ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……!   作:怪盗218

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52話 逆取材

「ふん、ふーん♪」

 

私は今、急遽出演する事になった放送局のTV出演を終え、プレスセンターの狭い通路を鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いていた。理由は、先ほど生放送の収録を終えたTVスタジオでのやり取りにあった。

 

 

 

プレスセンターの中に設けられたTVスタジオでは、誰もが知っている関西出身の有名お笑いコンビの一人が私を待っていた。芸風なのだろう。『……で、桐生はんの趣味は何なん?』と、気安く声をかけてくる芸人。それに対して私は即座に『お菓子作りですっ!』と応える。

 

『へえ、お菓子作り! よく作るの?』

 

『はいっ、ついさっきも時間があったので作ってきたところです』

 

『それは食べてみたいなぁ。どんなお菓子が得意なん?』

 

『和洋中何でもできますよ。今日作ったお菓子は和菓子です。あ、でもちょっと地味な見た目になったんで金粉を散らそうと思ったんですけど、選手村の食堂に金粉が無くて……』

 

『ふんふん。それでどうしたん? 何で代用したん?』

 

司会者用の一本足のテーブルに肘をついて、興味津々な様子で身を乗り出すようにして尋ねてくる芸人。その彼に私は、TV局からの要望で持参し首に掛けていた金メダルを掲げて見せる。

 

『この金メダルを削って金粉の代わりにしようと思ったんですけど、これがなかなか固くて――』

 

『――あほかっ、お前は!?』

 

――痛っ!

 

日頃からコンビで突っ込みを担当しているからだろう。実に見事なタイミングでベシっと私の頭をはたく芸人。同時に共演者やカメラに映らない所にいるスタッフの方達から、爆笑の渦が起こる。

 

私が叩かれた頭をさすりながら『いや、本当に固いんですって。大根おろし器で角を削ったら、おろし器の方が削れちゃって』と口にすると再び、『――そこちゃうわっ!』と芸人に頭をはたかれた。何がそれほどおかしいのか、目に涙を浮かべて笑い転げる共演者達。

 

二度も頭をはたかれてその時はふてくされた私だったが、その芸人が番組の最後に『日本に帰ったら菓子作りに必要な調理器何でも買うたるわ!』と太っ腹な事を言ってくれたので、収録後に彼のマネージャーらしき人に、懐に忍ばせていた出来立ての和菓子を渡しておいた。

本当は、今日試合のある辺ちゃんに渡すために持って来ていたのだが、調理器を何でも買ってくれるなんて嬉しい事を言ってくれた彼へのせめてものお礼だ。

 

 

 

さて、このプレスセンターから辺ちゃんの試合の行われる体育館までは車で10分もかからない。まだ時間もあることだし、色々見学してみようかな。そんな事を考えながら、周囲を覗き見しながら歩いていると、不意に私を呼び止める声が。

 

「桐生さんっ! 何してるの、こんな所で!?」

 

振り返るまでもなく私はその声の主を察する。

 

「松田さん……。いえ、TV局の取材でこちらに伺ったんですけど、まだ辺……高辺さんの試合まで少し時間があるから見学させてもらってました」

 

「そうだったのか。――! と、いけない。桐生さん、52kg以下級の優勝、おめでとう! 桐生さんならきっとやってくれると信じてたよ、俺!」

 

「ありがとうございます、松田さん」

 

……そっか。昨日はたくさんの取材陣に囲まれて松田さんとゆっくり話も出来ていなかったんだ。ふふふ、と笑みを浮かべながら、首にかけていた金メダルを松田さんに掲げて見せる。

 

「松田さんもこれから柔道の取材ですか?」

 

「ああ、そのつもりだけど……。そうだ、桐生さん! もし時間があるようなら、今から単独取材をさせてもらっても良いかな? あ、でも時間がもう無いからやっぱり駄目かな?」

 

私は左手首に巻いた機械式時計にちらっと視線を向ける。確かにあまり時間は無いかもしれない。でも、これはちょうどいい機会かも。昨年は良い所で邪魔をされたけれど、次にこんな機会がいつ訪れるかどうか分からない。

 

「くすっ、前に金メダルを取ったら独占取材させてくれって言ってましたもんね、松田さん。良いですよ。その代わり取材が終わったら、奨忠(チャンチュン)体育館まで送って下さいね」

 

「良いのかい!? もちろん、体育館まで送らさせてもらうよ! それじゃあ――」

 

「あ、ちょっと待ってください。もう一つ条件があります。私の独占取材が終わったら、また私から松田さんへの独占取材を受けて下さい。……良いですよね?」

 

松田さんは私の言葉に、苦笑いしながら「またかい? 俺なんか取材して何が楽しいんだよ、桐生さん」と応える。

 

「良いじゃないですか。この条件を受けてくれるなら、独占取材は了承しますよ。どうします?」

 

プレスセンターの狭い廊下の片隅で足を止めてそんな交渉を松田さんに持ちかける私。私達の周囲には日本の報道陣が何人も行き交っていて、目ざとい何人かが私に気づいたようだ。まあ、首から金メダルをかけていたらそりゃあ目立つか。

 

「あの子、昨日金メダルを取った桐生選手じゃないか。取材させてくれないかなぁ」、「おい、お前、声かけて来いよ。一言で良いから貰えたら編集長喜ぶぞ」などという声が私の耳朶に届く。

 

そんな外野の声は当然松田さんにも届いたようで、松田さんは焦ったように「あーもう、分かった、分かったよ! 取材を受けるから、取材させてくれ!」と私を周囲の目から隠すような素振りをする。

 

ふふふ、よく出来ました。獲物を罠に捕らえた肉食獣もかくやといった笑みを浮かべた私は、「こっちに来てくれ」と松田さんに手を引かれ、おそらくプレスセンター内で日刊エブリ―スポーツが借り受けているだろう小さな部屋に案内された。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……なるほど。だから桐生選手はポイントで勝っているにも関わらず、最後まで一本勝ちを目指して攻めていったんですね?」

 

「はい、最初からポイント勝ちする事なんて頭に無かったですから。もう、逃がすかぁっって感じで突っ込んでいきました」

 

「……その信条が桐生選手の強さに繋がっているんでしょうね。疲れている所ありがとうございました、桐生選手」

 

「とんでもないです。うん、それじゃあ、松田さん、今度は約束通り、こちらからの逆取材を受けてもらいますよ。良いですね?」

 

桐生は自身の襟元に留められていた小さなピンマイクを松田に返した後、足元に置いていた自身のリュックサックの中にそっと手を差し入れごそごそと手探りで何かを探る素振りをする。

 

「これで良し」と満足そうに呟いた桐生は、初めて松田と会ったあの日のように、エアーマイクよろしくきゅっと握りしめた右手を松田の顔前に突き出す。

 

すると松田もあの日の事を思い出したのか、幾分背筋を伸ばして桐生の取材を受ける姿勢になる。

 

その様子を確認した桐生は、昨夜の試合における気合の入った表情もかくやといったほどの表情で、松田に切り込んだ。

 

――それじゃあ質問しますね。ずばり聞かせていただきますよ。2日後の無差別級に出場する猪熊柔選手は、松田さんにとってただの取材対象ですか? それとも、彼女に対してそれ以上の感情は抱いていますか?

 

「いいっ!? 突然なんだよ、その質問は!?」

 

いきなりド直球を桐生に投げ込まれた松田は泡を喰ったように慌てるが、桐生は冷静に松田を追い込んでいく。

 

――大丈夫です。今この場には私達しかいませんから答えて下さい。正直にお願いします。

 

「……。はー……。その質問には何の意味も無いよ、桐生さん。柔さんはもう誰にも知られていなかった無名の柔道選手じゃないんだ。今や彼女は、日本の威信をその肩に背負ったオリンピック代表選手で、2日後には金メダルを取るかもしれない選手なんだ。いや、もしかしたら滋悟郎さんの言葉通り将来国民栄誉賞を取るかもしれない女性なんだぜ? そんな女性に俺が――」

 

――それが松田さんの答えなら、私は今からでも柔ちゃんに2日後の無差別級への出場を辞退するよう説得しますよ?

 

「――!」

 

先ほどまで見せていた年相応のおちゃらけた態度から一転して、鋭い目つきで松田を見据える桐生。その突然の彼女の豹変に驚いたのか、松田がびくっと身体を硬直させる。

 

――オリンピック代表選手? 国民栄誉賞? そうなるように仕向けた一人は、松田さんじゃないですか。一人の女の子をそんな手の届かない場所に送り込んでおいて、その子が不安に後ろを振り返ったら、背中を押した当人は彼女の側にいない。そんなの、絶対に許さないわ。柔ちゃんの事を一番よく知っているのは松田さんでしょう? 自分が彼女を表に引っ張り出してきたくせに、最後まで付きそう覚悟が無いなんて……。だから、もし松田さんがそんな覚悟なら、私は今すぐ柔ちゃんに柔道をやめる様に説得します。

 

「……。どうして、そこまで君は……」

 

――好きなんでしょう、柔ちゃんの事が? オリンピック代表選手や国民栄誉賞なんかを逃げ道に使わないで。それは卑怯よ。男でしょう? 答えて、松田耕作。

 

「……」

 

――……。

 

桐生の口調の変化にも気づかないほど、松田は彼女の言葉に衝撃を受けていた。同時に彼の脳裏に浮かぶのは、彼自身が見出した少女と出会ってからこれまでの日々だった。

 

普通の女の子になりたいと寂しそうに発した彼女。自分のせいで父が戻ってこないのではと肩を震わせていた彼女。決して吹っ切れたわけでは無いだろうに、自分の進みたい進路のためにひたむきに努力する頑張り屋の彼女。そして、努力する友人が夢を叶えた事を自分の事のように喜び涙する彼女。

 

どれもこれも松田がこれまで彼女を取材して来て知った彼女の本当の姿だった。その姿を一番近くで見て来たからこそ、誰より好ましく感じていたからこそ、あえて自身の感情に蓋をして目を逸らしていた。

 

しかし、今松田の目の前にいる女性は、『目を逸らすな、直視しろ』、と松田を強く叱責していた。その事を理解した松田はがっくりと肩を落とし、やがて観念したように重い口を開く。

 

「……そう、だな。卑怯だよな。……うん、桐生さんのいう通りだよ。……好き、だよ。柔さんの事が……」

 

――んふふふ。よくできました、松田さん。

 

先ほどまでの真剣で切りつけるような剣呑な空気を一瞬で霧散させ、緊張感の欠片も無い様子で松田の頭に手を伸ばす桐生。

 

「ちょっ、頭を撫でないでよ、桐生さん。子供か、俺は! ……はー、でも、本当に内緒で頼むよ、桐生さん。こんな事が柔さんに知られて、今後取材拒否なんてされたら困るんだから……」

 

――もちろん言いませんよ。でも、自信持ってくださいよ、松田さん。全く目が無い訳じゃないんですから。

 

「あるわけ無いだろう? 柔さんと俺、何歳差だと思ってんだよ……」

 

――え、歳の差って、たかだか7歳差でしょう? 全然問題ないですよ。ドリフターズの〇藤茶は、45歳下の娘と結婚してますよ?

 

「嘘だろ!? ていうか、そもそも〇藤茶って独身じゃないか!」

 

 

 

結局最後はそんないつものやり取りをして二人は、プレスセンターを後にしたのだった。

 




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次回、『桐生茜の諮り事』。秋田ならぬ世界の爆弾娘となった彼女の仕掛けた爆弾が炸裂し、刻は地鳴りを上げて動き出す。
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