レインクルトは非常に上手くやっただろう。バルカンが手を打つ間もなく、奇襲によって一気に追い詰める。
場の空気が混乱している中でレベルカの正体を暴き、それにより形勢はレインクルト陣営に傾いていた。
レベルカはバルカンの腹心だ。彼が第三王子だった頃からの部下であり、彼女によって王位が取れたと言っても過言ではないほどの重要人物。
そんな者がアザール人だった。
レインクルトの言葉もあり、皆の脳裏には嫌な想像が張り巡らされていることだろう。
すでにクリスタ王国は、アザール人の手に落ちているのではないか、と。
無論冷静に考えればそんなことはなく、先日の大虐殺の説明がつかなくなる故否定される。
だが混乱した中でそんな冷静な思考ができる者は、残念ながらこの場にはいなかった。
それはバルカンとて例外ではない。
「ば、馬鹿なことを言うなレインクルト!! そんなことあるわけがなかろう」
「であれば一度話をちゃんと聞きましょう。投降してください。無実であれば罪に問われることはありません」
「っ……」
そんな言葉など嘘だとバルカンは一瞬で察した。このまま一気にバルカンを失脚させ、王を交代させる腹づもりだろう。
そこにバルカンが言い訳をする余地は残されていまい。
そうバルカンは察した。
己もやってきたからだ。
「レインクルト!!」
王位を取るために、兄二人を処刑した。他の兄弟も投獄したり、国外追放、暗殺。いくらでも汚い手は使ってきた。
だからこそ、それを自分もされることを酷く恐れる。
汚れた手段で掴んだ王位は、また同じ手段で奪われる。
世界はそういうふうになっているのだ。
「へ、陛下。一体これは? お、俺達はどうすれば?」
この場の者達の思いを代弁するように、アバンはバルカンにそう尋ねる。
しかし冷静ではないバルカンは、それに正しい返答をすることができなかった。
「奴らは反逆者だ! 我を陥れ、王位を乗っ取ろうとしている! 殺せ! これは王命である!」
レインクルト達を排除しようと、周囲の騎士に命令した。
しかし誰も、動かない。
「何をしている! さっさと殺せ!!」
これがバルカンの積み上げてきたものの結果だ。
王だから従っているだけで、バルカンに従っているわけではない。
己の欲望のためなら全てを犠牲にできるバルカンに、人望なんてあるはずがなかった。
「陛下。大人しく投降してください」
レインクルトはそう呼びかける。
だがバルカンはそれに大人しく従うことはなかった。
「レベルカ!」
「……不可能でございます。ここは一旦引いて立て直すべきです」
「ならやれ!」
「はっ!」
この場で唯一バルカンに付いている最強の女傑。レベルカは逃走を選択する。
「待て!」
「レインクルトよ決して許さぬぞ! 死刑だ。死刑にしてやる!!」
レベルカから禍々しい呪いが放たれて、それはバルカンを包んで覆い隠す。
慌てて止めようとハクアとレイノルドは駆けるが、呪いはその動きを一瞬阻害する。
「では、私達はこれで。そして、『戦いなさい、陛下のために』」
そう告げたレベルカとバルカンは、煙のように消えてしまった。
その場に残ったのは、呪いの籠もった人形。そして足止めをするための、置き土産だ――
「陛下……」
「ああ。逃すとまずいね」
逃走したバルカンに、レインクルトは顔を顰める。あれは呪力を込めた物と人の場所を入れ替える術だ。
呪術の知識が甘かった故に、その対策を怠ってしまった。これは非常にまずい展開だ。
逃走され、態勢を立て直したバルカンとの血をみるような内戦に発展する可能性が出てきてしまった。
「だがそのためにこれだけの戦力を集めた。すぐに捜索するぞ。それに、手は打っている」
そう言って逃げたバルカンを追跡しようとして――
「――陛下の、ために」
「反逆者を、殺す」
この場に居た、第一騎士団及び第二騎士団の面々に剣を向けられ止められた。
「っ殿下お下がりください! こやつらは正気ではございません!」
「あ、ああ」
すぐさまレイノルドは動き出し、レインクルトを守るように前に立った。
騎士達は全員正気を失ったように剣を構え、殺気を飛ばす。相手がレインクルトやハクアであることなど、何も考えていない様相だ。
「兄様……呪術です」
「レベルカのものか。去り際にかけていったな」
他者を操作し、操り人形に変えてしまおうという最悪の術。
その最高峰がどういうものなのかを、レインクルト達はまざまざと見せつけられる。
しかし折れることはなかった。
「準備は整えてきた! 我が国が誇る騎士団であっても勝機はある! 怯むこと無く立ち向かえ!!」
「「「おおおおおお!!」」」
レイノルドはそう叫び、兵達は声を上げる。
相手は騎士。魔術が使えるクリスタ王国の最高戦力。
対してこちらは王国兵団の精鋭に、グレイの部下、南地区の信者。術の使い手はほとんどいない。
「私が、いる。やる。やるんだ。覚悟は、決めた」
だからこそハクアは強く固く拳を握って、そう宣言した。
しかし体は震えているし、目には恐怖が浮かんでいる。とても戦えるような様子ではなかった。
戦おうとすればするほど、頭は真っ白になっていく。
そこには姫騎士の姿はない。弱くて儚い少女、ハクアの姿があるだけだ。
覚悟は決めていたはずだった。
しかしハクアの心は戦うことを許してくれない。
でも誰も死なせないために魔術を無理矢理使おうとして――
「ハクア様。大丈夫だ! 俺達にまかせろ」
「カス、トロン?」
グレイに変わって部隊を率いていたカストロンが、ハクアに声を掛けた。
「俺達は強い。ハクア様はただそこにいてくれ。それだけで俺達は頑張れるからな」
「あ、う」
「さあ、行くぜええええええ! 『闘術・起動』」
グレイにハクアを託されたから、親友としてカストロンは全力で守る。
この場で唯一『闘術』が使えるカストロンは、全開で発動し、剣を握ると一気に騎士達に突撃した。
「カストロンさんに続け!」
「グレイさんがいなくとも、俺達がやるんだ!」
別働隊として動いているグレイがいなくとも、部下達の士気は高い。
グレイが愛した女。あるいは憧れた英雄姫騎士を守るため、マヌル人の男達は躊躇無く騎士に突撃した。
「マヌル人達に負けるな。我ら王国兵団の力を見せよ」
「我らも行くぞ。神を助け、贖罪の機会を得るのだ」
王国兵団も士気高く戦い、グレイと同じくマクガフ司教が不在の信者達も、神のためだと突撃する。
クリスタ王国の最高戦力を前に、術が使えずとも彼らは戦った。
「ハクア、大丈夫かい?」
「兄様……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。君の状態を、正しく認識していなかった僕の落ち度だ」
会議室で行われる激しい戦いを見守りながら、レインクルトは己の落ち度を恥じそう言う。
ハクアはもう、本当に無理なのだろう。なのにそれを正しく理解できず、ハクアに頼る布陣にしてしまった。
グレイがさらなる戦力増強をしていなければ、ここで崩壊していてもおかしくなかった。
「大丈夫だよ。彼らはみんな、ハクアのために戦っている。信じるんだ」
「うん……」
呪術によって操られた騎士達と、ハクアを守るために立ち上がった男達。
その激戦は、思いの差によって決着するだろう。
そして同時刻、またもう一つの激戦が別の舞台で繰り広げられていた。
第一騎士団の長レベルカと、貧民街の長グレイ。最強と呼ばれた二人が起こす戦いは、たった二人ながらこの戦場より苛烈になるはずだ――