姫騎士殺し   作:天野雪人

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第三十五話 真に人ではない者達

 国王バルカン・G・クリスタがどういう人間かということを、息子であるレインクルトは良く知っていた。

 

 彼は非常に苛烈であり、欲深い人間だ。

 故にこそ第三王子という立場から王位を掴むことができたのかもしれないが、人間的に褒められた人物ではないのが事実だった。

 

 クリスタ人を纏め上げ、国家としてクリスタ王国ができて数百年。当時は賢王と呼ばれた者達が多くいたが、今では王族の質も落ちてきた。

 そんな中でバルカンは大陸を統一し、過去の偉人達と並ぶ。いや、超えようと企む男である。

 

 そんな彼の野望を果たす唯一の手札がハクアであり、それを手放すことはないだろう。

 

 レインクルトはよく知っていた。

 

 

 

「……レインクルトよ。よく、聞こえなかったな」

 

 国王の執務室にて、バルカンとレインクルトは二人きりで対話する。

 ソファに腰掛けたバルカンは、鋭い眼光をレインクルトへ向けていた。

 

「聞こえませんでしたか? 此度の件、マヌル人の青年を殺すことは中止していただきたい」

 

 レインクルトは、バルカンの圧に屈することなくそう叫ぶ。

 彼は約束通り父と対話し、グレイの命を助けようとしていた。

 

「……貴様がレベルカに命じて引き下がらせたのは聞いている。我が息子であるとはいえ、許されると思っているのか?」

「無論、王命を退けるなど許されざること。しかし人命にかかわることでしたので、罰を承知で実行しました」

 

 レインクルトは恐怖をおくびも見せない。

 恐ろしい父を相手したとしても、芯を持って対話をしていた。

 

「いくらなんでも、殺害はいささかやりすぎかと思います」

「王族を欺瞞したのだ。相応の処罰だろう」

 

 レインクルトは進言するが、バルカンはバッサリと切り捨てる。

 しかしその程度では諦めなかった。

 

「いえ、法律と照らし合わせたとき、果たして死刑になるでしょうか? 裁判でも死刑までは行かないと考えます」

「マヌル人にまともな裁判がされるとでも?」

「私は法律上のことを言っております」

 

 レインクルトは一歩も引かず、グレイの命を助けるために全力を出す。

 それも妹の幸せを願った上での行動なのだろう。

 たとえマヌル人が相手だとしても、ハクアの想いを尊重する。それがレインクルトという男だ。

 

「ならばマヌル人とクリスタ人の目合(まぐあい)は死罪一択だ」

「それは子ができた段階で発動する法です。今の段階では無効ですよ」

 

 その言葉に、バルカンは口元を歪めた。

 

 死刑しか存在しない非常に凄惨な法であるとはいえ、その条件は意外に厳しい。もし目合すら禁止にすれば、せっかくマヌル人を滅ぼしたのに性奴隷にできないではないか、という不満が権力者から上がった故の綻びだ。

 かつて権力者が作った抜け道が、こうしてマヌル人を救うこともあった。

 

「陛下。私にはハクアの件だけでなく、マヌル人という人種自体に強い嫌悪感を抱いているように感じます。なぜ彼の死刑を強行するのですか? ハクアと約束したとは聞いていますよ」

「…………」

「マヌル人もかつては陛下が王位を取るための協力者であったはず。一体何を、恐れているのですか?」

 

 そしてここぞとばかりに畳みかける。

 

 バルカンはグレイを執拗に殺そうとした。それは騎士団長を二人送り込む徹底ぶり。そこにはハクアを奪われるという以上の思いがあるように感じたのだ。

 そんなレインクルトの言葉に、バルカンは沈黙した。

 

「そんな、時もあったな」

「マヌル人と奴隷解放の約束をし、味方に付けた。そのはずです」

 

 最初は良心があり、良い関係だったはずだとレインクルトは訴える。

 しかし──

 

「……別に、奴らのことを考えてのことではない。当時は敵国たるアザール帝国でも奴隷制廃止の動きがあった。それは他の国も同じ。奴隷は非人道的な存在であるという世論が強まり、これ以上の制度存続は不可能と見たから我はそれを条件にしただけだ」

 

 バルカンにとって奴隷解放もただの手段だった。

 世界情勢を冷静に見極め、他の王位継承者を出し抜くようにマヌル人を味方に付け、その力で王位を取った。

 そこにマヌル人を可哀想と思う気持ちは欠片もない。

 

「そして見たのだよ。奴らの、本当の姿を」

「本当の姿?」

 

 バルカンの瞳には、わずかな恐怖の色が見えた。

 

「……奴は、アバンは倒したらしい」

「ええ。聞いています。恐ろしい強さですね」

「アバンは記憶をなくしていたが、恐らくグレイなる者は使い手なのだろうな」

「使い手とは?」

「……マヌルの力のだ」

 

 バルカンは呟くように言った。

 

「マヌルの力?」

「『闘術』と言ったか」

「っ! そんなものが? 聞いたことありません」

「だろうな。百年前、当時の国王が使い手を皆殺しにして歴史から消した力だ」

「…………」

 

 その言葉に、レインクルトは絶句した。

 闘術という全く知らぬ力。それは良い。他の三人種が力を持っている以上、マヌル人も持っていない方がおかしいのだ。

 

 しかしそれを消すために、皆殺しにしたという歴史には納得ができない。

 そんな人道に反したことが許されていいものか。たとえ戦争で勝利したとしても、決してしてはいけない最悪の所業だ。

 

「使い手の血筋であれば赤子すら殺したらしい。我も酷い事をするものだと思っていた……しかし、今ならわかる。マヌル人は人間ではなかった」

「それは……どういう意味ですか?」

「獣を殺すことを、我々は何とも思わない。人ではないからだ。それと同じということだ」

「……マヌル人は人間です」

「そう思っているうちは、幸せだな」

 

 その言葉の意味がわからない。

 マヌル人とクリスタ人。そこにある違いは、瞳の色と使う術の違いだけ。それはアザール人やクルル人も同じ。

 四人種全て、違いはあれど人間であるはずだ。

 

「マヌル人は危険だ。そのグレイという人間は、最もそれに近い。故に殺さねばならない」

 

 バルカンには確信があるらしい。

 マヌル人という人種がどれだけ恐ろしいのか、その目を見れば彼の本気具合が伝わってくる。

 

「…………だとしても、私は賛成できません。それに、もし殺したらハクアがどうなるかわかりませんよ」

「ああ、ハクアか。レベルカの言葉も退けた奴がどう、動くか」

 

 恐らくそれが、一番バルカンを止めうる言葉だった。

 尽くした言葉よりも、その事実が一番効果的だ。

 

 バルカンの支配から抜け出そうとしているハクアは、もしグレイの死を知ったときどう動くかが読めない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()が、それも万全ではない。

 その力が王国に向く可能性すらあった。

 

「ハクアは怒っていました。あの子が反抗する姿を初めて見た。私が知る、ハクアとは違う姿だった。あれがあの子の本当の姿なら、私はそれを尊重したい」

「……少し、待つべきか」

 

 レインクルトの言葉を聞き、ハクアの現状を考え、ようやくそこでバルカンは立ち止まった。

 グレイの危険性を、不安定なハクアという存在が上回るのだろう。

 

「しかし、もう会うことは許さん」

「どうしてもですか?」

「まさか、それすら許せと?」

「…………いえ」

 

 これ以上は無理だ。

 そう判断したレインクルトは、グレイの命を助けた段階で引き下がった。

 

 これが最大限の譲歩だろう。

 これ以上ハクアとグレイが会い、仲を深めることをバルカンは決して許さない。

 それを許すとしたら、全ての願いを叶えてハクアが用済みになった時だけだ。

 

「話はこれで終わりだ、下がれ」

「はい……」

 

 レインクルトは一礼し、部屋を出ようと立ち上がる。

 しかし扉に手を掛けた段階で足を止め、振り向いた。

 

「陛下は、ハクアをまだ戦わせるつもりですか?」

「当たり前であろう。何を言っている」

「……私はあの子が本当はどういう子なのか、見定められずにいます」

「どういう意味だ?」

「……いえ。失礼いたします」

 

 これ以上言うと、バルカンの怒りを買いそうだ。そう判断したレインクルトはそう言って部屋を出た。

 

 そして廊下を歩き、息を吐く。

 その脳裏を巡るのは、大切な妹のことだった。

 

「……ハクア。君は、本当はどういう子なんだろうね」

 

 レインクルトはわからない。

 

 ハクア・G・クリスタは完璧な姫騎士であるはずだ。

 その姿を信じ、そうあれるようにサポートしてきた自負がある。

 

 しかし違うのではないだろうか。グレイを前に見せたハクアの姿は、レインクルトの知らぬものだ。

 もし自分が信じた妹が、ただの偶像であったのなら。

 兄として見抜けなかった落ち度は反省してもし尽くせない。

 

 本当のハクアは多分別の場所にいる。それを最近は確信している。

 徹底的に隠されたそれを知るのは、多分愛しい人だけなのだろう。

 

「はぁ。家族であっても、わからぬものだ」

 

 故にレインクルトは過ちを認めて歩み始める。

 妹が幸せになる世界。それを願うのが、兄というものだ。

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