姫騎士殺し   作:天野雪人

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第十三話 地下通路での戦い

「レインクルトめ。育ててやった恩を忘れたか! それほどに王位が欲しいのか。……あるいはあの兵器のためにこんな馬鹿なことをしたのか。どちらにしろなんたる愚か者だ!!」

 

 罵詈雑言を吐き捨てながら、暗い地下を駆ける男がいる。

 レベルカの呪術によって逃げ出した国王バルカンは、鬼の形相を浮かべながら王城から逃げ出していた。

 

「もう一度建て直しましょう。陛下がアザール帝国と繋がっているという事実はありません。必ず逆転できるはずです」

「貴様がいるからそれが難しくなるのだ。くそっ。レインクルトのことだ。すでに根回しは終わっているだろう。レイズ家かアストロ家を頼るか」

 

 暗い地下を走りながら、バルカンはこの場を切り抜ける案を考える。

 レベルカの存在がバレてしまったのが非常に痛手だった。

 己の目的のためならアザール人だろうと関係ないと部下にしたバルカンだったが、いくら有能であっても敵国の人種を騎士団長にしたのは不味かった。

 

 戦争の真っ最中であるアザール人を要職につけるなど、それだけでアザール帝国との内通を疑われてもおかしくないことである。

 

「これならば薬を使ってでも貴様の目を変えるべきだったか」

「それも手ですが、失敗すれば私の力は半減します」

「ああ。わかっている」

 

 レベルカの言葉に、バルカンは憎々しげに吐き捨てた。

 もし薬を使って失敗すれば、目を失ったレベルカは大きく弱体化する。

 世界五指に入るその力を失うことを、バルカンは許容できなかった。故の失敗とも言えるだろう。

 

「取り敢えず、逃げ切ることだけを考えてください。この隠し通路も敵に知られています。安全ではございません」

「ああ。障害があれば取り除け」

 

 会話はそこで中断され、この場から逃げ切るために二人は全速力で走っていた。

 ここは王城の地下に掘られた脱出用の隠し通路。王族しか知らぬ通路であるが、敵は同じく王族であるレインクルト。

 隠し通路の優位性はなく、ただの近道でしかなかった。

 

 整備は程々の、荒れた土の道を踏み締める。水脈が近くにあるのか天井からは水滴が落ち、より道を荒らしていた。

 このような道に慣れていないバルカンは、舌打ちをしながら必死で走る。

 

「くそっ。なぜこのようなことに」

 

 泥濘(ぬかるみ)に足を取られそうになる度、栄光からの転落を感じた。

 世界の王の座が目前に迫っていたというのに、あっという間に敗走だ。

 これほど惨めなことはない。バルカンは憎悪と怒りを燃やし、復讐を胸に誓った。

 

 そうしてバルカン達は、幾つもの通路が交わる大広間にたどり着いた。

 ある程度整備された空間で、天井も高い。ここからは楽に走れるだろう。

 あとは一番奥の通路を進めば、王都から遠く離れた場所にある古井戸に出られる。

 

 そのはずだ。

 

「っ陛下。お待ちください!」

「なんだ。あと少しでは──」

 

 大広間に足を踏み入れた瞬間、レベルカはバルカンを制して剣を抜いた。

 それに怒鳴りながらもバルカンは大広間に視線をやって──

 

「マヌル人……」

「よお。待ってたぜ」

 

 待ち構えていたグレイに、一気に冷や汗を掻いた。

 

「……なぜだ」

「なぜ? 逃走する可能性を潰すためだ。レインクルト様に言われてここに俺はいる」

「クソがああああ!!」

 

 バルカンは激昂した。

 無論あの場にグレイの姿が見えないことは気になっていた。ハクアがいて、マヌル人がいて、なぜかグレイだけがあの場にはいない。

 その意味が、ここにきてわかった。

 

 最強の手札であるグレイを、最も可能性の高い逃走経路に配置していたのだ。

 

「陛下。どうやら一人のようです。私にお任せを」

「頼んだぞ。ハクアをたぶらかしたこのマヌル人を殺すのだ!」

 

 しかしグレイを前にしても、バルカンはそれ以上慌てなかった。

 それは腹心たるレベルカへの絶対的な信頼がなせるものだろう。

 

 呪術の天才レベルカは、もしアザール帝国にいれば帝国最強の座に付いていただろう実力者。

 世界五指に入る化け物であることは確かだった。

 

「ここまでだ。あんたらがいたら、ハクアは幸せにはなれない」

「あれが幸せだと? もはや人ではないあれの幸せなど、願う意味すらないわ」

「それが父親の言うことかよ」

 

 バルカンの言葉に、グレイは吐き捨てる。

 親などほぼ覚えていないグレイであっても、親であるなら子を大切に思う気持ちがあると信じている。

 しかしバルカンは、ハクアを娘として一切見ていなかった。

 

「あれは兵器だ。国家に利益をもたらすことが存在意義。身勝手に幸せを追い求めるなど、ありえん話だ!」

 

 そうバルカンは本心から叫ぶ。嘘だと信じたい言葉だったが、その目にはハクアへの愛が一切感じられなかった。

 

「ハクアが幸せなど求めるようになったのは、貴様のせいだろう。やはり無理をしてでも消すべきだったか。レベルカ!」

「はっ!」

 

 レベルカはその号令で、一気にグレイへと跳んだ。

 

「ちっ。やっぱり俺の相手はお前になるか。レベルカ・アーナ」

「マヌル人よ。陛下のご命令だ、死んでもらう」

 

 マヌル人最強の男と、呪術師最強の女。

 世界五指に入る実力者による戦闘は、王城の地下深くで勃発する──

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