姫騎士殺し   作:天野雪人

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第八話 マヌルの罪

「グレイ殿は知っていますか? 我らマヌル人の罪を」

 

 狭い個室で二人きり。椅子に腰掛けた二人は対面し、そんな話をマクガフ司教はし始めた。

 その目はどこか遠くを見るようで、彼の言う罪を憂いているよう。

 

「知らないな。それが教義なのか?」

「ええ。我らマヌル人は、かつて神を世界の外へ追い出したのです」

「…………」

 

 とんでもないことをしでかしたと打ち震えるマクガフ司教だが、グレイは首をかしげている。

 

「神ってのはあれだろ。この世界を作ったみたいな」

「ええ。非常に偉大なお方なのです。そんなお方を世界から追い出すなど、あまりの罪だと思いませんか?」

「……そう、なのかな?」

 

 教養のないグレイはあまりピンとこないが、よく考えてみれば確かにそうかもしれない。

 つまり子が親を家から追い出して、乗っ取る。というような感じだろう。そう考えればマクガフ司教の言葉も理解できた。

 

「この世界を創造した神を、支配のために追い出すというあまりの身勝手。我らマヌル人が辛い歴史を過ごしてきたのは、その罪を浄化するためなのです」

 

 マクガフ司教は涙ぐみながら、マヌル人の罪を語った。

 世界を創造した神と、それを追い出したマヌル人。故にマヌル人は罪を抱えている。

 

 それがマクガフ司教の話だ。

 だがやはり、グレイは打ち震える彼と同じ感情を抱けない。

 

 どこまでも遠い世界の話に感じられ、漠然と捉えるので精いっぱいだ。

 

「それっていつの話だ?」

「そうですね。神話の時代。もう何千年も前のことです」

「ならそんときの罪って言っても、もう浄化されただろ」

「否!」

 

 グレイの言葉に対し、マクガフ司教は絶叫した。

 

「ならば我々のこの苦しみは何なのですか! クリスタ人に奴隷にされ、使役され、解放されたとしてもここに押し込められて、わずかな資源を奪い合う。罪を持たぬなら、これほど苦しい境遇なはずがない!」

 

 マクガフ司教は椅子から立ち上がってグレイに叫ぶ。

 それは教義を妄信し、この苦しみに理由をつけようという姿だった。

 

「……そうか」

 

 その様子に、グレイは目を伏せて沈黙する。彼らの思いに言葉が出なかった。

 

 結局この宗教も違法薬物と同じなのだろう。

 苦しい日々を過ごしたから、そこから目を逸らしたかった。

 地獄のような日々だったから、宗教ができてそれに縋った。

 それがこのマヌル人隔離地区。別名貧民街だ。

 

「しかし、それも終わりです! 我らは神に贖罪をする機会を得た!」

 

 一転し、マクガフ司教は歓喜に打ち震えながらグレイと向き合う。

 

「ハクア様は、神です」

 

 そして満面の笑みを浮かべながらそう言った。

 

「……どういうことだ? ハクアはクリスタ人ではないのか?」

「ならばあの、白い瞳をどう説明するのですか? 神話には書いてあります。神は白かったと。白は神の色。ハクア様が唯一持つ白こそが、神の証! あの方のために尽力することが、我らの罪を浄化する唯一の方法! この贖罪により、我らは許されるのです!」

 

 それがマクガフ司教の思いなのだろう。

 神を世界の外に追い出した罪で、マヌル人はこれほどに苦しんでいる。故に神と同じ色を持つハクアを助けることで、その罪を浄化しようとした。

 

 あまり、信じられる話ではない。

 突拍子もないし、マクガフ司教にあるのは妄信する姿だ。

 

「なるほどな。よくわかった。じゃあ罪を浄化しにいこうか」

 

 しかし、無理に否定する話でもない。

 それが彼らの救いだし、結果的にハクアを助ける戦力にもなるだろう。

 だからグレイは、笑顔を浮かべて手を差し出した。

 

「力を合わせようマクガフ司教。ハクアを、救うために」

「ええ。その言葉を待っておりましたよグレイ殿。あなたが全てのきっかけです。共に頑張りましょう」

 

 グレイとマクガフ司教は握手をする。

 それは貧民街の二大勢力が、協力関係を結んだと言うマヌルの歴史に残る大事だった。

 

「……それで、俺が切っ掛けってのはどういうことなんだ?」

 

 協力関係を結んだところで、グレイは気になったことを聞く。

 それにマクガフ司教はまっすぐ見つめながら答えてくれた。

 

「我らに教義を授けてくれた方が言ったのですよ。ハクア様を助けることができるのは、グレイ殿だと。故にあなたが我らに助力を求めぬかぎり、無理にハクア様と接触はするな。そう言われていたため、ただ見守るだけに止めました。しかし漸くその時が来たのです」

「なるほど……」

 

 覚えがないのに切っ掛け切っ掛け言われるのは不気味な感じだが、説明されても要領を得ないので一旦考えないことにする。

 何よりも大切なのは、この作戦を成功させること。

 

 バルカンを打倒し、ハクアを戦いの運命から救い出す。

 それがグレイの願うことだ。

 

 

 ◇

 

 

 マクガフ司教との打ち合わせを終え、グレイは帰宅する。

 変わらず黒い壁で囲まれているが、グレイが目の前にいけば人一人通れるだけの穴が空いた。

 

「グレイ!!」

 

 そうしてグレイが中に入ろうとする前に、ハクアが飛び出してきて抱き着いてくる。

 それを慌てて抱き留めるグレイだ。

 

「大丈夫だったか。ハクア?」

「うん。怖かったけど、頑張ったよ」

 

 強くグレイに抱き着いて、グレイの存在を確かめようとするハクア。

 ハクアが成し遂げたことは、一人で留守番という大役だ。

 

 グレイがいないと駄目なのに、それでも頑張って一人になった。

 呪いから解き放たれたことと、未来への希望が生まれたことで、徐々に心の傷も癒えているということだ。

 

「よく頑張ったな。今日は一緒にいような」

「うん。ご褒美が、必要。ぎゅーって、してね」

 

 ハクアは頑張ったが、しかしその反動によってより甘えん坊になってしまった。

 これはしばらく離してくれないだろう。

 

「あ、そうだ。兄様の、使いの人が来た」

「お、何だって?」

「レベルカさん、調べて、アザール人だって、わかったみたい」

「なるほど。さすがはレインクルト様だな」

 

 グレイもいろいろ動いているが、より動いているのはレインクルトだろう。

 あのレベルカを調べ上げるその手腕は、さすがの一言しか湧いてこない。

 

「それにしてもよく分かったな。あの人、隙を見せるような人じゃないと思うが」

「……うん、そうだね」

 

 一度しか会ったことはないが、レベルカという女は傑物だ。

 サングラス一つでずっとアザール人であることを隠し通したことを考えても、確実な証拠をつかむのは至難の技だ。

 

「なんか、使用人とぶつかった拍子にサングラスが外れて、目が見えたらしい」

「なるほど。それは運が良いのか?」

 

 少し引っかかるし、ただの使用人がレベルカにぶつかれるというのも疑問だが、一旦考えないことにする。

 不思議な話だが、マイナスなことではないだろう。

 

「で、陛下は、私をどうにか、引っ張り出そうと、計画してる、みたい。その前に、叩くって」

「そうか。近い内に始まりそうだな」

 

 ハクアからの報告に、グレイはふっと息をつく。

 気づかれる前に電光石火で決着をつけねばならないだろう。

 グレイも部下達をなるべく集め、マクガフ司教との連携も急がねばならない。

 

「私も、頑張る。グレイと一緒なら、頑張れる」

「ハクア……まあ、無理はするな。頼りになる戦力を集めてきた。ハクアの負担は減らせるはずだ」

「ほんと? でも、頑張る」

 

 ハクアに頼るのはもうしかたない。しかし誰かを殺させるわけにはいかない。

 そのために、グレイが全力で頑張るつもりだ。

 最前線で戦う覚悟がある。

 

 グレイは英雄だ。英雄になるしかなかった男だ。

 だから最後まで、一番前で戦い続ける。それが英雄というものだろう。

 

「グレイのこと、私が守るよ。傷つかないでね」

「俺は大丈夫だ。ハクアは自分のことを心配してくれ」

「うん。グレイが、強いのは知ってる。でも、心配」

「ああ、そうだな。でももし一週間後に作戦開始なら、俺は誰にも負けない状態で挑める」

「……?」

 

 グレイは空を見た。夕方になる貧民街だが、グレイの目には月が見えている。

 己の内に眠る闘術が、訪れる夜に呼応する声が聞こえてきた。

 

「『闘術』は使い勝手の悪い術だ。……でも、()()()()で発動できる闘術は最強の術とすら言える。作戦開始は、最大で使える時になるように頼んでみよう。そん時は、レベルカにも負けるつもりはない」

「そう、なんだ……」

「ああ。だから、安心してくれ」

 

 厳しい戦いになると想定していたレベルカすら、最強状態のグレイは簡単に打倒してしまうと断言する。

 マヌル人の術『闘術』は、知る人がほとんどいない。

 故にそれがどれほど恐ろしい力なのか、多くの人が欠片も知ることはなかった。

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