姫騎士殺し   作:天野雪人

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第九話 原初の記憶

 最初に告げられた言葉は、よく覚えている。

 

「なんと素晴らしい力だ! 千の兵。否、万の兵よりこの力こそ素晴らしい!!」

 

 五歳の頃、初めて使った魔術を見て父は異常なまでに興奮していた。

 その時の顔はよく覚えていて、幼心にそれがとても嬉しかった。自分の力を親が喜んでくれる。幼子としてこれほど嬉しいことはないだろう。

 

「さあハクア。もっとだ。もっと見せよ」

「はい。父様!」

 

 親の期待に応えようと、ハクアは全力で魔術を撃ち放つ。

 それは極大な爆発を生む魔術だった。非常に高位の魔術であり、何十年と修行を積んでも扱えないとまで言われるものだ。

 

 それをハクアは五歳の身で、何の苦労もなく放つ。

 

「『爆煙』――」

 

 ハクアから放たれた魔術は、あっさりと小さな山を消し飛ばした。

 遠景からでもその威力はありありとわかり、もし人に当たればと思えばゾっとする。

 

「おお。素晴らしい。あり得ぬ力だ。五歳でここまでの力ならば、成長すれば……」

「父様! どうですか?」

「素晴らしい。最高だ!!」

 

 親が喜ぶ顔がこれほどまでに嬉しいのは、ずっと不遇だったからだろう。

 

 ハクアは生まれながらに異端だった。

 金髪の両親から生まれた白髪の娘というだけで異常なのに、彼女の瞳は白かったのだ。

 

 クリスタ人は赤い瞳を例外なく持つ。その中で生まれた白眼の娘は、無論のこと異端である。

 しかし別の人種というわけでなく、マヌル人の黒い瞳や、他の人種の色とも違う。

 そしてハクアは、クリスタ人しか使えぬ魔術の才があった。

 

 つまりハクアは、前例のない白眼のクリスタ人ということ。

 

 あまりにも異常なハクアは、王家の恥として隠されて育った過去がある。親からも愛されることはなかった。

 

 それが一転、クリスタ人の歴史上でも一番と言える魔術の力が発覚してから対応が大きく変わった。

 父はその力を見て、ようやくハクアを受け入れたのだ。

 

「ハクアよ。貴様は騎士となれ」

「騎士、ですか?」

「ああ。国家を守護し、我が野望を叶える剣となるのだ。貴様ならそれがなせる」

「はい、わかりました」

 

 その言葉の意味は、幼いハクアにはよくわからなかった。

 しかし初めて父に期待されたから、言われるがままに頷く。

 

「これからはその力を、父のために振るえ」

「はい、がんばります」

 

 この時のハクアは無邪気だった。

 ようやく親が認めてくれて、喜んでくれることが何よりも嬉しくて、その目を見ていなかったのだ。

 

「ああ――これがあれば、大陸の統一だって」

 

 欲にまみれた父の瞳は、可愛らしく微笑むハクアを醜悪に貫いていた。

 

 

 ◇

 

 

「夢――」

 

 ベッドから起き上がり、眠気眼で窓から差し込む朝日を見つめる。

 酷く懐かしい夢を見た。

 それはハクアにとって原初の記憶で、姫騎士としての始まりの記憶だ。

 

「…………」

 

 ふっと一息ついて、ハクアは起き上がる。そして流れるよう鏡台の前に座れば、変わらず人形のような無表情が映っていた。

 これを確認し、一日が始まるのだ。

 今日もハクアはいない。姫騎士がちゃんといると、そう思って。

 

 だが、しかし――。

 

「……ちょっと、歪んでる」

 

 己の頬を触った。すると少し引きつっているのがわかる。

 これはいけないことだ。姫騎士は顔が引きつることなんてない。

 

 姫騎士とは清く正しく美しく、王国を守護する最強の騎士。

 ハクアはそうならねばならない。

 

「ああ……あの人の、せいかな……」

 

 思い当たる節はあった。

 言ってしまえば彼と出会ってから、ハクアの心は揺れ動き続けた。

 

 常に凪のようだったハクアの心を、彼の言葉は乱すのだ。

 そして最後は隠していたものすら暴き出し、突き付けてきた。

 

「私は姫騎士…………ほんとうに? ほんとうに、姫騎士で、これから先も、あれる?」

 

 思えば騎士になったのは、父たる王の命令でだ。

 十歳の頃、特別騎士というハクアのために新設された地位に就き、戦場に立った。

 

 そこにハクアの意思はない。

 命令されたからそうする。本当にただそれだけだ。

 

 しかしハクアは騎士になんてなりたくなかった。

 誰かと戦うのもまっぴらごめんで、他者を傷つけることは大っ嫌いだ。

 でも、運命がそれを許さない。

 

 力を持ってしまった者の責務というのがあって、そこから逃げることはできなかった。

 

「…………」

 

 ハクアは小さく息を吐き、己の手を見た。

 血に染まった汚い手だ。

 

 命じられるままに人を殺した日の感触は、よく覚えている。

 もう戦えぬほどのトラウマも負った。それでも戦えと命じられたから、視界を塞いで何も見ないようにして、どうにか戦っている有様だ。

 

 自分自身でもわかっているのだ。

 ハクアは姫騎士であれる精神なんて持ち合わせていない。心を殺して、全身の警鐘を無視して、無理を重ねている。

 

 多分、いずれ潰れるだろう。

 

「わかってるよ。あなたの、言う通りだって」

 

 グレイの言葉は真実だ。

 彼は徹底的に隠してきたハクアの本心を簡単に暴き出し、突きつけてくる。

 だからこうして、頬が引きつっているのだろう。

 

 ハクアすら目をそらして見ないようにしていたのに、なんという男だ。

 

「っ……ああ、今日も、頑張らないと」

 

 そう言って、ハクアは立ち上がった。

 

 結局すでに、辞めますと言って辞められる立場でもないのだ。

 ハクアは全王国民の命と期待を背負っている。皆がハクアを称え、その力を求めている。

 

 だから今日も頑張らないといけない。姫騎士の責務を果たすため、ハクアは重い足取りで歩く。

 

「…………」

 

 しかしハクアの足は、己の決意とは別の方向へと歩んでいた。

 

 それはつまり、張り詰めて、張り詰めて、張り詰めて――張り詰め続けて姫騎士である証明だ。

 だからふと、緩みたくなることもある。

 グレイの言葉が脳裏から離れてくれないから、無意識がその足を彼へと動かしていた。

 

「何してるんだろう……」

 

 ハクアは王宮を出て、城下町を進み、貧民街へと歩んでいく。

 この先に、今日は何も用事はない。

 捕らえた者達の尋問をしてから続きを行うため、次に貧民街へ行くのは数日先の予定だった。

 

 つまりハクアはただ、会いたくて歩んでいるだけだ。

 

「……こっちかな」

 

 そう呟くハクアの目は、貧民街の奥深くを見つめる。

 余計な面倒が起らぬようフード付きのポンチョを取り出し顔を隠したハクアは、ゆっくりと貧民街を歩みだした。

 

 その白眼は、確かにグレイの姿を捉えていた。

 

 ハクアの魔術は万能だ。

 父が野望の成就を確信したほどの魔術は、誰がどこにいるかを簡単に暴き出す。

 その魔術で、グレイの元へとたどり着いた。

 

「……ねえ。あなたは、私に、姫騎士であれって、言わないんだね」

 

 張り詰めて、張り詰めて、張り詰め続けて姫騎士になったハクアは、救いが欲しかったのだ。

 

 唯一ハクアの本心を暴いて案じてくれた彼に、もう一度言葉をかけて欲しかった。

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