姫騎士殺し   作:天野雪人

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第二十二話 飽くなき渇望

 ハクアの力で勝利を収めた。

 しかしハクアは、アザール兵をほとんど殺せなかった。

 

 呼び出した魔王はアザール兵を河の向こう側に吹き飛ばし、大勢の怪我人を出したが死者はほとんど出ていない。

 そしてアザール帝国の呪術師達は全員無傷であり、依然としてクリスタ王国とアザール帝国には大きな戦力差が存在した。

 

 レインクルトは和平を申し出たが、当たり前のように取り合ってくれない。

 戦争はやはり終わらなかった。

 

 そして全ての運命を決定づける力を持つ姫騎士ハクアは、ずっとグレイの腕の中にいた。

 

「ハクア、大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 痛いほどグレイを掴んで、絶対に離さないとハクアは抱きつく。

 先ほどまでずっと震えて泣き続けていたが、グレイが側に居ることでようやく落ち着いてくれた。

 

 ここは後方に建設された天幕の中。グレイとハクアしかいない閉じた場所だ。

 人の目を極度に怖がり、英雄と称えられることを恐れたハクアは、グレイと二人きりじゃないと落ち着いてくれなかった。

 だからこそ大戦果を挙げたハクアは、表に出ることなくグレイと二人きりで引きこもっている。

 

「アザール帝国の人達は、帰った?」

「……ああ。もう大丈夫だ」

「もう、終わり?」

「…………」

 

 グレイは、押し黙った。

 真実を告げても、嘘を言っても、どちらも間違っている気がする。

 

 現状は何も変わっていない。ガーネットはどちらかが立ち上がれなくなるまで続く地獄の戦いだと言った。

 この戦いに理由はない。意地とか、プライドといった下らないものによって続く戦は、終わらせる条件が明確でないから質が悪い。

 

 ガーネットの言うとおり、どちらかが立ち上がれなくなるまで続くのだろう。

 これはそういう戦争だ。

 

「……グレイ?」

「大丈夫だ」

 

 不安げに見上げてくるハクアをそっと撫でて、グレイは己の弱さを酷く呪う。

 偉大な姫騎士の替わりになんて、なれる強さはなかったのだ。

 

「大丈夫だ……」

「……やれば、良いの?」

「ハクア?」

「わ、私が、ぜん、いん、こ、ころ、殺せば。終わるの?」

 

 グレイが弱いから、ハクアに最悪の選択を迫る結果となる。

 

「そう、でしょ。そし、たら、グレイ死なない? 戦争、終わる。わたしが、やれば、やればやれば――」

「駄目だ。大丈夫だ。安心しろ」

「でも!」

「駄目だ!」

 

 それをなしたら、もうハクアは二度と戻ってこられなくなる。

 しかしグレイのためならば、ハクアは最悪の選択だってできるだろう。そして、それをなし、今度こそ完全にぶっ壊れる。

 

 だから、それは駄目だ。

 

「……ハクア、一旦寝ようか。今は疲れてるんだ。だから、寝よう」

「グレイも、一緒?」

「ああ。当たり前だろ」

 

 これ以上ハクアに考えさせないように、グレイは天幕に設置された寝床にハクアを導く。

 そこで抱き合い、束の間の平和を堪能するようにハクアは眠りについた。

 

 だけどグレイは、眠れない。

 スヤスヤと眠りについて、甘えるようにすり寄ってくるハクアを見つめながら――渇望した。

 

 ――強くなりたい。

 ――何よりも強くなりたい。

 ――この子を守れるぐらい強くなりたい。

 

 乾いた喉が水を求めるほどに、ただただ強くなりたかった。

 姫騎士の替わりになれるぐらいの、最強を願った。

 

「なあ、師匠。あんたなら、できるのか」

 

 グレイは、もう暫く会っていない師の顔を思い浮かべる。

 誰よりもグレイに期待して、グレイに夢を見ていた師匠。彼の言葉を、グレイは信じたい。

 

 師は言った。グレイこそが、最強であると――

 

 

 ◇

 

 

 師匠とグレイ。その出会いは、本当にただの偶然だった。

 

 貧民街東地区。荒れに荒れた地獄と呼ばれたそこで、孤児達と協力して生きていたグレイ。

 グレイはこの時もやはり、強くなりたかった。

 

 強力なギャングが支配したこの世界で、みんなを守れるぐらいの強さが欲しかった。

 子供ながらギャング数人を倒せる力はあったが、それでは足りない。組織を壊滅させるぐらいの、圧倒的な力を求めた。

 

「――君、なに?」

 

 そんなグレイに声を掛けたのが師匠であり、それが二人の出会いだ。

 

「……誰だお前。何の用だよ」

「いや、なに? なんで、そんな強いの?」

「何言ってんだ。わけわかんねえ。さっさと消えろ」

「……いや、これはこれは。何たる強さだ。君、なに? ほんとに人間?」

 

 最初の印象は、とても気持ちの悪い大人だ。

 

 フードを深く被って顔を隠していて、どこか死人のような雰囲気を持つ男が急にそうやって話しかけてきたのだ。気持ち悪い以外の感想はないだろう。

 

 少し見える肌はボロボロで傷だらけ。体は恐ろしいほど痩せ細っており、指は老人のように枯れていた。

 全てにおいて気味が悪い。それが師匠の第一印象だ。

 

「つまり、そういうことか」

「あっ?」

 

 そして師匠はポンっと手を打った。

 

「……神の子が生まれた理由を見つけた! つまり、この子か。この子が特異点なのか。この子がハクアの生まれた目的なのか」

 

 ブツブツと、師匠はグレイを見て何かを呟く。

 

「ああ。では贖罪を果たすためには、君を――」

 

 そして一転して、グレイに向けて殺気を飛ばした。

 それを感じ取ったグレイは、一気に距離を取って剣を構える。

 

「っ!?」

「……ふむ」

「な、なんなんだよお前」

「早まるのは良くないか。……ごめんね、何もしないから安心してくれ」

 

 自問自答した師匠は、そう言って殺気を収めてにこやかに微笑む。

 しかしそう言われて、グレイが安心できるはずがない。

 

 敵であるならここで始末するが、勝てるビジョンは見えなかった。

 故に逃亡を選択し、警戒しながら少しずつ距離を取る。

 

「今日のところは帰るよ。目的ができた。また会おう」

「会いたくねえよ。なんなんだよお前は」

「……神に許しを請いたい、ただの死に損ないだよ」

 

 師匠は最初から、意味がわからない人だった。

 急に殺気を向けたと思ったら、一転して笑顔を浮かべる。ただわかるのは、何かがぶっ壊れたやばい人間であるということ。

 

 こういう奴とは関わってはいけない。

 グレイは幼くも、それをよく知っていた。

 

 

 

「そう。それが、闘術だ」

 

 一週間後、グレイは関わってはいけないと断定した男に師事していた。

 少し複雑な心境であるが、その言葉に従い闘術を発動する。

 

「……何か、凄い力だ」

「だろ。マヌル人の術は、時に最強にすらなれるのさ。特に、君はやばいな。やっぱり凄いよ。最強だ」

「……んだよそれ」

 

 褒め称えてくれる師匠にジト目になりながら、グレイはさらに闘術を磨いた。

 

「僕が君を最強へ導こう。任せてくれ!」

「……まあ、強くなれるなら良いけどさ」

 

 最初から最後まで、不思議な男だった。

 何度も師匠はグレイの下を訪れて、そのたびにお土産を持ってくるものだから、いつのまにか師弟関係。

 

 あっという間に懐柔されたのは、グレイがチョロいからか、師匠に不思議な魅力があるからか。

 

「……俺はみんなを、守れるぐらい強くなる!」

「なるほど。素晴らしい意気込みだ。しかし、足りないな」

「何がだよ」

「渇望さ。深く深く、心の奥底から沸き上がるほどの渇望がない!」

 

 師匠はぐっと顔を近づけて、グレイの目を覗き込むように叫ぶ。

 

「……そうかよ」

「ああ。だから、その時が来るまで待つとしよう。その時が、最強へ至れる時だ」

 

 師匠の言葉は、とても遠回しで詩的なものが多い。

 だから幼いグレイは、ほとんど意味がわからなかった。

 

 でも、今ならわかる。

 大人になったというのもそうだし、その時が来たというのもそうだ。

 

 グレイは、渇望した。

 

 

 

「師匠――強くなりてえよ」

 

 ふと浅い眠りから目覚めたグレイは、そう呟いて天井を見つめた。

 腕の中で眠るハクアに視線をやって、そして己の内側へ意識を向ける。

 弱い自分がよく見えた。

 

 好きな女一人守れない、弱い人間がいる。

 そんな弱さから脱却したくて、懐かしい夢を見たのだろう。

 

 グレイは――

 

 ――ガタっ。

 

「っ!?」

 

 天幕の外から音がした。

 そして感じる人の気配。

 

 人払いしてある故、誰もいるはずがない。疑問に思いながらも、ゆっくりとグレイは起き上がった。

 何も問題はないと思うが、一応確かめねばならないだろう。

 

 スヤスヤと眠るハクアを起こさぬように立ち上がり、天幕の外を確認する。

 そこには――

 

「えっ?」

「やあグレイ。久しぶりだね」

 

 求めていた、師匠がそこに佇んでいた。

 

 フード付きのローブを羽織って全身を隠した、怪しい大人。グレイの記憶にある師匠である。

 

「なんで? ここに?」

「そりゃ、弟子を導きにだろう。それが師匠の役目なんだから」

 

 師匠は最初から最後まで不思議な人だ。

 なぜこのタイミングでやってきたのか。なぜ、グレイの渇望がわかったのか。一体どうやって、導くと言うのか。

 

「さあ、行こうかグレイ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。急にやってきてそう言われても」

「グレイに時間はあるのか? ないだろう。最強への道はそう簡単なものじゃないよ」

 

 師匠はグレイの腕を掴み、言い聞かせよるようにそう言った。

 確かに師匠の導きを求めてはいたが、あまりに急すぎだ。

 

「やるんだよ。たどり着くんだよ。僕が夢見た場所に、君は行くんだ」

「師匠……?」

 

 師匠からは、深い渇望が伝わってきた。

 グレイはそれに言葉を返そうとして――

 

「さあ、行こう」

 

 急激に意識が消えていき、闇の世界へ誘われる。

 抵抗することは許されなかった──

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