姫騎士殺し   作:天野雪人

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第十四話 レベルカVSグレイ

 レベルカ・アーナは傑物である。

 

 彼女はバルカンが王位を取った三十年前の内戦でも活躍し、ハクアが生まれるまで王国最強の名を欲しいままにした女傑だ。

 その力は歳を取ろうと陰ることはない。

 

 彼女が世界五指に入る実力者であることは間違いなかった。

 

「呪いよ、増強しろ」

「っ!」

 

 レベルカから膨大な呪いが吹き荒れる。

 触れるだけで呪われそうになるそれを纏いながら、グレイへと迫り来た。

 

「闘術、起動」

 

 それを闘術全開にすることでグレイは防ぎつつ、剣と剣を打ち合わせた。

 すれば空気は揺れ、地下も大きく揺れ動く。

 

 世界トップクラスの戦いは、一合の余波で大きな被害を生み出した。

 

「月下が最強だが、一応一番強い日の俺なんだけどな。バケモンだろ」

「それをお前には言われたくないなマヌル人」

 

 剣を一度合わせただけで、互いに互いが実力者であると確信する。

 油断できる要素は一切なく、全身全霊を以て戦う相手である。

 

「そんな強いのに、なんであんな奴に従ってるんだ?」

 

 だからこそグレイは不思議になり、レベルカにそう問いかけた。

 それにレベルカはピクりと反応し、より剣戟は激しくなる。

 

「祖国での政戦に敗れ、命からがら逃げ出した私を救ってくださったのが陛下だ。この命は、すでに陛下に捧げている」

 

 激しい剣戟の最中、レベルカからは呟かれるようそんな言葉が紡がれた。

 命の恩人であるからバルカンに信望を寄せる。己を処刑しようとした国だから、祖国を恨む。そういう思いがあるのだろう。

 

「ハクアを呪って、戦わせて、本当に良いと思ってるのかよ」

「陛下がそれを願った。ならば私は、それを叶えるだけだ」

 

 レベルカには、凡そ良心と呼べるものは見当たらなかった。

 ハクアを案ずる気持ちは垣間見えることもなく、どこまでも目的を叶える兵器としか思っていない。

 

「そもそもあれは人ではない。何を思えと言うのだ」

「クソくだらねえこと言うなよ。ハクアが人じゃねえだと!! あんな必死で頑張って、泣いてる奴が人じゃねえとか、冗談でも言うんじゃねえ!!」

 

 グレイはハクアへの冒涜に激昂し、より剣を振る力が強くなった。

 これがハクアを苦しめてきた者の正体だ。こんな奴らがいるから、ハクアはずっと幸せになれなかった。

 

 ハクアという人格を見ずに、姫騎士たる力だけを見る。だからこそ人ではないなどという感想が出てくるのだ。

 

「ハクアを呪って戦わせた、お前は絶対許さねえ」

「なるほど。解呪されたか。故の叛逆なら、私の落ち度が大きいな。お前を殺して、挽回するとしよう」

 

 そう言ったレベルカは、纏う呪いがより濃くなる。

 そして呪術の真影を発動した。

 

「奥義だ。──『呪泥遊戯(じゅでいゆうぎ)』」

 

 まるで世界が塗り替わるように、広い地下にどこからともなく現れた泥が降り注ぐ。

 それは地面を侵食し、呪いを含んだ泥によって地下は一瞬で満たされた。

 

「これはっ」

 

 グレイの足も泥に囚われ、足首の辺りまで泥が満ちる。

 それはレベルカも同じだが、彼女は泥を意に介すことなくまるで障害など何もないように振る舞っていた。

 

 これが、呪術の奥義なのだろう。

 戦場を作り替え、己の有利に無理やり持ち込む。

 異界から援軍を呼び込む魔術の奥義や、全てを癒し元通りにしてしまう聖術の奥義とも違う、呪いの力だ。

 

「お前は奥義を使えまい。使えるなら私は白旗を振るしかなくなるが、その年で辿り着くはずがないな」

「ちっ」

 

 その言葉は図星である。

 マヌル人最強の座に着こうと、グレイは未だ道半ば。

 闘術の奥義に辿り着いていない。

 

 それは師匠にまだ教わっていないのもあるし、まだ年若いのも理由だ。

 アバンほど力が離れていれば奥義がなくとも実力で埋められるが、レベルカほどの実力者であれば、奥義の有無は勝敗に大きく関わってくる。

 

「お前はいずれ私を超えるだろう。クルル人の英雄も、マヌル人の英雄も、世界に名だたる実力者達も、全て超えうる逸材だ。それを消さねばならないのは、とても残念だ」

 

 その宣告と共に、地に満ちる泥が蠢いた。

 

「!」

 

 まるで生き物のように泥は蠢き、グレイを殺さんと殺到する。

 あの泥に呑まれれば、窒息して苦しみながら死ぬこととなるだろう。

 

「しゃらくせえ!」

 

 グレイは迫り来る泥を切り裂くが、無論泥はいくら切ったところで意味はない。

 また形を変えて、グレイを殺そうと迫るだけだ。

 

 切っても切っても切りがない。

 その上泥には呪いが含まれているのか、付着すれば力を奪おうと呪ってくる。

 こんなことをいくら繰り返していても意味はない。

 

 ならば手法を変え、グレイは一気にレベルカへと踏み込んだ。

 

「お前を倒せば、この泥も消えるだろう」

「なるほど。確かにそうだな」

 

 剣と剣が打ち合って、それで泥が揺れる。

 しかしレベルカへ、剣は届かなかった。

 

「残念ながら、お前が私を倒すことはもうできない」

 

 泥がレベルカをサポートするように、グレイへ殺到する。

 そしてグレイの動きは徐々に鈍くなっていった。

 

「呪いに体が蝕まれていることだろう。もう本来の力を出すこともできない。さあ、死ね」

「死なねえよ!」

 

 剣を振り、何度も何度もレベルカと打ち合う。

 迫り来る泥も振り払い、必死でグレイは戦い続けた。

 

 だが、届かない。呪いの泥がグレイの攻撃を妨げて、その上泥に触れれば力が抜けていくような感覚に陥った。

 この戦場がすでにレベルカの支配下に置かれている。ここで戦う限り、グレイの勝利はないだろう。

 

 レベルカという最強の敵。

 それをサポートする蠢く泥。

 グレイを蝕み、力を奪い取ろうとする呪い。

 

「くだらねえ」

 

 その事実に、グレイは忌々しげに吐き捨てる。

 真正面から戦って、レベルカに届くビジョンが見えなかった。

 

 これが奥義を使えるか否かの差。グレイの剣がレベルカへ届かぬ絶対的な理由である。

 

 しかし同時に、グレイも何故か死ななかった。

 戦場はレベルカ有利に傾いているはずなのに、全てを捌き切って戦い続ける。

 それはレベルカの想定外だ。

 

 そして想定外は、これから先も続いていく。

 

「本当に下らねえよ。俺だけの力で、お前が倒せないことがな!」

「……?」

 

 レベルカは、その言葉の意味がわからなかった。

 だから――その一手を防げない。

 

 グレイはレベルカから視線を切り、一気に跳躍して天井へと向かう。

 だがその先に待っているのは岩壁であり、無論泥はグレイを逃さんと殺到する。逃げ場は、ない。

 

「さあ、来い!」

 

 しかしグレイの目的は、その岩壁にこそあった。

 グレイの剣は、たった一撃で天井を穿つ。

 天井部分は大して整備もしていない故に、何の抵抗もなく天井には穴が空いた。

 

 それと同時に降り注ぐ、水だ。

 

「何っ!?」

 

 それを見て、初めてレベルカは焦りの表情を浮かべた。

 

 この近くに水脈が通っているのは知っていた。それにより泥濘んだ地面に、バルカンは舌打ちをしていたのだから。

 だがそれだけだった。それを利用するなど、レベルカは想定していない。

 

 降り注ぐ水はレベルカの生み出した泥を薄め、書き換えられていた戦場を平等な状態へと無理矢理戻す。

 

「馬鹿な! マヌル人!!」

 

 レベルカの顔には大きな焦りが浮かび、すぐに動き出そうとする。

 だが、グレイの方が早かった。

 

「さあ、これで終わりだ」

 

 天井から降り注ぐ水はあっという間に動けぬほどに深くなり、されどその上をグレイは駆ける。

 闘術によって肉体を強化したグレイだからできるその荒技で、泥水により足を取られたレベルカへ迫った。

 

「はあっ!!」

「ぐううっ」

 

 グレイの剣は、受け止めようとしたレベルカの剣を叩き折り、そのまま脳天を直撃する。

 直前で刃をずらしたため真っ二つにはならなかったが、レベルカはその衝撃で気絶し倒れ伏した。

 

 暫く油断なく見守るが、水面に倒れたレベルカは起き上がることなく気絶したまま。

 それを確認し、グレイは漸く息をついた。

 

「はぁ……しんどい戦いだった」

 

 気絶したレベルカを溺死しないよう担ぎながら、グレイは歩き出す。

 

「王は逃げたか……追わねえと」

 

 バルカンの姿はどこにも見えない。戦いの最中に逃げ出したのだろう。

 奴が通ったであろう道を辿りながら、グレイは全速力で走り出した。

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