メスガキちゃんを命がけで助けたら右腕がなくなった   作:崖の上のジェントルメン

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18.友人たちとの集まり(1/2)

 

 

……約束の日曜日である、4月13日。

 

この日の待ち合わせ場所は、ショッピングモールの一番大きな入り口だった。

 

俺と長谷川が10時50分に到着した時には、もう倉崎さんは入り口の前に立っていた。

 

「倉崎さん!」

 

俺がそうして名前を呼ぶと、彼女はこちらに顔を向けて、にこっと笑った。

 

「中村くん、長谷川ちゃん、おはよう」

 

「遅くなってごめん、ちょっと準備に手間取っちゃって」

 

「ふふふ、全然いいよ。そもそも、待ち合わせ時間の10分前だし」

 

「倉崎さんは、いつぐらいに着いたの?」

 

「私は5分前くらいかな。家がこの近くだから、すぐ来れるんだよね」

 

「へー!いいね!ショッピングモール行き放題だ!」

 

「そうそう、だからなんの用事がなくても、たまにここに来ちゃうんだよね」

 

俺と倉崎さんがそんな雑談を一言二言交わしている間に、他のメンバーも次々にやって来ていた。

 

「やっほ~!桃ちゃ~ん!」

 

まず最初にやって来たのは、倉崎さんの友だちである、小林 沙穂さんだった。

 

小林さんは明るい茶髪にゆるくパーマをかけている、ギャルっぽい女の子だった。

 

彼女は俺や倉崎さんと同じクラスの人で、俺も少しだけ挨拶を交わしたりとかはあった。

 

「やっほー、沙穂ちゃん」

 

「おはよう、小林さん」

 

「あ!中村くんもやっほ~!」

 

小林さんは倉崎さんの隣にいた俺に気がついたようで、俺の方にも挨拶を返してくれた。

 

「そーいえば、中村くんとちゃんと遊ぶのって、初めてかもー?」

 

「ああ、そうだね。今日1日、よろしくね小林さん」

 

「うん!こっちこそ~!」

 

小林さんは右手でピースを作り、長閑で穏やかな笑みを見せてくれた。

 

「ん?ねえ中村くん、そっちの子誰ー?」

 

ふと、小林さんが俺の隣にいた長谷川に目をやって、そう尋ねてきた。

 

「ああ、長谷川は俺の後輩だよ。一緒に来て貰ったんだ」

 

「どうも、二年生の長谷川 ゆずと言います。今日はよろしくお願いします」

 

長谷川は簡単な自己紹介を済ませて、小林さんへ会釈をした。

 

「あ~、そうだ!桃ちゃんが言ってたかも!中村くんが後輩連れてくるって!長谷川ちゃん、よろしくね~!」

 

小林さんが笑いかけながら長谷川へそう言うと、長谷川の方はまたぺこりと頭を下げた。

 

「ちーすっ!」

 

今度は、丸岡と浅井くんが同時にやって来ていた。丸岡の方は随分テンションが上がっているらしく、がに股でのっしのっしとこちらに歩いてきていた。

 

それに対して浅井くんは、ポケットに手を突っ込んで、いつものようにムスッと顔をしかめていた。

 

「丸岡!浅井くん!」

 

俺が二人に手を振ると、丸岡は「いえー!」と言って両腕を上げていた。浅井くんはポケットから右手を出して、ちょっとだけこちらに手を振った。

 

「よかった、これで全員揃ったね」

 

倉崎さんは鞄からスマホを取り出して、「10時55分か」と呟いた。

 

「映画は11時半からだし、そろそろ映画館へ行こっか」

 

「うーっす!倉崎隊長おなしゃーす!」

 

丸岡が意気揚々と叫ぶと、小林さんが彼を真似て「桃ちゃん!おなしゃ~す!」と声を張り上げていた。

 

俺たちの休日は、そうして幕を上げたのだった。

 

 

 

 

「……えーっと、席はここか」

 

映画館の後ろから三番目の列に、俺たちは横に並んで席を取っていた。

 

列の丁度真ん中に位置するところで、スクリーンが一番よく見える場所だった。こんなにいい席に座れるのは、予め倉崎さんが場所を予約してくれていたからだった。

 

席は左から長谷川、俺、倉崎さん、小林さん、浅井くん、そして丸岡という並びだった。

 

「しゃー!テンション上がってきたー!」

 

一番端にいる丸岡の声がこっちまで届いてくる。そんな彼に対して、隣の浅井くんが「落ち着けアホ」とクールな突っ込みを入れていた。俺はそんな彼らのやり取りを、ほおを緩ませながら聞いていた。

 

「ねえ、中村くん」

 

右隣にいる倉崎さんが、俺に声をかけてきた。

 

彼女の膝の上にはトレイがあって、そこにポップコーンとコーラが置かれていた。

 

「ポップコーン欲しくなったら、遠慮なく言ってね。これ、みんなでシェアするためにやつだから」

 

「ほんと?ありがとう!」

 

わあ、映画館でポップコーンか~!凄くそれっぽい感じのお菓子だなあ~!

 

映画館に来るの自体久しぶりだし、俺もどんどんテンション上がって来ちゃったなー!

 

「今日はありがとう、倉崎さん。俺のこと誘ってくれて」

 

「うん、喜んで貰えてよかった。本当は他にも何人か誘ってたんだけど、ちょっと今日は来れなくて」

 

「へー?他には誰を誘ってたの?」

 

「えーとね、夏希ちゃんとかを誘ってたよ」

 

「夏希さん……?ああ、テニス部の篠原 夏希さんかな?」

 

「そうそう、ちょっと今日は部活で来れなくて」

 

「あー、確かにうちのテニス部は強いもんね。練習も大変そうだ」

 

「うんうん。三年生だし、最後のインターハイに向けて熱を入れてるみたい」

 

「篠原さんの他には、誰を誘ってたの?」

 

「後は、美術部の牧平さんにも声をかけてみたの」

 

「え?牧平さんにも?」

 

「うん。今年から一緒のクラスになるし、仲良くなれたらいいなと思って。でも……『ボクは恋愛映画は趣味じゃない』って言われて、断られちゃった」

 

「ははは、なんだか牧平さんらしいや」

 

彼女が倉崎さんの誘いを断わる瞬間が、鮮明に目に浮かんでくる。恋愛映画が好きじゃないのも、癖の強い牧平さんらしい答えな気がする。

 

(そうだ、今度は……牧平さんの美術部にも、行ってみようかな)

 

 

『美術部へ、入部してくれないか?』

 

『君の隻腕であるという悲しみは、君にしか描けない。あれほどの絵が描ける人間を、みすみす逃すわけにはいかないよ』

 

 

前に彼女から誘われた時のことが、ふっと思い出される。

 

なぜ俺の絵をあんなに褒めてくれるのか分からないけど、それでもやっぱり……褒めて貰えるのは、純粋に嬉しかった。

 

思いもしなかった才能が、もしかしたら自分にはあるのかも知れない。彼女の美術部にも、今度顔を出させてもらいたいな。

 

「………………」

 

俺は、左隣にいる長谷川へと目を向けた。彼女は両手を太ももの上に置き、肩をすくめていた。

 

口は真一文字に結ばれていて、強張った表情を浮かべていた。

 

(……まあ、緊張するよな。知らん人ばっかりだし、全員先輩だし)

 

彼女の気持ちをほぐしたいと思った俺は、声を潜めて話しかけることにした。

 

「大丈夫だよ、長谷川」

 

「え?」

 

「そんなに緊張しなくてもいい。みんな優しい人ばっかだから」

 

「………………」

 

長谷川は目を伏せた後、小さな声で「ありがとうございます」と答えた。

 

「……あの、先輩」

 

「うん?」

 

「先輩って、映画館にはよく来るんですか?」

 

「え?いや、そんなことはないよ。何年かに一回とか、そんくらいかな」

 

「………………」

 

「なんだ?どうしたんだ?長谷川」

 

「いや、実は……ゆず、映画館に来るの、産まれて初めてで」

 

「え?」

 

「それで、結構緊張しちゃってて。なんだか落ち着かないんです」

 

「へ~!そうか!映画館初めてなんだ!」

 

「は、はい。そうなんです。スクリーンって、こんなおっきいんですね。これだけで、ゆず、ちょっと圧倒されちゃって……」

 

なるほどなあ、長谷川が緊張してたのは、映画館自体が初めてだったからなのか!

 

なんかそう聞くと、彼女が強張っているのも、なんだか可愛らしく見えてきた。

 

「先輩、今日の映画って……恋愛映画、だったですよね?怖いシーンとかなかったですよね?」

 

「うん?うーん、どうかな~?結構シリアスな展開が多いみたいだし、もしかしたらちょっと怖いところはあるかも知れないなー」

 

「え、ええ?そんな、どうしよう……」

 

長谷川は青ざめながら、俺の左腕を掴んでいた。俺はそんな彼女の反応があまりにもいじらしくて、つい「ははは!」と笑ってしまった。

 

「ごめんごめん!長谷川、大丈夫だよ。恋愛映画だし、たぶんそんな怖いシーンなんてないよ」

 

「ええ?も、もー!先輩、いじわるしないで!」

 

俺の言葉を聞いて、珍しく長谷川が怒っていた。

 

なんだか昔と逆のような状況だな。長谷川にからかわれて、俺が怒っていた昔と、俺がからかって、長谷川が怒る今と……。

 

「あっ」

 

その時、館内の照明が真っ暗になった。いよいよ、映画が始まるようだ。

 

「ほら、ついに始まるぞ長谷川」

 

「ほんとですね。なんか、それっぽい空気です」

 

「楽しみだな」

 

「……はい」

 

俺と長谷川は、お互いに少しだけ微笑み合った。

 

久しぶりに彼女の笑ったところが見られて、俺は本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

『……私、ずっとずっと、君のこと、大好きだよ』

 

スクリーンに映る役者の声が、館内に響き渡る。

 

この映画は、『恋が透明だったなら』というタイトルで、純情な高校生たちの恋模様を描いた作品だった。

 

等身大の青少年たちの、繊細でいじらしい心理描写に、思わず俺も『きゅん』ときてしまった。

 

(う、うおおおおっ……!いいなあ、こんな恋してみてえ~!)

 

心の中でそう叫んでしまうくらいに、今の俺にはこの映画はクリティカルヒットしていた。

 

ぱりっ

 

ふと、右横から乾いた音がした。見てみると、倉崎さんがポップコーンを口に含んでいた。

 

(あ、ポップコーン、美味しそうだな)

 

人が食べているのを見ると食べたくなるのが人情というもので、俺は思わず、ポップコーンを食べる彼女の横顔を見つめてしまった。

 

「………………」

 

そんな俺の視線に倉崎さんは気がついたようで、横目で俺の方へ視線を送ると、にっこりと笑った。

 

そして、声を潜めて「中村くん、ポップコーンいる?」と尋ねてきた。

 

「あ、ありがとう。じゃあちょっとだけ……」

 

俺はそう答えて、左手を伸ばそうとした。すると、倉崎さんは「あ、いいよ」と言って俺の手を遮った。

 

「左手でこっちの取るの、大変でしょ?ほら、中村くん」

 

倉崎さんはポップコーンをひとつ掴み、俺の顔の前に持ってきた。そして、「はい、あーん」と言った。

 

「え、え?く、倉崎さん……?」

 

「中村くん、口開けて?私、食べさせてあげるから」

 

「………………」

 

俺は、何が起きているのか、皆目理解できなかった。

 

彼女の大きくて愛らしい瞳は、真っ直ぐに俺を見つめていた。俺はその視線に耐えられなくて、手前にあるポップコーンばかりを見ていた。

 

(ど、どうしよう……。こ、このポップコーン、食べて……いいんだろうか?)

 

バクバクと激しく脈打つ心臓の音が、倉崎さんに聞こえてしまわないか、怖かった。

 

倉崎さんの持っているポップコーンは、今まで食べたポップコーンの中で、一番輝いているように感じた。

 

(倉崎さんは、い、嫌じゃ……ないんだろうか?こんなこと、俺にするなんて……)

 

他人の口の中に物を放るというのは、相当相手のことを親密に思っていないとできない。

 

お箸やフォークで食べ物を刺しているならまだしも、手に取ったポップコーンを相手に食べさせるのは……かなりハードルが高く感じる。だって下手したら、唇や舌が手に触れてしまう可能性だってあるのだから。

 

「中村くん、遠慮しないで?私は全然、嫌じゃないから」

 

そんな俺の心を読んだかのように、倉崎さんはそう囁いた。

 

(く、倉崎さんが、なんで俺にこんな……)

 

俺はもう、映画どころではなくなってしまった。

 

いや、もちろんこれは……彼女なりの優しさなんだとは思う。

 

いつも彼女は、俺に優しくしてくれる。勉強を見てくれたりしたし、困った時にはいつもフォローしてれる。

 

だからきっと、これも右手がなくてポップコーンが取りづらいから、俺に食べさせてくれるという……そんな気遣いだと思う。

 

……でも、俺はそんな彼女の行動に、単なる優しさ以外の気持ちを期待してしまっていた。

 

 

 

──もしかして、倉崎さんは俺のことを、好きなんじゃないか?

 

 

 

恋愛映画を観ている最中だからか、余計にそう思ってしまう。

 

こんな「あーん」をしてくれるなんて、よっぽど俺を好意的に思ってないとあり得ない。

 

だからひょっとして、ひょっとして倉崎さんは……。

 

 

 

『先輩、あーんしてください』

 

 

 

「………………」

 

その時俺は……長谷川のことが頭に過った。

 

俺が事故に遭って以来、ずっと彼女は、俺にそうして食べ物を与えてくれた。

 

「………………」

 

俺は横目で、左隣にいる長谷川へ視線を送る。

 

彼女は映画に夢中らしく、目を大きく見開いて、口をぎゅっとつぐんでいた。

 

そんな長谷川のことを観ていると、なんだか俺はとても悪いことをしているような気がしてならなかった。

 

倉崎さんからのポップコーンを口で受け取るというのは、長谷川を裏切ることと一緒なんじゃないかって、そんな気持ちにかられていた。

 

「……ありがとう、倉崎さん」

 

俺はもう一度、倉崎さんの方へと目を向けた。そして、倉崎さんに差し出されたポップコーンを、“左手”で受け取った。

 

「でも俺は、左手で取るのはそこまで辛くないから、手で貰うよ」

 

「そう?分かった。じゃあ、欲しくなったらまた言ってね」

 

「うん、ありがとう」

 

そうして俺は、口の中にポップコーンを放って、ぱりっと噛み締めた。

 

塩気が効いているはずのポップコーンが、やけに甘く感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

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