ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……! 作:怪盗218
吾輩は大福である。名はまだない。いや、あるにはあるのだがとても一言では言い表せられないため、無いものと扱っているだけである。例えば、これが吾輩の隣に鎮座している大福なら『苺大福』と応えたり、反対側に鎮座している大福なら『豆大福』と応えるだろう。しかし私は何だ。あえて正確に名乗るならば『イカキムチコッケチムトトリムクビビンバ大福』となるだろうか。
とてもではないが、人に名乗れる名ではない。だから名は無いものと扱っていただいて結構。
さて、吾輩は創造主である赤毛の人間に創作された一対の大福である。そう一対。つまり吾輩の兄弟分がもう一つ存在するのだが、その兄弟は創造主が懐に入れて連れて行ってしまった。そしてその兄弟はもう我々が生まれた役割を立派に果たしている。実際に見たわけでは無いが、兄弟分だからこそ分かるのだ。
兄弟はどうやらおかしな日本語を話す男の胃袋に収まったようだ。兄弟から届いた最後のメッセージでは『じゃあな、兄弟。俺は先に行くぜ』という本懐を遂げる満足そうな言葉が。そのメッセージの背後からは、『そうか。ちょうどええわ。まだ収録が続くさかい、何か腹に入れときたいと思っとったんや。ありがとな』という声が。おそらくその声の主の胃袋に兄弟は収まったのだろう。羨ましい事だ。
対して、吾輩はどうだ。最初こそ、大皿に山盛りになった和菓子の一番高く目立つ場所に鎮座していたというのに、気づくと周囲の和菓子に埋もれる様に沈んでしまった。理由は分かっている。周囲の苺大福や豆大福、草団子などが少しずつ、ほんの少しずつ吾輩から距離を取る様に身体をずらしたからだ。まるで、少しでも吾輩に接触していると何かに汚染するのを恐れているかのように……。
全く失礼な話だ。これが周囲の和菓子達の嫉妬によるものだという事は分かっているが、いざ実際にされると口惜しい。おかげで私はいまだにこの場所で鎮座しているはめになっている。
実は一度非常に惜しい事があった。あれは、吾輩が創出された日。兄弟が創造主に連れられてどこかに行っていくらもしない頃、吾輩の前に一人の黒髪の人間が現れたのだ。その人間は「どれにしようかなぁ♪」と楽しそうな声を上げながら和菓子を一つづつ手に取っていく。吾輩も一度はその人間の掌の上に乗ったのだ。期待に胸を膨らませる吾輩。大福である吾輩から見ても分かる。この人間の胃袋に収まる事が出来たならば、きっとそれが最上であると。
しかし、吾輩の何がいけなかったのか、彼女は吾輩の隣に鎮座していた
その人間以外にも機会はあった。どうやら吾輩のいる場所は人間達のたまり場になっているようで、ときおり「三上、また貰っていくよ!」、「いただきますわ、三上さん」と次々と人間が現れる。しかし、他の和菓子の山に埋もれた私を手に取る者はいない。
創造主だけが時折吾輩の前に現れて「むう、どうしてだれも手に取らないのだろう? 皆、遠慮しなくて良いのに」などと呟きながら私を目立つ位置に置き直してくれるのだが、直ぐに私は周囲の和菓子の嫉妬に晒され、目立たない場所に追いやられる。
そしてとうとう私は本懐を遂げられないまま処分されるようだ。創造主と親し気な会話を交わす人間が、ある日私を含めた和菓子の束を手に取り部屋を出た。
どこに連れていかれるのだろう。処分されるのだろうか。そんな、人間の胃袋に収まる事こそが吾輩がこの世に生まれた意味だと言うのに……。私以外の和菓子も同じ思いでいるのか、どこか気が沈んでいるように見えた。
しかし、どうやらその心配は杞憂だったようだ。私達を抱えた人間がある部屋の前で立ち止まり、その部屋の扉をノックする。
「こんにちは、コーチ。昨日頼まれていた、古くなったお菓子を持ってきましたけど、本当に良いんですか?」
「もちろんだよ、三上。古くなったって言っても、大事を取って早めに交換しているだけだろう? まだまだ全然食べられるさ。ああ、風祭コーチ。コーチも良かったらお一つどうですか?」
「良いですね、是非頂きます」
どうやら私達は別の人間が集う場所に移動させられただけだったようだ。次々に手に取られていく和菓子達。皆が満足そうな表情で人間の胃袋に収まっていく。そして、とうとう私にもその時が訪れたようだ。
私を手に取った人間は、さきほど何とかコーチと呼ばれていた人間だ。コロンの香りがきつく、吾輩に鼻があったら思わずくしゃみをしていたほどだ。正直、最初に吾輩を手に取ってくれた人間の胃袋に収まっていた方が100倍も嬉しかったが、この際えり好みはすまい。
お前の胃袋で我慢してやろう。
さあ、人間よ、心して吾輩を食するがいい。そして吾輩を咀嚼し、その至高の味に身もだえるが良いっ! それこそが吾輩の本望よっ!
箸休めですね。ご笑納ください。そして、これで存在を忘れがちになる彼を退場させられて、吾輩は本望である。