姫騎士殺し   作:天野雪人

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第十三話 二人きりの時間

 ハクアはあの時間がたいそう気に入ったらしい。

 グレイと話をし、お茶を飲む。ただそれだけの時間だとしても、ハクアに大きな影響を及ぼしたのは間違いない

 故にこの時間はその後もずっと続いていった。

 

 貧民街での仕事を終える度、ほんの数十分。あるいは一時間。グレイとハクアは二人きりで会話をする。

 唯一弱音や愚痴を吐ける相手だから、ハクアはそれを渇望するようにグレイとの逢瀬を重ねていた。

 

 故に最近はちゃんと姫騎士であれているだろう。

 完璧な姫騎士の仮面をかぶり、ちゃんと期待に応え続けているはずだ。

 

 しかしその時間も、永遠に続くというわけではなかった。

 

「ハクア様! 調査は終了と見て良いでしょう。違法薬物の撲滅は完了したと胸を張って言えます!」

 

 兵士達の報告を聞き、ハクアは気づかれぬほどに眉を顰める。

 それは騎士としては嬉しい報告のはずだが、ハクアとしては欠片も嬉しくなかった。

 

「そう……手伝ってくれて、ありがとう、ございます」

「い、いえ! 滅相もない! 王国兵団の一員として当たり前のことをしたまでです!」

 

 礼を言われ、微笑みを向けられた兵士は顔を赤くして敬礼をする。

 ハクアに労われ、微笑まれるのは兵士として最上級の褒美だった。

 

「では、先に帰還して、報告をお願いします」

「はっ! ……ハクア様は」

「私は、用事が、あります」

「そうですか……」

 

 貧民街での任務が終える度、ハクアは説明もなくそう言ってどこかへ行く。

 

 それは部下として不安なことであるが、ハクアの強さを疑う者は誰もいない。たとえ貧民街だとしても、危険などあるわけないだろう。

 だがそれでも、敬愛するハクアが何をしているのかと兵士の中から不安は消えない。

 

 信望するハクアだが、まだ十代の少女であることも確かなのだ。

 もしかしたら騙されているのでは、と兵士が考えるのも致し方ない。

 

「その、ハクア様。我々も同行いたしましょうか? 無論邪魔などはしません。護衛いたします」

 

 故に兵士はそう提案した。

 何もないならそれでいい。しかしもし、騙されているのであれば――

 

「必要ありません!!」

 

 兵士の提案を、ハクアは慌てて一蹴してきた。

 これほどに感情を出すハクアなど初めてで、兵士達は目を見開く。

 

「あ、その。大丈夫、なので。先に、帰還してください」

「は、はい。わかりました」

 

 そこまで言われては引き下がざるを得ない。

 渋々帰還する兵士を尻目に、ハクアは軽やかな足取りで走り出した。

 

 

 ◇

 

 

 大通りから外れれば、まるで迷宮のような貧民街を見ることができるだろう。

 住人でなければ間違いなく迷ってしまうそこを、ハクアは迷いなき足取りで軽やかに進む。

 

 するとたどり着くのは路地裏の最奥。苔むした石造りの一軒家だった。

 家の下には川が流れており、小さな庭まである。周囲を高い建物に囲まれながらも空からはちゃんと光が射すこの家は、貧民街においてはかなり良い物件と言えるだろう。

 

「ん。よおハクア」

「グレイ……! お疲れ、さま」

 

 庭のベンチにはグレイがいて、その姿を見つけたハクアはとてとてと駆け寄る。

 つい数時間前まで一緒に違法薬物撲滅のために働いていた二人は、こうして二人きりの逢瀬を交わしていた。

 

 グレイと会う時は、ハクアの無表情も崩れて笑みが見える。

 グレイもまた、楽しそうに笑っていた。

 

「ゴーズが良い茶葉をくれたんだ。飲んでいくか?」

「いいの? うん……!」

 

 この一週間で二人の距離は縮まったと言っていいだろう。

 自然体で名前で呼び合い、互いに素の自分を見せ合う。

 貧民街での任務を終えれば時間を作って会いに行っており、すでにこんな会話も三回目。それほどに話せば距離も縮まるというものだ。

 

「適当に座ってくれ」

「ありがとう」

 

 勧められるままに椅子に腰掛け、出されたお茶を飲み一息つく。

 そして始まるのはたわいもない会話だ。

 

「――で、式典があったり、騎士達に魔術の指導をしたり。最近、忙しい」

「姫騎士ってのも大変なんだな」

 

 姫騎士として激務をこなすハクアの話を、グレイは頷きながら聞き入れていた。

 睡眠時間もロクに取れないらしく、愚痴はどんどんと出てくる。

 

 だがこれがあるから、最近のハクアは安定していた。

 この一週間、ハクアは姫騎士であることがあまり辛いと思わなかった。辛いことがあっても、全てグレイが受け止めてくれるからだ。

 だからどれだけ辛かろうと立ち向かえた。

 

 気づけばこの時間が、ハクアにとって必要不可欠なものになっていたのだ。

 時間が限られる故に最大でも一時間程度だが、それがなければいつまでも続けていきたかっただろう。

 

「ねえグレイ」

「何だ?」

「欲しい物とか、ある?」

 

 会話の中で、ふとハクアはそんなことを問いかける。

 

「欲しい物か……まあ別にないぞ」

「ん……そう……」

「どうしたんだ?」

「いつも、お話、聞いてもらってるから……お礼したくて」

 

 そう言って、ハクアは少し落ち込む。

 いつも一方的に話を聞いてくれるばかりで、グレイには何も返せていない。毎回嫌な顔せず聞いてくれるグレイがいるから、ハクアは毎日が楽しいのだ。

 故に与えられるばかりではなく、ちゃんと返さないととハクアは思う。

 

 バランスが崩れ、ハクアが与えられるものがなくなったその瞬間、グレイに捨てられるのではないかという不安もその心中にはあった。

 

「お金は、沢山持ってる。伝手も結構ある。欲しいものあったら、手に入れられる」

「ははは、そうか。だが欲しいものなんてないしな……まあ、ハクアと繋がりがあるだけで俺は十分だよ」

「ほんと……?」

 

 ハクアはよくわからないと首を傾げるが、グレイからしてみれば大切な繋がりだ。

 姫騎士との伝手は、この場所を守る上で非常に重要になるだろう。

 実際彼女が王に進言してくれたから、貧民街は今でも存続しているのだ。

 

「願うことと言えば、この場所を守って欲しい。それだけだ」

「う、うん! もちろん。がんばる」

 

 この場所を守る限り、グレイとの繋がりが途切れることはない。

 それを理解し、ハクアはほっと安心して笑顔を見せた。

 

「あ、そろそろ。帰らないと」

「もうそんな時間か。入り口まで送ろう」

 

 そんな会話をしていれば、もう帰る時間となってしまう。

 この後も仕事があるハクアは、渋々と立ち上がった。グレイと共に家を出て、迷宮のような道を歩く。

 

「えっと。その……ここでの仕事は多分、もう終わり」

「ああ。薬物も撲滅できたし、感謝してるよ」

 

 国の介入によって、頭を悩ませていた違法薬物の問題は一瞬で解決した。

 生産元だった西地区は壊滅し、北地区や南地区の奴らも巻き込まれてはたまらんと全て処分し身の潔白をアピール。

 

 貧民街はまた平和になっただろう。

 だがハクアは少し悲しそうだ。

 

「あの……ここに来る仕事は、もう、ないけど……また、来て良い?」

「ああ、もちろんだ。いつでも来い。お前なら歓迎する」

「っ! あ、ありがと……また、来るね」

 

 ハクアにとって仕事終わりのこの時間は大切なものだ。それがなくなるかと不安になっていたが、グレイの言葉でようやく安心することができる。

 そしてグレイも、そんなハクアに嬉しそうな顔をする。

 

「……俺がしてるのはただ話を聞いてるだけだぜ」

「それが、大事。グレイ以外に、こんなこと、話せない」

「そうか? 周りにも受け入れてくれる人はいると思うけどな……」

「ううん……みんな私に、期待してるから。そんなの、言えない」

 

 グレイの提案に、ハクアは怯えるように首を振った。

 周囲の者達は姫騎士の偶像を崇拝し、信じ切っている。今さらそれを裏切ることなんかできなくて、受け入れてくれる人を探すのはもっと無理だ。

 

 そんな人達に、実は戦いたくない、姫騎士なんて嫌だと言えるはずがないだろう。

 まったく別の世界にいるグレイだから、ハクアは安心して弱音を吐けるのだ。

 

「また、来る」

「ああ。歓迎する。そんときは……騒ぎにならないように顔は隠してくれ」

「了解……! 気をつける」

 

 そう言ってハクアはピシっと敬礼した。

 今までならば違法薬物撲滅のための会議と言い訳もできたが、それが終了すればそうもいかない。

 姫騎士ハクアが貧民街に住むわけわからん男の元へ通うなど、周囲の者は良い顔をしないだろう。

 この関係が彼らにバレぬよう、気をつけないといけなかった。

 

「またね」

「ああ。また今度。……あー。ハクア」

「ん?」

 

 そして帰ろうとしたハクアに対し、ふとグレイは待ったをかけていた。

 少し言いよどみながらも、グレイは口を開く。

 

「今度ここで祭りがあるんだ。定期的にやってるやつなんだけどな」

「そうなんだ」

「ああ。……まあ、あれだ。時間があればぜひ来てくれ。いくらでも、案内する」

「っ」

 

 グレイのその言葉に、ハクアは息を呑んでいた。

 そしてぱあぁと笑顔が浮かび、満面の笑みでグレイに笑いかける。

 

「うん! 来たい。頑張って、予定合わせてみる」

「ああ。楽しみにしているよ」

 

 その別れは穏やかだった。

 ハクアは祭りだと小さく口ずさみながら、ルンルンとスキップしながら家を後にする。

 その姿は、祭りを楽しみにする年相応の少女に見えた。

 

「今日は、楽しかったな。また、楽しみ」

 

 ただ彼女に浮ぶ笑みは、多分それ以上の意味を持っていた。

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