誰も戦争なんてしたくない――
「今回もあっちは姫騎士が来てるらしい」
「まじかよ。あんな化け物と、また戦うのか」
戦場に立っているのは、誰かが決めた戦争に無理矢理参加させられた者達だ。
「俺達アザール人にも、あんな化け物生まれないかな」
「そりゃ良いな。あっちは姫騎士がいるから徴兵ないんだってよ」
「羨ましい話だ」
アザール人の兵士だって、ただ普通に生きていた者達だ。望んでここに立っているわけではなく、徴兵されて無理矢理ここまで連れてこられた。
誰も、戦争なんてしたくない。
「でもよ、戦争じゃそんな死なないんだって」
「そうなのか?」
「ああ。姫騎士はすげえ魔術を使うが、死者は意外と少ないらしい」
「なら、俺達も大丈夫かな」
物知りな兵士が言ったその言葉に、周囲は沸く。
死にたくない彼らは、その希望に顔を明るくしていた。
「ここ何年も姫騎士の魔術で追い返されて、それで終わりなんだ。何だったら戦場を走り回って何もせず終わることも多いってよ」
「そうか。なら、家に帰れるかもな」
「お前、子供生まれたんだろ」
「ああ。だから帰らないと。給料もらって、それで家族に美味い飯でも買ってやりたいな」
希望を聞けば聞くほど、兵士達には笑顔が戻る。
五体満足で無事に家族の下へ帰れるのではないかと、みんなで笑って明るい未来を見ていた。
――カンカンカン。
兵士達に集合を知らせる音が鳴る。だけど皆の顔には恐怖がない。
死なずに帰れるという希望がその胸にあるからだ。
◇
アザール人の兵士アレンスはごく一般的な男だ。
平民であるから呪術が使えるわけではなく、一般家庭に生まれて普通の人生を歩んできた。
幸運と言えば可愛い嫁と結婚し、子宝を授かったというそれぐらい。
しかし出産の直前に徴兵されて戦地に連れてこられたのは、彼の人生最大の不幸と言ってよい。
だから別に戦争なんてしたくないのだ。
もはやクリスタ人に向ける恨みもない。昔は戦争をするに十分な理由があったが、あまりにも長引きすぎた結果、今の世代ではクリスタ人憎しの感情も薄れていた。
それはクリスタ王国の方でも同じで、結局同調圧力から何となく恨んで、何となく戦争している状況だ。
別に戦争なんてしたくない。勝って国が裕福になれば嬉しいが、そのために自分の命を捧げるのは馬鹿げている。
それならばこのまま終わらせて、いつもの日常に戻りたいというのが兵士達の本音である。
兵士アレンスもそんなごく一般的な考えを持ちながら、この戦場に来ていた。
「さあ諸君。今回敵は大軍を擁してきた。しかし! 本国より呪術師様が二百名、援軍として来てくださった。我らの勝利は間違いない!」
上官が兵士達を鼓舞するように叫ぶ。
そして呪術の使い手達がいかに素晴らしいかを力説し、勝利が目の前にあると宣言する。
「何とS級呪術師様が四名も派遣されたのだ。全員が最強と名高い呪術師様。クリスタの騎士団長など目ではない方々である!」
そしてその言葉に周囲はざわついた。
それは強力な援軍を得た歓喜ではなく、そんな人達が来るならば小競り合いでは終わらないのではないか、という不安だ。
彼らは勝利を別に望んでいない。このままなあなあで終わって、無事に帰るのが一番だ。
元は一般人である徴兵された兵士達にとって、戦争が長引くことが一番嫌だった。
「では行くぞ! 憎きクリスタを打ち滅ぼすのだ!」
上官の宣言と共に、進軍が開始される。
兵士達は不安を抱えつつも、ゆっくりと戦場に向かって歩き出した。
その心中にあるのは、死にたくない、戦いたくない、早く帰りたいという感情だけだ。
「これで、今回も終わったら良いな」
「ああ。早く帰りたいぜ」
上官に聞かれぬような声で、アレンスとその友人は会話して慰め合う。
考えるのは無事に帰って、家族と再会することだけだ。
「子供の名前、帰ったら決めることになってるしさ。いろいろ考えてんだ」
「良いな。俺も早く結婚したいものだ」
「良い人がいたら紹介してやるよ」
「まじか。ちょー嬉しい」
アレンス達はそんな会話をしながら、戦争への恐怖から逃避した。
「そこ! 私語を慎め!」
「「は、はい!」」
しかし少し声が大きくなってしまったようで、上官に注意されて会話は終わる。
ちゃんと訓練を受けた兵士ではないため、行軍の最中であっても気の緩みがあった。
そして歩いた先で、巨大な平野が見えてくる。
この平野を取って取られて。そんな戦争を、クリスタ王国とアザール帝国は何十年も繰り返してきた。
今は姫騎士によって押し込まれ、アザール帝国が劣勢。故にここで挽回しようと呪術師を大勢送って来たのだろう。
兵士達は戦場に並び、遠くに見えるクリスタ王国の軍勢と相対する。
いつもはここから弓矢の応酬。そして魔術と呪術がぶつかり合い、最後は姫騎士の一撃で終了する。
死亡率はとても低く、運が悪くなければ無事に帰れる戦争だ。
その、はずだ――
「……なあ、空暗くないか」
「ああ。雨降るのかな」
急に空に暗雲が立ち込めたこと以外、何も変なことはない。
しかしそれが、兵士達の心をざわつかせる。
何だか死の気配が、目の前に迫ってきている気がした。
「『魔王降臨』――」
それ以降、命の音は聞こえてこない。