メスガキちゃんを命がけで助けたら右腕がなくなった   作:崖の上のジェントルメン

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2.償いの方法

 

 

 

 

僕の右手を知りませんか

 

行方不明になりました

 

指名手配のモンタージュ

 

町中に配るよ

 

───THE BLUE HEARTS

「僕の右手」より

 

 

 

 

 

……カチャ、カチャカチャ

 

俺は左手にスプーンを持ち、拙い動きでシチューを食べていた。

 

専用のテーブルを使って、病室のベッドにいながらも食事することができた。このテーブルは、新幹線とか飛行機とかでよく見る、白くて小さなテーブルだった。

 

「んぐっ、ぐむ」

 

シチューの後は、米粉パンを掴んで齧る。右手がないため、両手で千切ることができず、直接かぶりつくしかなかった。

 

でも、お箸やナイフを使うよりは、ずっと食べやすい食事だ。病院の方もそれを配慮してくれているのだろう。

 

だけど、左手でお箸を扱える練習は、そろそろしておかないといけないかもな……。

 

「……ごちそうさまでした」

 

食事を終えて、食器を看護士さんに片付けて貰った後、俺はそのテーブルをそのまま使い、勉強を始めた。

 

勉強と言っても、高校レベルのものじゃない。幼稚園生用のひらがなのドリルを使って、「は」の字をなぞるだけだ。

 

「……ぐっ、くう……」

 

思った通りに書けずに、字がぐりゃりと曲がってしまう。利き手じゃない方でものを書くというのは、こんなにも難しいものなのか。たかが鉛筆さえも、不思議と重く感じる。

 

「……はあ」

 

「は」の字を十個書くだけで、どっと疲れてしまった。

 

事故の前までは難なくできていたのに。簡単とすら思わないほど気楽にできていたことなのに。こんなことすら満足にできない自分に、苛立ちがつのる。

 

「………………」

 

俺はうっすらと、目の端に涙を溜めてしまった。

 

ひらがなが書けずに泣くだなんて、そんな体験を自分がするとは思わなかった。

 

漫画やアニメなんかで、誰かの犠牲になって腕がなくなるヒーローの描写はよく見るけど、それがどれほど大変なことか……身に染みて分かる。

 

助ける瞬間よりも、助けた後の方がよっぽど辛い。腕を失う痛みよりも、腕がなくなってからも生きなければならないという現実が、俺の背中に重くのしかかってくる。

 

(……これで本当によかったんだろうか?もっと何か、いい方法があったんじゃないだろうか?)

 

今さらあれこれ考えても仕方ないのだが、それでも考えずにはいられなかった。

長谷川が助かってよかった!腕をなくしても後悔はない!と、そう言い切れない自分が恥ずかしかった。

 

長谷川が車に気をつけてくれれば、車がもう少し遅く来てくれればと、「こうなっていれば」という状況を、いくつも考えてしまう。

 

「………………」

 

俺は一旦、鉛筆の動きを止めた。息を思い切り吸い込んで、そしてはーーー……っと、深く息を吐いた。

 

ガララッ

 

その時、病室の扉が突然開かれた。俺はパッと顔を上げて、目の端に浮かんでいた涙を拭ってから、訪問してきた人物が誰か確認した。

 

それは、長谷川だった。

 

学校帰りのためか、いつも見る制服姿だった。右手には白い紙袋が握られていた。

 

「……長谷川」

 

「………………」

 

彼女は、俺のことをじっと見つめていた。

 

いつになく険しい顔をしている。眉間にしわを寄せて、唇を噛み締めていた。

 

 

『きゃははは!先輩、ださーい!』

 

 

いつも生意気に、笑いながら俺をからかってくる長谷川しか知らなかったから、こんな表情を見るのは、すごく心苦しかった。この前は彼女のお母さんからもぶたれていたしな……。

 

「……よお、長谷川。学校帰りか?」

 

俺はドリルを閉じて、彼女に笑いかけた。自分でも、ぎこちない笑いだったことは自覚している。口角が上手く上がらないし、言葉も流れるように出てこない。

 

でも、それでも俺は頑張って笑顔になるよう努めた。お見舞いに来てくれた彼女に対して、少しでも元気そうに見せるのが、俺なりの最低限の礼だと思った。

 

「……先輩、これ」

 

「ん?」

 

彼女はすっと手を前に出して、紙袋を見せた。

 

「これ、あの……果物、です。みかんとか、りんごとか、そういうの」

 

「おお、そっか。そこに置いてくれ」

 

俺はベッドの脇にある小さな棚を指さした。長谷川は指示された通り、その棚の上に紙袋を置いた。

 

「ありがとな、果物。後で食べさせてもらうよ」

 

「……じゃないです」

 

「え?」

 

「ゆずが、自分で買ったわけじゃないです。ママがゆずに、持たせただけですから……」

 

「………………」

 

「あの、先輩、この椅子……座っていいですか?」

 

長谷川はベッドの脇にあった丸椅子を見て、そう言った。俺が「おお、もちろん」と答えると、彼女はおそるおそる、その椅子に座った。

 

「………………」

 

長谷川は膝の上に拳を置いて、顔をうつむかせていた。ぎゅ~っと強く握り締めているその拳は、微かに震えていた。

 

彼女から溢れ出る強烈なまでの緊張感に煽られて、俺も思わずそわそわしてきた。

 

空気がひんやりと冷たく、凍っていた。この空気を壊したくて世間話でもしようかと思ったが、とてもそんなことを言い出せる状況じゃなかった。

 

「………………」

 

項垂れている長谷川を見るのが辛くて、俺は視線を窓の外へと移した。

 

樹が、風に煽られて揺れていた。枯れ葉が次々に枝から離れ、そのまま風に乗って飛びさっていた。

 

カタカタカタ……

 

窓枠も、その風に当たって、小さな音を鳴らしていた。

 

「……ですか?」

 

その時、長谷川が突然口を開いた。俺はすぐに彼女の方へ視線を向けて、「ごめん、なんて言った?」と聞き返した。

 

彼女は少しだけ顔を上げて、上目遣いの状態で、「腕、痛いですか?」と訊いてきた。

 

「腕……ああ、痛くはなくなったけど……でもたまに、変な感覚になるな」

 

「変な感覚?」

 

「痒くなるんだよ」

 

「え?」

 

「“ないはずの右腕”が、痒くなるんだ」

 

「………………」

 

「先生に聞いたら、幻肢痛って言うものらしくてさ。事故で腕とか足をなくすと、本来ないはずのその場所が、痛くなったり痒くなったりするらしい」

 

「………………」

 

「確かに事故ったばっかりの時は、右腕の付け根部分がめちゃくちゃ痛くて堪らなかったんだよ。皮膚や肉が焼けただれたみたいな、そんな感覚だった。気がおかしくなりそうだったよ。ないものの痛みを抑えようったって、どうしようもないもんな。ベッドでずっと、治らない痛みに絶叫してた」

 

「………………」

 

長谷川は、また顔をうつむかせてしまった。

 

ああ、しまったな。余計なことを言ってしまった。彼女にこれ以上罪悪感を抱かせても、仕方がないのに。

 

……いや、たぶんこれは、俺なりの八つ当たりだな。こうして長谷川が打ちのめされてるところを見て、俺の気持ちの憂さ晴らしをしてるんだろう。嫌な性格してるよな、俺って。

 

「……ねえ、先輩」

 

「うん?」

 

「……死んだら、いいですか?」

 

「え?し、死んだらいい?」

 

「はい」

 

「……えーと、どういう、こと?」

 

「……ゆずが死んだら、ゆずのこと、許してくれますか?」

 

「………………」

 

長谷川の全身が、震えていた。うつむいていたから、表情こそ見えないものの、彼女がどんな気持ちになっているのかは、痛いほどに伝わってきた。

 

さっき、意地悪なことを言ってしまった負い目から、俺はなるべく優しい声色で、彼女にこう告げた。

 

「……なあ長谷川、確かに俺は……まあ、こんな状態になっちゃったけどさ、だからって長谷川まで辛い目に遭って欲しいとは、思わないよ」

 

「………………」

 

「お互い、死にはしなかったんだ。だから……今はそれでいいんじゃないかな」

 

「………………」

 

「お前が無事で、よかったよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……止めてよ」

 

「え?」

 

「止めてよ、先輩……」

 

ぶつぶつと呟きながら、長谷川はようやく顔を上げた。

 

その顔は、涙でぐじゃぐじゃに濡れていた。口をへの字に曲げて、眉をこれでもかというくらいにひそめていた。

 

 

 

「そんなに!!そんなにゆずに優しくしないでよーーーー!!」

 

 

 

「………………」

 

「死ねって言ってよ!!消えろって言ってよ!!お前のせいで右腕がなくなったんだぞ!って、そんな風に怒鳴ってよーーー!!」

 

「………………」

 

「……長谷川」

 

「うううう!!うああああああ!!!」

 

長谷川の慟哭が、病室の中に響いていた。

 

彼女の喉が焼けてしまうんじゃないかというほどに、その声は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……分からない。

 

分からない、分からない、分からない。

 

ゆずは一体、どうしたらいいの?

 

鳥肌が立つくらい寒い。ずっとずっと、震えが止まらない。

 

どれだけ厚い布団にくるまっても、どれだけ熱い紅茶を飲んでも、この寒気は取れなかった。

 

この寒気から逃げたくて、目を瞑って寝ようとするけど、どうやってもあの時の瞬間が、脳内にフラッシュバックする。

 

 

『ドンッ!!』

 

 

先輩が車に轢かれた瞬間の、あの鈍い音。そして、先輩が地面にうつぶせて、血まみれになっているところ。

 

救急車のサイレンが鳴り響いて、周りにいる人たちが騒然としていた。

 

思い返す度に、心臓がバクバクする。誰かの手で思い切り心臓を握られているみたいな、そんな感覚に陥る。

 

「ううう!!うううう!!」

 

涙と鼻水で、顔が濡れていた。声もがらがらに枯れて、仕方なかった。

 

「……長谷川」

 

先輩は、苦しそうな顔でゆずのことを見つめながら、ゆずの背中を左手で擦った。

 

「なんで!?なんでゆずに優しくするの!?」

 

「………………」

 

「ゆずのせいで、先輩の腕、なくなったのに!!ゆずのせいなのに!!」

 

「………………」

 

「いつもみたいに、ゆずが先輩に、ぐすっ、いたずらして……!うう、そのせいで、事故に、遭ったのに……!」

 

「………………」

 

「先輩、ほんどに、ほんどに、ごめんなざい……!ゆず、先輩が優しいから、ずっど、なんか、甘えちゃって……!!ちょっかい出すのも、先輩だけは、許してくれで……!!」

 

「………………」

 

「そんな先輩のことを!ゆず……酷い目に遭わせちゃっで!もう!ゆず……!自分のこと、死んじゃえって思っで……!!」

 

そう……先輩は、ずっと優しかった。

 

優しい人だった。

 

 

『よかったら、飴でもいるか?』

 

 

ゆずが生徒会に入って最初の日。先輩は緊張していたゆずに、飴をくれた。

 

でも、先輩はドジだったから、その飴の入った袋を落として、中に入ってた飴を全部床にばらまいちゃった。

 

「うわー!最悪~!」って言って嘆いてる先輩を見て、ゆずはくすくすって笑えた。それで少しずつ、緊張が解れた。

 

それからも先輩は、いつもゆずのことを気にかけてくれた。困った時は、いつも先輩のことを頼ってた。

 

それでゆずも、先輩にいろいろ構ってほしくなって……たくさん、おちょくるようになった。

 

『先輩ってば、ださーい!♡』

 

『このやろー!意地悪な奴め!』

 

そう言って怒る先輩が可愛くて、いつもついつい……ゆずは、先輩のことをからかってた。

 

先輩がいてくれるから、毎日が楽しかった……。

 

「ねえ!先輩!ゆず、ゆずどうしたらいいですか!?どうしたら!!ゆずのこと、許してくれますか!?」

 

「………………」

 

先輩は、ゆずの背中をとんとんと、優しく叩いた。そして、少し悲しそうに笑いながら、こう答えた。

 

「自分を責めないでくれって言っても、今はなかなか難しいと思う。だから、長谷川が一番、納得する方法で構わない」

 

「………………」

 

「でも、自分を傷つける方法だけは止めて欲しい。それは、お互いを悲しませるだけにしかならないからさ」

 

「………………」

 

ゆずは、先輩からそう言われて、しばらく考え込んだ。

 

ゆずが一番、納得する方法……。

 

ゆずとしては、死ぬか右腕を切るかの、どっちかだと思ってた。命自体を捧げるか、先輩と同じ境遇になるか、どっちかだと。

 

でも、先輩は自分を傷つける方法は止めて欲しいと言う。なら、どうすればいいんだろう。

 

「………………」

 

ゆずは、膝の上に置いている拳を、ぎゅっと握り締めた。

 

「……先輩、ゆず、決めました」

 

「うん?」

 

「ゆず、これから一生、先輩のために生きます」

 

「え?」

 

「ゆずは、先輩のために一生を尽くします。24時間365日……ずっと、ずっと一緒にいます。なくなった右腕の代わりとして、ずーっと支え続けます」

 

「………………」

 

「そして……そして……いつの日か」

 

 

 

──ゆずは必ず、先輩のために死にます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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