履帯とオールが紡ぐ航跡   作:柿之川

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1st Quarter

 

「でっか! 何なのこの船、たまに外港に来る自衛隊の船とか豪華客船よりでかい」

 

「だね~ まるで氷山みたいだよね~」

 

 八月の焼き付くような太陽の日差しが、アスファルトを照らし陽炎を揺らす。

 

 ここは愛媛県松山市。海沿いの港町である三津浜の近くに位置する超大型船舶用の埠頭は、日曜日という事もあり多数の人出でごった返していた。松山の隣、今治市の母港で整備を終えたしまなみ女子工業学園の学園艦が寄港し今日は船内を一般開放するという事で、物珍しさに三津東高校ボート部の面々も見物に訪れていたのだった。

 

「やっほ~ 悦ネエ、ヒメ~ おはよ~」

 

「あ、リー来た。おはよ」「おはよ~ リー」

 

 埠頭で学園艦の大きさに目を丸くしている二人の元に、持ち前の明るさでチームを盛り上げるムードメーカー、リーこと高橋梨衣奈がやってきた。

 

「うっひゃー でっかい船! この前乗ったダッコとイモッチのとこの船よりでっかいよー」

 

「いやいや、比べるスケールが違うって」

 

「あはは~ 二人の家のクルーザーも凄かったけど、学園艦って桁違いだよね~」

 

 流石に個人所有のクルーザーと、海に浮かぶ巨大な氷山のような学園艦を比べるのは酷である。しかし、愛媛でも有数の大企業のダッコとイモッチの家が所有するクルーザーも最大級の高級クルーザーだ。それがまるで鯨と小魚に見える程の狂ったサイズ感にリーも驚きを隠せない。

 

「おーう 三人とも早いじゃん、おまたー」 

 

「御免なさい、お待たせいたしました」

 

 そうこうしている間にパワフルな性格とオール捌きが持ち味の、燃えるような赤毛のツインテールがチャーミングな兵頭妙子ことダッコと、冷静さと闘争心を併せ持つチームの心柱、風になびく翠色のロングが艶やかな井本真優美ことイモッチのお嬢様コンビも少し遅れて合流してきた。

 

「それではみんな揃った所で いざ! 乗り込もう~」

 

 こうしてようやく五人揃った三津東高校ボート部の面々。早速乗艦用タラップからしまなみ女子工業学園学園艦に乗艦を果たすのだった。

 

 

「くぅ~ やっぱカツライス食うと今治って感じするよな~」

 

「あら、焼き豚卵飯もなかなかのものでしてよ」

 

「この海鮮丼もめっちゃ美味しい~♪ 鯛の身がぷりっぷりだよ~」

 

「登龍泉堂のかき氷はやっぱり最高」

 

「あはは~ ヒメは玉玉屋派かな~ あ 悦ネエ、白玉いちご好きだよね。はい、あ~ん」

 

 学園艦内の催しや展示物、特に一番のお目当てだったしまなみの繊維科の生徒達が製作した衣服のバザーで買い物を楽しみ、スティールパンの演奏を見て盛り上がり、五人は今治の地元店が多く出店しているフードコートでご当地グルメに舌鼓を打つ。今治の山間にある玉川湖で愛媛のボート競技の大会は主に開催されている事もあり、彼女達にとっても今治の食べ物は随分と慣れ親しんだものになっていた。

 

「なぁなぁ、リー そういやさ、埼玉にも学園艦ってあんの?」

 

「う~ん 埼玉は海なし県だから、学園艦は無かったかな。それにすぐ近くが聖グロリアーナの母港だから、ちょっとやそっとぐらいの学園艦だったら、折角造っても霞んじゃうかも」

 

 ダッコの質問にリーは苦笑いしながら答える。超お嬢様学校で有名な聖グロリアーナ女学院は関東のみならず、日本中の女子の憧れの学び舎である。近傍地に国内指折りの学園艦があっては、新たな学園艦建造という巨大な投資に踏み切るのは中々難しいのかもしれない。

 

「聖グロリアーナって言えば、一時期イモッチの高校の進路になってたんだよな」

 

「何それ初耳!」

 

「おばあ様の強い勧めがあっただけですわ…… 結局おばあ様が御体調を崩されて、私が愛媛を離れて進学するのが難しくなり自然と立ち消えになりましたけど。そういうダッコも聖グロに進学するかもしれない立場だったでしょう」

 

「えぇ!? そうなのダッコ?」

 

「う~ん、うちもパパとママからすっごい勧められてたんだけど、私の性格が聖グロに合うわけないし、地元離れたく無かったし、ヤダって駄々こねて断ったんだよ」

 

「ぷっ 確かにダッコと聖グロは合わないかも」

 

「だね~ どっちかっていうとアンツィオ高校っぽいよね~」

 

「あんだよ二人とも! あーしはノリと勢いだけってか!?」 

 

「あはは~ ぽいぽ~い♪」

 

「ふーんだ ならイモッチは知波単学園で決定だな!」

 

「ならってなんですの! ならって! 死んでもお断りですわ! あんな単細胞な学校!!」

 

「単細胞……」 

 

「うん、悦ネエ ヒメ思うけど、イモッチ結構辛辣だよね」

 

「えー イモッチめっちゃ相性良さそうだけどなー」

 

「はったおしますわよ、リー!」

 

 皆と楽しく談笑しながら悦子は思う。つい三ヶ月程前まで、イモッチやダッコとは全く接点も無く、只の同級生だった。それがリーが転校して来てから、ボート部復活に付き合わされて、ダッコとイモッチが入部してきて、それから皆で毎日ボートに乗って海に漕ぎ出している。それも、このかしましいダッコとイモッチのお嬢様コンビが聖グロリアーナに進学していたら存在しない現実だ。

 

 そういえば昔見たSF映画に、この宇宙とは別の宇宙が存在していて、そこではこの世界と平行した別の世界があって、別の自分達が存在しているという話があったなと、悦子はふと思い出す。

 

「ん~? どしたの、悦ネエ」

 

 黙り込んだ悦子の目の前に、急に黙り込んだ自分を見つめるヒメのまん丸の大きな瞳があった。

 

「え? いや、別に かき氷美味しいなって思ってただけだよ」

 

 いつもの考え込む癖が出てしまったと悦子は頭を切り替える。そんなこんなで、五人の楽しいランチタイムは賑やかに過ぎていくのだった。

 

 

「あ…… 三津東高校の皆さん?」

 

「ん? あ、寺尾さん」

 

 

 低いトーンの聞き慣れた声に悦子が後ろを向くと、自分達の最大のライバルである港山高校ボート部のエース、寺尾梅子が立っていた。お互いに同じ梅津寺の海で毎日練習しているが、初対面が最悪だった事もあり火花は散らせどチーム同士で普段から特別親しく話す事は全く無い。しかし、悦子と梅子はボートポジションが一緒であり、幾度か大会で顔を合わす内に挨拶と軽く立ち話を交わすぐらいの仲にはなっていた。

 

「こんにちは、寺尾さんも学園艦見物?」

 

「うん、ここの船舶工学科の学生研究の展示と、ボート用品の即売会があるから。大垣の製品ってモノがいいし気に入ってるんだ」

 

「へぇ…… そういや寺尾さんは今日は一人なの? いつもの二人は?」

 

「二人は風邪ひいて今日は寝込んでる」

 

「あ~ 季節の変わり目が近いしね~」

 

「――ねぇ、寺尾さん よかったらだけど、この後私達と一緒に見て回らない?」

 

「ちょっ」「悦ネエ!?」

 

「いいの? お邪魔にならない?」

 

「いいっていいって、こういうのは人数多い方が絶対面白いし。それに、展示会と即売会ってのも興味あるから是非案内してくれない?」

 

「いいよ」 

 

「んじゃ決まりだね ダッコとイモッチの間の席が空いてるから座りなよ」

 

 悦子はそう言って、梅子に着席を促す。

 

「ったく、ウチらの姉御はこれだからよぉ……」

 

「もう敵のエースを取り込む勢いですの? 流石は悦ネエですわね」

 

 普段は距離遠めな相手でも、悦子はこういう時一気に距離を詰めてくる。元々がリーダー格の姉御肌でこのあたりの度量の大きさが悦子にはあるのだろう。こういうところと、普段は教室の窓際でお気怠眠り姫気味なのに、いざという時は溢れる侠気を発揮する今時主人公的な性格と、どことなくボーイッシュな見た目も相まって男子より女子からの人気の方が高いというのも頷ける話であった。

 

「よろしく」 

 

「ん おっ三津浜焼きじゃん それどこの?」 

 

「うるまこ、屋台があったから。練習帰りにたまに買って帰ってる」

 

「あら寺尾さん、三津浜焼きは分かると見えますわね。私も――」

 

 ダッコもイモッチも、負けん気の強さは折り紙付きだが、初対面時の一件を引きずって敵意の無い相手にまでわざわざ喧嘩を売るほど子供ではない。自らとの共通項が見つかれば、自然とわちゃわちゃとお喋りにも花が咲く。

 

「うんうん、仲良きことは美しきかなですな~」

 

 そんなダッコとイモッチ、そして梅子の様子を見て、リーがしみじみとした表情で頷く。

 

「リー なんか、おばあちゃんみたい」 

 

「んな!?」

 

「あはは~ でも、寺尾さんが入ってくれてよかったかも。 はいっ!! 皆さん、ここでお昼からのサプライズイベントを発表しま~す」

 

 ヒメがぱんっと手を叩き、皆を注目させる。時刻は正午を回って、いよいよ午後に入ろうとしていた。

 

 

「ふーん、戦車道か……」

 

 あまり興味が無さそうな声色で悦子がぽつりとこぼす。

 昼食を終えた悦子達六人は学園艦の人通りの少ない街区を皆で歩いていた。

 

「うん、悦ネエ しまなみ女子工業学園は今年度から必修選択科目で戦車道を立ち上げたばっかりなのに、なんと今年の高校戦車道全国大会で二位を獲得した学校なの。そこで、皆の刺激になればと思って戦車の搭乗体験イベントに応募して見事当選致しました~」

 

 六枚つづりのチケットを高々と揚げてヒメがふんすと息荒く話し、それを見て他の面々もおぉーと声を上げぱちぱちと手を叩く。

 

「いいよな~ 戦車道ってバカスカ大砲撃って、映画みたいに派手に家とか車とかぶっ壊しまくるんだろ? 超爽快じゃん!!」

 

「そんなわけないでしょう!! 全く、伝統ある乙女のたしなみを何だと思ってこの野蛮人は…… でも、戦車っていうとボートと比べて鈍重と言うか、よく知らないですけど人が歩くくらいの速度で動くものですわよね。そんなものが果たして私達にとって刺激になるのかしら」

 

 イモッチもダッコを窘めるものの、イモッチ自身も戦車道についてはふわっとした知識しかない。小学校の時に一度だけ戦車道の体験行事があったが、子供用の戦車はゴーカートくらいの大きさの癖に一丁前にエンジンがやたらとやかましい上に油臭く、走る速度も大人の早歩きくらいという爽快感の欠片も無いものだったので戦車に対して正直あまりいい印象は持ってはいなかった。

 

「でもでも! ボート同じでちょっとマイナーなスポーツだけど、しまなみの快進撃は毎日すごいニュースになっていたし、何より戦車道のメンバーってどこの学校もすっごい美少女揃いなんだよね~ 戦車に乗れてその上しまなみの皆に会えるなんて、もー超嬉しい! リーちゃんヒメに一生ついていく!!」

 

「えへへ~ そんなに喜んでもらえたならヒメも嬉しいかも~」

 

 若干ミーハーぽい、ウキウキとした様子でリーがヒメに後ろからゴロゴロと猫のように抱き着き、ヒメもリーの頬を撫でながら嬉しそうに話す。なんだかおっきな猫をあやしてるみたい……と、リーとヒメ以外の四人は思っているが口には出さない。

 

 戦車道は斜陽の武道と言われて久しかったが、高校戦車道に漂っていた「黒森峰が勝つか、残りの三強のどこかが勝つ」という停滞した空気感が無名校の優勝・準優勝という前代未聞のジャイアントキリングで払拭された事で、戦車道全体への注目度がこれまで以上に上がりつつある。何より一般人でも知っている西住まほというトップスター選手のみならず、他の学校の選手達にもスポットライトが当たるという好循環が生まれつつあった。

 

「ん? ヒメ、そういえばなんでチケットが一枚余ったの?」 

 

「う~ん それはね悦ネエ、二宮君もどうかなって思ってたんだけど……」

 

「あぁ そういやアイツも風邪ひいて寝込んでたな」

 

「まったく、運の無い男ですわね」

 

 

「というわけで はいこれ、寺尾さんの分ね~」 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 梅子はヒメから受け取ったチケットをまじまじと見つめる。この戦車搭乗体験イベントはチケットの競争率が凄まじく、ちょっとやそっとの事では入手する事は出来ない代物だ。梅子自身も家族総動員で応募したが、あたりもかすりもしなかった。そのチケットが今、自分の手にある。

 

 喉から手が出る程欲しかったチケットを手にした喜びよりも、こんな貴重なチケットを六枚も入手できるヒメというこの女の子は一体何者なのか、梅子はごくりと喉を鳴らす。

 

「それにしても…… ねぇ、ヒメ まだ歩くの?」

 

 いい加減歩くのにうんざりという様子で悦子が死人のような声を出す。昼食を終えてから学園艦内循環のバスに乗り込み、降りてから結構歩いたがまだ会場にたどり着かない。辺りは人家も無く、学園艦の中心部から随分離れていることが見て取れた。

 

「はいはい頑張って悦ネエ、この角曲がったらすぐ会場だからね~」

 

 その時、まるで目の前で十尺玉の花火が爆発したかのような轟音が鳴り響く。

 

 戦車試乗体験イベントの開会セレモニーはとっくに始まっており、しまなみの全戦車による主砲一斉射が催されていた。

 

「な、なぁ イモッチ 今さ、衝撃で目玉が『ぐにゃっ』てした」

 

「き、奇遇ですわね 私もですわ」

 

 空砲とはいえ、十両の戦車の一斉射は凄まじい。大気を伝播する衝撃は、人間の眼球すら歪ませる。初めて味わう感覚に、ダッコとイモッチは声を失ってしまった。悦ネエ、ヒメ、リーの三人も突然の轟音に驚きつつ、興味深そうにしげしげと整然と並ぶ戦車を眺め始めた。

 

「ほわ~ なんか沢山並んでる。ボートと同じで戦車って結構色んな種類があるんだね~悦ネエ」

 

「ホントだ、しかもでっかい。あれとかダッコとイモッチん家のクルーザーくらいありそう」

 

「えーと悦ネエ あの一番大きいのがフランス製のARL44っていうんだって、それからその両隣のでっかいのは五式中戦車っていう名前みたい」

 

 スマホをいじりながら、リーが検索エンジンで調べて悦子に伝える。こうやってリーが戦車の名前を調べて教えてくれるが、悦子にしたら全部似たような形だし、何がどう違うのかさっぱりわからないというのが正直なところだ。

 

「ゴシキ? ふうん 五色そうめんの会社が造ったのかな、あの戦車」

 

『い、いえ 五式というのは年式を表していまして、お素麺の会社では……』

 

「え…? うわっ!!」

 

 なんだか弱々しい声が聞こえて悦子が後ろを振り向くとこの夏にもか関わらず、プラカードを持ったいかにも暑そうな熊のキグルミが立っていた。

 

『わわっ すみません! 脅かすつもりは無かったんです。ビジターの方々ですね、よろしければご来場の手続きをさせて頂きますのでチケットを拝見出来ますか?』

 

「は、はい みんな! 早くチケット渡してあげて!」

 

「は、はい!」

 

 悦子の声に皆が慌ててチケットを差し出す。目の前のキグルミは、恐れ入りますと端末を取り出してチケットの改札を行い、皆の手首に入場用のリストバンドを巻いていく。悦子はそれを見て、キグルミを着ていて相当不便だろうに、この人もの凄く器用だなと一人ごちていた。

 

『お待たせしました。村上悦子さん、佐伯姫さん、高橋梨衣奈さん、兵頭妙子さん、井本真優美さん、寺尾梅子さん ようこそお越し下さいました。私共は皆様を歓迎致します』

 

 そういってキグルミは深々とお辞儀をする。中は相当暑いのか何だか動きにキレが無いが、精一杯の歓迎の気持ちを表され、六人も思わずお辞儀を返してしまう。

 

『それでは早速、みなさんを会場までご案内致します。どうぞこちらへ』

 

 案内の声に促され、六人は大きなテントを目指して歩き始める。

 

「なぁ…… イモッチ」

 

「なんですの? ダッコ」

 

「いやさ…… さっきのチケットって、私ら名前とか書いてたっけ?」

 

「え? そう言えば…… 書いてませんわね」

 

「だろ? なのになんであのキグルミの人、私らの名前がフルネームで分かってたんだ……?」

 

 よたよたと自分たちの前を先導するキグルミに、ダッコとイモッチはなんだか空恐ろしいものを感じて少しあとずさりする。

 

「どうしたの? 兵頭さん、井本さん 早く行こうよ」

 

「お、おう……」「ええ……」

 

 梅子に先を促され、どうにも妙に感じつつ、ダッコとイモッチも先を急ぐ。

 

「ねぇ…… ちょっと、ねえってば」

 

『は はい、どうしましたか?』

 

 悦子に呼ばれて、キグルミが顔をこちらに向ける。中は相当暑いのか、返ってくる言葉も息苦しそうな様子で今にも倒れてしまいそうだ。

 

「あなた、そんな様子で大丈夫? なんだかフラフラしてるけど……」

 

「だね~ ヒメもちょっとすごく心配かな~」

 

「キグルミさん! こんなに暑いのにそんなの着てたら倒れちゃうよ~」

 

『いえ、大丈夫です…… それに、これが仕事なのと極めて個人的な理由があって脱ぐわけには……』

 

 キグルミから返ってくる声は弱々しくも健気なものだった。それを聞いて悦子は憤りを感じる。

 

 なんでこの子だけがこんなに苦しい思いを押し付けられているのか、こんな体育会系染みた腐った所業をする戦車道なんてロクな物じゃないに違いない 許せない! 直に隊長に文句を言ってやる! 久しく錆びついていた義侠心というか、反骨精神が悦子の血管を駆け巡る。こうなってしまってはもう誰にも止められない。

 

「――ねぇ、あなたたちの隊長さんって 誰!?」

 

『うぇ!? それは……』

 

 怒りのオーラを滾らせる悦子の剣幕にたじろいだ様子のキグルミに苛立ちを感じつつ、悦子は受付で皆に指示を出している生徒をロックオンする。

 

「アイツだね、行くよ!!」

 

『え? あ、あのちょっ ま……』

 

「悦ネエ!?」 

 

「あ~ 悦ネエ、スイッチ入っちゃった」

 

「お、おい! ちょっ、悦ネエ!?」 

 

「何をするつもりですの!?」 

 

「! 村上さん?」

 

 悦子はキグルミの手を強引に引きながら、のしのしと受付で指示を出している生徒目がけて突進する。

 

「ちょっと! あなたが戦車道の隊長さん? この子にだけキグルミを着させて炎天下で接客をさせるだなんて酷いんじゃない!? この子に代わって隊長に文句を言いに来てやったんだけどっ」

 

 辺りに悦子の威勢のいい張りのある声が響き渡る。しんと張り詰めた空気があたりに漂い、そうして悦子に啖呵を切られた生徒が目を白黒させつつ口を開く。

 

「えーと…… 先ずは仲間をそこまで気遣ってくれてありがとう。でも御免なさいね、私は隊長じゃないの」

 

「え それじゃあ誰が ……え? も、もしかして……」

 

「だ、そうよ 零 いえ…… 隊長さん♪」

 

 全員の眼がキグルミに釘付けになる。

 

『ご、ごめんなさい村上さん すぐ言おうと思ったんだけど、気圧されちゃって……』

 

 おもむろに、キグルミが被さっていた熊の頭をヘルメットを脱ぐようにのそのそと脱ぐ。するとキグルミの隙間からふわっと霧のような湯気が漂い、それが徐々に晴れて中に入っていた人間の顔が見えてきた。

 

 

「初めまして 私がしまなみ女子工業学園の戦車道隊長を務めています、大垣零と申します」

 

 

 悦子の深紫色の瞳と、零の瞳が交わる。

 

 ボートと戦車に青春をかける少女たちの、ひと夏の交流の始まりであった。

 

 

 

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