西暦3024年、月。
人類は環境汚染が深刻となった地球からの脱出を果たし、宇宙へと侵略の手を伸ばしていた。
今では、太陽系のいくつかの惑星や衛星にコロニーを設け、人類が生存可能な環境へとテラフォーミングしている。
月も、そんな星のうちの一つ。月面基地の第二コロニーでは、過去の地球と同様の営みが再現されていた。
人工の空は煌々と晴れ渡り、ビル街の歩道を電動サーフボードで行きかう人々。
そんな風景に交じって、不気味な影が地面を這いずっている。人々は皆、自身の東部に装着している半透明のディスプレイから与えられる濁流のような情報に押し流され、足元など見やしない。
街中に張り巡らされた監視カメラやセンサー類も、その影が発するジャミングにより異常をとらえることができないでいる。
街角のカフェでくつろぐ若者の耳元には、ディスプレイ機器からのオカルトじみたポッドキャストが流れ込む。
「彼、とそう呼んでよいのかはいまだに不明だが、その生命体は正式名称をガミネシウム生命体と呼ぶ。
全身が黒いスライム上の体を持ち、眼球や口のような器官も確認されている。
1000年前に地球に飛来したその存在は、人間やかつて存在した超常的存在である巨人の形状と性質をトレースしたとデータには残っている。
体の成分はすべて人類が発見した新元素「ガミネシウム」で構成されており、意思を持つに至った理由や体を動かす動力源、脳に当たる期間が存在する理由などは未だ謎に包まれている。
元素名との混同を避けるため、研究者間では"ガミネ"の通称が用いられている。
かつては地球で何度か目撃され、その際に体の成分の一部を採取することで調査が行われていたが、地球人類の宇宙進出に伴い、その住処を月に移した。
時に人間に、時には動物に成りすます……
その目的は今も不明だが、過去の事例では人類に敵対する宇宙からの外敵を排除する傾向にあるようだ。
それが、人類への友好の証なのか、それとも自分の獲物を取られないための縄張り争いなのかは不明である。
一部の陰謀論者は、政府が作った生体兵器であるとの見方を示している……」
ポッドキャストの再生を止め、カフェを後にしたこの女性は、人類の偉大な一歩である宇宙時代を生きる若干24歳の若者・ウゴノータけの子である。彼女は月で生まれ、月で育った新時代の人類であるが、彼女自身はそのことに自覚的ではない。生まれた時から月での生活が当たり前であり、光速通信が実現した惑星間インターネット上の友人には火星やエウロパ、冥王星在住のものもいる。
そんな彼女には、のっぴきならない事情があった。
大学を卒業し、ベンチャー企業を立ち上げた彼女だったが、取引先の企業が倒産し資源の調達が困難になったのだ。
必要な素材は、いまや地球でわずかに採取できる、過去の遺産・レアメタル。
取引先は地球での滞在と採掘作業を続ける数少ない会社だったが、地球での環境の悪化と謎の事故により撤退を余儀なくされたという。
資源調達の代替案に頭を悩ませながら、彼女が自宅に戻ると、玄関から続く通路に奇妙なボールが転がっていた。
すべての光を飲み込むような漆黒の球体。
「なんだこれ」
けの子が警戒しながらその表面を見ると、ぎょろり、と一つの目玉がこちらを見るではないか!
「うわっ!! キモッ!!!」
「キモイとは心外な。しかし、驚かせてしまってすみません。この姿を最初に見せるのが一番手っ取り早いと思いましたので」
黒い球体はその姿を変え、人間を模した姿へと変身した。
金の長髪の少女だ。
碧眼が怪しく輝く。
「な、何なの……?」
「おや、先ほどラジオ番組でお聞きになっていたじゃありませんか。ガミネと呼ばれる生命体です」
「ほ、ほんとにいるなんて思わないジャン」
「わたしからすれば、人類が宇宙に進出したことのほうが驚きです。もう、地球人という自称を使う人もいなくなってしまいましたね」
「ちょっと待ってよ、頭、混乱してるんだからサ」
「そうはいっても、このままでは埒が明かないので……単刀直入に言います。わたしは最近、貴方の動向を監視させてもらっていました。けの子さん、あなたは今、地球にしかないレアメタルを欲しがっている」
「ハァ……え!? 監視?」
「そうですね? レアメタルがないと困りますよね?」
「ウン……」
「よろしい。わたしがそれを、工面してあげましょう。ただし、わたしには別の目的があり、それに協力してもらうことが条件です」
「……わかんないけど、わかった。あなたの目的っていうのは」
「貴方の取引先が地球から撤退する原因の一つになった事故。あれに、地球外生命体が絡んでいる可能性が高い」
「地球外生命体って……アンタみたいな?」
「私とは違う種族であるという調査はすんでいます。トンア星人でもない」
「トンア星人?」
「黒蟻に酷似した生態をもつ宇宙人ですが、忘れてもらってよろしい。とにかく、その謎の宇宙生命体をわたしは退治しに地球に行きたい。しかし、現在の惑星間航行機はセキュリティが堅牢でして……こっそり侵入というのが難しいのです」
「なるほど。ベンチャー企業とはいえ、社長である私を懐柔して地球に行こうという腹積もりなのね。まあ、私にとっても渡りに船だし……一考の余地はあるかも……でもどう考えても危険……」
「もちろん、貴方の脳を乗っ取って……ということも可能ですよ。気は進みませんが」
「このエイリアンめ! 最初からNOという選択肢はないんじゃない!」
「すみませんね。さあ、さっそく準備に参りましょう。敵が現在進行形で力を蓄えているとまずいですから」
急展開についていけぬままのけの子は首根っこをつかまれ、ガミネの拠点である裏路地のアジトへと連れてこられた。道中、オカルトラジオのガミネについての分析があながち間違いでないことを言い添えて。
さび付いたドアを開け、ガミネが奥に向かって声をかける。
「ただいま皆さん。ついに人類の新メンバーを連れてきましたよ!」
「あんたみたいな宇宙生命体がほかにもこの月にいたって言うの……?」
アジトの入り口に、のろのろと三人の人間らしき存在が顔を出した。
一人は、全身を緑のジャージに包んだ若い女性。頭部の鋭角にとがったバイザーの後ろから、触覚のようなものが伸びている。
「昆虫拡張人型生物インセノイドNo.7!
けの子が頭にクエスチョンマークを浮かべながら、ガミネに問う。
「どゆこと?」
「昆虫人間と理解していればよいです」
「そうなんだ。どうもよろしく」
二人目は、眼帯の少女。
「……山科ひびや。よろしく」
「彼女は、サイボーグなんです。戦いはひびやと
「そうなんだ。見た目からはそうは見えないけど……よろしく」
「昔はこの腕もアタッチメントだったんだがな。さすがに目立つ」
三人目は、腕と下半身が触手になっている、異形の女性。
「よう、人類。お前らが2060年で滅亡しなかったのは私、ローパーみみぃのおかげだからな! 覚えとけ」
「見ての通り、彼女は宇宙人です。正確には円盤生物という分類らしいですが……」
「もう、驚きすぎて宇宙人くらいじゃ驚かないよ……」
「ご苦労様です」
こうして、けの子とガミネ、そして亜人間たちによる地球の危機を救う作戦が始まったのだった!