姫騎士殺し   作:天野雪人

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第十六話 二つの問題

 レインクルトは非常に上手くやっただろう。

 作戦立案から一週間で全ての準備を整え、バルカンに動く隙も与えず一気に攻め落とす。

 そしてレベルカの正体を喧伝し、それによりハクアが操られていたことを国民に伝えた。バルカンはハクアを、何でも言うことを聞く兵器にしようとしたのだ。

 それは姫騎士を信奉する王国民にとっては許されざること。民意はレインクルトへ傾いた。

 

 そして一夜にして行われた王の交代も、国に大きな混乱は見られない。

 結局誰が王でも民は気にしないものだ。王がいなくとも国は回る。

 百年以上の歴史を持ち、何回も血みどろの王位交代が起こったクリスタ王国は、そういう仕組みができていた。

 

 しかし大きな混乱が見られないだけで、問題が何も起こらなかったわけではない。

 

 まず一つが、アザール帝国が大軍を編成しているという情報である。

 姫騎士ハクアによって前線を壊滅させられた帝国軍は、長年争っていた平野から撤退せざるを得なかった。

 

 しかしアザール帝国は、一瞬で一万の兵を失ったというのに、撤退はしたものの降伏はしなかった。

 前線を下げ、さらなる軍を編成しているらしい。

 

 無論のこと新王レインクルトは和平を申し入れたが、アザール帝国の返答は否。

 彼らは戦争を止めるつもりがなかった。

 

 それは姫騎士ハクアの現状が漏れた故か、あるいはすでに引けるような状況でもないからか。

 アザール帝国の真意はわからず、それに対抗するためクリスタ王国の軍部も忙しい。

 レインクルトが王になれば戦争が終わると誰もが思っていたが、そうはならなかった。

 

 それが一つ目の問題だ。

 

 そして二つ目の問題は、元国王バルカンについてだろう。

 

 

 

「許さん。絶対に、許さん……」

 

 暗く閉ざされた部屋の中、そんな呪詛を吐く者がいる。

 それが囚われの元国王バルカンだ。

 

 敗北したバルカンは、帝国との内通の罪に問われて幽閉。審判の時を待つばかり。そんな状況だった。

 しかしバルカンは、一切諦めていない。

 

 レベルカは確かにバルカンの部下であるが、アザール帝国と内通したという事実はなかった。

 故にどれだけ探ろうと、証拠が出てくることはない。

 

 だからこそ、バルカンは諦めない。

 必ず復活し、レインクルトを処刑しようと殺意を燃やしていた。

 

 欲深く、執念深く、手段を選ばない。それがバルカン・G・クリスタという人間だ。

 そんなバルカンが生きているかぎり、レインクルト達に安寧が訪れるはずがないだろう。

 

「……ん?」

 

 そして怒気を顔に宿していたバルカンは、ふと顔を上げた。

 ここは罪を犯した要人専用の牢獄。誰かがやってくることはない。

 決まった時間に食事だけ運ばれてくるが、先ほど夕食が運ばれてきたばかりだ。

 

 なのに、気配を感じた。

 

 ――ガチャ。

 

 挨拶もなく、扉が開いた。

 まさか誰かが助けにきてくれたのか。バルカンの顔に浮かぶのは希望だ。

 

「……え?」

 

 だがその顔を見て、すぐに絶望へ変わった。

 

「お前は……あ、いや。なぜだ」

 

 入って来たのは一人の人間。そいつをバルカンは知っている。

 こいつは、本来ここにいてはいけないはずの人間だ。

 

 そして腑に落ちた。

 

 レインクルトが突入してくる前、王城の者達を全員気絶させたのはこいつだ。

 

 理由は決まっている。

 

「なぜだああああああ!!」

 

 バルカンを、殺すためだ――

 

 

 

 この日、バルカン・G・クリスタは暗殺された。

 死因は毒殺。下手人は不明

 

 さらに同時期、バルカン政権発足時の貴族達も次々と毒殺され、王都には一時の混乱が訪れた。

 しかしレインクルトが事態を収束させ、大きな話題になることもなく風化する。

 

 それが二つ目に起きた問題である。

 

 

 ◇

 

 

「調査の結果、やはり下手人は不明です。兵団と騎士団で共同捜査をしましたが、手掛かり一つ掴めません」

「そうか。感謝する」

 

 王城の執務室。そこで国王レインクルトと王国兵団団長レイノルドは、此度の問題について話し合っていた。

 

 先日暗殺された元国王バルカンであるが、無論のことレインクルトは関与していない。これはレインクルトとしても寝耳に水な出来事だった。

 国王として暗殺は許さないと総力を挙げて調査をしたが、結果は一切不明。

 

「ハクア様にも協力していただいた上での結果なので、もうこれ以上は」

「そうか。なら切り上げて良い」

「はっ!」

 

 レインクルトは調査の打ち切りを告げて、深く息を吐く。

 その心中は複雑な思いだ。

 

 バルカンは裁判にて完全に失脚させようと準備を進めてきた。より完璧で誰もが納得できる王位交代にしようとしたのだ。

 しかしそれが頓挫し、バルカンは暗殺という結果だ。

 

 その他バルカンに味方をする貴族も纏めて暗殺され、それはレインクルト達にとってはプラスになっただろう。

 邪魔をする者は、誰一人としていなくなった。

 

 しかし、誰がどんな理由でしたのかが見えてこない。

 もしレインクルトを味方にする意思があってのことなら、あまりありがたくないことだ。

 

 レインクルトはバルカンと違い、目的のためならば何でもする男ではない。

 暗殺など、レインクルトにとって唾棄すべきことだった。

 

「……切り替えよう。悩んでいる暇はない」

「そうですね。今は、アザール帝国です」

「ああ」

 

 憂いはあれどレインクルトは再度息を大きく吐き、今一番やらねばならないことへ注視する。

 バルカンの暗殺も懸念事項であるが、差し迫った危機は大軍を編成しているというアザール帝国だ。

 

「帝国内でも、なぜ和平を結ばないのかという意見が大多数のようです」

「……普通なら、和平を受け入れるだろうね」

 

 此度の戦争にて大敗したアザール帝国。その帝国に対し、レインクルトは王になってからすぐに和平を申し入れた。

 これ以上侵攻することはなく、これで終わりにしようというものだ。

 

 一万の兵を失い、さらなる侵攻の危機にあるアザール帝国は一にも二にも受け入れるはずの条件だった。

 だが、受け入れない。

 

「おそらくは、意地やプライドの類いでしょう。そもそもこの戦争が続いているのも、それが原因です」

「そうだね。なんとも下らない話だ」

 

 その言葉に、レインクルトは溜め息をついた。

 すでにこの戦争に理由なんてないのだ。かつては理由もあったが、長く戦争をしすぎて今はそれも全て消え失せた。

 

 ただプライドと意地だけで戦争を続けて、沢山の人が傷ついている。

 それがクリスタ王国とアザール帝国との戦争だった。

 

「そうやって戦争を続けるのは、戦場にいかず権力を持った老人達です。この戦争を止めるのは非常に難しいでしょう」

「……そうだね。だが、困ったな。ハクアはもう戦えない。果たしてハクアなしで、僕らはアザール帝国に勝てるのか」

 

 姫騎士ハクアは戦えない。それがレインクルト達が頭を悩ます一番の理由だ。

 現在のハクアはただの象徴。すでに騎士としての任務はほぼ何もしていない。

 心が壊れたハクアは、もう戦場に行けるような状況ではなかった。

 

 しかしこの国は、ハクアありきで成り立つ国だ。

 元国王バルカンは、姫騎士ハクアが全てを解決する前提で軍を編成してきた。故にハクアなき今、国防に大きな不安を抱えていた。

 

「……どうにかするしかない」

「はい。我々も全力でこの国をお守りします」

「うん。第一騎士団の再編成が終われば、民間からも積極的に兵を集めよう。ハクアに頼り切る組織作り自体が間違っているんだ。一から作り直すよ」

 

 レインクルトはそう言って立ち上がった。

 

 不安もある。恐怖もある。

 しかし全て覚悟したはずだ。

 

 王になる準備は幼少の頃から進めてきたし、ただそれが早まっただけ。

 元々レインクルトはこの国を背負って立つ運命を持っていた。故に立ち止まることは許されない。

 

「一度、ハクアの下へ行こう。グレイ君に相談したいこともある」

「はっ。護衛をすぐにお呼びします!」

 

 レインクルトは抱える問題の勝機を見いだすべく、ハクアとグレイの愛の巣へと足を運ぶことにした。

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