姫騎士殺し   作:天野雪人

38 / 75
第三十七話 皆殺し令

 初めて人を殺した時の感触を、ハクアは決して忘れないだろう――

 

 あれは、アザール帝国の兵士だった。

 多分民間から徴兵された兵士であり、戦う覚悟もできていないような男達だ。

 訳もわからず連れてこられて、恐怖に震えながら前線に立つ。

 

 良い身分ではなかったのだろう。だから肉盾としての役割を期待されて、彼らは前線に立っていた。

 そんな彼らに、ハクアは魔術を放った。

 初めて戦場に立ったハクアがしたのは、それだけだ。

 

 それで、二百二十五人が死んだ。

 

 初めてで加減がわからなかったのだ。

 誰もがハクアに期待と疑惑の眼差しを向けて、その一挙手一投足を観察していた。

 だから、パニックになったハクアはコントロールもできずに魔術を解き放った。

 

 それは爆撃系の魔術であり、たった一撃でアザール帝国の前線は崩壊した。

 そこからクリスタ王国の騎士や兵士が雪崩れ込み、敵を一網打尽。完璧な勝利だった。

 これまで苦渋を舐めさせられたアザール帝国への完全勝利に、全員歓喜で沸いていた。死者はゼロ。対してアザール人は多くが死んだ。

 

 しかしハクアは喜べない。

 

「……死んだ。たくさん、私が、殺した?」

 

 戦場に転がる死体は、ハクアが作り出したものだ。

 爆撃系の魔術は非常に凄惨な光景を生み出していて、頭が半分吹き飛んだ者。手足だけがない者。体の半分がない者。

 千差万別な死体があった。

 

 多分即死できたのは少数だ。ハクアが殺した二百二十五人は、恐ろしい痛みに苛まれながら苦しみ死んでいったのだろう。

 

「うっぷ――」

 

 吐き気がこみ上げてきた。

 

 己が何をしてしまったのか認識した瞬間、恐怖が全身を蝕んだ。

 ハクアの持っている才能は、たった一発の魔法で二百二十五人を殺せるものだ。

 それを漸く認識できた。これは父を喜ばせる素晴らしい力ではない。大量殺戮兵器だ。それをハクアは使ってしまった。

 

 たくさん、殺してしまった。

 

「ハクア様、どうされました?」

 

 吐き気を押し殺し、呆然とするハクアに声をかけてきたのは、騎士団長のレベルカだ。

 

「……レベルカ、さん。……もう、嫌。わたし、戦い、たくない」

「何を言っているのですか。あなたが力を振るったから、この素晴らしい景色ができあがったのです。それを誇り、また我らをお救いください」

「嫌だ! たくさん、殺したの! 私が! 私の! 力が! ……こんなに、たくさんの、人が。私のせいで、死んだ。私が、殺した!」

 

 諫めようとするレベルカの言葉を跳ね返し、ハクアは絶叫して涙を流す。

 ハクアの頬をつたる大粒の涙を、レベルカは冷たい瞳でじっと見つめていた。

 

「もう、いや。助けて、私が殺しちゃったの」

「…………」

「レベルカさん……助けて」

「……これは、駄目だな」

 

 泣きわめくハクアを、レベルカは無感情に見つめていた。

 そこにはハクアを心配する優しい気持ちなど欠片もなく、どこまでもシビアな人を人とも思わぬ目だ。

 

「レベルカ、さん?」

「ハクア様……私の目を良く見てくださいね。そして、勇気を振り絞ってもう一度頑張りましょう」

 

 そう言ったレベルカは、ハクアの手を握ってゆっくりと――

 

 

 ◇

 

 

「――っ! ……ゆ、め?」

 

 ガタっと大きな揺れが体を襲って、それでハクアは目を覚ました。

 周囲を見れば戦場へ向かう馬車の中で、ハクアは眠っていたらしい。

 

 戦争への恐怖でロクに眠れなかったから、限界が来て寝落ちしてしまったのだろう。

 だが目覚めは最悪だ。一番最初の戦争。ハクアが負ったトラウマを思い出してしまった。

 

 ずっと思い出さないようにしていたのに、なんで見てしまうのだろう。

 思い出してしまったら、恐怖が増大してしまうではないか。

 

「っ……大丈夫。大丈夫」

 

 一人きりの馬車の中、ハクアは己に言い聞かせるように呟く。

 こんなこと、慣れてるはずだ。一人きりになれば、ハクアに恐怖が襲い掛かる。

 それを毎回ちゃんと凌いできた。

 

「グレイ……助けて」

 

 でも今この恐怖にさいなまれているのは、幸せを知ってしまったからだ。

 グレイはハクアを守ってくれる。グレイという存在が、ハクアにとっての救いだった。なのにそれを取り上げられて、どん底に落ちたのが今だ。

 

 救いを急に取り上げられて、恐怖がハクアを支配して、心はすでにグチャグチャだ。今すぐグレイに会いたかった。あと腕に抱きしめられて、安心したかった。

 でも、ハクアは一人だ。

 

 一人で恐怖の中にいる。

 

「――ハクア様。失礼します」

 

 急に声が聞こえてきて、ハクアはスっと無になった。

 全ての感情を殺して、姫騎士になりきり、入って来た部下の望む姿をハクアは取った。

 

「到着いたしました。こちらへ」

「はい」

 

 とても平坦な声だ。

 何の感情も浮かばない顔をしながら、ハクアは立ち上がって馬車を下りる。

 いつの間にか戦地についていたらしい。

 

 ここには独特の臭いがある。

 大っ嫌いな死の臭いだ。

 

「こちらです」

 

 案内されたのは後方に建てられた陣地だった。

 幹部クラスが集合し、作戦会議を始めるのだろう。

 

「おおハクア様。お待ちしておりました。さあこちらへ」

「ありがとうございます」

 

 中に入ればニコニコと笑う大柄な男が出迎えてくれる。

 彼が、この場の責任者。第三騎士団の団長だ。

 案内されるままに席に付き、ハクアは周囲を観察する。

 

 第一騎士団団長のレベルカ。その部下たち。

 そして第二騎士団からも精鋭が派遣され、王国兵団からも人が来ている。

 また第四騎士団、第五騎士団からも援軍が来る手筈だ。

 

 これは小競り合いではすまないだろう。

 大きな戦争になる。沢山人が死ぬ。地獄が先に待っている。

 

「さて――諸君、これほどの戦力を集めたのだ。敗北はありえない」

 

 ハクアが目を伏せていれば、ふとこの場で最も偉い男の声が聞こえてきた。

 顔を上げ、上座を見れば、豪華な椅子に座った男。国王バルカンが宣言をする。

 

 なぜかここまで来ていたバルカンが、此度の指揮を執ることとなった。

 国王自らが戦場に来て指揮を執るという事実に、騎士達の士気は高い。

 

「その上で姫騎士ハクアがいる。我が娘が憎きアザール帝国を打ち滅ぼしてくれるだろう」

 

 その言葉に、皆が沸く。

 姫騎士ハクアが戦場に立って以来敗北がないクリスタ王国は、今回もその力を頼りにするのだろう。

 

「さあハクアよ。……今回は我も見ている。()()()()()()()()()()()()

「っ……!」

「わかったか?」

「はい……」

 

 なぜ、バルカンが戦地まで来ているのか。その言葉でハクアは察して、誰にもわからぬほど小さく顔を歪ませた。

 

 敗北がないのにずっと戦線が膠着している理由こそ、ハクアが戦況を操作していたから。

 ただ敵を追い返し、状況が膠着するように動き続けていた。

 

 誰も殺さず、誰も死なず、ずっとこの小競り合いの状況が続くように願った。

 だけどそれを、バルカンは許さないのだろう。

 その力を振るい、アザール帝国を打ち滅ぼすことを望んでいる。

 

 今までハクアを黙認していたのは、準備を進めていたからだ。

 だがようやく準備が整い、今回大規模な戦力を動員した。これで決着をつけ、帝国を滅ぼす腹積もりだろう。

 

 故にもう、ハクアが手を抜くことを許さない。

 ハクアが全てを滅ぼし生まれた道を、この戦力を持って突き進む。

 そしてアザール帝国を滅ぼせば、大陸統一はもう目前。

 

 バルカンは世界の王となるだろう。

 

「…………」

 

 その未来を想像し、ハクアは硬く拳を握った。

 

「偵察によると敵の勢力は一万前後。ハクアよ、できるな」

「…………」

「お前ならできるはずだ」

「……はい」

 

 逆らうことはできない。ハクアはすでに貧民街の掃討を拒否し、グレイと恋をしてしまった。

 これ以上バルカンの心証を悪くするなど、できるはずがなかった。

 

 より強い魔術を放つことになるだろう。

 なるべく殺さず、しかし敵に打撃を与えるような――

 

「──皆殺しにせよ」

「……え?」

「聞こえなかったか? 皆殺しだ」

 

 ハクアは、しばらくその意味がわからなかった。

 敵は一万人。それを皆殺し。バルカンはそう言ったか。

 

「できるはずだ。その力なら。皆の者! ハクアが道を切り開くぞ!」

「なんと!」

「ハクア様はそれほどの力を」

「素晴らしい。素晴らしい力です!」

 

 周囲を見れば、皆が拍手をしていた。

 うるさいほどに鳴り響き、ハクアがアザール人を皆殺しにすることを望んでいる。

 

 ハクアはわからない。

 人を殺すことがそんなに素晴らしいものか。そんなわけがないだろう。

 アザール人との違いなんて、目の色と使う術の違いぐらいだ。

 なのに何で、そこまで死を望めるのだ。

 

「……でき、ません」

「否、できるはずだ」

 

 そうだ。できる。

 やろうと思えば可能だ。

 でもそれを、ハクアはできない。

 

「やれ、姫騎士」

 

 ハクアにはできずとも、姫騎士にはできる。

 王国の剣は、決して国王に逆らわない。国のために全てを捧げる。

 

 それが姫騎士だ。

 

「ハクア様!」

「我らをお救いください!」

「憎きアザール人を打ち滅ぼしてください!」

 

 この場の全ての目が、ハクアに降り注いでいた。

 みんなが敵を殺せと言っている。

 ハクアにそれを望んでいた。

 

 だからハクアは――

 

「は、い……わかり、ました」

 

 それをなす。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。