邪神になったけど推しを推す! 作:ラテラス
手を引いてどこまでも走るわけにもいかず、ランドセルや教科書なんて投げ捨ててしまっているし、子どもの身体は疲れが足を重くするので、ようやく掴んでいた手を離し、手を膝について慌てた呼吸を落ち着かせる。
ここから消えてしまいたい気分だ。
私は、原作のストーリーが大まかに変わらないのなら、それでいいと随分と前に割り切った。仕方がないだろう。私というイレギュラーが存在するのだから。だいたい、そのことで苦悩するのなら地球の円周軌道を周りながら、衛星のごとく天から見守っていればよかった。でも我慢ならないから降りてきた。だから、関わってしまうことだけは仕方がないと割り切る。ほんとうに傲慢なことだよね。
でも大丈夫だよな。不安なのはこのあと、綾瀬桃は高倉健推しになるのか。そこだけが、今の懸念点である。
「…大丈夫?」
息荒れ荒れで、桃が尋ねてくる。
全然だいじょばないです。落ち着いてきた呼吸が別の意味に忙しなくなりそうなのを理性で止める。推しにあって興奮中ですやばいです。
自分はそれどころじゃないくらい怖かったくせに、優しいなぁ。やっぱりいいね。あと可愛い。宇宙一なんじゃない?
「大丈夫。…ランドセル置いてきちゃったね」
「大丈夫だよランドセルくらい!」
ありがとうと続けて、柔らかい手でまた手を握ってくる。やばい溶けそう。昇天しそうです。でもね、推しのランドセル紛失とかシャレにならないんだよ。
急いで回収に行こうとするが、どうやらその必要も無くなったらしい。
壁を透過して先ほどの場所を見ると、綾瀬星子が二つのランドセルを拾い上げている最中だった。男は田んぼに頭から埋まっていた。
あの男はあとで掘り起こして存在を粒子状に散り散りにしてやる。生きたままな。存在を後悔するくらいにはやってやるよ。
なんて思っていると、星子さんと目があった。
ありえない。壁に塞がれていてこっちは見えないはず。なぜ?
驚愕している私を知らず、星子さんは駆けていく。やばい。まずい。もし私が透視していたことを知覚していたならば、私の今の状態までばれかねない。もしそんなことになったなら、全力で退治されかねない。倒されることはないだろうが、そんなことなるならば推すどころではない。物語のラスボスになってしまいかねない。いや別に悪いことしてないしするつもりもないけど。だけど。
私は早急にここを離れるべきだ。
「ごめんすごく大事な用を思い出したから行かなきゃなんだ決して逃げ出したいわけじゃなくてね」
早口で伝えて、手を乱暴にならないように振り払い、足早に離れる。
ごめんよ桃ちゃん。でもバレる危険性があるなら、君らを見守れない可能性があるならそれは私にとっての死と同然なんだ。
だから、逃げる。
逃げなきゃいけないのに。だというのに、振り払った手がまた掴まれる。やめてくれ振り払うごとに私の精神がどんどん削れていくんだ。
「よぉ桃。物は大事にしろっていつも言ってるよな」
気だるそうな抑揚に、すこし低く落ち着いた声。古いネジのように回しにくい首を向ければ、空に向けて伸ばされた特徴的な髪型は少しぼさついていた。様子からは見てとれないが自分の孫が無事か走ってきたのだろう。本当に、不器用で愛おしい。だからこそ推したい。推したかったんだけど。もうダメかもな。
「ばあちゃん!」
「んで、こいつは? これもお前のか」
背負っていた二つの一方のランドセルを私に向ける。
孫の手前なのか、未だ子供に接するように話してくれる。
これは孫が見ていないところで始末しようというところかな。その始末を受け入れてやるかと数瞬思ったが、それも霧散した。私は母親を絶対に悲しませないと決めている。だからこそ、もしそうなっても負けない。だからこそ少し身構える。
するとランドセルを置いて、目線を合わせるやつにしゃがんでくる。うわ顔がいいっ! さすが美魔女!
「…お
「はえ?」
「誰だか知らないが、ありがとよ」
頭にポンと柔らかく手がのる。
っっっっ!!!
あっあっあっやばぁい心臓がいたい、脳髄が焼き切れそうだぜちくしょー。このツンツンツンツンツンデレババアめ! デレの火力がえげつないんだよクソカメラがあったら毎秒記録するのに!
心臓が破裂しそうなくらいに高鳴ってる。ドッキドキだよ動悸がね(激うまギャグ)。やばい情緒がおかしい。
やばい、落ち着け自分…精神統一だぞ…。
まず落ち着け、ひっひっふーひっひっふー。よし。
考えろ。先ほどの目があったのはなんだ。考えられる可能性を出せ…。やばい頭回らない。どうやら私は随分と今混乱中らしい。
「あの! ランドセルありがとうございました! お母さん待ってるから帰ります! ありがとうございました!」
やっと声を出せたかと思えば、よくわからないことを口走ってしまった。でも私はこの場から離れたかったので、このセリフを言い終えると同時にランドセルを拾い上げて走ってかえる。
走る背にいくつか声がしたけれど、走った。
▲
▼
走って逃げた数日後。特に星子さんからの追撃はなく、本当に落ち着いてから考えるに、透視しているときに男に殺意を向けたのを一瞬でも察知したからこちらを向いて、目があったんだろう。たぶん。おそらく。メイビーでそう。というかそう思わないとやっていけない。
そうして翌日から。
ときどき桃ちゃんが話しかけてくるようになった。ときどきとかじゃないな。会うと話しかけてきて、数日経つと登下校中に行っていた星子さんとの訓練もやめてしまっていた。つまりは、ちょっとだけ口の悪い普通の女の子になった。その変化のトリガーはきっと原作と同じだと思うけれど、少なからず私も関わってしまっていると思う。奢っている訳じゃなくて、私に関わり始めて急にやめたのだから、そう思っても仕方がないだろ。
そんなわけでまた私は少しばかりか、ナイーブな気分になっていた。
私という存在が、成長をする多感な時期の彼女には少々大きすぎるように思ったんだ。幼少の記憶に残った人なんて、なんだか物語のキーマンにでもなってしまいそうで、考えすぎなのはわかるし、そんなことはないだろうけど、考え始めたら否定できなくて。しんどくて。
だから逃げ回る。
私が本来推し活に使うものは、作り上げた妖怪だけだ。亡鎧のときなら少しは関わることもあるだろうけど、西田碧としてそこまで関わるつもりはない。西田碧はただのクラスメイトになるのだ。
そして、私を悩ませる原因はもう一つ。
星子さんの発言。
ジジにも言っていた星子さんのあの発言。
「天才だな」
あの言葉が随分と私を悩ませる。ジジは実際、天才的に強力な霊力を持って尚且つフィジカルも高い。ただ、私はそんなことはないと思っていた。でもあの発言があると、確かめたくなり実際客観視をしてみた。
結果。すごく強かった。
弱いわけがないのだけれど。出生のときに体を修復する過程で、どうやら器ごと変化させていたらしい。らしいというのは、自分は治してるつもりで、自分が乗り移ったから自壊し始めてるなんてつゆ知らず、修復と同時に随分と頑丈頑強な器にしてしまった。
その中に私が入り込んだものだから、星子さんから天才と評された。
西田碧はただのクラスメイトであるべきだ。
妖怪ならいいけど、私は別だろう。変にバックボーンもなくただの一般人だ。そう思う。なんだか、自分の言葉に違和感を覚えて仕方がないけれど、まあいいか。
私は、天才なんて特異性は必要ない。なので今から私は普通になる。
私の存在が中にいることで天才と思われるのなら、私の割合を減衰させればいいはずだ。
そこまでする必要もないかもしれないが、私にとっては大切なことなので、ここでは全力だ。
方法は簡単。
私の存在を周辺に散り散りに撒き散らす。
私のもつ莫大な霊力を、普通の人くらいまで減らすにはこれしかなかった。圧縮して隠匿する方法もあるだろうけれど、そうなるとオカルンの金玉と同じ効果を私自身が持つことになる。つまり宇宙人に狙われてしまうので、私が力を持つのはダメだ。
別に霊力には執着もないので、適当にばら撒くことには抵抗はない。
そうして、実行した。
この日の判断を、随分と後に後悔することになるとは思いもしなかった。
そろそろ原作始まります。
長々と申し訳ない。
あと、お気に入りが400を超えていてびっくりです。
これからも頑張る所存です。