ちょっと待って! 私の下の階級に猪熊柔がいるんだけど……!   作:怪盗218

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7話 柔を探せ!!

~~~~日刊エブリースポーツ社~~~~

 

「編集長! このマスコミの騒ぎようを見て下さいよ!! 先日の本阿弥さやかの“柔”へのTV挑戦状で、どこもかしこも“柔”フィーバーです! この柔こそ、僕が追い続けている猪熊柔なんです!!」

 

日刊エブリ―スポーツの記者 松田が、彼の上司に当たる人間の机の上に『柔を探せ!!』と書き立てている他誌を広げて、声を荒げていた。そんな彼らの周囲では、汗ばんだ服を着た記者達が我関せずの様子で机に向かっている。

 

自身に食って掛かってくる部下を椅子に腰かけたまま見上げた壮年の男は、皮肉気に口をゆがめる。

 

「たくっ、体調不良とやらで、鴨田と一緒に丸3日寝込んでたと思いきや、出てくるなり騒ぎ立てやがって! こっちはお前達がのんびりと休んでいた間、てんてこ舞いだったんだぞ!!」

 

のんびり休むどころか、死ぬような思いで過ごした3日間だったが、さすがに申し訳ないとも思ったのか、松田は上司の言葉に「うぐっ」と言葉を詰まらせる。女子高生の手作りチョコを貰う機会など二度と現れぬと、鴨田と2人で互いに奪い合うようにして食した3日前の自分を思わずぶん殴りたくなる松田。

 

「そ、それについては申し訳ないと思っていますよ! でも、それとこれは話が別です! お願いします! もう一度このパンチラ写真を掲載しましょう! これだけの証拠写真持っているのは、ウチだけですからね」

 

しかし松田の必死の訴えは上司には響かなかった。上司から「そんなに言うなら、証明できるもん、持って来い!」と発破をかけられた松田は、彼同様に地獄の3日間を過ごした事で幾分シュッとした鴨田に「行くぞっ、鴨田!!」と声を投げかける。そしてオフィスを出る前に背後を振り返り、上司に宣言する。

 

「いいですか、編集長!! 今にこういう日が来ます! そのただのパンチラ娘が……一億二千万国民のアイドルになる日がね!!」

 

 

 

その数日後、日刊エブリ―スポーツの紙面に『これが 柔だ!! 本阿弥さやかのコーチを一本背負い!!』という見出しが躍った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あら、何をしてるの、茜? 早くご飯食べて学校へいかないと、朝練に遅刻するわよ」

 

私がこたつの上に日刊エブリ―スポーツを広げ、目当ての記事をいそいそとはさみで切り抜いていると、台所から顔を出した母さんがそう声を掛けてくる。

 

「ふふふ。分かっているわよ。この記事をスクラップしたら学校に行くわ」

 

私が切り抜いて高く掲げた記事を、母さんがよく分かっていない表情で見つめる。

 

「どれどれ? 『これが柔だ』……? まあ、まるで柔道をするのが生まれる前から決まっていたような名前の娘ね」

 

くすっ。その通りよ、母さん。

 

「ええ、そうね。それで、この子がいつか私の生涯のライバルになるのよ、母さん。そうなるように祈っていてね」

 

「ライバル……? 茜の?」とまだよく分かっていない様子の母さんを置いて、私は立ち上がり学校に行く準備をする。

 

さあ、今はまだ私はあなたに全く認知されていないけれど、私はあなたをずっとロックオンしているのよ。あなたに勝つ事を目標にしているのは、本阿弥さやかだけじゃないというのを、いつか分からせてあげるわ!

 

そして私は帯で丸めた柔道着を背に担ぎ、家を飛び出した。

 

 

 

キーンコーンカーン……。

 

下校を告げる鐘の音がクラスに響く。その音に、私はバッグを引っ提げて席を立つ。向かう際はもちろん武道場だ。朝からあのような記事を見せられては、体がうずいてうずいて仕方ない。しかし、数少ないクラスの女子と帰りの言葉を交わしていた時だった。クラスに備え付けられたマイクが「ブッ、ブブッ」とくぐもった音を発した後、次のような放送が流れた。

 

「2年3組の桐生茜さん。職員室までお越しください。繰り返します。2年3組の桐生茜さん。職員室までお越しください」

 

まだ部屋に残っていたクラスメイトの視線が、自然と私に集中する。もうっ、何よ、これから部活にいくつもりだったのに! 私、最近は先生に呼び出されるような事はしてないわよ? あ、でもこの間、休み時間に学校の塀を乗り越えてコンビニにおやつを買いに行ったのがバレたのかしら? それとも、柔道着を着たまま向かいのスーパーに行ったのが問題になったのかしら?

 

胸に手を当てるとほんの少しだけ後ろめたい事を思い出した私は、頭の中でいろいろなケースの言い訳を考えながら職員室に向かう。しかし、私は職員室の前で私を今か今かと待っていたらしき校長先生に掴まり、校長室に引っ張り込まれた。ちょ、ちょっと何よ。私、校長室に用なんてない……。

 

……。

 

校長室に入った途端、視界に収まり切らないほど大きな顔が私に迫り、思わず絶句する。ちょっ、待って。この人って……。

 

今私の眼前には、大きなあんこ型の体格をして、顔はアンパンマンのようなおじさんが立っている。そのおじさんはスーツの内ポケットに手を突っ込み、にこにこと笑みを浮かべながら私に話しかける。

 

「初めまして、桐生茜さん。私、西海大学柔道部で監督を務めている祐天寺豪造と申します。今日は桐生茜さんの進路の事で相談させていただきたい事があり、突然ではありますが、こうして来させていただきました」

 

西海大学柔道部 祐天寺豪造……。聞き間違いか? いや、今手渡された名刺に、活字でもしっかりそう書かれている。そして何よりも、この顔には見覚えがある。原作で猪熊滋悟郎氏と共謀して何度も猪熊柔を自身の大学に入学させるよう画策し、その都度、猪熊柔に振られるというかわいそうな役回りをする事が多かったおじさん。決して悪い人では無いんだけど、ついていないというか、不憫と言うか……。

 

そんなおじさんが、どうして急に私の所に……。あ、もしかして……。

 

校長に進められるがままソファーに腰かけた私は、対面のソファーが沈み込むように座った祐天寺監督の顔を見つめた。その彼の口から語られた言葉は、私の想像の通りだった。

 

「単刀直入に申し上げます。桐生茜さん、高校を卒業されたら我が西海大学に入学しませんか?」

 

 

 

「……という事で、我が西海大学は国内有数の柔道部であると自負しております。桐生さんも、最新の設備が揃った我が大学に来ていただければ、きっと来年のソウルオリンピックへの道がぐっと近づく事でしょう!」

 

祐天寺監督のその言葉に、何故か校長が「おおっ!」と感極まった声を出す。いやいや、あなた関係ないでしょうに。しかし、そうか。やっぱり主要な2大会で連続して52kg以下級を制した事で、祐天寺監督のお眼鏡にかなってしまったか。

 

うーん、この監督悪い人じゃないから、断りづらいなぁ……。そうなのだ、実のところこの世界が『YAWARA!』の世界であると知った時点で、私の進学先は胸のうちで決まっていた。それはもちろん、猪熊柔の進学するはずの『三葉女子短期大学』だった。だから実を言うと、最近の私は足りない頭を振り絞って勉強にも力を入れていたのだ。

 

でも、この監督が何度も猪熊滋悟郎氏の口車に乗せられて、ぬか喜びをしてはがっくり肩を落とす姿を知っている私は、下手に希望を持たせない方が良いと考え、はっきり告げる事にする。

 

「あの……祐天寺監督。私などには大変もったいないお話だとは思うのですが、その申し出はお断りさせていただきます」

 

「「何故!?(ですか!?)」」

 

校長と祐天寺監督の言葉が重なる。いやいや、だから校長は関係ないでしょうに。

 

「はっ!? も、もしやもうほかの大学からお誘いが!?」

 

祐天寺監督が顔色を変えて、更に私に問いかける。それに私は「いえ……」と否定の言葉を口にする。

 

「いえ、そういうわけではありません。ですが……このような事を口にすれば不遜と思われるかもしれませんが、私は自分の力で未来を切り開きたいと考えています。確かに監督の大学に行く事は、ソウルオリンピック出場への最短距離を意味するとは思います……」

 

「で、では、何故……」と、グイッと顔を寄せる祐天寺監督に、私はにこっと笑みを浮かべて返す。

 

「私は、その最短距離と言うのがあまり好きでは無いのです。寄り道、良いじゃないですか。一見無駄に思えるかもしれませんが、後になってそれが無駄ではなかったという事もよくある事だと思います。こんな遠い所まではるばる来ていただいて、本当に申し訳ありませんが、私は、私なりの道を歩んでソウルの地に辿り着きたいと思います」

 

「……寄り道……」

 

前のめりになっていた身体を放心したかのように深くソファーに沈める祐天寺監督。その後いくつかのやり取りを交わした後、祐天寺監督は学校を後にした。

 

別れ際に、「桐生さん、私はまだ諦めておりませんぞ……!」と、大きな顔を私に近づけて鼻息荒く宣言していたが、もうすぐ私などよりご執心する事になる彼女が世に出るんだから、私の事などすぐに忘れてくれるだろう。

 

 

 

そして時は流れ、3月も終わろうかと言うある日、自宅の電話が鳴った。

 

 

 

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秋田東工業高等学校 柔道部員から見た桐生茜の印象

 

●2年生

 

 真田:ノーコメント……。

 

 溝渕:口さえ閉じていたら、ミス秋田東工業高等学校。もっとも、女子生徒自体が稀有

   なため審査にならないが……。後、早く真田あたりが、あいつのチョコが毒物であ  

   る事を指摘してやらないと、いつかあいつは犯罪者になると思う。

 

 田代:とりあえずあいつと同学年でよかったかな。だって、あいつといると退屈しない

    から。後、チョコはもうノーサンキュー。

●1年生

 

 小田:強くて美人で最高っす。1日に1度は先輩に投げられないと寝られない体質になり

    ました。チョコは、えっと……、ゴキブリ駆除には有効だと思うっす!

 

 野尻:先輩、スキンシップ多めだから、勘違いしそうになるのがつらいです。後、自

    分はもう一生、誰かからチョコを貰ってもまず疑ってかかる性格になりました。

 

 長谷川:同級生から、『先輩からチョコを貰ったなんて羨ましい』と言われて、思わ

     ずそいつに殺意が湧きました。来年は、先輩から貰ったチョコをそいつに喰ら  

     わせてやるつもりです。

 

 成瀬:中学の時から憧れの先輩です。強くて、美人で、男前で……。チョコぐらいの   

    事、俺は気にしません。もし先輩を奥さんにできたら料理は全部俺がやるんで。

    だから安心して嫁いで来てください!

 

 山田:スカートのまま技を仕掛ける女子なんて初めて見ました。……そう言えば、数か

    月前にひったくり犯に巴投げをかけたパンチラ娘の記事を見た気が……。少なく

    とも、日本に2人は先輩みたいな女子高生がいるって事ですね。

 

 榑谷:先輩のスナップ写真が最近1年の男子のうちで高騰していて、良い小遣い稼ぎに

    なっています。でも、この間のチョコ爆弾で足が出た気がします。

 

 高杉:先輩、去年は無理な練習がたたって怪我が多かったので、あまり無理しないで欲

    しいです。俺達、先輩と少しでも長く一緒に柔道が出来たらそれで充分です。

    だから、この間のバレンタイン事変で先輩と過ごす時間が減ったのは残念です。

 

 斎藤:先輩が実は猫好きなのを知っているのは俺だけです。この間、校舎裏で先輩が

    猫と猫語で会話しているのを見ましたから。『ニャー?』、『ニャニャ?』です

    よ? もう尊すぎてあの光景は忘れられません。後、あのチョコの味も忘れたく

    ても忘れられません。

 

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