メスガキちゃんを命がけで助けたら右腕がなくなった   作:崖の上のジェントルメン

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12.少女たちの恋模様

 

 

……ゆずが先輩の家へ帰り着いたのは、夕方の四時半を少し過ぎた頃だった。

 

もうきっと先輩も帰り着いていると思ったゆずは、すぐに先輩の部屋へ行き、ドアを開けた。

 

「すみません、先輩。渋滞のせいでバスが遅くなっちゃって……」

 

と、先輩がいるていで口を開いていたが……よくよく見ると、部屋に先輩はいなかった。

 

最初はトイレかな?とも思ったけど、部屋の電気がついていなかったし、そもそも先輩の鞄や制服がない。帰ってきた形跡自体がなかったのだった。

 

「おかしいな……。先輩の方が早く帰ってるはずなのに」

 

もしかして、ゆずのバスの方が早く着いたとか?いや、特急とかがある電車ならまだしも、同じ路線のバスで順番が逆転するとは考えにくいよね……。

 

何か用事があってバスを降りたとか?でも今日は特に用事があるって話は聞いていないし……。

 

(も、もしかして……なにか、トラブルに巻き込まれた……?)

 

だんだんと、ゆずの胸に不安の波が押し寄せてきた。

 

ゆずは鞄に仕舞っていたスマホを取り出して、先輩に電話をかけた。

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル

 

コール音が長引くごとに、ゆずの不安はどんどんと恐怖へと変わっていく。

 

どん、どん、どんと、身体の奥から心臓の脈打つ音が聞こえてきて、それが回数を重ねるごとに強くなってしまう。

 

いつしか自分の心臓は、胸をつきぬけて出てくるんじゃないかというほどに、心臓の音が痛かった。

 

『ただいま、電話に出ることができません』

 

そして、無機質なアナウンスが耳に飛び込んできた時は、もう死んでしまうんじゃないかと思うほどに、鼓動が激しかった。

 

(そ、そんな……。せ、先輩……)

 

ばくん、ばくん、ばくん、ばくん。

 

(ど、どうしよう……。ゆ、ゆずのせいだ……。ゆずが先輩のそばから離れちゃったから……)

 

ばくん、ばくん、ばくん、ばくん。

 

(やっぱり離れるべきじゃなかったんだ。ゆずの定期券なんて放っておいて、1000円払ってでも先輩と同じバスに乗るべきだったんだ……)

 

ばくん、ばくん、ばくん、ばくん。

 

(やだ、やだやだやだ、うう、先輩、先輩……)

 

ゆずの眼には、涙が浮かんでいた。

 

また震える手でスマホを握って、何度も電話をかけた。

 

ずっと永遠に変わらないコール音を、肩をすくめて聞いていた。

 

「………………」

 

ゆずの心の中は、張り裂けそうなほどに痛かった。

 

いろいろな想いがゆずの中に生まれていて、それがたくさんありすぎて耐えきれなかった。

 

先輩にもし何かあったら、ゆずは先輩のパパさんとママさんに、どんな顔をすればいいんだろう。

 

なんのためにゆずは先輩の家に住んでるのか、分からない。肝心な時に、ゆずはてんで役に立たない。

 

肝心な時に、肝心な時に……。

 

『ただいま、電話に出ることができません』

 

「……ぐ、ぐう……」

 

二回目も、やっぱり先輩は電話に出なかった。

 

ゆずは涙をぼろぼろと床に溢しながら、頭をガリガリと搔きむしった。

 

(や、やだ、どうしようどうしようどうしよう……)

 

先輩に何かあったのなら、すぐに助けに行きたい。でも、そもそも先輩がどこにいるのかすら分からない。となったら、下手に家の外に出ることもできない。

 

ゆずのパニクった頭では、馬鹿の一つ覚えみたいに、何度も何度も何度も電話をかける以外の選択肢が思い浮かばかった。

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル……

 

無機質なコール音に、胸が押し潰されそうになってしまう。

 

頭の中がぐちゃぐちゃで、目の前が滲んで何も見えなくなってしまう。

 

いや、いやだよお、先輩。

 

ねえ、お願い。電話に出て。

 

お願いお願いお願い。

 

先輩と、もう会えなくなるなんて、いや。

 

先輩に会いたい。

 

先輩の声が聞きたい。

 

先輩、お願い。

 

お願い。

 

 

───ゆずのそばから、いなくならないで。

 

 

 

『……もしもし?』

 

「……!?」

 

それは、7回目の電話をしていた時だった。ついに先輩が、ゆずの着信を取ってくれた。

 

「あっ……!せ、せんぱ……っ!」

 

ずっと口を閉ざしていた反動で、呂律が上手く回らなかった。いろいろ聞きたいことがあったのに、先輩の声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になってしまった。

 

『ごめん、ずっと電話してくれてたんだな。今やっと、電話に気がついたよ』

 

「あ、い、いえ!そんな……!な、なにかあったんですか!?」

 

『ああ、いや。……ちょっと、バスで降りる駅を間違えてさ』

 

「駅を間違えた……?」

 

『うん、ちょっとドジっちゃって。それで……遅くなった』

 

「………………」

 

『長谷川は、もう家に帰り着いたのか?』

 

「は、はい。先輩の部屋にいます」

 

『わかった。俺もそろそろ家に着くから、もう少しだけ待っててくれ』

 

「はい、分かりました」

 

そうして先輩は、電話を切った。

 

「……はあ~~~」

 

ゆずはこの時、ようやく緊張の糸を緩めることができた。

 

心臓の動きが穏やかになり、涙を拭く余裕も出てきた。

 

(よかった……もしまた先輩が事故に遭ったりなんてしたら、ゆずはもう、耐えられない……)

 

バスの降りる駅を間違えただけでよかった。先輩が無事で、本当によかった。

 

(そうだ、先輩のお出迎えしなきゃ)

 

そう思い立ったゆずは、すぐに先輩の部屋から出て、玄関の前にあるフローリングへとやって来た。

 

そして、その場に腰を下ろし、膝を曲げて体育座りをした。先輩が来るまで、ここで待つことにしたのだった。

 

(なんかゆず、犬みたい)

 

自分のことを客観的にそう思いながら、ゆずは先輩の帰りを今か今かと待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫?中村くん。歩ける?」

 

私がそう聞くと、彼は「うん」と答えて、ゆっくりと立ち上がった。私も彼の動きに合わせて、腰を上げた。

 

「………………」

 

中村くんは眼を伏せて、静かに呼吸をしていた。

 

なんだか、不思議な色気を感じた。雨のせいで身体が濡れて、前髪に滴が溜まり、それがぽたりと地面に落ちていく。

 

中村くんの浮かべる切なげな表情が、その滴によってより儚さを増したように見えて、私は妙に興奮した気持ちで彼のことを見つめていた。

 

ああ、もしかすると、彼に恋していることを自覚したから、こんな風に見えているのかも知れない。

 

「……ごめんよ、倉崎さん」

 

弱々しい声で中村くんはそう言った。私は即座に「ううん、気にしないで」と答えて、地面に捨てていたで傘を拾い、私と彼の頭の上にさした。

 

「私、中村くんのためなら、なんでもするから。いつでも頼ってくれていいからね」

 

「………………」

 

「ねえ、このまま一緒に帰らない?私、中村くんちまで付き添うよ。ずっと傘さしてあげる」

 

「………………」

 

「そうだ、あたたかい飲み物でも買う?何か好きなもの教えてくれたら、私、走って買ってくるよ」

 

「………………」

 

と、ここまで来て、ようやく自分が喋りすぎたことに気がついた。

 

私の心は、もう彼のことを見ているだけで、熱くなってしまう。彼に優しい人だって思われたい、彼も私を好きになってもらいたいという想いが先行して、好感度を上げようと必死になり、つい矢継ぎ早に話しかけてしまった。

 

(い、いけないいけない。平常心平常心……。中村くんの嫌がることはしないようにしなきゃ)

 

私は少し苦笑気味に、「ごめんね中村くん」と告げた。

 

「いろいろいっぺんに言い過ぎたね。とりあえず、おうちに帰ろうか?」

 

「……でも、俺の家は……ここから歩いて結構かかるよ」

 

「いいよ、私は全然へっちゃらだから」

 

「………………」

 

ずっと沈黙していた中村くんだったけど、不意に怪訝な顔をして、ポケットからスマホを取り出した。

 

「あっ……。倉崎さんごめん、ちょっと電話に出てもいいかな?」

 

「ああ、うん。もちろん」

 

「ありがとう」

 

中村くんはスマホを耳に当てて、「もしもし?」と告げた。

 

「ごめん、ずっと電話してくれてたんだな。今やっと、電話に気がついたよ」

 

「………………」

 

「ああ、いや。……ちょっと、バスで降りる駅を間違えてさ」

 

「………………」

 

「うん、ちょっとドジっちゃって。それで……遅くなった」

 

「………………」

 

「長谷川は、もう家に帰り着いたのか?」

 

「……!」

 

「わかった。俺もそろそろ家に着くから、もう少しだけ待っててくれ」

 

そうして、中村くんは電話を切った。

 

「今のは、長谷川ちゃんから?」

 

「……うん」

 

「俺の帰りが遅かったから、心配して電話をかけてくれたんだ」

 

「……ねえ中村くん。長谷川ちゃん、いつもは中村くんのそばに付きっきりなのに、どうして今日は長谷川ちゃんだけ先に家に帰ってるの?」

 

「ああ、ちょっと長谷川が学校に定期券を忘れてさ、それでバスを乗る時間がずれたんだ。で、俺はちょっと……バスの中で寝過ごしちゃって、降りる駅を間違えたんだ」

 

そう言って、中村くんは耳の裏を搔いていた。

 

「………………」

 

なんとなくこの時、私は中村くんが嘘をついている気がした。

 

長谷川ちゃんが定期券を忘れた云々のくだりは、たぶん本当。でもその後が……少し嘘っぽく感じた。言葉も言い淀んでいたし、何より……。

 

 

『腕がちゃんと2本ある奴に、俺の気持ちが分かってたまるかーーー!!』

 

 

あれだけ心が荒れるようなことが、たぶんさっきあったんじゃないだろうか?もしかすると、バスの中で何かがあって……降りざるを得なくなったのかも知れない。

 

「ねえ、中村くん」

 

気になって仕方なかった私は、包み隠さずに彼へ訊いてみることにした。

 

「もしかして……何か、あった?」

 

「………………」

 

「私でよかったら、話聞くよ?」

 

「……いや、大丈夫だよ」

 

「本当?」

 

「うん」

 

「……分かった。でも、本当に何か困ったことがあったら、無理しないで相談してね?」

 

「……うん、ありがとう」

 

中村くんは、少しだけ口を緩めて微笑んだ。

 

さっきまで泣いていた跡が残っているせいか、その笑顔は言葉にできない悲痛さがあった。

 

その顔を見ていると、私はまた妙にドキドキしてしまって、身体がそわそわしてしまった。

 

 

 

 

 

ザーーーー……。

 

中村くんは、私の傘に入ることを受け入れてくれた。

 

今は雨の中、二人で中村くんの家へと向かっている。

 

「ごめんね、倉崎さん。家まで送ってもらっちゃって」

 

もう何度目かになる謝罪が、中村くんの口をついていた。私はそうして申し訳なさそうにしている彼に、「ううん、気にしないで」と微笑みながら答えた。

 

好きな人と、並んで歩く。それがこんなにも幸せなことだなんて、知らなかった。

 

肩と肩が触れあいそうなくらい近づいているという現実に、私はもう胸一杯に嬉しかった。

 

中村くんのことを好きだって自覚すればするほど、私の心がどんどん揺さぶられていく。

 

中村くんの横顔が見たくて、ついつい横目で彼のことを見てしまう。

 

中村くんの香りが嗅ぎたくて、彼に気がつかれないようにくんくんと鼻をならしてみる。

 

中村くんの足音さえも特別に感じて、ぴしゃぴしゃと雨水が溜まっている道を踏みしめる音に聞き耳を立てる。

 

(ああ、好き。中村くん、好き)

 

頭の中で何度もその言葉を口にしてみる。その度に、私は身体中がぽっぽぽっぽ熱くなって、堪らなくなる。

 

「もうそろそろで、俺の家につく頃だ」

 

「あ、ほんと?」

 

「うん、もうあと1分もしないくらいで、見えてくるはずだよ」

 

中村くんのおうち……かあ。うーん、ドキドキする。好きな人の家に向かうって、変な気持ちになる。悪いことをしているような、それでいてすごく知りたいような……。

 

「ああ、ここだ。ここが俺の家だよ」

 

そうして中村くんが指をさしたのは、住宅街にある二階建ての一軒家だった。

 

「へ~……ここが中村くんのおうちなんだね」

 

「な、なんだか照れ臭いな。そうまじまじと見られると」

 

「ふふふ、ごめんね」

 

中村くんは玄関の前に立って、扉をガチャリと開けた。

 

すると、中からすごい勢いで中村くんに飛びかかってくる人がいた。中村くんも「うわっ!?」と驚きのあまり叫んでいた。

 

それは、長谷川ちゃんだった。

 

「先輩!よかった!よかった!お帰りなさい!」

 

長谷川ちゃんは心底嬉しそうに、中村くんへと抱きついていた。

 

顔を彼の胸にぐりぐりと押し付けて、力いっぱい抱き締めていた。

 

そんな長谷川ちゃんのことを、中村くんは少し困りながらも、優しい眼差しで見つめていた。

 

「………………」

 

ああ、そうか、と思った。

 

ニュースなんかで、たまに見かけることがある。痴情のもつれが事件になってしまうことが。

 

「私の彼氏を奪った!」と言って、浮気相手の人を殺してしまったりする、凄惨な事件。

 

今まで私は、たとえ恋愛のもつれだったとしても、人を殺すなんてことはしちゃいけないと思っていたし、どんな時でも思いやりが必要だって考えてた。

 

でもそれは、私がちゃんと恋愛を知らなかったからなんだって、今はっきり分かった。

 

 

 

長谷川ちゃんが、中村くんに抱きついているのが……堪らなく辛い。

 

 

 

もし気を抜いたら、「止めて!」って叫んでしまいそうなほどに、辛くて苦しい。

 

好きな人が他の女の子と触れあっているのを見るのって、こんなにも地獄のような光景なんだ。

 

自然と眉間にしわが寄って、手を拳にしてしまう。

 

「……あっ」

 

長谷川ちゃんはようやく私のことに気がついたみたいで、すぐにパッと中村くんから離れた。

 

彼女の頬は、赤く染まっていた。抱きついてたのを見られたのは、恥ずかしかったんだろう。

 

「それじゃあ、倉崎さん。ここまでありがとう。とても助かったよ」

 

中村くんはそうして、私にお礼を言ってくれた。

 

それを聞いた長谷川ちゃんも、慌てて私に頭を下げた。

 

「く、倉崎先輩、すみません。ここまで中村先輩を送ってくれたんですね」

「ああ、うん。途中でばったり会ってね。中村くんが傘を持ってなかったから、おうちまで送ることにしたの」

 

「先輩のために、ありがとうございました。本当に助かりました」

 

「ううん、気にしないで。私がやりたくてやったことだから」

 

「………………」

 

その時、私は顔を上げた長谷川ちゃんと目があった。

 

言葉にしがたい悲しそうな眼差しが、私のことを真っ直ぐにとらえていた。それを見た瞬間、私はある直感が働いていた。

 

 

 

(そうか、長谷川ちゃんも……中村くんのこと……)

 

 

 

それは、女の勘……というものなのだろうか。

 

長谷川ちゃんの気持ちが、手に取るように伝わってきた。そしておそらく、私の気持ちも、彼女には手に取るように伝わっているのだろう。

 

恋をするって、本当に不思議。今まで体験することのなかった気持ちや感覚が、どんどん出てくる。

 

きっとこれからも、私の知らない私が顔を出してくるのだろう。

 

私たちの関係が、これからどんな風に揺れ動いていくのか。この時の私たちにはまだ、なにひとつ分からなかった。

 

 

 

 

 

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