「さて、俺達も配置につくか。いくぞグレイ」
「ああ。了解した」
すんすんと何かを嗅いで、立ち上がったアイゼンはそう言ってグレイを導く。
他の者達も個々に持ち場につき、始まるであろう戦闘に備えた。
「まあ基本的には俺と一緒に敵の強い奴をぶっ殺す。それだけだ」
「シンプルだな。わかりやすい」
「だろ。まあ、ハクア様がやっていたことの代わりだ」
このアイゼンという男はかなりの強者なのだろう。それを裏付けるように覇気と自信が満ちあふれている。
レベルカが幽閉されている今、騎士団最強はアイゼンだ。それは肌で感じ取れた。
「まあ呪術師もレベルカさんより弱い奴らばかりだ。倒したお前なら、問題ないだろ」
「……だと良いな」
「自信なさげだな」
「あるさ。……でも、あの時の力は今は出せない」
グレイは己の手を見た。闘術は発動しているが、オーラは出ていない。
やはり、出力が弱い。これではアバンとどっこいどっこいと言ったところか。
レベルカを打倒した時の力が、今はない。これは厳しい戦いになるだろう。
「いろいろありそうだな。さて、気を引き締めろよ。始まりそうだ」
アイゼンは背負っていた槍を握り、戦場を見つめる。
大河の向こう側では、アザール帝国軍が動き出そうとしていた。
しかし河を渡ってこちらへ来るならば、魔術の格好のマトである。
いくら多勢だろうとその有利をどぶに捨てるようなもの。そう思った瞬間だった。
「来てるねえ。アザール帝国の最強呪術師達が――」
空が暗くなり、呪いがアザール帝国軍に満ちた。
それは人々を狂化させ、恐怖を忘れさせて命令通りに動く至高の兵士を完成させる。
彼らは恐れることなく河を渡り、敵を殺戮するだろう。
その道を切り開くのが、呪術師だ。
一人の男が河をゆっくりと歩きクリスタ王国軍に近づいてくる。
それに対しこちらの魔術師は射程内に入ればすぐさま魔術を撃ち放った。
しかし――効いていない。
「さあ! 続け! アザール帝国の勇敢なる戦士達よ!」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
呪いによって命令通りに動く兵士に変えられ、その男の導きのままに河を渡りだす。
放たれる魔術はたった一人の男が全て防ぎ、兵士達を安全に進軍させていた。
「あいつと戦うのが俺達の役目か?」
「そういうこと。アザール帝国の最強だ。それ以外にも沢山の呪術師が控えている。命を大事に任務を遂行するとしようか」
アイゼンとグレイは頷き合って、戦場の中心に突撃した。
連携などはなにもなく、ただ個々の力に任せたゴリ押し。
本当にこれで良いのかと疑問に思いながらも、やるしかない。
姫騎士ハクアはやっていたのだから。
真正面から突撃すれば、アザール兵と相対することになる。
しかし彼らは標的ではない。敵は軍を導く一人の呪術師だ。
「命いただき!」
「……なるほど」
アイゼンの槍が男に迫り――何かに弾かれるように当たらない。
だがアイゼンはそれを想定していたのか特に驚くこともなく、呪術師の男と相対した。
そしてグレイは男を挟むようアイゼンの反対側へ行く。
これで二対一。
「騎士団長に……マヌル人。私の持つ知識がどれほど正確か。ああ、わからぬことだ。しかしながらお前達が来てくれて助かったとも言えるだろう」
「おしゃべりな野郎だな」
「なに。対話は重要だ。それをなせば争いは起こらない。此度の反省は対話ができなかった故のこと。そうして捻れ、この戦が巻き起こるのだよ。若造達」
男はとても不気味だった。
長髪であり、感情を読めぬ瞳。衣服は着崩し煙草も吸っているが、その覇気だけは本物だ。
「喝采だ! 戦だ! 始まったものはしかたがない。死ぬか生きるか。立ち上がれなくなるまで続く地獄の戦を始めよう」
男は全身から恐ろしいほどの呪いを放ち、一気に背後のグレイに突撃した――
「ぐうっ。はや」
「お前が一番強いと思った。故の不意打ちだが、さすがの一言だ」
男の武器はメリケンサックだった。
高すぎる身体能力によって繰り出されるその拳を体に受ければ、四散してもおかしくない。
それほどの力が、男にはある。
「私はガーネット。一応呪術師のトップだ。三途の川を見る前に、私の名を覚えてほしいね」
「そうかい。死なねえよ!」
彼はつまるところ、アザール帝国の最強。
ガーネットと名乗った呪術師からは、レベルカと遜色ない力をヒシヒシと感じる。
闘術の出力が最低レベルの今、極めて厳しい敵である。
◇
戦場から遠く離れたクリスタ王国の王都。
そこにある活気は、戦争が起きているとは思えぬほど賑やかだった。
国民達の顔には不安はなく、勝利への確信だけがある。
それは姫騎士ハクアが積み上げた平和の証。一人の少女の犠牲によって生み出されたものだ。
グリシャ・G・クリスタは、その光景に目を伏せていた。
「姉様。王都は、とても平和です。大丈夫ですよ。あの男が、必ず勝利に導いてくれます」
「……そうかな」
王城のバルコニーから城下町を見つめ、グリシャはそう告げる。
しかしその隣にいたハクアの顔が晴れることはなかった。
「グレイ……」
ぎゅっと痛いほど拳を握る。
その目元には隈が浮んでいて、ハクアが抱える不安の丈を表していた。
「姉様。少し休みましょう。大丈夫ですよ。だから、寝ましょう」
グリシャはハクアに、懇願するように訴えていた。
その言葉通り、ハクアはもう暫く寝ていない。寝られるはずがない。
愛する人が戦地に行ったことで、ハクアの心は張り裂けそうだった。
修復され、治ろうとしていた心は再度悲鳴を上げて、ハクアを不安と恐怖の渦に突き落とす。
「ううん。グレイが、頑張ってるんだよ。私の代わりに。私が、逃げたから。私が私のせいで……」
ハクアの目元から、ポロポロと涙が零れていた。
もう何度泣いたかわからず、頬には何度も涙をつたった跡がある。
何度も苦しみ、戦場の恐怖を知っているから涙が止まらないのだ。
全ては己のせいだと自責して、吐き気を堪えるように遠い戦場を見つめている。
「姉様……」
そんなハクアの様子に、グリシャもまた自責の念に駆られていた。
姉を助けるだの言って、やっていたのは望まぬ英雄道のサポートだ。
グリシャはただ、ハクアを苦しめただけだった。
その上、力がないから此度の革命でも蚊帳の外。寝て起きたら王が替わっていたのがグリシャの現状である。
だから、己の無力が嫌になった。
今もまた言葉で慰めることしかできない。大好きな姉を、グリシャは救うことができないのだ。
「……空。晴れてる」
「そうですね。とても天気が良いです」
「戦争って、夜は、起こらない、よね」
「……はい。夜戦はあまり、ないですね」
グリシャは聞きかじった知識でそう言うが、何度も戦場に行ったハクアが一番わかっているだろう。
故にそれは、ただの現実逃避だ。
「……行かないと」
ハクアは、最悪な事実に思い至ってしまった。
「グレイの、闘術。今、あまり効果でない」
闘術がどういうものか、グレイはハクアに教えてくれた。
それは満月の夜に真価を発揮し、新月の昼に効果がなくなる。
今は三日月。その昼間。
ハクアが信じた最強のグレイは、今居ないのだ。
「姉様!」
ハクアはバルコニーの柵に足を乗せ、一気に跳んだ。
向かうは戦場。ハクアが逃げ出して、もう二度と立てなくなった場所である。
「グレイ、待ってて!!!」
無論、怖い。怖くて怖くてたまらない。
しかしグレイを失うこと以上の恐怖など、どこにもないのだ。
グレイのためなら、ハクアはどれほど辛いことでもできる。
グレイがいない世界など、何の意味があるのだろう。
全ての恐怖に蓋をして、グレイのために戦地へ掛ける。
運命がハクアに姫騎士であることを強制し、英雄であることを求めた。
それはハクアに課された使命を果たさぬ限り、解くことなどできぬものなのだろう。