レインクルトは非常に上手くやっただろう。
作戦立案から一週間で全ての準備を整え、バルカンに動く隙も与えず一気に攻め落とす。
そしてレベルカの正体を喧伝し、それによりハクアが操られていたことを国民に伝えた。バルカンはハクアを、何でも言うことを聞く兵器にしようとしたのだ。
それは姫騎士を信奉する王国民にとっては許されざること。民意はレインクルトへ傾いた。
そして一夜にして行われた王の交代も、国に大きな混乱は見られない。
結局誰が王でも民は気にしないものだ。王がいなくとも国は回る。
百年以上の歴史を持ち、何回も血みどろの王位交代が起こったクリスタ王国は、そういう仕組みができていた。
しかし大きな混乱が見られないだけで、問題が何も起こらなかったわけではない。
まず一つが、アザール帝国が大軍を編成しているという情報である。
姫騎士ハクアによって前線を壊滅させられた帝国軍は、長年争っていた平野から撤退せざるを得なかった。
しかしアザール帝国は、一瞬で一万の兵を失ったというのに、撤退はしたものの降伏はしなかった。
前線を下げ、さらなる軍を編成しているらしい。
無論のこと新王レインクルトは和平を申し入れたが、アザール帝国の返答は否。
彼らは戦争を止めるつもりがなかった。
それは姫騎士ハクアの現状が漏れた故か、あるいはすでに引けるような状況でもないからか。
アザール帝国の真意はわからず、それに対抗するためクリスタ王国の軍部も忙しい。
レインクルトが王になれば戦争が終わると誰もが思っていたが、そうはならなかった。
それが一つ目の問題だ。
そして二つ目の問題は、元国王バルカンについてだろう。
「許さん。絶対に、許さん……」
暗く閉ざされた部屋の中、そんな呪詛を吐く者がいる。
それが囚われの元国王バルカンだ。
敗北したバルカンは、帝国との内通の罪に問われて幽閉。審判の時を待つばかり。そんな状況だった。
しかしバルカンは、一切諦めていない。
レベルカは確かにバルカンの部下であるが、アザール帝国と内通したという事実はなかった。
故にどれだけ探ろうと、証拠が出てくることはない。
だからこそ、バルカンは諦めない。
必ず復活し、レインクルトを処刑しようと殺意を燃やしていた。
欲深く、執念深く、手段を選ばない。それがバルカン・G・クリスタという人間だ。
そんなバルカンが生きているかぎり、レインクルト達に安寧が訪れるはずがないだろう。
「……ん?」
そして怒気を顔に宿していたバルカンは、ふと顔を上げた。
ここは罪を犯した要人専用の牢獄。誰かがやってくることはない。
決まった時間に食事だけ運ばれてくるが、先ほど夕食が運ばれてきたばかりだ。
なのに、気配を感じた。
――ガチャ。
挨拶もなく、扉が開いた。
まさか誰かが助けにきてくれたのか。バルカンの顔に浮かぶのは希望だ。
「……え?」
だがその顔を見て、すぐに絶望へ変わった。
「お前は……あ、いや。なぜだ」
入って来たのは一人の人間。そいつをバルカンは知っている。
こいつは、本来ここにいてはいけないはずの人間だ。
そして腑に落ちた。
レインクルトが突入してくる前、王城の者達を全員気絶させたのはこいつだ。
理由は決まっている。
「なぜだああああああ!!」
バルカンを、殺すためだ――
この日、バルカン・G・クリスタは暗殺された。
死因は毒殺。下手人は不明
さらに同時期、バルカン政権発足時の貴族達も次々と毒殺され、王都には一時の混乱が訪れた。
しかしレインクルトが事態を収束させ、大きな話題になることもなく風化する。
それが二つ目に起きた問題である。
◇
「調査の結果、やはり下手人は不明です。兵団と騎士団で共同捜査をしましたが、手掛かり一つ掴めません」
「そうか。感謝する」
王城の執務室。そこで国王レインクルトと王国兵団団長レイノルドは、此度の問題について話し合っていた。
先日暗殺された元国王バルカンであるが、無論のことレインクルトは関与していない。これはレインクルトとしても寝耳に水な出来事だった。
国王として暗殺は許さないと総力を挙げて調査をしたが、結果は一切不明。
「ハクア様にも協力していただいた上での結果なので、もうこれ以上は」
「そうか。なら切り上げて良い」
「はっ!」
レインクルトは調査の打ち切りを告げて、深く息を吐く。
その心中は複雑な思いだ。
バルカンは裁判にて完全に失脚させようと準備を進めてきた。より完璧で誰もが納得できる王位交代にしようとしたのだ。
しかしそれが頓挫し、バルカンは暗殺という結果だ。
その他バルカンに味方をする貴族も纏めて暗殺され、それはレインクルト達にとってはプラスになっただろう。
邪魔をする者は、誰一人としていなくなった。
しかし、誰がどんな理由でしたのかが見えてこない。
もしレインクルトを味方にする意思があってのことなら、あまりありがたくないことだ。
レインクルトはバルカンと違い、目的のためならば何でもする男ではない。
暗殺など、レインクルトにとって唾棄すべきことだった。
「……切り替えよう。悩んでいる暇はない」
「そうですね。今は、アザール帝国です」
「ああ」
憂いはあれどレインクルトは再度息を大きく吐き、今一番やらねばならないことへ注視する。
バルカンの暗殺も懸念事項であるが、差し迫った危機は大軍を編成しているというアザール帝国だ。
「帝国内でも、なぜ和平を結ばないのかという意見が大多数のようです」
「……普通なら、和平を受け入れるだろうね」
此度の戦争にて大敗したアザール帝国。その帝国に対し、レインクルトは王になってからすぐに和平を申し入れた。
これ以上侵攻することはなく、これで終わりにしようというものだ。
一万の兵を失い、さらなる侵攻の危機にあるアザール帝国は一にも二にも受け入れるはずの条件だった。
だが、受け入れない。
「おそらくは、意地やプライドの類いでしょう。そもそもこの戦争が続いているのも、それが原因です」
「そうだね。なんとも下らない話だ」
その言葉に、レインクルトは溜め息をついた。
すでにこの戦争に理由なんてないのだ。かつては理由もあったが、長く戦争をしすぎて今はそれも全て消え失せた。
ただプライドと意地だけで戦争を続けて、沢山の人が傷ついている。
それがクリスタ王国とアザール帝国との戦争だった。
「そうやって戦争を続けるのは、戦場にいかず権力を持った老人達です。この戦争を止めるのは非常に難しいでしょう」
「……そうだね。だが、困ったな。ハクアはもう戦えない。果たしてハクアなしで、僕らはアザール帝国に勝てるのか」
姫騎士ハクアは戦えない。それがレインクルト達が頭を悩ます一番の理由だ。
現在のハクアはただの象徴。すでに騎士としての任務はほぼ何もしていない。
心が壊れたハクアは、もう戦場に行けるような状況ではなかった。
しかしこの国は、ハクアありきで成り立つ国だ。
元国王バルカンは、姫騎士ハクアが全てを解決する前提で軍を編成してきた。故にハクアなき今、国防に大きな不安を抱えていた。
「……どうにかするしかない」
「はい。我々も全力でこの国をお守りします」
「うん。第一騎士団の再編成が終われば、民間からも積極的に兵を集めよう。ハクアに頼り切る組織作り自体が間違っているんだ。一から作り直すよ」
レインクルトはそう言って立ち上がった。
不安もある。恐怖もある。
しかし全て覚悟したはずだ。
王になる準備は幼少の頃から進めてきたし、ただそれが早まっただけ。
元々レインクルトはこの国を背負って立つ運命を持っていた。故に立ち止まることは許されない。
「一度、ハクアの下へ行こう。グレイ君に相談したいこともある」
「はっ。護衛をすぐにお呼びします!」
レインクルトは抱える問題の勝機を見いだすべく、ハクアとグレイの愛の巣へと足を運ぶことにした。