ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……!   作:怪盗218

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早速主人公以外の第3者視点の描写です。繰り返しになりますが、本作はこのような形式が多くなると思います。


2話 初めてのインタビュー side 松田耕作

~~~~side 松田~~~~

 

カシャカシャカシャ!

 

相棒であるカメラマンの鴨田がカメラのシャッターを連続で切る音が俺の耳朶を打つ。そのリズミカルな軽快なシャッター音に、明日の朝刊の紙面に載せる写真が十分とれたであろう事を想像し、俺は思わず笑みが零れた。

 

『全日本柔道体重別選手権』 男女それぞれ6階級、つまり12人の日本一を決める大会も、はや大詰目を迎えていた。

 

女子52kg以下級決勝戦。出場選手の人数の関係で、この階級より一つ下の48kg級の決勝は既に終えていたが、今俺の前で、主審が高々と一本を宣告した事でこの女子52kg以下級も女王がついに決定した。

 

「あー、山口負けちゃったよ。どうしてくれるんだよ、明日の朝刊に載せるはずだった山口との独占インタビューの記事はよ」

 

俺の側で、そんな風に愚痴る業界再大手の日刊スピリッツの記者。その言葉を聞き、思わず俺はその記者の胸ぐらをつかみたくなるが、それを必至で我慢する。

 

なんだよ、その選手にリスペクトの欠片もない言葉は! 敗れたとはいえ、山口さんもこの階級で昨年まで3連覇した押しも押されぬ女王じゃないか。良いじゃないか、その独占インタビューの記事。載せろよ。きっと大きな反響があるよ。ていうか、載せないのなら俺に寄越せよ!

 

がるるる、と音が出るような妬ましい視線をスピリッツの記者に横目で送っていると、俺の心の声を聞いたのか、「松田さん、どうどう」と、相棒の鴨田が俺をなだめるように肘を引く。

 

「松田さん。松田さんの言った通り、山口選手が飛び込んだ時が勝負所だって話、当たりましたね。他のカメラマンはタイミングが遅れたみたいで、良い写真取れてないようですよ。ふふふ」

 

我が日刊エブリ―スポーツの誇るエースカメラマンにして、俺の一の相棒鴨田の頼もしい言葉に、「よくやった、鴨田!」とそのパイナップル状の鴨田の頭をガシガシと撫でてやる。

 

「やめて下さいよ、松田さん。それにしても、どうして松田さんは山口選手じゃなくて、桐生選手が勝つって分かっていたんですか?」

 

「いや、俺も分かっていたわけじゃないさ。ただ、今日の桐生選手のこれまでの試合運びを見ていると、なんとなく感じたんだよ」

 

「ははは、松田さんの勘は大したもんですね。この間も、その勘で、柔さんの正体を――。ム、ムガッ!?」

 

「馬鹿! こんな記者が大勢いる前であの娘の名前を出すなよ!」

 

迂闊な事を口走りかけた鴨田の口に手を当て、その口を無理やりに閉ざす。じろっとこちらに無遠慮な視線を向ける他紙の記者に「あ、あはは」と愛想笑いをしてその場をやり過ごす俺。

 

「す、すいません。まだ内緒でしたね」と頭を掻きながら謝罪する鴨田に、「たくっ、気をつけろよ」と注意する。

 

まったく、まだ俺達は編集長に言われた猪熊柔の真の強さを証明する決定的な証拠を得ていないんだ。まだ他紙がノーマークの今、なんとしても俺達が最初にそれを手に入れるんだ!

 

そんな事を考えて拳を握り締めていると、俺の視界の端に畳から降りスタッフの先導で会見場に向かう桐生選手の姿が映る。

 

「いけねっ! おい、鴨田! 会見場に急ぐぞ!」

 

「あっ、待ってくださいよ、松田さん!」

 

構えていた機材をあたふたと片付け始める鴨田を待つ間も惜しんだ俺は、新女王が口にする第一声を聞き逃してなるものかと、一目散に駆けだす。

 

52kg以下級の新女王『桐生 茜』かー。くー、これに猪熊柔が48kg以下級の新女王として君臨すると、日本女子柔道界は今以上に盛り上がりを見せるだろうなーー! その日が今から待ち遠しいぜ!

 

「最後のあの山口選手の踏み込みは、やはり怪我の影響があったと思うかな?」

 

「うーん、すいません、山口さんと対戦するのは今日が初めてですので、その違いがよく分かりません」

 

「いや、俺は彼女をずっと追いかけて来たから分かるよ。明らかに決勝戦の山口選手の動きはいつもより重かったよ!」

 

「そうなんですか? それじゃあ、今度対戦する時は、万全の状態の山口さんと闘ってみたいです」

 

「ははは。いやいや、それはやめておいた方が良いよ。本当にあの人の動きは電光石火だから」

 

会見場では、俺の前に立つ新聞記者達が、52kg級の新王者となった桐生選手にインタビューをしている。ちっ、何だよ、その問いかけは。山口、山口って。山口選手が素晴らしい選手なのは俺も認めるが、今は目の前の桐生選手から話を聞き出さなきゃ駄目じゃないか。挙句の果てに、柔道と全く関係のない彼女の髪の色まで尋ねるなんて。

 

そんな風に内心で悪態をつきながら俺は記者の後ろから桐生選手の様子を伺うが、意外にも彼女は質問慣れしているのか、その場の雰囲気を壊さない事を意識しながら、記者が望む答えを彼女は返していた。

 

へーー、事前に注目選手として彼女のこれまでの経歴を調べてはいたが、これほど大きな大会で優勝したのは今回が初めてのはずだ。当然、これほどの観客の眼前で、大勢の記者に囲まれる事も初めてのはずなのに、緊張するどころか何年もこういう取材を受けてきて場慣れしているような受け答えをしている。

 

しかし、彼女はあくまで質問した記者が望む答えを機械的に返しているだけだ。そんなの面白くもなんともない。紙面の向こうにいる読者は、絶対に新女王である彼女自身の思いが乗り移った言葉を聞きたいはずだ。

 

俺は日刊エブリ―スポーツを愛読してくれている読者の思いを代弁するつもりで、前列の記者の頭越しに彼女に言葉を投げかけた。

 

「桐生さんは、柔道は中学1年生から始めていますが、指導は部活の顧問の先生が?」

 

業界の不文律を破って後方から質問を投げかけた俺に前列の記者達が鼻白んだ顔で振り返るが、俺はそれをことさら無視して彼女とのやり取りを続ける。

 

「中学生の時は裏投げなどの力技を苦手としていたようですが、高校生に入ってからは見事に克服してきましたね。何か特別な練習でも?」

 

そう言葉を投げかけたが、直ぐに俺は自分の言葉が舌足らずだった事を自覚した。違う、間違った。彼女は決して力技を苦手としていただけじゃない。彼女は中学時代の3年間を力技から逃げるのではなく、受け止めて克服する3年間に充てていたんだ。

 

俺は直接この目で彼女の試合を見るのは初めてだった。だが、幸いにも彼女の母校のある秋田は俺の故郷である山形の隣だ。高校の時の同級生から、『隣県に、めちゃくちゃかわいいくせに、とんでもなく強い女子高生がいる』という情報を偶然入手した俺は、その後つてを頼って彼女の試合のビデオを集められる限り集めて確認させてもらった。

 

そのビデオを見て俺は衝撃が走った。52kg以下級の選手のため48kg以下という事は無いだろうが、それでも50kgに満たないのではと思える程の小柄な体で、自身よりはるかに大きな()()選手をばったばったと投げ飛ばしていた。ちょうど俺が見たビデオは団体戦の練習試合だったらしいが、何と彼女はその団体戦に男子に交じって出場しており、しかも彼女は大将(5人のメンバーの一番最後)を務めていた。

 

彼女が男子の中に混ざったお飾りの大将でない事は、直ぐに証明された。何と彼女はその試合で、肩車を仕掛けてくる男子の力を利用し一瞬で背負い投げで投げ飛ばし、続けざまに次の試合では、裏投げを狙った男子を逆に大内刈りで見事に打ち倒したのだ。

 

その数試合を見ただけで、俺は彼女が中学時代の3年間を力技対策に費やしたのだと推測できた。そして、中学時代の貴重な3年間をあえてそのような行為に費やすことの意味を考えた時、彼女は絶対にその先を見据えているという確信を持った。

 

さあ、俺のこの確信に対する答え合わせをさせてくれ、桐生さん!

 

「……。中学時代の戦い方を見ると、桐生さんはその頃から世界を意識して柔道をしていた、そういう風に私は感じましたが、そのあたりいかがですか?」

 

さあ、答えを、答えを聞かせてくれ!

 

ぐっとこらえて彼女の答えを待つ俺。しかし、彼女の答えを聞く前に邪魔が入る。

 

「おいっ! 日刊エブリー! いつまでやってんだ! いい加減、引っ込んでろ! 茜ちゃんには俺達が質問してんだよ!」

 

「うるせぇな! 良いじゃないかよ、どうせあんた達は山口さんの取材しか興味ないんだろう!?」

 

「何だと、三流新聞の三流記者が偉そうに!」

 

売り言葉に買い言葉。ずっとぶつけたいと思っていた質問の答えを邪魔された俺は、ついカッとなって喧嘩を買うような言葉を口にしてしまう。

 

日本一の女性とはいえ、17歳になったばかりの少女の前で行うにはあまりに申し訳ない内輪同士のドタバタだったが、不意に彼女が発した「あなたの名前を聞かせてくれませんか?」

という言葉に、俺ばかりか周囲の記者達の動きまでもがピタッと止まる。

 

名前……? ああ、確かに伝えていなかったが、これは別に俺の落ち度では無い。単独取材ならともかく、このような公共の場でしかも集団で質問する際には、社名だけ伝えて名は名乗らない場合もある。

 

しかし、とはいえ名乗ってはいけないというルールがあるわけではない。むしろ、相手から名を尋ねられる事はある意味記者にとって名誉と言って良かった。

 

他紙の俺を妬むような視線を鼻で笑いながら、俺は内ポケットに伸ばした手を堂々と彼女に差し出す。その俺の手には当然、俺の名が印字された名刺が。

 

そして俺が「日刊エブリ―スポーツ 松田耕作です」と告げた途端、彼女は仰向けにバタンッと倒れたのだった。

 

 

 

次の日の朝刊、俺とやり合った記者が所属するスポーツ新聞の紙面に、『52kg級新王者 桐生茜。なんと某記者の名刺に一本負け!!』という、思わず目を覆いたくなるような記事が掲載された。

 

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