どうやらテンペストが経済的攻撃を受けているらしいと分かったのはその日の夜、夕食会が終わった後のことであった。
ドワーフ王国で製造された金貨が足りず、商人に渡す分が捻出できないらしいのだ。
無論金自体はある。
星金貨や金銀財宝があっても、それをドワーフ金貨として崩すことができないというだけだ。
いくらそれが西方諸国評議会の定める標準通貨とはいえ、そこまで商人達がドワーフ金貨に固執するとは不自然にすぎる。
事情を聞いて「んー…」と難しい顔をするリムルに対し、俺は少しばかり提案した。
「私が貨幣を用意しましょうか。ちょいちょいと、それだけすれば経済に混乱を引き起こすことなく金貨を発行できますよ」
「いやいやいや、偽造はまずいだろ。ガゼル王も来賓で来てんのにさぁ」
「偽造ではありませんよ。作るのはこの国に金貨があるという歴史です」
「無駄に壮大なことすんなし」
ピシャリと断られて俺は萎れた。
何故……ちょっとドワーフ金貨を仕入れた歴史を増設して辻褄を合わせるだけなのに。
ミョルマイルが「相変わらずやることなすこと規模の大きなお方ですなぁ」と額の汗を拭った。
誉めていると見せかけて全然誉めてない文脈である。
リムルがため息をついてソファの背もたれにもたれかかった。
「そんなことしなくてもガゼル王に直接財宝をドワーフ金貨に崩せないか聞く方が早いだろ」
「……なるほど、それはそうですね。もしそれで足りないようならエルメシアにも追加で聞いてみましょうか」
「うっ……あの人か。俺はあんまり関わったことがないから、もし必要になったらアルジュナから声をかけてもらっていいか?知り合いみたいだし」
「いいですよ」
さて、ドワルゴンの方に声をかければ、すぐに用意できるのは1500枚というところだろうと気軽に返事が返って来た。
この辺はさすがはリムルとガゼル王の仲だ。
アルジュナ神に武芸を鍛えられた先達、兄弟子だとリムルにいって憚らないガゼル王は至る所で兄貴風を吹かせがちだ。
そうでなくとも俺の課す授業内容について2人でよく盛り上がっている。
鬼だとか悪魔だとか言いたい放題だが、それで連帯感が育まれるのならば目を瞑ろう。
そして残りはエルメシアの方が崩してくれることになった。
交換条件は「定期的に催しを開くこと」。余程この祭りが気に入ったらしい。
こちらとしても年に一回ぐらい開きたいと思っているので実質タダみたいな交換条件だ。
会議室で肩身が狭そうな顔をするガゼル王の横で、ごほん、とエルメシアが咳払いする。
「それより、アルジュナ神。あの原初はどのような了見でおそばにおいておられるのですか?」
「あの?ディアブロとウルティマのことですね」
「名まで与えたのですね……」
エルメシアが大きなため息をつく傍ら、なるべく我関せずの仕草でリムルが気配を消している。
ディアブロの名付け親はリムルの方だが、なんだか面倒くさそうな気配を感じ取ったらしい。
そっとディアブロの後ろに隠れたリムルに、ディアブロが花でも咲きそうな笑顔を見せている。
幸せそうじゃんお前。
「確かに悪魔の系統は悪しき破壊に傾倒するものも多い。ですが、彼らは私とリムルの手足となって動く優秀な人員です。心配ありませんよ」
「………たしかに、ここは神の袂。要らぬ心配でした」
俺の言葉に同意するようにリムルがうんうん頷き、その度天井知らずの様相で機嫌良く笑顔になっていく。
その横でひたすら誇らしげに胸を張るウルティマの頭をそっと撫ぜてやれば、ポンっと音がするかのように顔を赤く染めた。
愛いやつめ。
懐いている姪っ子がじゃれついて来ているような感覚だな。
そんな悪魔達の和やかな様子に毒気を抜かれたのか、エルメシアは呆気に取られたようだった。
翌日。
二日目は武闘大会だ。
一応勇者達一行が参加するとのことで客は皆闘技場へと赴いているため、屋台のある大通りは少しだけ人の波も穏やかだ。
マサユキ達は大衆の場で先日の続きをリムルに呼びかけるため、公式に参加を宣言したとのこと。
その隙に、俺は二日目参加組と共に屋台設営の準備である。
闘技場の騒ぎがここまで聞こえてきて、凄まじいマサユキコールに会場の熱狂が窺い知れる。
俺の知るルドラはそういうキャラじゃなかったんだが、そういえばギィから聞いたところによると若かりし頃はもうちょっと愉快な性格だったといってたっけか。
お手伝いさんの獣人達に手伝ってもらいながら、てきぱきと屋台を完成させる。
これ即ち俺の密かな試み、つまりは「おみくじ屋台」である!
リムルはソーマからの客が少なくなるのを心配していたからな。
俺は前もって「世界の言葉」を使ってソーマのもの達に通知を出したのだ。
このテンペスト開国祭の間については、一家の一年の運気を占うおみくじを販売する。
それを買いにくる場合に限り、一家の家長と少数の付き人のみが神への謁見を兼ねて買いに来ても良い、と。
それを聞いてソーマのお偉方がこぞってやってくることになったのは僥倖だった。
貴族向けの催しとよくマッチして噂になること間違いなし。
数も制限したのでそこまで大所帯になることなく、きっちりテンペスト側でさばけている。
と、そういっている間に今日初めてのお客さんだ。
できたばかりの屋台を覗き込んでいるのはゴブリンの女の子だ。
こてりと首を傾げて「なぁに?」と聞いて来たので「占いですよ」と簡潔に答える。
「お母さん!お母さん!!これ欲しい!」
「まあまあ、美味しい綿菓子でも見つけた……ッアルジュナ様!?!?」
神が屋台のおっちゃんやってる姿に流石にびっくりしてしまったらしい。
俺は鷹揚に頷き、「一枚100功労ポイント、あるいは銀貨一枚です」といっておみくじボックスを見せる。
「あの……これは?」
「家族の一年の運勢の流れと不運を払う方策が書かれたミニミニ予言文です。手に取ると文章が浮かび上がります」
「な、ならおひとついただけますか……?」
「まいどあり」
文章量の関係で紐で閉じられたミニ冊子になってしまったが、文量の多い分には客も嬉しかろうて。
ぱらりと客がそれをめくれば、じわじわと墨で書かれた文字が浮かび上がってくる。
今年の運気の総括、恋愛や金運など各分野の運勢状況。
おや、今年はこの方の夫が大病を患うらしい。
日付は三ヶ月後。夕方18:24に苦しんで倒れる模様。
しっかりこの三ヶ月で生活習慣を改めてビシバシしごくか、あるいは専門の優秀な医療者のいる国までの旅費を工面するか。
その二つが現実的な路線だろう。
「もし占いの内容で困りましたらこの屋台、もしくは神社までお越しください。功労ポイント200、もしくは銀貨二枚で相談に乗りますからね」
「はい……!ありがとうございましたアルジュナ様!ねねちゃん、一旦お家帰ろう、お父さんと相談しなきゃ!」
「えぇぇ、もう帰るの?」
駄々をこねる少女を抱っこして、お客さん第一号は足早に去っていく。
しばらくすると貴族と思しき人々がお付きの騎士を連れて大勢現れ、どんどんおみくじは売れていった。
開いては驚愕の顔つきで「まさか…お祖父様が…早く家に知らせねば!」と早馬を走らせるもの。
息子が生まれることを喜ぶもの。後ろ暗い家業の成功にほくそ笑むもの。
皆一様に俺へ深々と礼をして「偉大なる創世神よ、御身に信仰を捧げます」とソーマ式の挨拶をして去っていく。
ソーマの挨拶は昔から大げさなのだ。
今日一日でまとまった金を手に入れた俺は、明日は化身を使って屋台を巡ろうと決心しながら収穫した銀貨をウハウハと眺めていたのだった。