ハッピーエンドをお求めですか?   作:私のせいです

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好評かもしれないので続きです


ケルシーは見てきた

 

『て、天災だ!』

『きゃあああ!』

 

 空から降り注ぐ赤い軌跡。チェルノボーグを包む天災は、分かっていても恐怖を感じずにはいられない。

 

『皆さん落ち着いてください!』

『アーミヤ!』

『Orderさん、お願いします!』

『了解した』

 

 刹那、キラリと剣が光り輝いたと感じた瞬間、目にも止まらぬ速さで繰り出される剣閃が天災を斬り刻む。無論、天災そのものを斬ってはいない。その行動は、隕石を爆散させて被害を抑えているだけに過ぎない。

 

『っ!』

『Orderさん!』

『クソっ!』

 

 その隙を暴君の灼熱の炎が襲う。Aceが割って入るも時すでに遅し、全身に深い火傷を負ったOrderは天災の第一波を防ぐのみで力尽きる。

 

『がぁ⋯⋯』

 

 一息で肺まで焼かれ、爛れた皮膚を無理矢理に動かして血が飛散る。

 

『そんな⋯⋯』

『アーミヤ、撤退だ! ⋯⋯アーミヤ!』

 

 

 結果としてAce含む隊員の数名が死亡。重体のOrderは緊急手術を受けた。

 

『ケルシー先生。Orderさんは⋯⋯』

『⋯⋯⋯⋯』

 

 病室で目覚めたOrderにアーミヤは()()()()と願った。今度こそ上手くやると、そう言ってOrderの自害を見届けた。

 

 

 

「⋯⋯今度こそ」

 

 彼が死ななかったのはとても幸運なことだった。生きてさえいれば、簡単にやり直せるから。

 

 


 

 

 最近、やたら誰かの視線を感じる。生活に異常はないから無視しているが、如何せん俺を監視する目的が解らない。

 

「Order」

「タルラか。何か用か?」

 

 呼び止められたのは端麗な灰髪のドラゴ、レユニオンの実質的なリーダーをしているタルラだった。彼女が着ている外行き用の外套はアリーナが作ったもので、装飾には俺がプレゼントしたブローチも使われている。全体的に黒い色合いだが彼女の凛々しさを損なわず、堅苦しい場でも悪目立ちしないデザインはアリーナへ賞賛を送るべきだろう。

 胸に飾られたブローチを見つける度、俺は密かに喜んでたりする。

 

「いや、見かけたから声をかけただけだ。強いて言えばOrderと話したい、かな。⋯⋯今大丈夫だろうか?」

「大丈夫だ。最近はエレーナのお陰もあって余裕がある。時間があるなら俺の部屋に来るか? 茶でも出そう」

「Orderの部屋か。⋯⋯ああ、今日は時間がある。ゆっくりさせてもらうとしよう」

 

 一瞬、タルラが何処かに目線を向けた。その先には何の気配もないが、誰か居たのだろうか。気にせず自室に案内して扉を開けると、予想外の光景が広がっていた。

 

「おかえり、Order」

 

 自分の部屋に入ると何故か先客が居た。人のベッドに横たわり、明らかに先程まで寝ていましたと言わんばかりに目をこすっているフロストノヴァ。部屋に鍵をかけていた訳ではないが誰かが居るとは想像できなかった俺は固まる。

 

「どうしてここに?」

「薬の副作用で眠くてな。お前の部屋の方が近かったから借りた」

 

 一応合点はいった。エレーナは俺の部屋を把握しているし、部屋の位置は確かに彼女の自室より医療部との距離が近い。勝手に入ったのは眠気があったからだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「タルラか。久しいな、元気だったか?」

「ああ、ロドスとの協定もあって順調だ。⋯⋯私はOrderに自室へと招かれたんだ。招かれざる客は帰るべきじゃないか?」

「私たちは気を許しあった仲なんだ。彼は私が部屋にいたって許してくれる」

「ほう⋯⋯、随分と卑しくなったものだ。異性の部屋に入り浸るなど」

「おかげさまでな」

 

 ⋯⋯素直に怖いと感想が出てくるのは多分間違ってないだろう。両者共に笑顔ではあるが全く笑ってない。特にタルラの方が空気がピリついてアーツが漏れ出ている。早急にこの場を収める必要があった。

 

「タルラもエレーナも同じく俺の客人だ。茶を出すから適当にくつろいでくれ」

 

 タルラがいるから紅茶がいいだろうか。戸棚を開けて茶葉を探していると、タルラが隣でティーセットの準備をしていた。

 

「座っていていいんだぞ?」

「紅茶だろう? 私の方が造詣がある。それに、こうして並び立つ機会は少ないからな」

「ロドスとレユニオンは協力関係にある。タルラが俺たちの隣人である限り、俺とタルラが並び立つのは難しいことではない。呼び立てれば俺は君の傍へとすぐに駆けつけよう」

「そ、そうか⋯⋯」

 

 軽く言葉を交わしながら紅茶を入れて、適当な椅子に座る。対面ではなく隣に座るタルラに何故隣にとは聞かないようにした。どうしてか聞いてはいけない気がしてならなかった。

 不服の表情を隠さないエレーナは対面に座り、こちらをまじまじと見つめながら紅茶を口にする。

 

「イーノやサーシャは元気にしているか?」

「ああ、お前に会いたがっていたぞ。今度顔を出しに来てくれ」

「了解だ。アリーナにも言われていたし、近いうちにお邪魔させてもらうよ」

 

 不意に、タルラは俺に身体を許して、もたれかかって太腿に優しく触れる。花の蜜に似た甘い香りが鼻先をくすぐり、女性特有の柔らかさが伝わってくる。炎のアーツを扱う関係で高い体温は、外から体の芯まで浸透してなんだか幸せな気持ちになる。

 

「君は私たちの大切な恩人だ。君のお陰で今がある。私に出来ることなら何でも言ってくれ。君が望むなら私自身を捧げるのも──」

「Order、この書類を至急仕上げてくれ」

 

 誰かが甘く溶けそうな空気に水を差す。全員の視線は、靴音を鳴らして無表情で近付いてきたケルシーに集まる。ケルシーはエレーナとタルラを一瞥すると、俺に書類を手渡した。

 

「タルラ氏、彼には仕事があります。貴女も忙しい身でしょうし、こんな場所でこれ以上時間を浪費するのはよろしくないかと。フロストノヴァ、お前も自分の仕事があるだろう」

「⋯⋯そうだな、ここいらで失礼させてもらうとしよう」

 

 タルラはケルシーと数秒見合った後、俺に礼を言って出ていった。エレーナもまた渋々といった様子で自分の仕事に戻った。

 

「Order、あの仕事量では物足りなかったようだな?」

 

 そして、俺の仕事が激増した瞬間でもあった。

 

 


 

 

 ロドスのトップと言えば、幼き我らがCEOアーミヤ、無双の指揮能力を持つ作戦部部門長ドクター、そして、医療部門総責任者ケルシー。御三方の中でも特に厳格で近づき難いと言われるのがケルシー。彼女の冷たい眼差しと堅苦しい話し方がその最たる原因だろう。

 

「これが件の書類だ。確認を頼む」

「Orderか。君がこの前フロストノヴァと飲んで酔い潰れたと聞いた。気を付けろと言った私の言葉は忘れてしまったようだ」

「すまない、つい前と同じように飲んでしまった」

「⋯⋯っ」

 

 古い友人、唯一の同類、彼女とは少し特別な間柄を持つ。俺をロドスに呼んだのは彼女であり、俺の全てを唯一知る理解者だと思っている。信頼している彼女だからこそ、俺はロドスの職員に課せられる身体検査を彼女に一任している。

 

ごめんなさい

「ん?」

「⋯⋯いや、君はエリートオペレーターである前に私の患者だ。君の身体の状態は私が最も理解し、知る所であり。君を想っての忠告には今後従ってくれると信じている。酒類は向精神薬の一面があるが、酩酊は時に混沌と無秩序を生み出す。君に関しては起こり得ないと思うが、思考能力の低下によって何処とも知らぬ誰かと誤って親密な関係になってしまう可能性は捨てきれない。もし仮に酒類を口にすると言うなら、その時は君の医師である私が介抱すべきだろう」

 

 ドロドロと何か煮詰まった感情が瞳の中で渦巻いている。翠玉の美しい賢者の瞳は、今は少し淀んで黒く見える。ケルシーと多くの時間を共に過ごしてきたが、最近の彼女はやはり何処か変わった気がする。

 

「ケルシーが言うならそうしよう。⋯⋯それで、遠征のことなんだが」

「駄目だっ!!」

 

 唐突な否定に吃驚して口を閉ざす。彼女の聞いたことのない声量の叫びは、理性的で俯瞰したいつも態度の姿とかけ離れている。深く俯き、カルテを持つ手は震えている。

 

「⋯⋯お前の使命は知っている。()()()()()、それがお前が造られた理由だと。でも、このロドスに留まっているのは私が居るからだろう? テレジアの想いを受けてロドスの理念に共感するならば、今は使命のことを忘れてもいいんじゃないか?」

 

 彼女らしくない鬼気迫る豹変ぶりに戸惑う。説得する時はいつももっと言葉数が多く、理性を以て、理論的に根拠を語っていたはずだ。どうしてそんなに()()()()()()()

 

「その剣を手放す時が来たんだ。もう⋯⋯いいんだ」

 

 不器用な笑顔を貼り付けて、患者の身体にメスを入れるような繊細さを伴って腰の剣を取ろうとする。彼女の指先が柄に触れようとした瞬間、咄嗟の反射行動で彼女の手を掴んでしまう。顔を上げたケルシーは酷く狼狽していた。

 

「疲れているんだろう? 少し休め」

「あ⋯⋯いや⋯⋯、⋯⋯そうだな。君もゆっくり休んでくれ」

「はぁ」

 

 まだ仕事を続けようとするケルシーを抱えてソファに寝かせる。抵抗する力も無い程疲れていたんだろう。今にも閉じそうな目が、彼女が如何に限界かを物語っていた。

 

「Order⋯⋯」

「どうした、ケルシー」

「私の傍から居なくならないでくれ。何処にも行かないでくれ。私は⋯⋯君を⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 眠る彼女に毛布をかけて、寝癖がつかないように、絹のような白い髪を撫でる。自分と彼女は少し特別な存在だ。唯一の同類を想う気持ちはわかる。独りになってしまうのが不安なのだろう。でも、今のケルシーにはアーミヤやドクター、他にも多くの仲間と呼べる者たちがいる。

 

「剣を置く時は、俺が死ぬ時だ⋯⋯」

 

 誰に聞かせた訳ではない。独り言を残して、俺はケルシーの部屋から退室した。

 

 


 

 

『まさか君と再会するとは。⋯⋯ケルシー? そう名乗ってるのか?』

『独りは寂しかっただろ? 俺は寂しかった。いずれ君に出会う運命だとしても、その時が来る確信は得られないから』

『長い旅になるな。よろしく、ケルシー』

 

 出会いは一度だけだ。彼と過ごした多くの時間はどれも素晴らしかったと言わざるを得ない。独りで出来ることには限りがある。二人だからこそ多くの意味が生まれた。

 

『見ろよケルシー。綺麗なもんだろう? 使命も大事だが、人として生きてる限り感性は忘れちゃいけない。生身の人間が死ぬのは、感性が死んだ時だ』

 

 彼らしい言葉だと思う。昔から人間賛歌が好きだった彼は作家の知らない本を好んで読んでいた。往く先々で一喜一憂する姿は未だに色褪せない大切な思い出と呼べるだろう。二人だから、そんな些細なことが少し楽しかった。あの時までは⋯⋯⋯⋯

 

 

『契約は成った』

 

 別れは無数にあった。巨獣と対抗できる力を持っていても彼は人。想像より呆気なく死ぬ。首が無くなれば死ぬ。血を流しすぎても死ぬ。脳を貫かれても死ぬ。身体に風穴が空けば死ぬ。物量に押し潰されて死ぬ。

 

『⋯⋯そうか。わかった』

『了解』

『記憶⋯⋯? 契約をした君ならわかるだろ?』

『失敗したな』

『そうか⋯⋯駄目だったか』

 

『さようなら、ケルシー』

「行くなっ!」

 

 伸ばされた手は、彼ではなく天井に向けられていた。周囲を見ても彼の姿はない。嫌な汗が体中に染み付いて、動悸が激しい。彼を探しに行こうとして、かけられていた毛布から彼の匂いがしていることに気付く。半ば無意識に毛布を抱き締めながら、眠る前のことを思い出してきて平静を取り戻す。

 

「寝てしまっていたか」

 

 彼を手にかけたことは何度もある。このテラが取り返しのつかない事態となる種火を消す軌跡で、私は何度も彼を使った。彼は巨獣と対抗する力を持つが、()()()()()()()()()()()()()。故に、瀕死となった彼を自らの手で殺めたことはある。剣を持つ彼の手を持って、動けない彼の代わりに彼の首を斬った。彼は全てを受け入れて笑っていた。

 

『寝て起きたら、夢から醒める』

 

 私だけが彼のことを知っていく。彼は憶えていないから。私が彼を殺している癖に、私の罪悪感はなんて醜いのだろう。

 失敗を繰り返しても大戦は防げなかった。彼の()を使えば蛮族の国一つ簡単にこのテラから消せる。だが、それをしなかったのは私が貴重な一度きりを使うのは勿体ないと考えてたからだ。過去の自分が気持ち悪い。彼の命をなんだと思っているんだ。

 

「うっ⋯⋯」

 

 テレジアと出会い、源石と鉱石病に抗うと決心しなければ、私は今も自身の不都合を隠蔽する有権者のように彼を使っていただろう。

 彼の力は誰にも口外したことは無い。それでもオペレーターの中には彼の命を使った者が数名確認されている。()()ロドスは、一体いくつの彼の死体の上で成り立っている?

 

『ケルシー先生⋯⋯私は取り返しのつかないことをしてしまいました』

 

 一番鮮明に映ったのはアーミヤの顔だ。ドクターを救出した翌日、彼女は自身の行いを赤裸々に話してくれた。少なくとも数十回⋯⋯アーミヤはチェルノボーグ事変と呼ばれるその事件にOrderを使った。彼の契約には魔性の魅惑がある。アーミヤを責めることは出来なかった。

 

「これが⋯⋯罰だというのか」

 

 今のロドスは混沌を極めている。彼に好意を寄せる者、彼に対する罪悪感で潰れそうな者、彼の全てが狂わせている。最も頼りになり、最も頼ってはいけない存在。それが彼だ。

 彼の力は麻薬そのもの、一度使えば⋯⋯本来の結末には戻れない。ただ記憶だけを重ねて、平穏に溺れてしまう。

 

「もし⋯⋯次に目が覚めた時、彼が居なかったら?」

 

 想像するだけで身の毛がよだつ。事実、()()()()()()()()()()()()()()()()()。昔の彼はもっと酒に強かった。毒も薬も効かなくて困ったことはもう昔だけの出来事となった。

 

 彼の使う剣は先史文明の遺物だ。それを元に巨獣を素材に加えて源石技術を応用した彼専用の剣。巨獣の力を源石で増大させるその技術は使い手の生命を消費する。彼が全力で剣を振るえば天災を打ち消すことだって可能だろう。しかし、その後の命の保証は無い。彼は戦う行為それ自体が生命を消費してしまう。

 

 嫌な推測が脳裏を過ぎる。これまで使()()()()()()()が、()()に押し寄せているかもしれない。この考えが的を射ているならば、その大半は私のせいだ。私が使い始め、バベルに⋯⋯ロドスに連れてきたせいだ。私と出会わなければ彼はもっと幸せだったかもしれない。もしかしたら、彼はこのまま死んでしまうのかもしれない。言い表せない焦燥と後悔が私を襲う。

 

 いや⋯⋯違う。そんなもしも(if)は無い。だから私が責任を取らなければならない。

 

「護らなくては」

 

 私の⋯⋯私だけの彼を、これ以上傷付けることは許容できない。

 

 

 

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