはいえ、私もヴェルダナーヴァならともかく娘に殺されるほど耄碌してはいませんが」
手を差し伸べれば、ミリムは恐る恐る手を取って、曇った顔を見せた。
俺たちの間にまだ信頼関係はない。
それはこれからゆっくりと築いていくとして、問題は俺に子育ての経験なんてないと等しいということだ。
ワンオペで養子を育てるなんてできるわけない。
「では、契約は果たしました。私はこれで」
「あ、ちょっと待ってくださいノワール。まだ用事が」
さらっと一礼して退去しようとしたノワールを思わず引き留め、そのヴェルダナーヴァとの契約の名残と思われるパスをグッと引っ張る。
そしてそのまま自分と結び直し、魔素とパパッと創造した血肉とを無理やり流し込む。
「っ、な、何を…!」
「契約です。素人である私一人でミリムの世話とか無理オブ無理ですので、貴方も子育て手伝ってください」
「お断りします」
「無駄なので。というかもう契約の神ミトラの権能のもと契約は成りました。ざっと百年ぐらいで構いませんのでお願いしますね!」
「……こんな横暴初めてですよ」
ものすごく渋い顔をしたノワールが吐き捨てた。
この契約が強固かつ絶対であることに気が付いたのだろう。
後で恨まれそうだが、緊急事態につき仕方あるまい。
子育てはこの万能執事っぽい悪魔に任せればいいとして、あとは俺が諸々を創造で準備すればいいか。
完璧。さすが俺。
ミリムは俺たちの言い争いにキョトンとした顔をしている。
あっ、ノワールが頭を押さえて大きすぎるため息をついた。いいじゃないか百年ぐらい。一瞬じゃん文句言うなし。
そうして、俺たちの奇妙な子育て生活が始まったのであった。
・原初の黒、ノワール
ジュナ主のことは最悪の独裁素人創造神だと思っている。
とはいえ、子育て以外は自由かつ現世にいられるのはプラスなのでそこまで悪くない契約だとは思っている。
・未だ幼きミリムナーヴァ
不審な男二人だが、いざとなったらぶっ飛ばして逃げればいいと思っている。