姫騎士殺し   作:天野雪人

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第六話 姫騎士の仮面

 王都貧民街は騒がしい。

 どこもかしこも喧騒があり、人々が忙しそうに歩き回っている。

 それもしかたのないことで、大きな事件が続けて起これば当たり前の話である。

 そしてグレイ達も、それは同じだった。

 

「兄貴。取りあえず山場は越えたっす」

「りょーかい。ありがとな。ヤバかったな」

「ヤバかったっすね」

 

 グレイとゴーズ。貧民街の東地区を管理する二人は、ここ最近の騒動に疲れから溜め息をついていた。

 イスに深く腰かけたグレイは、足を棚の上に置いて行儀悪く伸ばし、ボーッと空を見る。

 

「平和は、一先ず戻ったか」

 

 グレイはそう現状を総括する。

 王国の騎士襲来という大騒動を乗り切った後に、薬を王都にばら撒いたギャングとの抗争だ。

 そこからギャングを騎士団に突き出し、敵対した騎士ガイデルとの決闘。

 帰還しても事後処理は山積みで、ようやく息をつけたのは騒動から一週間が経過してからだった。

 

「取りあえずは戻ったっすけど……騎士が燃やした建物と、ギャングとの抗争で出た怪我人っすよ」

「……それな。燃えた建物については俺達で金は出して建て直そう。怪我人は絶対安静だ」

 

 そう言ってグレイは伸びをして立ち上がる。

 ようやく息をつけたとはいえ、貧民街の東地区の主としてやらねばならぬことは沢山あった。

 

「残党退治に西地区の平定。……ウェンデル達の墓も、良い場所に建ててやりたいな。まあ、一個ずつ片しておこう」

「了解っす」

「……そして」

 

 何かを言いかけたグレイは、窓の外から都を取り囲む巨大な壁を見た。

 クリスタ人が住む城壁の中。あそこに騎士達がいる。

 

「あいつは……約束を守るかな」

「兄貴……」

 

 その脳裏に浮かぶのは、姫騎士ハクアの姿だった。

 グレイ達を見下していた騎士しかいないなかで、唯一マヌル人を人としてみていたハクア。

 

「……姫騎士と言えば品行方正と名高いっす。約束を破る人じゃない、と思いたいっすね」

「ああ。……姫騎士のことは信用している。あいつは本物だ」

 

 間違いなく悪い人間ではないというのは、グレイが確信していること。

 接した回数はわずかであれ、人間性は信用していいだろう。

 

「ただな……」

 

 グレイの脳裏には、また別のハクアの姿が映っている。

 

「あいつは上に逆らえるのかね」

 

 グレイがした説得を、騎士により覆されたあの日。

 姫騎士ハクアは、王命であるということに恐怖のようなものすら抱いていた。

 あの姿を見ているから、どこかで不安がわいてくる。

 

 グレイは強く、巨大な壁を睨んでいた。

 

 

 ◇

 

 

 王城で会議が行われる――

 

 それは定期的に行われる重要なものであり、無論のこと姫騎士ハクア・G・クリスタも出席していた。

 

「…………」

 

 白熱する会議を耳にいれながら、ハクアの脳裏を過るのは先日の件だ。

 

 貧民街東地区の主、グレイによって捕縛された大量のギャング達。

 王都を混乱させた犯罪者はその多くが檻の中に入り、違法薬物もグレイの協力があって大凡押収することができた。

 これで一件落着。そうなるだろうし、そうするのが筋だ。

 

 ハクアは一つ息を吐き、そろそろかと覚悟を決めていた。

 

「――ということで憎きアザール帝国に現在動きは見られず、国境の警備は変わらず厚くしますが、過度な心配はいらないかと存じます」

「うむ」

 

 国境付近の警備を担当する第三騎士団の団長が、会議で報告を終える。

 ここにいるのは各騎士団の団長クラスに、大臣、そして国王。要人達しか参加できぬ会議である。

 

 その中でずっと黙っていたハクアは、雰囲気が変わったのを察知し、国王へ視線を向けた。

 

「時に、ハクアよ。貧民街の件だが――」

 

 会議が終わりにさしかかった頃、ハクアに向かって静かに問いかけたのは国王だ。

 その眼光はどこまでも鋭く、どこか闇のようなものを纏っている。

 

 最高級品で全身を固め、鋭い目をした初老の王は、その目に僅かな怒気を宿していた。

 そして長い髭を触りながら、問い詰めるよう口を開く。

 

「全て消せと命じたはずだが……変わらず貧民街はあるではないか」

「……陛下。その件について。進言したい、ことが、ございます」

「ほお……まさか、貴様に対処できぬ問題でも起こったとでも?」

「…………」

 

 下手な言葉は王の逆鱗に触れるだろう。

 一瞬躊躇したハクアであるが、脳裏を過った先日の約束に突き動かされるよう言葉を紡いだ。

 筋は通さねばならない。

 

「あそこに住むのは、大半、罪なき人です。私の任務は、違法薬物の撲滅。貧民街の掃討は、やり過ぎ、かと」

「…………」

「大本の犯罪者は、全員捕らえました。これからも、違法薬物の根絶に勤めます。……貧民街の全てを消すのは、考え直して、いただきたいです」

 

 ハクアの言葉をじっくりと味わうように聞き、国王は目を細める。

 周囲の者達も両者を視界に入れながら、事態を静観していた。

 

「なるほど。それが貴様の進言か」

「はい。あそこで出会った者は……決して……悪い人ではなかったです」

 

 貧民街を守るために立ち塞がった青年は、殺すべき悪には見えなかった。

 その背の向こうには人々の生活があり、焼き尽くして良いものではない。

 

 悪を滅する騎士として、貧民街の全てを消すなどあってはならないことだろう。

 

「……あそこに住むのは、大半が劣等種たるマヌル人だ」

「陛下……?」

 

 王の言葉はどこまでも平坦だった。

 

「汚い黒の瞳を貴様も見ただろう。魔術も使えぬ劣等種が、死んだとして何の問題があるというのだ」

「っ……」

 

 どれだけ言葉を尽くそうと、それが王の耳に届くことはない。

 王は貧民街の住人など、民として見ていないのだ。

 

「時代の流れで解放したとはいえ、マヌル人は元々奴隷だ。ゴミと変わらぬ」

「陛下! それは、言い過ぎかと……!」

「否。控えろハクア!」

「……!」

 

 怒気をはらんだ王の言葉に、ハクアはそれ以上何も言えなくなる。

 場は王が完全に支配していた。

 

「貴様が思考をする必要はない。我の命令に粛々と従っていれば良い」

「……っ、は、はい」

「うむ、良い子だ。そうして王の剣としてあり続けろ」

 

 目を伏せて、その言葉にハクアは従う。

 体を硬直させ、恐怖を抱くように思考を停止させていた。

 

 グレイによって呼び起こされたものが、静かに消えていくように、ハクアは無になっていく。

 

「ではマヌル人を消せ。国家を乱した劣等種を殺すことは罪にならぬ。あちらが先に罪を犯した以上、正義はこちらにある。更地にしろ。貴様ならできるはずだ」

「…………」

 

 王は貧民街を住人もろとも消し去れと宣言し、最後に残った良心でハクアは沈黙する。

 

 ハクアは己の手を見つめた。

 内に秘める歴代最強と謳われた魔術があれば、一夜にして貧民街を焼き払えるだろう。

 誰一人として逃さず、皆殺しにすることも可能だ。

 

 しかし、それをすればハクアは完全なる化け物になってしまう。そこに正義など欠片もない。

 ハクアは巨大なものの板挟みにあうように、硬直してガタガタと震え出す。

 

 口をぱくぱくさせ、言葉がでない。でも何か言わないといけない。

 その瞬間約束が過り――無理矢理、吐き出した。

 

「い、いや……です」

「なんだとっ!!!」

 

 そして零れ落ちるように震える声で発したハクアに、激昂したのは王だった。

 それは王命に逆らうということであり、騎士として失格である。故に烈火の如く怒りをみせ、剣を取ってハクアを斬り殺さんばかりの怒気を見せた。

 

「貴様は我が剣! その剣が逆らうなどありえてはならぬ! 罰を受けたいか!」

「っ……」

 

 立ち上がる国王。その手には鋭い銀剣が握られている。

 ハクアの美しい顔を傷つけるぐらいは平気でやる。それほどイカれた目をしていた。

 逆らうものは許さない。全てが思い通りでなければならない。

 

 それは会議の場にいる誰もが恐怖するほどの狂気を持っていて、真正面からぶつけられたハクアは年相応の少女のように震えている。

 だが――それに待ったをかけるものがいた。

 

「お待ち下さい陛下! 此度の件、もう少し熟考すべきかと存じます」

 

 突如立ち上がり、そう言って場の空気を一変させたのは一人の男だった。

 

 恐らく三十歳ほどであり、その立ち振る舞いには隙がない。年齢を感じさせない端正な美貌に、一目で実力者とわかる男は、この場で唯一ハクアに味方するよう進言していた。

 

「貴様……レインクルトよ。我に意見するのか」

「ええ。陛下の言葉は疑いようなき真実でございますが、皆殺しするとなれば国民や他国からも厳しい視線が飛んでくるかと」

「ふむ……」

「ここは決断を急ぐべきではないかと存じます」

 

 レインクルトと呼ばれた男は、国王を諭すように言葉を尽くす。会議の場にいる重鎮達は全員揃って小さくなっているのに、彼だけが堂々たる態度だ。

 そしてハクアの言葉は一蹴した王も、レインクルトの言葉には耳を傾けた。

 

「……まだ足りぬか(・・・・・・)

 

 そして意味深に呟いた国王は席に座り直した。

 

「ではハクアよ、此度の任務は一時的に取り下げよう。今後は違法薬物の撲滅に力を入れよ」

「仰せの、ままに」

 

 礼をする中でほっと息をつき、ハクアは最悪の事態は回避できたと胸をなで下ろしていた。

 

 

 ◇

 

 

 会議が終わり、会議室からは続々と人が退出していく。

 その中で最後まで残ったハクアは、全員いなくなってから立ち上がった。

 

「やあハクア。大丈夫だったかい?」

「……!」

 

 会議室から出たハクアに声をかけるのは、先ほど味方してくれた男レインクルトだ。

 甘いマスクでハクアに微笑みながら、その目には優しさしか宿っていない。

 

「殿下……」

「その呼び方は寂しいな、ハクア」

「……兄様」

 

 ハクアがそう呼べば、レインクルトは満足そうに頷いた。

 この端正な美貌を持つ彼こそが、クリスタ王国第一王子にして、ハクアの兄。故に先ほど味方をしてくれたのだろう。

 

「父上も困ったものだな。マヌルの民をどうにも毛嫌いしている節がある」

「そうですね」

「元々はマヌル人も()()()()()()だったはずなんだが……まあ父上が暴走しそうになれば僕が止めよう」

「お願いします」

 

 尽力を約束してくれたレインクルトに対し、ハクアは頭を下げて礼をする。

 貧民街の全てを消すという最悪な展開は、彼がいれば回避できるだろう。

 

「それで、大丈夫かなハクア?」

 

 そしてレインクルトは話を変え、ハクアを心配そうに見つめていた。

 

「は、はい。何の問題も、ありません」

「そうかい? 何だか苦しそうだったから」

「っ……」

 

 レインクルトの言葉に対し、ハクアは息を呑んだ。

 そして己の頬を触り、返答する。

 

「大丈夫です。少し、疲れているの、かもしれません」

「なら休みなさい。君が倒れたら多くの人が困ってしまう」

「……そうですね」

「しっかり休んで、姫騎士として頑張ってくれ。僕も協力しよう」

「はい……ありがとうございます」

 

 ちゃんと取り繕えているだろうか。

 姫騎士ハクアであれているだろうか。

 無表情の裏側で、ハクアはそんなことを考える。

 

「今日は、休ませて、いただきます」

「ああ。何か困ったことがあれば、言ってくれ」

 

 レインクルトの気遣いに再度頭を下げ、ハクアはその場を後にする。

 そしてすぐさま自室へと向かい、鍵をかけた。

 

 カチャリ、という金属音が響いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。ハクアは扉に背を預けたまま、ずるずるとその場に座り込む。

 膝が震えていた。指先が冷たい。

 兄の前では完璧に取り繕えていただろうか。無様な姿を見せなかっただろうか。

 

「…………」

 

 しばらくして、ハクアは重い体を引きずり、大きなドレッサーの前に座った。

 そこに映る少女は、人形のように美しく、人形のように美しく空っぽだ。

 息を止めて黙っていれば、人であるとわからないかもしれない。

 まさに姫騎士――

 

「ちゃんと、姫騎士であれ」

 

 鏡の中の己を見つめ、ハクアは呟く。

 

「国を守護する、最強。それが私。正義の、騎士。王国の、剣。であり盾」

 

 それは言い聞かせるような、たどたどしい言葉だった。

 まさに呪文だ。幼い頃から己に問いかけ続けた呪文である。

 己の中の何かを殺して、ちゃんと姫騎士であろうと望むような言葉。

 

 そうしなければ、恐怖で足が竦んでしまう。

 

「ちゃんと、やれ」

 

 最後にハクアはそう暗示をかけて、目を閉じた。

 

 姫騎士ハクアは完璧で、戦い続け、勝ち続ける英傑だ。

 しかし今のハクアは、果たしてそう言えるだろうか。

 顔を引きつらせて、鏡を見つめる少女が完璧な姫騎士とは到底思えない。

 

 つまり偶像としてできあがった姫騎士と、ハクアという少女には乖離(かいり)があるのではないだろうか。

 

「はぁ……頑張らないと。やらないと。やりとげないと」

 

 消え入りそうな声で決意するハクアは、やはり苦しそうだった。

 

 ハクアは確かに姫騎士にふさわしい力を持っている。

 しかし持っているのは多分力だけだ。

 

 その証明に、鏡に映るハクアの顔は死人のように感情が抜け落ちていた。

 

「ああ――あの人は、グレイは……なんで立ち向かえるんだろう」

 

 そしてハクアは脳裏を駆けた、一人の青年の姿を幻視する。

 どんな者にも立ち向かい、全てを背負って戦う男。

 

 本当に凄くて、羨ましい姿だ。

 あの精神がとても欲しい。誰よりも強いあの心が欲しい。

 そうすればハクアは完璧な姫騎士になれるだろう。

 

 そう願うが、そんなものはない。

 ハクアが持っているのは力だけで、それ以外の全てが英雄姫騎士足り得ないのだ。

 

 ハクア・G・クリスタは人々が想像するような完璧な騎士ではない。

 間違っているとわかっていながら、国王に立ち向かうこともできない弱い女だ。

 

 今この時見せている、どこまでも儚いハクアが、本当の姿なのだろう。

 

「……しんど」

 

 だからハクアはそう呟いて、目を瞑った。

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