姫騎士殺し   作:天野雪人

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第七話 南地区の信者達

 貧民街というのは四つの地区に分かれていた。

 東地区、そして先日吸収した西地区がグレイの縄張りだ。

 

 そして東と西以外の二地区には、無論別の支配者がいる。

 北地区は西地区と大差ないので特筆すべきことはないが、問題は南地区であろう。

 

 恐らく貧民街で最も異質で、最も危険な場所である。

 住人の数は少ないが、そこに住む者達は一癖も二癖もあるやつばかり。

 そんな場所に、グレイは一人訪れていた。

 

「ここは、変わらないな」

 

 グレイはあまり、ここに来たくはなかった。

 それでも訪れたのは、ハクアのためだ。

 

 呪いを解き、呪縛から解放されたハクアなら、少しは戦うこともできるだろう。

 しかし今のハクアが恐ろしいほど不安定なのをグレイは良く知っている。

 だからハクアに頼り切らないために、戦力を求めた。

 

「ようこそ。グレイ殿」

「ああマクガフ司教。久しぶりだな」

「ええ。まったくですね。先日のゴタゴタ以来ですか」

 

 南地区に足を踏み入れたグレイを出迎えたのは大柄な男だった。

 祭服に身を包み、非常に胡散臭い笑みを浮かべる。しかし身に纏う覇気は並大抵ではない。

 彼は恐ろしいほどの強者であろう。それは騎士団長と比肩するほどだ。

 

 そんなマクガフ司教と、グレイは正面から対峙する。

 

「本日は、どんなご用で? 何やらゴタゴタしているのは存じておりますが」

「力を貸して欲しいんだ。これはマヌル人の復権にも繋がる重要なこと。一度、腹を割って話がしたい」

「ほう」

 

 その言葉に、マクガフ司教は笑みを浮かべていた。

 

 貧民街南地区の支配者は、マクガフ司教を頂点とした宗教団体だ。

 住人は須く信徒であり、その団結力は並ではない。マクガフ司教は強く、信者も有象無象ではなく確かな戦力となる者達である。

 

 故にリスクはあれど、グレイは話を持ちかけた。

 彼らがこの作戦を成功させるための重要な戦力になると確信して。

 

「グレイ殿が我々を頼るとは珍しい。あまり接点がない関係性でしょう」

「ああ。だけどより良い未来のため、力を合わせたいと思う」

「マヌル人の復権ですか」

 

 マクガフ司教は考え込む。

 

 無論あまり接点のない彼らを頼るのは博打である。じっくりと話し合って見極めてから作戦を話すつもりだが、それでも力を借りれれば大きな一歩となるだろう。

 

 ハクアに頼り切ることなく、この作戦を進めることすら可能となる。

 

「一度話し合いたい。あまり漏れちゃいけないから二人きりでな」

 

 マクガフ司教はグレイを見つめ、唇を開いた。

 

「……ふむ。それは、ハクア様が関係することですかな?」

「っ……」

 

 マクガフ司教はまるで全てを見透かすかのごとき眼光で、そう言い当てた。

 

「それは……」

 

 なぜ、わかったのか。グレイは彼の言葉に息を呑む。

 マクガフ司教にはまだ何も話していないはずだ。だと言うのに彼は言い当てた。

 

 急にマクガフ司教が不気味で怪しい男に見えてくる。もしや敵なのではないか、という考えも脳裏を掠めた。

 グレイの脳は高速で回転し、その言葉の意味を考えようとする。

 

 しかし考えたとしてもわかるわけがない。だから不安を押し殺して、対話に入った。

 

「そうだ」

 

 グレイは肯定した。

 無論、彼の真意はわからない。ここは真意がわかるまで濁すべきことかもしれない。

 これもまた、博打だ。もし敵であるなら、ここで始末することも考えた上での言葉。

 

 それにマクガフ司教は――

 

「素晴らしい!!!!」

 

 目を見開き、大口を開けて高らかに彼は叫んだ。

 その興奮はグレイすら一歩引くほどであり、なぜ急に叫び出したのか意味がわからない。

 

「マクガフ司教? 大丈夫か?」

「ついに! ついに来た! 神への贖罪の時! 我らが罪を浄化する時が来たのですね。グレイ殿!!」

「……どういうことだ? 神ってのは、マクガフ司教が信仰する神ってことで良いか?」

「ええ。我々は教義を表に出すことはないので、知らぬのも無理はない。しかしこれは、さるお方と約束した故のこと」

 

 マクガフ司教はハンカチを目元を拭いながら、そう言う。

 やはり意味は理解しきれないが、協力してくれそうな雰囲気は伝わってきた。

 

 当初は王の交代によるマヌル人の復権を出しに交渉する腹づもりだったが、この興奮度合いを見るにより良い結果が期待できそうだ。

 

「一度、ちゃんとお話ししましょうかグレイ殿。その時が来たということでね」

「ああ。そうだな」

 

 マクガフ司教の真意はわからない。しかしよりよい未来を掴むため、この怪しい司教との話し合いが始まる――

 

 

 ◇

 

 

 南地区に足を踏み入れることはそうそうない。

 一度踏み入れたが最後、敬虔なる信徒に変貌させられ、二度と元には戻らないと言われるからだ。

 

 先日の違法薬物掃討作戦の時、王国兵団と立ち入ったのが一年ぶりのことだった。

 南地区の景色は、いつまでも変わることはない。

 住民達は笑顔を浮かべ、日々真面目に働いている。しかし、とても不気味だった。

 まるで何かに追い詰められるように、彼らは生きているのだ。

 

「ようやく我らの罪が浄化される時が来たのです。さるお方は、あなたが全ての切っ掛けだとおっしゃった」

「俺が、切っ掛け? どういうことだ?」

「我らもその意味を理解しきれぬこと。しかし、あなたが生まれたから我々は罪を浄化する機会を得た。それはあのお方が言うからこそ間違いないでしょう」

「……?」

 

 そう言いながらたどり着いたのは、南地区の総本山。

 中に入れば、神の像と多くの信徒が祈る姿がある。

 

 貧民街において、唯一英雄グレンザーの像ではなく、神なる像を信仰する場所だ。

 南地区でもグレンザー像はあるが、感謝はせれど祈るのは神。東地区で生まれ育ったグレイには、少し不気味な光景だった。

 

「こちらです」

「ああ……」

 

 マクガフ司教は、総本山のさらに奥。地下深くへグレイを導く。

 地下に入れば逃げ場がなくなり危険であるが、それを承知でグレイはその後に続いた。

 

 地下に入れば、さらに多くの信徒が祈っていた。

 しかしその光景は――

 

「これは……マクガフ司教、これ薬使ってるだろ」

「ええ。国に多くを押さえられてしまったので、もう残り少ないですがね」

 

 地下で祈る信徒達の目は焦点があっておらず、うわごとのように何かを呟いている。

 幸せな幻覚を見て、夢の世界に旅立っているのだろう。

 

 これは、先日王都を騒がせた違法薬物の特徴だ。

 ハクアと王国兵団によって撲滅されたと思っていたが、南地区では隠し持っていたのだろう。

 

 全て差し出したかのように見せて、隠し持つ。非常に狡猾な行為だ。

 

「こんなこと、もうするべきじゃない。昔みたいな地獄は終わりだ。もう薬に逃げる必要もない。そうだろう。マクガフ司教」

「……ええ。ですが、我々の罪は浄化できない。その罪に耐えられず、皆は薬を使っているのです」

「罪だって? さっきから言ってるそれは何なんだ?」

「我らが神に犯してしまった罪ですよ。しかし、それもあなたが来てくれたからようやく浄化できるのです」

 

 祈る信徒達の横を通り、最奥の個室にグレイは通された。

 厳重に扉を閉じたそこで、グレイとマクガフ司教は二人きり。

 ようやく話ができるのだろう。

 

 グレイは息を呑んだ。

 

「さて、ここなら誰にも聞かれる心配はございません。話し合いをしましょうか。ハクア様をお助けするために、我らは全ての力を賭します。それは前提として話をしましょう。我らマヌルの罪と、その浄化。ハクア様についてね」

 

 何もわからぬうちに、ここまでグレイはたどり着いた。

 無論マクガフ司教の言っていることは、三割程度しか理解できていない。

 

 しかしここでの話し合いが、大きな意味を持つと言うことを、漠然とグレイは理解していた。

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