姫騎士殺し   作:天野雪人

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第三十八話 命の音

 誰も戦争なんてしたくない――

 

「今回もあっちは姫騎士が来てるらしい」

「まじかよ。あんな化け物と、また戦うのか」

 

 戦場に立っているのは、誰かが決めた戦争に無理矢理参加させられた者達だ。

 

「俺達アザール人にも、あんな化け物生まれないかな」

「そりゃ良いな。あっちは姫騎士がいるから徴兵ないんだってよ」

「羨ましい話だ」

 

 アザール人の兵士だって、ただ普通に生きていた者達だ。望んでここに立っているわけではなく、徴兵されて無理矢理ここまで連れてこられた。

 誰も、戦争なんてしたくない。

 

「でもよ、戦争じゃそんな死なないんだって」

「そうなのか?」

「ああ。姫騎士はすげえ魔術を使うが、死者は意外と少ないらしい」

「なら、俺達も大丈夫かな」

 

 物知りな兵士が言ったその言葉に、周囲は沸く。

 死にたくない彼らは、その希望に顔を明るくしていた。

 

「ここ何年も姫騎士の魔術で追い返されて、それで終わりなんだ。何だったら戦場を走り回って何もせず終わることも多いってよ」

「そうか。なら、家に帰れるかもな」

「お前、子供生まれたんだろ」

「ああ。だから帰らないと。給料もらって、それで家族に美味い飯でも買ってやりたいな」

 

 希望を聞けば聞くほど、兵士達には笑顔が戻る。

 五体満足で無事に家族の下へ帰れるのではないかと、みんなで笑って明るい未来を見ていた。

 

 ――カンカンカン。

 

 兵士達に集合を知らせる音が鳴る。だけど皆の顔には恐怖がない。

 死なずに帰れるという希望がその胸にあるからだ。

 

 

 ◇

 

 

 アザール人の兵士アレンスはごく一般的な男だ。

 平民であるから呪術が使えるわけではなく、一般家庭に生まれて普通の人生を歩んできた。

 幸運と言えば可愛い嫁と結婚し、子宝を授かったというそれぐらい。

 

 しかし出産の直前に徴兵されて戦地に連れてこられたのは、彼の人生最大の不幸と言ってよい。

 だから別に戦争なんてしたくないのだ。

 

 もはやクリスタ人に向ける恨みもない。昔は戦争をするに十分な理由があったが、あまりにも長引きすぎた結果、今の世代ではクリスタ人憎しの感情も薄れていた。

 

 それはクリスタ王国の方でも同じで、結局同調圧力から何となく恨んで、何となく戦争している状況だ。

 別に戦争なんてしたくない。勝って国が裕福になれば嬉しいが、そのために自分の命を捧げるのは馬鹿げている。

 それならばこのまま終わらせて、いつもの日常に戻りたいというのが兵士達の本音である。

 

 兵士アレンスもそんなごく一般的な考えを持ちながら、この戦場に来ていた。

 

「さあ諸君。今回敵は大軍を擁してきた。しかし! 本国より呪術師様が二百名、援軍として来てくださった。我らの勝利は間違いない!」

 

 上官が兵士達を鼓舞するように叫ぶ。

 そして呪術の使い手達がいかに素晴らしいかを力説し、勝利が目の前にあると宣言する。

 

「何とS級呪術師様が四名も派遣されたのだ。全員が最強と名高い呪術師様。クリスタの騎士団長など目ではない方々である!」

 

 そしてその言葉に周囲はざわついた。

 それは強力な援軍を得た歓喜ではなく、そんな人達が来るならば小競り合いでは終わらないのではないか、という不安だ。

 彼らは勝利を別に望んでいない。このままなあなあで終わって、無事に帰るのが一番だ。

 

 元は一般人である徴兵された兵士達にとって、戦争が長引くことが一番嫌だった。

 

「では行くぞ! 憎きクリスタを打ち滅ぼすのだ!」

 

 上官の宣言と共に、進軍が開始される。

 兵士達は不安を抱えつつも、ゆっくりと戦場に向かって歩き出した。

 その心中にあるのは、死にたくない、戦いたくない、早く帰りたいという感情だけだ。

 

「これで、今回も終わったら良いな」

「ああ。早く帰りたいぜ」

 

 上官に聞かれぬような声で、アレンスとその友人は会話して慰め合う。

 考えるのは無事に帰って、家族と再会することだけだ。

 

「子供の名前、帰ったら決めることになってるしさ。いろいろ考えてんだ」

「良いな。俺も早く結婚したいものだ」

「良い人がいたら紹介してやるよ」

「まじか。ちょー嬉しい」

 

 アレンス達はそんな会話をしながら、戦争への恐怖から逃避した。

 

「そこ! 私語を慎め!」

「「は、はい!」」

 

 しかし少し声が大きくなってしまったようで、上官に注意されて会話は終わる。

 ちゃんと訓練を受けた兵士ではないため、行軍の最中であっても気の緩みがあった。

 

 そして歩いた先で、巨大な平野が見えてくる。

 この平野を取って取られて。そんな戦争を、クリスタ王国とアザール帝国は何十年も繰り返してきた。

 

 今は姫騎士によって押し込まれ、アザール帝国が劣勢。故にここで挽回しようと呪術師を大勢送って来たのだろう。

 

 兵士達は戦場に並び、遠くに見えるクリスタ王国の軍勢と相対する。

 いつもはここから弓矢の応酬。そして魔術と呪術がぶつかり合い、最後は姫騎士の一撃で終了する。

 

 死亡率はとても低く、運が悪くなければ無事に帰れる戦争だ。

 

 その、はずだ――

 

「……なあ、空暗くないか」

「ああ。雨降るのかな」

 

 急に空に暗雲が立ち込めたこと以外、何も変なことはない。

 しかしそれが、兵士達の心をざわつかせる。

 何だか死の気配が、目の前に迫ってきている気がした。

 

 

「『魔王降臨』――」

 

 

 それ以降、命の音は聞こえてこない。

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