メスガキちゃんを命がけで助けたら右腕がなくなった   作:崖の上のジェントルメン

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14.三人目は芸術家

 

 

……代わり映えしない時間割りを終えて、放課後となった時だった。

 

クラスメイトたちは教室から我先にといなくなっていき、廊下にはおしくらまんじゅうのように大勢の人でごったがえしていた。

 

そんな人混みを分けて、長谷川が俺の迎えに来てくれていた。彼女は教室の入り口前に立っていて、俺のことを待っていた。

 

「長谷川、悪い、ちょっと待っててな」

 

俺は彼女に手を振りながら、鞄の中に教科書やノートを押し込めて、肩に担いだ。

 

そして、小走りで長谷川の元まで向かっていった。

 

「すまんな長谷川、待たせちまった」

 

「いえ、ゆずは全然平気です」

 

「それじゃ、帰ろうか」

 

「はい」

 

そうしていつものように、二人で帰ろうとしたその時。

 

「中村くん、ちょっと待って」

 

背後から、俺を呼び止める声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには倉崎さんが立っていた。

 

「中村くん、今日はなにか予定ある?」

 

「今日?いや、別になにもないけど……」

 

「そっか。ごめんね、もしよかったら……少し教室に残ってもらえないかな?」

 

「教室に?」

 

「うん」

 

「それは全然いいけど……なんかあったの?」

 

「えっとね、実は……中村くんに会いたいって人がいて」

 

「お、俺に会いたい?」

 

「そうなの。もうじき来ると思うけど……」

 

「………………」

 

俺と長谷川は、お互いに怪訝な表情を浮かべて、顔を見合わせていた。

 

俺に会いたい?どういうことなんだろう?

 

右腕がないから、物珍しさで観に来たい……みたいな、そういう類いのものなんだろうか。もしそうだとしたら、嫌だな。特にからかわれるわけじゃないとは思うけど……好奇の視線に当てられるのは、あまり気分がよくない。

 

でも、もしそういう感じの人だったら、倉崎さんが「そんなこと止めて」って制するような気もする。なら、会ってみても大丈夫かな……?

 

よく分からなかったが、とりあえず俺は待ってみることにした。

 

騒がしかった廊下は、次第に人がいなくなっていき、ついには俺と長谷川、そして倉崎さんだけになった。

 

「やあ!ナカムラ レイジロウくん……というのは、そこの君かい?」

 

ちょうどその時、廊下の向こう側から、声が聞こえてきた。

 

俺たち三人は、みなそっちの方へ目をやった。そこには、一人の見知らぬ女の子がこっちに向かって歩いてきていた。

 

髪は青く、背が高くて中性的な雰囲気を持つ女の子だった。

 

「う、うん、俺だけど」

 

俺がそう言うと、彼女は「おお!」と声を弾ませて、俺たちのところへ小走りでやって来た。

 

「会えて嬉しいよ!ナカムラ画伯!」

 

「が、画伯?一体、なんのこと?」

 

俺が困惑していると、隣から倉崎さんが一言説明を添えてくれた。

 

「この人は、美術部の部長さんなの。ほら、ついさっき美術の時間で、中村くんが描いた絵があったでしょ?あの絵を観て、中村くんに会いたいって言われたの」

 

「美術の時の……」

 

そう言われて、俺は自分の描いた……あのデタラメな顔の絵を思い出した。

 

「ひとまず、自己紹介をさせてもらおう!ボクの名前は、牧平 林檎。紹介に預かったとおり、ボクは美術部の部長をしてるんだ」

 

彼女……牧平さんは、自分の手に胸を当てて、興奮気味に話を続けた。

 

「つい先ほど美術室へ入ったら、君のこの絵が飾られていたのを発見してね。一発で胸を撃ち抜かれたよ。いやいや、あの衝撃は忘れられないなあ」

 

「そ、そんな……別にあんな絵、大したことないよ」

 

「ははは!何を言うんだ!あれほど凄まじい絵は、なかなかお目にかかれないよ!」

 

「………………」

 

「君の絵には、激しい憎しみを感じる。仄暗いネガティブを、ありのまま描いている。怒りも、憎しみも、そして哀しみさえも!」

 

「!」

 

「そうだなあ、なんと言語化すればいいのか……。音楽に例えるなら、パンク・ロックと言ったところかな?」

 

「パンク・ロック?」

 

「そうさ。お腹の奥に眠った、ぐつぐつと煮え滾る情念……それが手で触れるくらいに感じ取れる。まさしくこういう絵が観たかったんだよ。自分を偽らない、本物の表現が込められた絵を」

 

「本物の表現……?」

 

「ボクはね、心底飽き飽きしてたんだよ。見せかけだけ取り繕った、張りぼてのアートにね。どいつもこいつも、魂のない嘘つきばかり。欠片ほども情熱を感じない。ただただ上手く描いただけの、死んだ絵ばかりだ!」

 

「死んだ絵……」

 

「上手いとか下手とか、そんなものは二の次!おのが心血を注いで、痛みすら感じるほどに心のすべてを表現してこそ、アートはアート足り得る。ナカムラ画伯もそうは思わないか?」

 

「は、はあ……」

 

俺は牧平さんの話している内容について、ほとんど理解できていなかった。ただただ、彼女の異様なパワーに圧倒されているばかりだった。

 

「ナカムラ画伯、よかったら教えてくれないか?」

 

「な、なにを?」

 

「君はどんな気持ちで、あの絵を描いたんだい?」

 

「………………」

 

「どんな想いが、どんな経験が、君にあの絵を描かせたんだい?」

 

「……どんなって」

 

俺は左手で、自分の右側にある……空っぽの袖を握り締めた。

そして、何か言葉にしようとしたけど、口から漏れてくるのは……掠れた吐息だけだった。

 

今は何を言っても、聴くに耐えない暴言になってしまいそうで、恐ろしかった。

 

「………………」

 

俺の発言を聞いて、長谷川は静かに……苦しそうに目を伏せた。

 

倉崎さんの方は、「中村くん……」と、小さな声で俺の名をぽつりと呟いた。

 

「……ああ、やっぱりそうだったか!」

 

ただ一人、この牧平さんという女の子だけは、どこか興奮気味に俺を見つめていた。

 

それはまるで、少年が憧れのサッカー選手を前にしているような、ある種の無邪気さを感じる眼差しだった。

 

単なる野次馬目線での興味だったら、こうしてじろじろ見られるのは俺も不快だっただろう。だけど、こんなにも清々しく前向きに興味を持たれてしまうと、そこまで不快には感じなかった。もちろん、圧倒されはするけれど。

 

「込み入った話になってすまないが、その腕は確か、事故で失くなったんだよね?」

 

「え?し、知ってるの?」

 

「ボクも噂程度には、君の境遇を聞いていたからね」

 

「………………」

 

「腕を失って、まず最初にどんな気持ちになった?どんなことが起こった?」

 

「それは……」

 

「両親はどんなことを言った?友だちからはなんて言われた?そうだ、確か四肢がなくなると、幻肢痛という症状が出るのだろう?あれはどんな痛みなんだ?本当に腕があるように感じるのか?」

 

矢継ぎ早に俺へと質問してくる牧平さんに気圧されて、俺は思わず一歩後ろに下がってしまった。

 

「もう止めて!牧平さん!」

 

その時、倉崎さんが俺の前に立って、牧平さんとの間に割って入った。

 

「中村くんに、辛いことを思い出させないで!」

 

「……倉崎さん」

 

頼もしく立ち塞がる彼女の背中を、俺はじっと見つめていた。

 

ぎゅっ……。

 

ふと、右の脇腹辺りに妙な感触があった。誰かがそこを触れているような、そんな感覚だった。

 

それは、長谷川だった。彼女は本当に悲しそうに、俺の制服を掴んでいた。

 

そして、自分のおでこを、俺の背中にそっとつけていた。

 

「………………」

 

「ははは。いやあすまないね、クラサキさん、ナカムラ画伯」

 

牧平さんは苦笑しながら、そう答えていた。

 

「怒涛の勢いで質問をし過ぎたね。いや、ボクの悪い癖なんだ、興味のあることは前のめりになってしまう」

 

「牧平さん、中村くんに興味を持つのはいいけど、ちゃんと彼のことを考えて……」

 

「倉崎さん、いいよ、大丈夫」

 

「中村くん?」

 

「牧平さんは、俺のことを傷つけたいわけじゃないんだから」

 

「………………」

 

「ありがとう、倉崎さん。本当に、大丈夫だから」

 

俺がそう言うと、彼女は渋々ながらも、俺の前から身体をどけた。

 

俺は牧平さんと眼を合わせて、たとたどしくもこう答えた。

 

「……何て言えばいいのか、正直、俺にもわかんないよ」

 

「ふむ」

 

「俺も、まだこの現状を受け入れられてなくて、苦悩と不安に満ちてる」

 

「………………」

 

「もう普通には生きられない……。真っ直ぐな一本道のような、そんな人生は送れない。ねじれ曲がった……歪んだ人生になったんだって、そう思う」

 

……ぎゅっ。

 

長谷川の、俺の制服を掴む力が、強くなった。

 

俺は彼女の方に目をやって、その頭を静かに撫でた。

 

「……!せ、先輩……」

 

「……これは、誰のせいでもない」

 

「………………」

 

「ただただ、理不尽な現実が、俺の身に起きてしまったんだ」

 

「………………」

 

「どう生きればいいのか、今の俺には分からない。暗闇の中を、とにかく走れ!と言われているような、そんな感覚の中にいる」

 

俺は長谷川の頭からすっと手を離して、また牧平さんの方を見た。

 

「今の俺に言えるのは、それだけだよ」

 

「……そうか」

 

牧平さんは本当に嬉しそうに、俺の言葉ひとつひとつを噛み締めるように頷いていた。

 

「ありがとう、ナカムラ画伯。そのことを教えてくれて」

 

「………………」

 

「立て続けにすまないが、君にひとつ、お願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「美術部へ、入部してくれないか?」

 

「!」

 

「君の隻腕であるという悲しみは、君にしか描けない。あれほどの絵が描ける人間を、みすみす逃すわけにはいかないよ」

 

「………………」

 

「君ならきっと、一世一代の芸術家になれる。嘘と欺瞞にまみれた世の中に、中指を立てられる逸材だと、ボクは信じている」

 

「で、でも、もう二年も終わるし、入部してもすぐ三年になって引退するから、あんまり意味ないんじゃ……」

 

「アートに年齢なんて関係ないよ。葛飾北斎だって、富嶽三十六景を描いたのは70代なんだから」

 

「………………」

 

「もちろん、今すぐに答えを出さなくていい。春休みの間、じっくり考えてくれ」

 

「……牧平さん」

 

「君が筆を取ってくれることが、何よりの喜びだからね」

 

牧平さんは俺の顔を、輝くような瞳でじっと見つめた。そして、はっきりとした口調でこう告げた。

 

 

「君の歪んだ人生を、ありのまま表現するべきなんだ。だって、人間は歪んだまま、生きていたっていいのだから」

 

「………………」

 

この時……俺の脳裏には、三人の声が反響していた。

 

『ゆずの人生を、歪ませて。先輩の手で、おかしくさせて』

 

『先輩の人生が歪むんなら、その形に合わせて、ゆずも歪みたい』

 

それは、長谷川の悲しい呟きだった。

 

『中村くんの人生は、私が“治す”』

 

『人生が歪んでしまっても、私が一緒に、それを治すよ。私が絶対、あなたを歪ませない』

 

それは、倉崎さんの眩しい激励だった。

 

『君の歪んだ人生を、ありのまま表現するべきなんだ。だって、人間は歪んだまま、生きていたっていいのだから』

 

それは、牧平さんの爽やかな囁きだった。

 

(歪んだ人生……か)

 

俺の人生は、これからどうなっていくのだろうか。どんな道を歩むことになるのだろうか。

 

そのすべてが、今の俺にはまだ分からない。

 

これが、二年生が終わる数日前に起こった出来事だった。

 

 

 

 

 

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