暇にあかせてルベリオスからこちらへ向かう騎士団の様子を見学する今現在。
今現在。
視界の先で馬を走らせるヒナタの姿が見える。
団長が全員抜けるのは国防の観点から心配、ということでギャルドという赤髪の青年が残留することになったようだ。
ギャルドとやらから感じる魔物への敵意は人一倍なので、残ってもらってよかったと考えるべきか。
さて、彼らの旅程だがかなりの長さとなっている。
ルベリオスは西の果て、ダグリュールの支配領域である不毛の大地に接している。
そのためここへ辿り着くにはイングラシアの街道を抜け、西方諸国を通り、ブルムンドを横断してようやくといったところだ。
長旅を魔法で馬を癒しながら駆け足で進む聖騎士団の慣れた様子は、こうした各国への旅が常だということを示している。
旅の様子なんて変わり映えがしないしつまらない。
迎えに行こうか、なんて思ったちょうどそのタイミングで背後にリムルが現れる。
「変なこと、考えてないよな…アルジュナさんや」
「いえ。ちょっと聖騎士団の様子を見学していただけです。変なことなんてありませんよ!」
「ならいいけど」
迎えに行く計画は一瞬で頓挫した。
じとっとこちらを見るリムルを努めて無視して視線の先に意識を集中する。
聖騎士達は道中、ブルムンドが随分と発展していることを気に留めたようだ。
一部店舗で出していたラーメンと餃子を物珍しげに繁々と眺めている。
食べ物に関するリムルの力の入れ具合は並のものではないからな。
あれは飽食の時代たる地球で一定の地位を確立していた食物を完全再現した代物だ。
食材はできる限りリムル達が入手経路を確立したが、一部どうしても品種改良が間に合わなかった品もある。
代を重ねて甘みの増した農作物等がそれにあたる。
それだけは俺が品種改良された苗木やタネを供給し、農業部門がそれを増やすよう試行錯誤を続けている。
まさにありとあらゆる手を尽くしてようやく成った汗と涙の結晶と言っていいだろう。
それだけあってブルムンドでも随分と人気のようで、売り切れが続出している模様。
聖騎士達もそのあまりの美味しさに驚いているようだ。
俺も大好物だしな、ラーメン。餃子の玉ねぎの甘みも醤油と絡んで最高なんだよな。
さて、ブルムンドを出ればあとはテンペストまであと少しだ。
街道がほぼ完璧に整備されていることに驚愕を隠せないようだ。
人間とは違い、ハイオークの労働者は疲れ知らずかつ強靭剛力。
ここまでの工事速度は地球でも難しいことだろう。
「これは神を意味する彫刻かしら」
「対魔結界……ですね。これならば旅の安全は飛躍的に向上します。道理でブルムンドでも商人で賑わっていたわけだ」
金の長髪の優男…レナードが驚きに結界を見渡している。
彫刻は街道に整備された対魔結界の発生装置だ。
それ自体でほぼ無期限に動く、研究所のガビルとベスターの傑作である。
夢の永久エネルギーに近いそれだけでも凄い。
ただし、エネルギーが無限でも設備自体が雨風で劣化することは避けられない。
その劣化をなくすため、対魔結界の刻まれた部分は俺の権能により時の流れが停止させられている。
ほぼ完璧だった永久をほんの少し支えるだけの処置だが、これで完全無比の永久結界となったわけだ。
しげしげと彫刻を眺める聖騎士たちに、ヒナタが「先を急ぐわよ」とクールに言い放った。
そうして、聖騎士達は国内に無事に到着したわけだが。
あとは大きく整備された街道を下っていくのみだ。
この街道は高速道路のように一定区間ごとに休憩所があるし、警備兵もいる。
聖騎士達の釈然としない顔は魔物の国と侮っていたからか。
ここまでほぼ俺がいなくてもなし得ていただろうことだから、俺も鼻が高いというものだ。
そうして。
迎賓館前に到着した聖騎士団一行は、まずヒナタを先頭にすとんと馬を降りた。
金の長髪を靡かせた優男、レナード。
寡黙そうな壮年男性バッカス
髪を後ろで一つにまとめた女性、リティス。
それに、後ろにいるのは俺も見たことがある、ルベリオス教皇庁のお偉いさん、枢機卿のニコラウスだ。
対する俺たちは、リムルとその後ろに執事たるディアブロ。
俺とその後ろに神官たるウルティマ。
そして内政担当のシュナ。
この5人だ。
代表としてヒナタが口を開く。
「この場を設けていただき感謝します。魔王リムルに、滅亡神アルジュナ」
凍えるような声色にリムルがたじろいでいるが、これは緊張の裏返しだろう。
会議室に通せば、硬い仕草でヒナタが椅子に座った。
ピリピリとした空気が部屋に満ちる。
「まず、ファルムスの件についてはそちらの要求を飲み、賠償として教義の一部変更が完了したわ。全国への通達も完了済みよ」
「こちらもそれで異論はない。追加の要求をするつもりはないから安心してくれ」
リムルの言葉に騎士達はあからさまにほっと肩を下ろしたようだ。
ここから賠償金、なんて言われる可能性も考えていたのだろう。
そうすればまたルベリオス国内に混乱を招くし、俺たちにその気は無いのだが。
それに、明らかに同郷の名前であるヒナタとはリムルも話してみたかったようだしな。
ニコラウスが咳払いして俺をまっすぐに見た。
「それと。此度の聖騎士の動きは私がレイヒムに許可を出したことであり、独断専行です。ヒナタ様に責はなく、咎めるのであれば私をお願いいたします」
「なるほど」
見た感じ、ニコラウス卿はどうやらヒナタにひどく心酔しているようだ。
それをリムルも感じ取ったのか、リムルは面白そうな顔をした。
「ま、繰り返すが俺達としては今回のことは教義の変更が完了した時点ですでに済んだことだ。過去のことは水に流し、友好関係を築けていければと考えているよ」
「そうね。こちらも同じ意見よ。その上で、聞いておきたいことがあるのだけれど」
「なんだ?」
ヒナタの真摯な視線がリムルを捉える。
「貴方が人間と融和したいという気持ちが確かなのはこの街を見てわかったわ。その上で、あなたが最後に目指すところはどこなのかしら。貴方は何を求めているの?」
「そりゃもちろん、できるだけみんなが幸福に過ごせる国を作ることだ。俺の目の届くうちで、不幸は見たくないからな」
「そんなのそこの神様に頼めば一瞬でなんとでもなるんじゃないかしら」
流すように俺を見るヒナタの目に、わずかな猜疑心が残っている。
確かに俺なら可能だろう。
人を幸せのうちに『飼う』ことなんて俺にかかれば簡単なことだ。
面倒臭いからやらないけど。
「たしかに。アルジュナに頼めば出来るだろうな。でも未来も幸福も自ら掴んでこそだろ?」
「………」
「ま、それで不幸になってりゃ世話ないから、俺たちの力が足りない時は仲間として遠慮なく頼らせてもらうけどな」
いたずらっ子のような顔でリムルが笑う。
友達がみんな笑って過ごせればいい、なんて子供のような夢をそのまま形にすべく、彼は努力を惜しまない。
リムルの様子にこちらも笑顔になる。
「ええ。私も彼の自立性を見守り、その上で助力を惜しまない。私は彼の魂の輝きを気に入っているんですよ」
魂など、ヴェルダナーヴァの時より輝いてるまであるのだ。
真の自由と夢とを手に入れたからか、彼はどこまでも善性であった。
それを聞いてようやく、ヒナタも瞳から猜疑心を消した。
長い沈黙の後、「なるほど」とだけ言って瞳を伏せる。
「魔王だ神だと聞いて、私も少し心配しすぎていたようね。ええ。このテンペストの繁栄を、貴方の人となりを、今回の視察で十分にルベリオスへと伝えさせてもらうわ」
「ああ。こちらこそよろしく頼むよ!」