戦場というものを、グレイは知らない。
幾度となく戦い、ギャング達との抗争でも勝ち続けたグレイであっても、本物の戦場というのは遠い世界のものだった。
それは一ギャングとの戦いとはレベルが違う。大国と大国同士の戦い。
片方はたった一人の最高戦力に頼り切り、それを欠いた陣営。
片方は一万の兵を失うも、意地とプライドでさらなる大軍を興した陣営。
残念ながらグレイが属することになったのは前者だ。
ハクアありきで編成されていたクリスタ王国軍は、やはり士気が低い。
呪いによって一時的に療養している、ということになっているが、兵士達は肌で感じていることだろう。
姫騎士ハクアはもう立ち上がれないのではないか、と
上層部は一時的なものだというが、兵士達の勘は鋭い。彼らは漂う空気から察するのだ。
それ故に、戦場には独特の空気が流れていた。
「……緊張感があるな」
「そうっすね」
クリスタ王国とアザール帝国との境にある平野。そこを手中に収め、前線は巨大な大河に移っていた。
浅い河だが、幅が広い。アザール帝国が築いた橋は壊されていて、この大河を挟んで睨み合う両軍だ。
大河が間にあることでまだ戦端は開かれていないが、いつ始まるかはわからない。
今はそんな状態だから、大きな緊張感がその場には漂っていた。
「まあ、やるしかないな」
「はいっす」
陣地の端に連れてきた者達を待機させ、この場の最高責任者たるレインクルトの下へ挨拶に行かねばと歩き出す。
歩きながら周囲を見れば、見知らぬ者も多くいた。
地方に配置されている第四~第六騎士団まで連れてきて、国王直々に戦場にやってくる事態。それだけで、ハクアがいない穴がどれほど大きいかがわかるだろう。
「やあグレイ君。来てくれてありがとう」
「レインクルト様。ご命令により、参上しました」
戦場にたどり着いたグレイとレインクルトは挨拶を交わす。
それを多くの者に見せつけることにより、マヌル人が新王に従っていることをアピール。
マヌル人は大丈夫なのかという不安を払拭すると共に、マヌル人の地位向上を目的としていた。
「さて騎士団長を紹介しておきたかったけど、今いるのはアイゼンだけか」
レインクルトは周囲を見まわし、一人の男を近くに呼ぶ。
緑色の髪をしたどこかチャラついた年若き男であるが、騎士服に身を包み放つ覇気は隠せていない。
「何すか。レインクルト様」
「紹介しよう第六騎士団団長アイゼンだ。まあ見ての通りの男であるが、実力は本物さ」
「ああ。どもどもアイゼンだ。いろいろ話は聞いてるぜグレイ」
国王を相手しても非常に軽く礼儀もあまりないが、気さくな男とも見えるだろう。
グレイとしても悪人には見えず、堅苦しくない態度は好感を持てた。
「グレイだ。よろしく頼む」
「おう! でさ……お前ってハクア様の男なんだろ」
「っ!?」
アイゼンは礼儀など知ったことではないとばかりに、初対面のグレイに単刀直入にそう聞いてくる。
それにグレイ達は目を見開いた。
「アイゼン。それはあまり公には言えないことだ」
「わかってますよレインクルト様。でも、気になるっしょ。別に言いふらすつもりはない」
王に注意されようと、アイゼンの態度が変わることはない。この態度をバルカンにもやっていたならば、地方で騎士団長をやっていたのも納得だ。
「……まあ、そうだ」
「へえ」
そんなアイゼンに対し、グレイは真っ直ぐとそう告げる。
知っているなら隠すものではなく、これからそれを世間に認めさせるために頑張らねばならない。
故に逃げずにそう告げた。
「異人種の恋ってのは良いね。でも茨の道だ」
「わかっている。覚悟の上だ」
「いいね。最高だ。一緒に頑張ろうグレイ。この戦争で活躍すれば、その道も一歩進めるだろう!」
「うおっと」
アイゼンはぐっと肩を組んでくると、そう笑いながら言ってくる。
マヌル人に対する差別的な感情は特に見えず、非常に珍しい貴族と言えるだろう。
距離感はおかしいし礼儀もなさそうだが、悪い人間ではない。
それがこのアイゼンという騎士団長だ。
◇
クリスタ王国軍に組み込まれたグレイ達だが、やはり騎士達はあまり良い顔をしなかった。
特に第二騎士団長のアバンなどは、挨拶をしても無視するほど。
もはやそういうものと割り切るしかないが、せっかく来たのにその態度は傷つくものだ。
対して兵士達には歓迎された。
差別意識以上に、戦力が増えることの方が重要なのだろう。
グレイの部下達は、そんな王国兵団の指揮下に入ることとなる。
彼らなら、共に戦えるはずだ。
「よしよし。グレイ。俺達は特別だ。最強達と戦うのが役目だからな」
そしてグレイは、部下達と離れて別の場所にいた。
そこは戦場を広く見渡せる高台であり、騎士団長を含む、騎士団の精鋭が集まっている場所だ。
無論のことグレイにとってはあまり居心地が良くない。
「まあつまり、敵は呪術師達だろ」
「そうだ。だがあっちは国中から呪術師を集めている。対してこっちは少ないな。厳しい戦いだ」
「おいアイゼン! 王国を愚弄する気か!」
「アバンさん。違うでしょ。そうやって盲目的になっていないで、現実を見なきゃ」
親切に教えてくれるアイゼンに、騎士団長アバンが激怒した。
しかしアイゼンはどこ吹く風。挑発するように舌を出す。
「うごおおおおお!!」
「すぐにかっとなるのは、アバンさんの悪い癖だ」
怒りで顔を真っ赤にするアバンを無視し、戦場へと視線を向ける。
「大河の向こう側に凄まじい数のアザール兵がいるな。あれを全部、ハクア様が倒してくれた。恐ろしい話だよ」
「だな……」
姫騎士ハクアの偉大さは、あの敵の大軍をみればわかる。
高台から戦場を見つめれば、地を埋め尽くすアザール人の兵を見ることができた。
これが意味もない戦いで動員された兵士の数だ。
本当に下らない。グレイは軽く舌打ちをする。
「俺達がハクア様の代わりにならないといけない。その意味をこれからタンと理解することになるんだろうな」
そう言ったアイゼンの顔には、ふざけるような色が一切なかった。
じっと戦場を見つめて、覚悟を決めるように息を吐く。
彼はやはり戦士だ。チャラついた不真面目な人間ではないのだろう。
「行こうか。ハクア様に頼り切っていたツケを払いにな」
「ああ……」
グレイもふっと息を吐いて空を見上げた。
今日は三日月。それも昼間。闘術の出力は最低レベル。
これが闘術の弱点だ。
満月の夜であれば最強になれたグレイだが、時期によって強さにバラつきが出る。
「……奥義か」
闘術の奥義は、その弱点を補ってくれるものらしい。
そう師匠は言っていた。
だがそこへたどり着く道は未だ見えない。
闘術の奥義は最強である。
異界より魔を呼び出し使役する『魔王降臨』
全てを癒し全てを巻き戻す『泡沫舞踊』
場を書き換え支配する『呪泥遊戯』
そしてマヌル人の中に眠る最古の血を呼び覚ます闘術の奥義。
「師匠はなんて言っていたかな」
ああ、ふと思い出せばとても難しい事を言っていただろう。
――闘術の奥義は最強だ。しかしグレイにはまだ早いな。今使えば始まるのは獣狩りだ。狩人がいなくなるまでは、教えることはできないな。
その言葉の意味を、グレイはまだ知らない。