ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……!   作:怪盗218

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滋悟郎さんsideをつけ足していたら、筆が乗って思わく時間がかかってしまいました。


12話 打倒 不敗神話!! ③ 決着

「はぁっ、はぁっ!」

 

「ぜぇっ、ぜぇっ!」

 

互いに荒い息を吐き、開始線上で見つめ合う私達。

 

「これより、当初の取り決め通り延長戦を始める! 両者、良いな!」

 

滋悟郎氏が私達に交互に視線を投げかけ、意思を確認する。柔ちゃんは頬を伝う汗を道着の袖で拭いながらこくりと頷く。もちろん私も頷きを返す。

 

やれやれ、待ち望んでいた猪熊柔との戦いが判定なんかで決着がついたりしたら嫌だなと思って、念のために提案していたサドンデス方式だったけれど、本当にその方式に突入するなんて……ね。

 

サドンデス……か。この世界にはもともとそんなルールは存在していなかったから、これを経験するのは前世のパリオリンピックの決勝戦以来という事になる。主観の入る判定より技による優劣を競うために導入された方式だけど、やっぱきっついわねぇ、これ。

 

「――では、はじめぃ!」

 

滋悟郎氏の言葉と同時に、私と猪熊柔は再び組み合う。やはり組み手争いは無い。直ぐに互いが互いの良い所を取り合い、技を繰り出す。

 

その激しい技の掛け合いの最中、私の払った足払いを躱して、試合当初のお返しとばかりに、彼女が燕返しを繰り出す。

 

ふっ、甘いわよ、猪熊柔! その燕返しを、畳に根が生えたように腰を落とし受け止める私。

 

しかし、それでも猪熊柔は止まらない。私の重心が落ちたのを好機と判断したのか、彼女は両膝を畳に擦らせながら私の懐に飛び込んきた。

 

――膝つきッ!!

 

膝つき。いわゆる『膝つき背負い』。一般的な立った状態から投げる背負いとは違い、畳に膝をついた状態から相手を背負う、背負い投げの亜種と言って良い技。一般的には、自分より極端に背の低い相手や態勢を低くした相手を投げる時に用いられる。猪熊滋悟郎、こんな技まで孫娘に伝えていたか!

 

「――ふっ!」

 

猪熊柔が畳に膝をついた姿勢から、持ち前の天性のバネを存分に発揮し、膝ごと一気に立ち上がる。当然だ。膝つき背負いは、膝をついた姿勢のまま相手を投げてもポイントにはならない。ポイントを奪うには、しっかりと相手を背負ったまま膝を立てなくてはならない。

 

「――!? きゃっ!」

 

不意に彼女から困惑と悲鳴に似た言葉が漏れた。何故なら、彼女が膝を立てた時、私はもう彼女の背後から彼女の右側面に身体を移していたからだ。膝つき背負いには意表を突かれたが、あれは膝を立てる必要がある分、通常の背負いより技が完成するまでに時間がかかる。そして何より私には、ありとあらゆる世界中の柔道選手と戦い抜いてきた経験がある。ゴールドメダリストを舐めんじゃないわよ!

 

私は、彼女が身体を跳ね上げる力をそのまま利用して彼女に裏投げを仕掛けていた。裏投げとはプロレスでいうバックドロップのような技で、技を仕掛けてきた相手を力技で投げ飛ばす返し技の一つだ。私はこの世界で裏投げ対策として繰り返しこの技を受けているうちに、得意とは言えないまでも、この技を習得していた。

 

――!? ちいっ!

 

自分から仕掛けた技のはずなのに、思いの他裏投げの勢いが付きすぎ、猪熊柔の帯に回していた私の指が遠心力で僅かに緩む。

 

――いや、違うっ! これは猪熊柔が自分から飛んだんだ! さっき私が彼女の一本背負いを躱した際のやり方を、そのまま真似された! なんて柔道センス! これが猪熊柔か!

 

裏投げの最中に帯を握った手を切られた私と、手を切りながらも投げられる勢いまでは殺せなかった猪熊柔。互いに身体の側面を畳に着けながら、もんどりうって倒れる私達。

 

「ぬっ!? むぅ――」

 

滋悟郎氏が畳に転がった私達を見て、彼にしては珍しい事に判断に悩むそぶりを見せる。彼が悩むのも無理はない。これが4分間の試合中に決まっていたら、有効は無いにしても、効果ぐらいなら私が奪えていたかもしれない。

 

だけど、今はサドンデス。彼が効果を宣告した途端、この試合は決着がついてしまう。その迷いが、彼が決して孫娘の負けを宣告する事を躊躇したためでは無いということは、これまでの彼の審判ぶりを見ていれば分かる。

 

だから私は、彼のピクリと動きかけたその手を制するように、「――ないわよ!!」と叫びながら、未だ起き上がっていない猪熊柔に対して寝技勝負を仕掛ける。そうよ、こんな最高の試合を締めくくるのが、あんな技の掛けそこないなんて、許せるはずが無い!

 

終わるのなら、どっちが勝つにせよ負けるにせよ、一本しかありえないわ!!

 

続く寝技の攻防。猪熊柔が態勢を入れ替え、私の上半身に覆いかぶさり上四方固めの態勢に入ろうとするが、逆に私は下から彼女の腕を取り関節技をしかけようとする。互いに最後を詰め切れず寝技の攻防が途切れた事を悟った滋悟郎氏が、「待ていっ!」の声を上げる。

 

「「「おぉぉぉぉーーー」」」

 

戦いの攻防が途切れた瞬間、周囲のギャラリーから感嘆の声が飛んだ。じっと互いに見つめ合いながら、再びゆっくりと開始線に戻る私達。

 

滋悟郎氏から睨むような視線を感じる。どうせさっきの件で、(審判に物言いとは生意気な!)とでも思っているんでしょうね。なかばそんな確信があった私はそ知らぬふりで彼とは目を合わさず、ただ同い年の少女とだけ視線を交わす。

 

ふふふ。楽しいわね、猪熊柔。ねえ、あなたも楽しいでしょう? 楽しいはずよ。彼女の真剣な瞳を見つめて、私は思わず口角が上がるのを抑えられなかった。

 

 

 

攻防は続く。互いに息もつかせぬ技の掛け合いに、周囲の雑音が消えていくのを私は感じていた。なんだろう、この感覚は。懐かしい。まるであのパリの地で戦ったオリンピックの決勝戦の時のよう……。たとえるなら、体の表面に付着していた錆がどんどんと剥がれ落ち、代わりに全身の駆動部位に良質なオイルが差されていくかのような感覚。

 

同時に前掛かりの技を放とうとしたために、互いの額がガツンっとぶつかり合う。猪熊柔の瞳に私の顔が映っている。その瞳に映っていた私の顔には、……笑みが浮かんでいた。

 

延長戦に入って、もう何分経過しただろうか。互いに疲労がピークに達してきている。最初の4分ではかからなかった私の足技に、猪熊柔がたたらを踏む。もちろん逆もしかり。猪熊柔の放った小外刈りによろめく私。ガス欠が近づいている……。これではせっかく錆が取れ、身体にオイルが差されても意味がない。

 

――勝負! まだ体力が残っているうちに仕掛けよう、と考えた私だったが、それは猪熊柔も同様だったようだ。私の仕掛けより一瞬早く彼女が私の懐に飛び込んでくる。

 

 

この時、お互いが最後にかけようとした技の選択が勝敗を分けた。

 

 

先手を取り足払いで私をけん制した猪熊柔が、懐に飛び込むなり私の眼前で時計回りに回転する。右の一本背負いなら反時計回りに回転するが、時計回りに回転するのは――。

 

「――やあっ!」

 

やはり()()一本背負い! それまで右の一本背負いしか仕掛けてこなかった猪熊柔の、勝負師としての片鱗を見た私。右の一本背負いが出来るからと言って、同じレベルで左の一本背負いが出来る選手はまれだ。それは野球選手で言う所のスイッチヒッターが出来るという事と同義と言っても良いだろう。誰も、彼女がそんな事ができるなどと考えもしないはずだ。

 

だから猪熊柔のこの時の選択は間違っていない。相手が私でさえなければ、十分に意表を突かれ、この戦いは彼女の勝利で終わっていたかもしれない。

 

 

――相手が私でさえなければ。

 

 

だけど私は知っている。彼女が左右で一本背負いが出来る人間だと。だから私は、彼女のその左の一本背負いに対して驚きは無かった。彼女が私の身体を担ぐ寸前に私は彼女と身体を入れ替え、その全身バネの塊のような彼女の突き上げをかろうじて躱す。

 

「――躱された!?」

 

「――それが?」と、彼女に応えると同時に、私も今日これまで彼女に対して一度も繰り出していなかった技を放つ。

 

「背負いっ!? 違うっ!」

 

この試合初めて繰り出すこの技に、猪熊柔に一瞬動揺が走る。

 

下半身の動きだけに着目すると、これは確かに背負い投げに酷似している。異なるのは上半身の動き。私は踏み込む直前、猪熊柔の襟元を取っていた右手を一瞬で彼女の左袖へスライドさせ、その袖をきつく絞っていた。と同時に、彼女のその絞った左腕を天に突き上げさせるように高く掲げながら、反時計回りに回転し彼女をぐっと腰に担ぐ。

 

そう、この技の名は袖釣り込み腰。柔道の投技の腰技10本の一つで、手技である背負投げと似ていると言えば似ているが、背負投げが引き手を利かせて投げるのに対し、袖釣り込み腰は釣り手を利かせ、相手を腰に乗せながら斜め横に投げる高難度の技である。

 

――吊り上げてやるっ!!

 

その軽量級の身体からは想像もできない程畳に根を張ったように動かない彼女の身体を、今度こそ一息に引っこ抜こうとする私。

 

「――くっ!」

 

ダダダダッ!

 

難度の高いこの技だが、当然彼女はこの技からの逃げ方も猪熊滋五郎氏から伝授されているようだ。畳に張られた根を半分引っこ抜きながら、なおも残りの根を引き抜こうと猪熊柔を腰に乗せたまま数歩歩く間に、猪熊柔は態勢不十分な状態ながら、自身の左袖を取り高く掲げている私の右手を切った。

 

袖釣り込み腰を仕掛けて釣り針のかかった袖を外されるのは、その時点でこの技の仕掛けに失敗した事を意味する。

 

ただし、それは私以外の使い手にとっての話。

 

私は、袖を彼女に切られると同時に、彼女の右腕を掴んでいた左手をスライドさせ、切られたばかりの彼女の袖を今度はその左手で再びがっしりと掴む。

 

――おあいにく様! 私の袖釣りは、二度針がぶっ刺さるのよ!

 

「――!?」

 

「――片手袖釣りぢゃとっ!?」

 

猪熊柔が声にならない驚きの声を発するのと、審判をしていた滋悟郎氏が声を発するのは同時だった。そう、これは、私が前世で得意としていた、私の名を冠した世界で私しか使用者のいなかった特別な技! この技で私は世界を獲ったのよ! ようやくこの世界でもこれを使える程に、私はこの試合で成長できた!

 

これにあえてこの世界で名前をつけるなら、『桐生スペシャル』……ぢゃっ!!

 

「――えぇぃっ!!」

 

ズダーーーン!!

 

片手一本で猪熊柔の身体を宙に浮かせた私は、袖釣り込み腰の特徴である高速かつ斜め方向の回転を利かせて、これまで汚された事の無かった、そして、これから先も汚される事の無かったはずの彼女の純白の背を、最短距離で畳に叩きつける。

 

彼女の身体が叩きつけられた事で生じた振動が、会場全体にさざ波のように広がっていくようだった。無音……。シャッター音すら発する音がしない。皆が呆気に取られている中、最初に声を発したのは、やはりあの人だった。

 

「――一本!!」

 

 

勝った! あの猪熊柔に! 感極まった私は、思わず畳の上で小さく拳を握りしめていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

side 猪熊滋悟郎

 

「――はじめぃ!!」

 

儂の言葉で、開始線に立っていた両者、いや桐生とやらの方が柔以上に積極的に飛び出し組みかかる。ええい、柔! 今お主と組み合っている相手の力量が分からぬお主では無かろう! 先ほどのような気の抜いた戦いをしておっては、あっという間に敗れるぞ!

 

ほれみい、言わんこっちゃない!

 

桐生と組みあって早々に巴投げを仕掛けられ背中の一部を畳につけた柔。儂は「有効!」と宣告し、間髪を入れずに寝技を仕掛ける桐生の姿をじっと見つめる。ふむ、立ち技だけが突出している娘かと思っておったが、なかなかどうして、堂に入った寝技よ。

 

並みの選手なら抑え込まれていてもおかしくないその攻め手をかろうじて掻い潜り、距離を取る柔。そこで儂は「待て」を告げ、両者に対し開始線に戻るよう促す。

 

ふむ……。しかし柔め。今の巴投げから寝技に続く一連の攻撃に対する反応はなかなかのものじゃった。先の一戦同様に自ら負けようとしているとは微塵も感じられないその動きに、儂は内心ほっと安堵の息を吐いた。じゃが、攻撃じゃぞ、柔よ! 攻撃は最大の防御じゃ。その娘相手に守勢に回っておっては、勝つ事なぞ到底出来ぬぞ。

 

 

 

ズダーーーーン!!

 

「――いっぽ――!? むぅっ!? 技ありぃ、ぢゃ!!」

 

馬鹿娘が! あのような気の抜けた足払いを仕掛けたからじゃ! 同じ技であの図体ばかりでかい女子を転がしたからと言って、その娘がやすやすとかかる訳が無かろうが!

 

しかし、桐生という娘も柔の力が分からぬとは思えぬのに、組み手争いに執着せぬとは。組み手争いは、相手にとって有利な場所を取らせず、逆に自身が有利な場所を取る意思が互いにぶつかった際に生じる争い。その組み手争いをせんという事は、よほど自分に自信があるのか、相手の技を喰らう事を全く恐れておらぬか、のどちらかじゃ。

 

もちろん儂は、柔に組み手争いに固執するような柔道は教えておらん。じゃが、あの桐生もそのような柔道を自らに課しているとは、ますます気に入ったわ。先日のスピリッツ杯でのこやつの試合を見て、一度直に見てみたいと思っておったがよくぞ。儂は、二人に声援を送る日刊エブリーの記者に一瞬だけ視線を向ける。

 

 

むっ……! そこじゃっ! 

 

ズダーーン! 儂の足の裏からビリビリと振動が伝わる。ええい、引き付けが甘いわ、柔!

 

儂はそう心の内で毒づきながら、今しがた桐生を投げ飛ばした柔に対して技ありのポイントを与える。

 

 

 

ほう、まるで猫のような身のこなしぢゃのう。柔の放った巴投げを躱した桐生に儂はそんな感想を抱く。むっ、寝技にいくか。桐生が柔に対して、今日何度目かとなる寝技勝負を挑んでいく。

 

しかしおかしな娘じゃな。『立ち技はセンス、寝技は鍛錬』という言葉もあるように、寝技に関しては長い修練がものを言うというのに、柔と同い年のはずのこの娘はこれまで柔に対して寝技勝負で一度も後手を踏んでおらん。5歳の頃から鍛え上げた柔に対してぢゃぞ! いったい、この娘はどれほどの鍛錬を行った結果、これほどの寝技の技術を身に着けたのじゃ。しかも、極めて実践的な……。

 

今も儂の目の前には膝を蹴られて苦渋の表情を浮かべる柔が。そしてそんな柔に対して、桐生が関節技をしかけていく。やりおるわ、桐生。あの本阿弥の娘っ子ではこうはいかん。実に戦いなれておる。

 

それに、気づいておるか、柔? 桐生がここに来てさらに力を増してきている事に……。

 

儂は4分間の試合を終えた二人に道着の乱れを直すよう伝えながら、二人の様子をそっと伺う。

 

 

 

思えばこの試合は()()()()、『心・技・体』が不十分なまま始まっておった。

 

柔に足らんかったのは、『心・技・体』の内の『心』。いつもの如く虎次郎の事で心が整わないまま試合に臨みおって、馬鹿娘が……。じゃが……。儂は、上気した顔で緩んだ白帯を締め直す柔を見つめる。今のこやつは違う。くだらない事を考える暇も与えてくれぬ強者と出会って、今のこやつはかつてない程『心・技・体』が揃った状態になりつつある。

 

そして……。今度は、儂は柔の正面に立つ桐生に視線を投げかける。赤い字で桐生と刺繍された年季の入った黒帯(戦いの最中、儂はそれを見てこの娘が日本人という事に気づいておった)をゆっくりと腰に巻く赤毛の娘。こやつに足りんかったのは、『心・技・体』のうちの『体』。

 

荒々しい野生の性と極めて現実的な理性が見事なまでに融合した『心』と、既に世界の頂点を手にしていると言われても驚きもせんほど磨きのかかった『技』に比べれば、『体』はどこか物足りぬところがあった。

儂はそれを、この娘は過去に大きな怪我を負い、今はその回復途上なのかもしれぬと思っておったが、この娘は柔との試合の最中に驚異的な回復をみせておる。回復? いや、回復ではない。それはまるで回帰のような……。

 

むっ? 帯を締め直し道着の乱れを直した二人が儂に視線を投げかけておるわ。ふっふっふ。そうか、お主らも早う試合を再開したいか。結構、結構。存分にし合うが良いわ。

 

そして儂は延長戦の始まりを告げた。

 

 

延長戦に入って2分30秒が経過した。互いに『心・技・体』が充実しているとは言え、いつまでも体力が続くものではない。どちらの体力が先に尽きるか、と激しい攻防を続ける二人の試合を裁いていると、柔が極端に低い姿勢から背負い投げを仕掛けた。良い攻めぢゃ! あのような変形の背負いがある事を以前一度だけ伝えた事があったが、たった一度の事を覚えておったとは。儂は孫娘の卓越した柔道センスに思わず笑みが浮かぶ。

 

じゃが、その年齢からすれば異常と言っていいほど熟練した赤毛の柔道家も、並みの柔道センスの持ち主では無かった。柔の初動を見ただけで技の性質を理解したのじゃろう。柔の放った背負いを躱し、そればかりか柔の動きまでも利用し裏投げをしかける桐生。

 

かろうじて、その勢い十分の裏投げをまともに喰らう事を避けた柔。じゃが、激しい衝撃音と共に柔の身体の側面が畳に着いた。『有効』……? いや、それは無い。じゃが、『効果』は?

 

事前に桐生から聞いていたこの『さどんです方式』という延長戦のルールでは、ポイントの大小に関係なく、奪えばその時点で決着という事ぢゃった。では、この試合はもう決着ではないのか。この試合をか? 各国の強豪が集うオリンピックの決勝戦でもついぞ見られぬようなこの試合を、ここで止めるのか? じゃが、儂は試合を裁く審判ぢゃ。事前の取り決めの通り裁かずして、何が審判か。

 

実際に儂が逡巡した時間はほんの僅かだったのぢゃろう。

 

効果は……、効果はあっ――「――ないわよ!!」

 

――!?

 

突然大声で叫ぶ桐生。桐生はそのまま、試合を止めるな、とばかりに柔に対して果敢に寝技をしかけていく。

 

こ、こやつ! 審判である儂に指図をしおってぇ!! 顔が真っ赤になったのを自覚した儂じゃったが、出鼻をくじかれたことで『効果』を宣告する機会を失ってしまった事も悟る儂。

 

「待てっ!」と告げ寝技の攻防を止めた儂は、悠々と開始線に戻る赤毛の娘を歯ぎしりと共に睨みつける。憎らしい程ふてぶてしい態度のこの娘は、その儂の視線に気づかぬのか(絶対に気づいておるぢゃろう!?)、柔とだけ視線を合わせる。その娘の口角はこれ以上ない程上がっていた。それが儂を余計に苛つかせる。

 

ぐぬぬぬ……! 良いじゃろう! そこまでするからには、どちらが勝つにせよ見事に一本でこの試合を終えてみよ! 憤懣やるかたない思いを抱えながらも、儂は再び二人に対し始め、の言葉をかけた。

 

 

 

ズダーーーーーン!!

 

孫娘の背中が、文句のつけようもない程完全に畳に着いた。騒々しい柔の同級生も含めて、この試合を見ていた皆が息をする事を忘れたかのように沈黙している。よっぽど驚いたのかマスコミ共がシャッターの一つも切らなかった事が、今の激しい衝撃音の余韻を長くこの場に響かせていた。

 

――! いち早く我に返った儂は、とっさに高く手を上げ「一本」を宣告し、ようやく皆が発したどよめきの声が武道場の中を伝播していった。

 

儂は二人を促し開始線に立たせた後、互いに礼をさせる。二人は長い激闘を互いに称えるように共に抱き合い笑みを浮かべておった。

 

くっくっく、柔。とんでもない、『でびゅー戦』になったのう。結果的には一勝一敗という所じゃが、これはこれでなかなか悪うない。今日の一戦だけで柔は更に強くなった。これはむしろ、国民栄誉賞という賞に近づいたと言って良いぢゃろう。

 

しかし、良いライバルが現れたものよ。本阿弥さやかがどれほどの柔道家に育つかは分からぬが、少なくともこの娘は柔の一生のライバルとなるはず。

 

儂は、柔との最後の攻防で目の前の娘が放った技を思い返していた。片手袖釣り込み腰ぢゃったか。見事ぢゃ。一度は切られた袖を、もう一度吊り上げる。当然片手で放つ分、投げている間に相手に逃げられる可能性は高くなるが、あの娘はそれを巧みに腰で制御し、逃げる暇も与えぬまま畳に叩きつける技術を身に着けておる。

その一見荒々しく見えるもその実、繊細な技術の上に成り立っていると言えるあの技は、まさに野生と理性が融合したあの娘だからこそできる技ぢゃろうな。

 

儂はそんな事を考えながら、互いの健闘をたたえ合う二人を見つめていた。

 

 

########################################

 

【桐生 茜 ステータス】

 

なまえ  :きりゅう あかね

せいべつ :おんな

ねんれい :17さい

れべる  :27

くらす  :じょし52kgいかきゅう

ちから  :83

すばやさ :194

たいりょく:128

かしこさ :185

わざ   :187

こうげき力:218

しゅび力 :184

 

E じゅうどうぎ

 

【猪熊 柔 ステータス】

 

なまえ  :いのくま やわら

せいべつ :おんな

ねんれい :17さい

れべる  :28

くらす  :じょし48kgいかきゅう

ちから  :74

すばやさ :198

たいりょく:122

かしこさ :182

わざ   :189

こうげき力:206

しゅび力 :198

 

E じゅうどうぎ

 

*いずれも試合終了時点

 




はい、ようやく決着がつきました。桐生さんの決め技は片手袖釣り込み腰。片手はさておき、この袖釣り込み腰という技は、個人的にとてもロマンを感じている技です。決まった時の、荒々しくも在りながらスピード感あふれる技の軌跡が大好きで、その上、色々と派生のような投げ方が多いのもこの技の特徴のように私は感じています。
だからなのかどうかは分かりませんが、大体の柔道漫画で主人公のライバル的存在はこの技を習得している気がします。柔道部物語の樋口しかり、帯ギュの橘(だったかな?)しかり。でも何故か、YAWARA!では使い手を見た覚えがないですね。

明日も多分投稿します。後、1話か2話で1章としては完結、かな。

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