姫騎士殺し   作:天野雪人

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第十五話 結ばれた手

「おおー。今日はここも派手だな、グレイ」

「だろ。祭りの時だ。楽しんで行こう!」

「おー!」

 

 貧民街は大いに賑わっていた。昼から始まり、夜中まで続く祭りは、始まりの時から騒がしい。

 そんな祭りをグレイと幼い少女ユウは共に歩いていた。それは端から見れば兄妹のようで微笑ましいものだ。

 

 体が弱いため普段は王都で暮らすユウも、この時ばかりは里帰り。

 懐かしの貧民街に戻り、グレイと共に祭りを楽しみ練り歩く。

 

「なあグレイ、兄ちゃんはいないのかよ」

「仕事中だ。後で会いに行こう」

「だな!」

 

 実の兄にも会いたいのか、キョロキョロと周囲を見回すユウ。

 後で会いに行くことを約束するが、グレイにはそんなユウに思うところがあったらいしい。

 

「なあユウ。もう少しお行儀良く喋らないか?」

「はあ? 嫌だね。グレイには言われたくない!」

「俺はもう手遅れだけど、お前はまだ引き返せる」

 

 どうにも口の悪いユウを矯正しようとそう言ってみるが、屁理屈をこねて直そうとしない。

 教育を受けられなかった結果口も態度も悪いグレイと違って、幼いユウはまだやり直せるはずだ。

 しかし彼女には直す気がないらしい。

 

「あたしはあたしがやりた──わぷ」

 

 そしてグレイを見上げて余所見していたからか、ユウは人とぶつかってしまう。

 柔らかな体に全身を受け止められたユウは、ビクっと震えると慌ててグレイの側まで退避した。

 

「ご、ごめんなさい」

「ユウ、気をつけろよ! この子が申しわけな――あれ?」

 

 ぶつかってしまった者へ不注意を謝れば、そこにいたのは一人の少女だ。

 フード付きのポンチョを着て顔を隠し、服装も平民が着るようなワンピースだが、そのオーラは隠せない。

 

「何だ、来てくれたのか?」

「うん。お休み、取った」

 

 フードの奥では、姫騎士ハクアが柔らかく微笑んでいた。

 祭りがあるとは伝えていたが、忙しいハクアが来るかはわからなかった。しかし約束通り来てくれたらしい。

 

「ユウ、大丈夫?」

「は、はい! ひ、姫騎士様は?」

「私は大丈夫だよ。……ここでは、ハクアって呼んで」

「ハクア、様?」

「うん。まあ、それでいいかな」

 

 憧れの姫騎士とまた会えて、ユウは目をキラキラさせている。

 先日はハクアの泣き叫ぶ姿を見ているはずだが、その思いは変わらないらしい。

 ハクアもそんなユウを可愛く思っているのか、頭を撫でていた。

 

「あの、ハクア様大丈夫?」

「ん、うん。大丈夫だよ」

「そ、そっか。この前、泣いてたから」

「……グレイが話を聞いてくれるから、もう大丈夫」

 

 そう言って微笑む今のハクアは安定していた。

 グレイと話すようになって前のように取り乱すこともなくなり、姫騎士としてもハクアとしても問題なく生きてる。

 

「まあ、今日もせっかく来てくれたんだ。楽しんで行ってくれ」

「うん。何が、あるの?」

「そうだな。一緒に回るか?」

「うん……!」

 

 グレイの言葉に、嬉しそうなハクア。

 出会った頃は表情が一切変わらず人形のようだったが、最近はいろいろな表情を見せてくれる。特にハクアの見せる笑みは、思わず見惚れるほどのものだ。

 

「ハクア様! 行こう! 祭りは楽しい!」

「そうだね。グレイも……」

「ああ。よし、今日は俺の奢りだ。なんでも食え」

「グレイ、太っ腹だな!」

 

 元々ユウと共に回るはずだった祭りに、ハクアを加えた三人で楽しんでいく。

 この貧民街においてグレイは特に目立ち、よく声を掛けられていた。ユウはその天真爛漫な笑顔を振りまいて大人を魅了し、そんな二人がいるからなかなか歩は進まない。

 これでハクアが顔を隠していなければ、もっと大変だっただろう。

 

「お、あったあった。ハクア、これが東地区の名物マヌルカ芋の芋串だ」

「おお……初めて、聞いた」

「だろ。うちは食糧事情が大変だからな。いろいろ試行錯誤して生み出した、ここでしかない作物だ」

 

 人混みを進み、たどり着いた屋台にてグレイは名物たる芋串を三つ購入する。

 それは東地区特有のマヌルカという芋に、タレを塗って串に刺して焼いたものだ。

 

 焼けばホクホクとした食感と、塩味のある味わいが楽しめる。

 とにかくよく育つということで、東地区で生きるなら皆これを食べるという代物だ。

 

「相変わらず、ここのは美味いな! でもグレイ、これハクア様に食べさせていいのか?」

「……駄目か」

「だめだろ。もっと高級なものじゃないと」

 

 二人は慣れているから串に刺されたマヌルカ芋をむしゃむしゃと食べていく。しかしこれは庶民食であり、決して王族に食べさせるものではない。

 

「だがここには庶民飯しかないぞ」

「そんな所に呼ぶなよ馬鹿!」

「き、気にしないで。初めての物だから、ちょっと、ビックリしただけ」

「ほら、こう言ってる」

「ハクア様が良くても、駄目だろ!」

 

 そんな会話をする二人に習って、ハクアもモグっとマヌルカ芋に食らいつく。

 ホクホクとした食感に、塩辛いタレがよく絡んでいた。

 

「美味しい……!」

「おお。そりゃあ良かった」

「……ハクア様が、良いなら良いけど」

 

 これはハクアの知らない味だ。

 王侯貴族が食するような上品なものではなく、庶民的だけど温かい。それが心にしみてくるのだ。

 

「いろいろ食べ歩くのも良いが、まあ最初にあれを済ませとくか」

 

 マヌルカ芋を食べ終われば、すぐ次の行動だ。

 グレイは多くの人が向かう、東地区の中央を睨む。

 

「そうだな。ハクア様も行こう!」

「うん。どこへ?」

「この祭りの目的だ」

 

 そう言ったグレイは、ニヤリと笑って遠くに見える銅像を指さした。

 

 人の流れに沿うように、グレイ達は進んで行く。目的地に近づけば近づくほど、人はとても多くなった。

 小さなユウなどは、いつはぐれてもおかしくないほどだ。

 

「ユウ、手を離すなよ」

「う、うん。今年はいつもより多いな」

「それだけ住人も不安なんだろうな。だから縋るんだ」

 

 グレイはユウの手を強く握り、迷子にならないように努める。

 小さなユウは人込みで景色が見えないようで、グレイの腕にも抱き着いて、逸れぬよう不安げだ。

 

「ハクア、大丈夫か?」

「だい、じょうぶ。だけど、人が多いね」

「今年は特になっと、ハクア!」

「きゃっ――」

 

 グレイの隣を歩いていたハクアは、人の流れに呑まれるように離れていく。

 慌ててグレイはその手を取って、思いっきりハクアを引き寄せた。

 

「大丈夫か?」

「うん……その……ありがと」

「っ……ああ、気をつけろよ」

 

 思いっきり引き寄せたせいで、ハクアがとても近くにいる。その甘い香りがグレイの鼻腔をくすぐり、急にグレイの鼓動も早くなった。

 すぐ目の前にハクアの顔があって、息遣いすら聞こえてくる。

 慌てて手を離そうとするが、ハクアはずっと手を握ったままだ。

 

「……また、はぐれると、危ない」

「っ……まあ、そうだな」

 

 フードの奥で頬を染めたハクアにドキっとしながら、グレイもその手を再度握り返した。

 あくまでこれは、人混みではぐれないためのものだ。

 ハクアとは変わらずただの愚痴係。それが変わることはない。

 

「っ……」

「ん、グレイどうしたんだ? お腹減ったか?」

「何でもない。ユウ、気をつけろよ」

「うん!」

 

 ハクアの手は年相応の女の子のものだった。

 スベスベとして、細い手指。とても剣を持つなどとは思えない。

 しかしその手を握れば、彼女の内に秘める底の見えない力を感じられるのだ。

 それがハクアの、望まぬ力なのだろう。

 

 ハクアの顔は見られなかった。

 そうしないと気持ちがどうにかなってしまいそうだから。

 まっすぐ前だけを見て、目的地へと歩を進めた。

 

「ん……あれ?」

「ああ。あれが目的の物だ。マヌル人の英雄。奴隷解放を成し遂げたグレンザーの銅像」

 

 数十分も流れに乗って進めば、大きな銅像が見えてきた。

 剣を携えた男の銅像に、多くの者達が祈りを捧げる。

 

 毎年奴隷解放の日を祝い、英雄グレンザーへの感謝を述べるのが、今回の祭りの目的だ。

 

「俺達も並ぶか」

「おー! ハクア様、英雄グレンザーは願いを叶えてくれるんだ。何か願うと良いぞ」

「そうなんだ……お願い」

 

 ハクアとグレイ。そしてユウは銅像の前にできた列に並ぶ。

 みんな礼儀正しく並んでいて、もう手を放しても迷うことはないだろう。

 

「…………ハクア」

「なに?」

「……なんでもない」

 

 二人とも、手を放そうとしなかった。

 ユウはとっくに手を放して、何を願おうかと考えている中で、グレイとハクアは手を繋いで前を見つめている。

 

 しかしその視界には何も映っておらず、その心は手のひらに通う温かな繋がりを感じていた。

 

「何か、願いはあるのか?」

「……ないよ。全部、叶わないから」

 

 そう言うハクアには、焦がれるほどの願いがあるように感じた。

 

「そうか……」

 

 二人は特別な関係ではない。

 少しだけ秘密を共有して、たまに愚痴を吐くだけのいわば友人。

 王族と平民が友達になるだけでも凄いことだ。

 

 しかし誰がそう思うのだろう。

 二人がただの友人なんて、その様子を見て誰も思うことはないはずだ。

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