西方諸国会議当日。
リムルと俺、ベニマル、シュナの四人は正装でイングラシアへとやってきていた。
珍しく俺も参加しているのは、イングラシア側から是非評議会にご参加をと誘われたためだ。
俺に支配の宝珠を使うのが目的なのが丸わかりだ。
しかし、ここで俺が断って狙いが分散しても面倒だ。
というわけで今回俺はデコイ役としての参加となったのである。
会議室に入れば、香り立つような
どうやら一部の議員へと精神操作してより強欲に、より短絡的に誘導しているらしい。
入り口近くにいた議員の一人がニコニコ顔で立ち上がって両手を広げた。
「おお、これはこれは、ようこそおいでくだださいました、テンペストの方々!歓迎しますぞ!」
「えーと、ははは、これはどうも」
リムルが慣れてなさ100%の反応でペコペコしかけて、すんでのところで下げようとした頭を自制したようだった。
日本人の反射的態度だが、社交界的な態度ではないからな。
礼節担当のシュナが後ろでギラリと目を光らせたのに気がついたのだろう。
そのまま幾人かの議員に囲まれたわけだが、その全てがフレンドリーというわけにはいかないようだった。
凄まじく舐めた態度で俺にまで話しかけてきて「神といえど話の通じるようでなにより!」と変なふっかけ話をもちかけてきたのだ。
やけに偉そうなミジンコである。
隣でリムルがハラハラとした顔でこちらを見ている。
いや、力量差を感じられぬほどの隔絶があるから仕方ないといえば仕方ないか。
この可哀想なミジンコをそのように作ってやらなかった俺が悪いと言えばその通りだ。
というか、そろそろ場に満ちる負の影響力も鬱陶しくなってきたな。
それだけでスキル効果は雲散霧消した。
まぁ……そのおかげでスムーズに、とはいかなかったが。
強欲者の影響下でもないというのに欲に目の眩んだイングラシア第一王子エルリックが、議会に兵士を乱入させたのだ。
名目は「議会を汚す魔物たちを鎮圧するため」。
「いい気味だ、魔物風情が国だなどと大きく出よって!」
「これは……議会に兵士を入れるなどなんたる無礼!なんたる無法!許されることではありませんぞ!!」
「ひいっ、は、早く避難を!」
喧喧囂囂の様子でパニックに陥った議員たちが硬直しながら叫び出し、兵たちが「動くな!魔物め!」と俺たちを威嚇する。
ベニマルがあまりの不敬にキレすぎて頭が真っ白になった顔をしている。
そりゃここまでコケにされちゃ仕方ないわな。
さて、そんな様相の中、兵士の中に紛れていたAランク冒険者ガイが、俺の首に素早く
ちり、と支配の宝珠が俺の首で揺れる。
あやまたず宝珠は効果を発揮し、俺の意志と魂とを縛ろうと魔力の枝を伸ばす。
うーん、無意味無意味。
勝利を確信したガイが「神を支配したぞ!!」とか叫んで拳を振り上げている。
あちゃー、とリムルが顔を押さえた。
全然心配してないリムルの様子にちょっとだけむくれる俺である。
自分で大丈夫と言った手前あれなのだが、心配してくれてもいいじゃんという気持ちも拭いきれない。
「お待ちください、コレは議会の意思ではないのです!」と正気の議長が混乱しながら青ざめて叫んだ。
まあ、これはイングラシアの第一王子が暴走しただけだからな。
続けて増援の兵士も駆け込んできたが、全然弱っちいミジンコの群れである。
「見たか!これで私は神も、ヴェルドラも、魔王リムルも支配する!」
などとエルリック王子が高らかに叫んだ。
恐るべきお馬鹿さんである。普通に俺の表情を見れば操られていないことなんてわかるだろうに。
増援の中に混じっていた冒険者組織、
見たところ、彼らは今回エルリック王子の依頼で護衛として参加しているらしい。
驚愕というか、こんな馬鹿なことをするとは思わなかったというか、いますぐにでも地の果てまで逃げ出したそうな雰囲気である。
側近らしき人と一言二言交わした後、一瞬で全員が揃ったように俺へ向かって土下座した。
エルリック王子が彼らの突然の奇行に疑問符を飛ばしている。
思考をそろっとのぞいてみると、「言い訳はしない。我らが神ミザリーはこの件に関与していないので我らの首でお許しください」ぐらいのことを考えていることがわかった。
原初の緑、ミザリーもいい従者を手に入れたものだ。
───彼らは消さずにおくとしよう。
俺は静かにリムルに声をかけた。
「この会議を書き換えようと思うんですが。こんな大事件議会としても不名誉でしょうし、平和裏に終わったと書き換えようかと」
「……それ、洗脳したって言われないか?」
「まぁそれならそれでテンペストを舐めた真似が減るのでいいと思いますよ」
「ならいっか。オーケー、俺もいい加減堪忍袋の緖が切れかけてたんだ」
支配の宝珠をぶちっと掴んで捨て、ようとして思い返し証拠としてリムルへと渡す。
そしてそのまま流石におふざけがすぎる大男、ガイの顔面を掴んで持ち上げる。
「不出来なものよ。慈悲を与えましょう」
「ば、バカな!?
暴れる男の顔面の骨をちょいと砕いてやれば、男は静かになった。
窓から見える空が黄昏色に染まっていく。
少しの変更で世界ごとユガを回すのは非効率だが、今回は威嚇も兼ねているからな。
よくよく見るがいい。眺め、移ろい、神の御技をその目に映す栄誉を喜ぶといい。
「世界の歯車は壊れた。今こそ粛清の時、今こそ壊劫の時。我が廻剣は悪を断つ──『
そんなわけで、平和に終わった西方諸国評議会でテンペストの評議国入りが決まったのである。
今回は時期外のユガ回しのため、世界の言葉で通知をしてある。
歴史改変のためということと、変更範囲を明記だ。
前回何も言わずにユガを回したらギィにすごく怯えられてしまったからな。
これくらいすればお馬鹿さんへの威嚇にもなるし、ギィたちも安心だろう。
そんなことを思いながら、「本当に大丈夫かなぁ」としきりに心配しているリムルを隣にテンペストへと帰国したのであった。
「失敗したわ、失敗したのよ」
マリアベルはぎりりと奥歯を噛み締め、その可憐な表情を歪めさせた。
グランベルとしても今回の『世界の言葉』のことは完全に想定外であった。
「あの1000年ごとの終末は終わったばかりのはず。1000年の間が空くのは世界を再誕させるための莫大な力を蓄えるためではなかったのか!?」
「時期を無視して歴史ごと書き換えることができたということは、無理をして終焉を起こした可能性もあるのよ」
「……それとも、本当に神にとってそのようなことは些事でしかないのか」
今回の件でイングラシアが蓄える戦力、魔法審問官の力を確かめることも視野に入れていたが、不発に終わってしまった。
しかし今回切り捨てるはずだったギャバンやエルリックなど便利な手駒が歴史改変でこちらに残った。
会議後に下手人を始末する目的で張らせていた異世界人──グレンダが捕まったのは痛手だが、それは必要経費として割り切ろう。
マリアベルが凍えるような冷たい表情で拳を握りしめた。
「ここで潰すしかないわ。時間はあの魔王の味方なの」
「無茶な!かの魔王は滅亡神の加護を受けているのですぞ!」
西方諸国評議会の闇、五大老の一人ヨハンが眉間に皺を寄せた。
その言葉に同意したのは、これまで黙ったままだったユウキ・カグラザカだ。
「その通り。無理だぜ。正直、神がまた人類に興味を失って放浪の旅に戻るまで勝ちの目はないと見たほうがいい」
「………そうね。神は絶対だわ」
今にも地団駄を踏みそうな、そんな激情をなんとか堪えたような表情でマリアベルは俯いた。
「お気に入りの魔王を人質にとれば……いえ。神に邪魔されて終わりなの。どうしたら、どうしたら」
屈辱に身を震わせて考えを巡らせるマリアベルに、ヨハンが静かに問いかける。
「何故そこまでして魔王を潰そうというのです。共存の道もあるのではありませんか?」
「………支配こそが生。君臨こそが望みなの。神に支配される家畜でいるなら、生きてる意味なんてないわ」
マリアベルの心からの言葉に、部屋に沈黙が満ちる。
その言葉に最初に同意したのは、ユウキ・カグラザカであった。
「そうかい。それは………まぁ、同意できるかな」