ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……!   作:怪盗218

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50話 表彰式

「――礼っ!」

 

ロイゼン主審の言葉で開始線に立つ私達は互いに深々と礼をする。そして互いの健闘をたたえ合うため歩み寄り、私達は開始線の中央で軽く肩を叩き合う。

 

「楽しかったわ、フルシチョワ。またやりましょう、と言いたいところだけど、あなたは次は猪熊柔と戦う事を希望するのかしら?」

 

「……いや、それはお前に対する負債を完済してからだ。勝ち逃げは許さないからな、キリュウ」

 

「くすっ、フルシチョワ、あなた英語が本当に上達したわね」

 

「……少しだけだ。テレシコワは話せないが、私はあいつより賢いからな」

 

そのニヒルな笑みがおかしかった私は、フルシチョワの肩を最後にバンバンと叩き別れた。

 

 

「桐生さんっ、おめでとう! とうとうやったね!」

 

「わっと。あははっ。ありがとう、三上さん。三上さんがずっとそばについていてくれたおかげだよ。ありがとう、三上さん」

 

畳から降りるなり飛びついてきた三上にそう言葉を返しながら、私は大会スタッフに誘導されてカメラの前に立った。最初にインタビューを受けたのはネコの肉球が可愛いTV局だったが、その隣にも何台ものカメラが列を作って私がインタビューを終えるのを今か今かと待ち構えていた。

 

「おめでとうございます、桐生選手」「ありがとうございます」というやり取りからインタビューが始まる。艶のある長髪を揺らしながら私にマイクを向けるのは、某局の女性アナウンサー。名前は憶えていないが、よく昼のワイドショーで目にする女性だったか。

 

「桐生選手にとっては初めてのオリンピックだったわけですが、それを感じさせない見事な試合運びでした。この喜びをまず誰に伝えたいですか?」

 

「そうですね、やはりまずはこの会場にまで応援に来てくれている両親に。それと、出身校の秋田東工の同級生、後輩達にも伝えたいですね。後は、三葉女子短大の富士子ちゃんに。富士子ちゃん、やったよぉっ! 金メダルだよ! 次は柔ちゃんだから、引き続き応援よろしくね!」

 

私は、日本でTV越しに応援してくれているはずの富士子ちゃんに届けとばかりに、手をヒラヒラと振る。そんな風に次々とインタビューをしてくるTV局に対して答えていた私だが、とあるアナウンサーから「桐生選手の次の目標は?」と問われたので、私は咄嗟に応える。

 

「もちろん、次はオリンピック四連覇ですね!」

 

途端にアナウンサーの目が驚きに見開かれ、思わずと言った様子でのけ反るように身体を引く。あれ、私、何かおかしな事を言ったかな、と背後にいるはずの三上を振り返ると、その三上も口に手を当てて驚きの表情。

 

「よ、四連覇ですか。では、この先バルセロナ、アトランタ、更にその先まで女子52kg級の女王として君臨し続けるという宣言ですね?」

 

へ……? 4年後のバルセロナは分かるけど、どうしてその先のアトランタ何某の話になるのかしら、という疑問が脳裏に浮かんだが、直ぐに私は過ちに気づいた。

 

しまった! つい前世でオリンピック二連覇した記録を含めて宣言しちゃった! この世界ではあくまで私は初めてオリンピックを制したんだから、宣言するなら二連覇にしておかなきゃいけなかった。

 

直ぐに訂正しようと考えたが、覆水盆に返らず。何やらアナウンサーはカメラに向かってさすがは桐生選手、二連覇、三連覇を飛び越えて四連覇の宣言が出ましたっと、興奮気味にTVカメラに向かってまくし立てている。

 

……。まあ、良いか……。この世界の記録だけで四連覇という事は、後12年間この階級でトップに君臨していたらいいだけの話だ。私の今の年齢が18歳な訳だから12年後には30歳。余裕、余裕。むっ、そう考えると逆に少ない宣言に思えて来たわね。どうせなら五輪にちなんで、五連覇を目指してみるのも一興だ。

 

そんなこんなで多少の行き違いはあれど、試合直後のインタビューはどうにか終わりを迎え、私は表彰式までの間待機する控室に三上と一緒に戻って行った。

 

 

 

「ふむ……、どうやら筋は痛めておらんようぢゃ。筋肉が柔らかいからこそぢゃろう。丈夫な身体に生んでくれた両親に感謝するんぢゃな、桐生よ」

 

私の右肩に手を添えて状態を確認してくれていた滋悟郎さんが、そう声をかけてくる。ここは控室で、私はもう柔道着から日本代表のナショナルジャージに着替えている。表彰式までの短い時間をここで過ごしていた私に、つい先ほど滋悟郎さんと柳澤監督を始めとするコーチ陣、それに柔ちゃんが尋ねて来てくれたのだ。

 

「ありがとうございます、滋悟郎さん」と礼を言う私に、滋悟郎さんは身をかがめ今度は私の左足に手を添える。え、もしかしてそこまで見抜かれている……? ギクッと顔を引きつらせる私を、椅子に座る私の前にかがみこんだ滋悟郎さんがぎろっと睨みつけてくる。

 

「儂の目を節穴と思うなよ、桐生。あの最後の大内刈りから内股へ無理やり移行させたせいで、お前の左足首には相当な負荷がかかったぢゃろうが。……どうぢゃ、痛むか?」

 

そう言いながら私の左足首に手を添え、くりくりっと回す滋悟郎さん。その動かされる可動域によってはピリッとした痛みが走り、思わず顔をしかめる私。その私の反応を確かめる様に私の顔をじっと見つめてた滋悟郎さんは、ふーと長い息を吐く。

 

「まったく、無茶をしおって。あの連携技は、本来なら別の場面で使う事を考えておったのじゃろう?」

 

別の場面。滋悟郎さんの視線が一瞬、隣で心配そうにこちらを見つめている柔ちゃんに向かった。やれやれ、叶わないな、滋悟郎さんには。そうだ、本当ならあの一発芸は、いずれきたる柔ちゃんとの試合用に密かに開発していた技だった。

 

しかし、あの技の存在はもう柔ちゃんに知られた。一発芸は初披露の時は受けも良いが、種を知られたらそこまでだ。間違いなく、この天才に一度見せた同じ攻め方は通じないだろう。

 

……まあ、仕方ないわね。柔ちゃんに対する新たな攻め口はまた考えればいい事だ。

 

「それで猪熊先生。桐生の怪我の具合はどうでしょう? 回復までにはどの程度かかりそうでしょうか?」

 

柳澤監督が滋悟郎さんに不安そうな顔を向ける。あのレポート魔の柳澤監督が下手に出るほど、やはり滋悟郎さんの存在感は別格だ。その滋悟郎さんは私の左足から手を離し、面白くも無さそうに鼻を鳴らす。

 

「大してかかりゃせん。若いんじゃ。左足はテーピングを巻いて固定しておけば明後日には治っておるわ。右肩の打撲は、儂特性のモリアオガエルを煎じた薬を塗っておけば、やはり2,3日後には完治しておるわ。ほぉっほっほ!」

 

そう高らかに笑いながら滋悟郎さんは、胸元のポケットからそのなんとかガエルとやらを煎じた薬の入ったと思わしき瓶を取り出す。瓶の蓋はしっかり締まっているはずなのに、何とも言えない匂いが鼻腔を漂った気がした私。

 

それ、本当に塗らなきゃ駄目なのかな……。ちょっと本気で遠慮したいんだけど、と私は思わず嫌そうな顔をして身を引くが、柳澤監督を含むコーチ達は揃ったようにほぉっと安堵の息を吐く。

 

「そうですか! 2,3日、それは良かった! よしっ、三上! お前は猪熊先生に処方を詳しく聞いて、桐生に絶対にその治療を受けさせるんだ! 分かったな!」

 

「はい、監督!」

 

どうやら柳澤監督と三上の間で、私がそのなんとかガエルの薬を塗る事を忌避したいと考えている事は筒抜けだったようだ。しっかりと三上をお目付け役に付けられ、私はがっくりと肩を落とす。

 

「は、ははは。でも茜さん。お爺ちゃんの薬はよく効くから言う事を聞いておいた方が良いわよ」

 

慰めの言葉をかけてくれる柔ちゃんだが、私の気持ちは少しも晴れない。

 

「はー、分かりましたよ、塗りますよ、塗れば良いんでしょう。でも、滋悟郎さん、念のために聞いておきますけど、その薬、柔ちゃんに三葉女子短大の入試の時に塗ってあげたような偽物じゃないでしょうね?」

 

「――当り前じゃ! これは正真正銘本物のモリアオガエルを煎じた薬ぢゃ!」

 

私の言葉に唾を飛ばす勢いで反論する滋悟郎さんだったが、その言葉に反応したのは柔ちゃんだった。

 

「これはっ、てどういう意味!? やっぱりお爺ちゃんがあの時私に塗った薬は偽物だったのね!? 信じられないっ!」

 

「――しまった!」と慌てて口に手を当てる滋悟郎さんだったが、もう遅い。おかんむりになった柔ちゃんから舌鋒鋭く攻められ目を泳がせる滋悟郎さん。そんな賑やかだった部屋に、外から扉を控えめに叩くノックの音が響く。

 

カチャリっと扉を開けて顔をのぞかせたのは大会スタッフ。

 

「あの、桐生選手、表彰式の準備が整いましたのでそろそろ会場に入っていただいてよろしいでしょうか?」

 

その言葉で、私以外の皆がぞろぞろと控室を退出していく。扉の前で柔ちゃんが一度だけ振り返り、私に朗らかな笑みを向ける。

 

「茜さん、本当に優勝おめでとう。友達としても、三葉女子の部員としても、とても嬉しいわ。きっと富士子さんも今頃、部屋の中でワルツを踊っているはずよ」

 

「ぷっ、その光景が目に浮かぶわね。……次は柔ちゃんの番ね。無差別級は強敵ぞろいだけど、柔ちゃんならきっと大丈夫! 今日のお礼に私も観客席から全力で応援するし、何と言っても松田さんも側で応援してくれているしね!」

 

「う、うん……。――!? ど、どうしてそこで松田さんの名前が出てくるのよ!?」

 

途端に顔を真っ赤にして抗議の声を上げる柔ちゃん。一仕事終えて解放感に浸っている私は、そんな柔ちゃんに対して軽口を叩く事をやめない。

 

「どうしてって、そのまんまの意味よ。まあ、とにかく頑張りなさい。変な物を食べて体調不良で試合に出られなくなる事だけは避けてね。その時は、下手したら私が無差別級に出るはめになるかもしれないんだから」

 

無差別級は直前まで出場選手の変更が可能で、無差別級だけにどの階級の選手が登録されても問題ないオリンピックだけの特別ルールとなっている。

 

「変な物を食べるって、茜さんじゃないんだからそんな事しないわよ!」

 

「あははは」

 

 

 

そして私は金メダルを首に掛け、日の丸の国旗が最も高い所に上がる所を、畳の上の最も高い場所から見つめる3度目の経験を、その日体験したのだった。

 




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