アバンを退けたと思えば襲来した二十人余りの襲撃者。
それを撃退しようとしたグレイ。
そしてそこに割り込むようにやってきたハクア。
場は一気に混乱した。
襲撃者達は動きを止め、動けずにグレイとハクアを見つめている。
グレイは突然やってきたハクアに呆けて、場の支配者たるハクアはただただグレイの身を案じていた。
「グレイ、大丈夫? 怪我してない? 私回復の魔術も使えるから、何でも言ってね」
「あ、いや。問題なしだ。ちゃんと撃退した」
「ほんと? 嘘ついちゃだめだよ」
ハクアはそれをやせ我慢ではないかと心配しながら、ペタペタとグレイの体を触る。
そしてどこも怪我していないことを確認して、ほっと一息ついた。
「……グレイを襲ったのは、この人達?」
「……ああ。そうだな」
「ふーん……」
一息つけば、今度は襲撃者達をハクアは睨んだ。
ゆっくりと周囲を見て、目を合わせた襲撃者達は全員体を硬直させる。
最後は気絶したアバン、そしてリーダー格の女に視線を合わせて呟いた。
「レベルカさん。どういうこと?」
ハクアの目尻は鋭かった。
グレイを殺そうとした騎士達に対し、深い怒りを向けている。
姫騎士ハクアが怒っている姿など、グレイ以外誰も見たことがなかった。故に恐怖はより深まる。
「……ハクア様。これは崇高なる任務です」
「グレイを! 殺すことが!?」
「ええ。そうですとも」
レベルカは剣を納めてハクアと相対した。
サングラスの奥では、鋭い眼光がハクアを貫く。そして言い聞かせるように口を開いた。
「あなたは騙されているのです」
「違う! そんなこと、ない!」
「いいえ。これは姫騎士として、あってはいけない恋です」
「っ!」
「どいてください。この先も、
レベルカは笑っていた。
まるで勝利を確信しているかのように、不敵な笑みを浮かべている。
「……レベルカさん」
「さあ、ハクア様」
「……嫌だ。グレイを殺すことは、許さない!」
「…………」
ハクアはレベルカの要求を拒否し、グレイを守るように立ちふさがった。
それにレベルカは、下らなそうに目を細めた。
「おかしいですね。これは姫騎士であるために必要なことですよ、ハクア様」
「グレイを殺すことと、姫騎士であることに何の関係があるの!」
「ふむ……」
言うことを聞かないハクアが不思議なようで、少し考えたレベルカは怒りのこもった視線をグレイに向ける。
「ハクア様をおかしくしたのは、あなたですかマヌル人」
それはグレイすら息を呑むほどの殺気がこもった瞳だった。
だがその眼光を受けても、ハクアは決して動かずに、レベルカを睨みつける。
「帰って」
「これは王命です。ハクア様」
「帰ってって、言ってるでしょ」
ハクアから、紫色のオーラが立ち上った。
これ以上の押し問答はしない。引かねば戦う意思がある。そう暗に言っている。
しかしレベルカも引かなかった。
これが王命であるからこそ、多少の障害程度では引くことができない。
しかし戦えば敗北は必至。故に膠着した。
「なあ、一旦話し合わないか。これ以上戦っても不毛なだけだろ」
静まり返る戦場に、グレイの言葉が木霊する。
平和的な解決を模索した故の言葉だが、レベルカは聞く耳を持っていなかった。
「マヌル人と対話する意思は持たない。貴様が死ねば引こう」
「それは無理だ。命は捨てられねえ」
「当たり前でしょ。それだけは、許さない」
レベルカはグレイの死以外の結果を望まず、ハクアはその結果を全力で阻止しようとしている。
これは会話ができるような状況ではないだろう。
もしこれを打破する者がいるとしたら、それはもっと上の存在だ――
「――なら、この場は僕が預かろうか」
膠着した戦場に一石を投じるように、そんな言葉が聞こえてきた。
綺麗な男の声に、ハクアもレベルカも目を見開く。
「レインクルト様」
「兄様」
「え?」
戦場に姿を見せた貴人は、レインクルト・G・クリスタ。
ハクアの兄にして、クリスタ王国第一王子の出現に、場の混沌は極まっていく。
一体なぜここに王子がいるのか。
ハクアとレベルカは真意を探るようにレインクルトを見つめ、グレイは首を傾げつつも王族の出現に息を呑む。
「レベルカ殿。ここは僕の顔を立てて引いてはくれまいか?」
「……王命です。殿下」
「父上には僕から話を通しておく。君達が罰せられることはない」
「…………」
ハクアの言葉は一蹴したレベルカであっても、レインクルトの言葉は邪険にしない。
思案するように沈黙し、周囲の者達に合図を出した。
「殿下のお言葉であれば一旦引きましょう。しかし、陛下が再度ご下命なされたならもう止まることはありません」
「ああ。わかっている」
「総員、撤退」
レインクルトに敬意を示したレベルカは、そう命令すると部下と共に闇夜へ消えて行った。
数秒後、そこには彼女らがいた痕跡は一切なく、倒れていたアバンもろとも煙のように消えてしまう。
「……さて。災難だったねハクア。それに……グレイといったか」
「ああ。えっと。グレイ、です。殿下」
王子に話しかけられたからか、先日覚えた敬語を頑張って使ってみるグレイ。
しかし付け焼刃故か、敬語としてはお粗末だった。
「はは。そこまで畏まらなくて良い。君達の現状も理解しているつもりだ」
レインクルトはそう言って苦笑する。
貧民街に教育が行き届いていないのは知っているからこそ、無理な礼儀は求めなかった。
「あ、ありがとう。ございます」
「ふふっ。えっと……兄様、ありがとうございます」
「なに可愛い妹のピンチだ。兄として当然のことだよ」
そうサラっと言えるのが、彼の内面までもイケメンであることを表しているだろう。
ハクアとはあまり似ていないが、その中身はちゃんと兄妹らしい。
「グリシャから大体話は聞いている。グレイ君の命が助かるように尽力しよう」
「ほんとですか!?」
「ああ。だから安心してくれ」
レインクルトは優しく微笑み、それにグレイは疑問を抱く。
「ありがとう、ございます。何で俺にそこまで、してくれるんだ?」
「……僕が願うのは家族の幸せ。それだけだからだ」
グレイの疑問に対し、レインクルトは断言した。
やはり彼はハクアの兄だ。その優しさは、グレイが知る貴族達とは正反対。ハクアと同じものをもっている。
「最近ハクアが楽しそうだったのは、グレイ君といたからなんだね。……ずっとハクアには負担をかけていたから、感謝しているよ」
「い、いや。別にちょっと話したりしただけ。っすよ」
「ううん。グレイのおかげで、最近とっても、楽しい!」
「ほら、ハクアはこう言っている」
「まあ、なら良かった」
ハクアはグレイの顔を見上げて幸せそうに笑っており、グレイは少し照れ顔。
そんな様子を見て、レインクルトは確信していた。
ハクアの幸せは、ここにあると。
グレイとハクア。身分も人種も違う二人だが、まるで出会うべくして出会う運命があったように感じる。
そこには神が用意した何かがあるようで、その繋がりは決して切れるものではない。
「僕が、どうにかしよう」
「本当ですか?」
だからレインクルトは決断した。
妹が幸せになれる唯一の道がここだと確信して。
「だから、今後はずっと笑っていて欲しい。それが兄として僕の願いだ」
「っは、はい。グレイと一緒にいれたら、ずっと、楽しい。ね」
「そうだな……これからも一緒にいられたらいい」
ハクアと出会って、グレイも楽しい日々を過ごしている。
それが恋というのなら、この先もずっと続いてほしい。それがグレイの思いであり、ハクアと同じものだった。