姫騎士殺し   作:天野雪人

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第三十一話 修行の果てに

 一年前、師は言った。

 

「〝姫騎士殺し〟だ。君にしかできない――」

 

 グレンザーが目指した最後の目的。それが姫騎士ハクアについてである。

 

「……どういうことだ?」

「どういうこと? グレイと同じ目的じゃないか」

「……?」

 

 グレンザーの言葉の意味は今一理解しきれない。

 別にグレイは、ハクアを殺したいと思っていない。救いたいと思っているのだ。

 

「そうだね……まず、ハクアは神の子だ。それは、間違いない」

 

 困惑するグレイに対し、グレンザーはそう断言する。

 確かにハクアが唯一持つ白や、規格外の力。それらを考えれば、人以外の存在が関係すると考える方が自然だろう。

 

「故に人々はその力に縋るのさ。その神のごとき力を崇め、民は救いを求める」

「……それは、そうだろうな」

 

 バルカンも、王国民も、全員がハクアの力に縋る姿を見ればそれも理解できる。

 今もまた、ハクアに頼って帝国軍を引かせたのだから。

 

 その圧倒的力により、姫騎士は戦いから逃げられない。

 

「しかし――もしその運命を変えられるとしたら、グレイしかいない」

「俺が?」

 

 グレンザーは確信するようにグレイを指さした。

 

「人々が作り上げた姫騎士という偶像を、君が破壊するんだ」

「……俺が、破壊。つまりそれが――」

「――姫騎士殺しさ」

 

 姫騎士という偶像を殺し、ハクアを運命から救い出す。

 それがグレンザーの言う目的だ。

 

 確かにそうすれば、ハクアを救えるかもしれない。

 絶対的象徴が崩れれば、みなが姫騎士に縋ることはなくなるだろう。

 無敗で全てを守り続け、神格化された姫騎士という像にハクアは苦しんでいる。それをグレイは破壊する。

 

「確かにそれは、俺の目的と同じだ。でも、なんで師匠はハクアを救おうとするんだ?」

「言っただろ。仲間達の無念を晴らしたあとは、願いを叶えるんだ。僕らが目指した自由と平和さ」

 

 グレンザーは過去を思い返すようにそう告げる。

 

「平和のためには、この戦争をどうにかしないといけない。それをなせるのはグレイだけだ。そしてその後の差別なき世界のためには、グレイだけじゃだめ」

「なるほど」

「グレイとハクア。違う人種二人の恋が、僕らの目指した世界を作ってくれると信じている」

 

 グレンザーの目は、ハクアという個と、世界という大局を見つめて全てを救う一手を打っていた。

 それはまさしく、英雄と言うに相応しい視点なのかもしれない。

 

「僕はずっと全員が平和で生きられる世を願っている。もう、仲間が死ぬのは見たくないんだ」

 

 その言葉がグレンザーの真意だろう。

 疑う余地もない。彼はマヌルの英雄だ。

 ならばハクアを救うため、グレイはその手を取るしかない。

 

「師匠。姫騎士という偶像を俺が殺すと言ったな。そして、戦争を止めるとも。俺は本当に、最強になれるのか? ……とても、そうは思えない」

「なれるさ。君は僕が見出した最強だ。たどり着けば良い。闘術の奥義にね――」

「!」

 

 グレンザーはグレイが最強へたどり着く道を示してくれた。

 つまり、ついに来たのだ。ずっと目標としてきた闘術の奥義に至る日が。

 

 実のところ、闘術の奥義を見たことは一度もない。

 しかし師匠が口酸っぱく最強の力だと言ったから、それを信じて憧れていた。

 確かに奥義は、現状ハクアの横に立てる唯一の手段だろう。

 

「マヌル人の血を覚醒させ、膨大な力を得る奥義『暴獣変化』。詳しい解説をすれば退屈な神話になるから省くけど、姫騎士を倒す唯一の力と言っていい」

「っ……」

「グレイは、そこにたどり着く覚悟があるかい?」

「もちろんだ」

 

 グレイは師の言葉に、力強く頷いた。

 その覚悟を、グレンザーも確かに受け取る。

 

「じゃあ始めようか。まあグレイなら……一年ぐらいでものになるかな」

「……へっ?」

「じゃあ厳しい修行になるけど行こう。これから向かう修行場は、途方もない地獄だよ」

「っ……!」

 

 グレンザーは立ち上がり、グレイは慌ててそれを遮る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。一年? 一年って言ったか?」

「ああ。本来は五年十年かかってもおかしくない。けどグレイなら一年で会得できるはずだ」

 

 その言葉に、グレイは絶句した。

 一年。一年は無理だ。

 

 ハクアを一年も放置するなんて、できるはずがない。

 ただでさえ何も告げずにここまで来たのに、一年も修行するなんて考えられなかった。

 

「俺はすぐ帰らないといけないんだ。ハクアが待ってる。ハクアは今すごい辛い思いをしてるんだ。だから、俺が側にいないと」

「――駄目だよ」

 

 グレイの必死の懇願すら、グレンザーはあまりに冷淡に却下した。

 ハクアの現状を、グレンザーはちゃんとわかっているはずだ。しかしそれでもなお、グレンザーは帰ることを許さない。

 

「言っただろ。渇望だよ。最強へ至る最後の鍵は」

「っ……!」

「好きな子の隣で緩い修行なんて許さない! 心の底から力を欲しろ! 愛した女を守るため! 命を燃やすと心に誓え! 会いたくて会いたくてたまらなくて、だから会うために全力になって、ようやくたどり着くんだよ!! 奥義ってのは、そう言うものだ!」

 

 グレンザーは、絶叫するかの如くグレイに向かって叫んでいた。

 かつてより師が求め続けた渇望。それは、グレイの想像よりも何倍も深いものだ。

 

「グレイには、渇望がなかった。しかし、今ならある。今を逃すな。心を燃やせ。だから問うただろう。覚悟はできてるかってね」

 

 甘い考えをグレンザーは許してくれない。

 最強へ至るため、多くを犠牲にしてたどり着けと言っている。

 

 ぬるま湯のような今を許さず、烈火のような修行を課すのだ。

 そうでなければたどり着けない。

 

 ここで逃げたら、またハクアを戦わせることとなり、無力な己に嫌悪する日々がやってくるだろう。

 そんなの――絶対に嫌だった。

 

「わかった。やる。最短で習得する。必ずハクアの下へ帰るんだ」

「いいね。そうだ。それほどの渇望を持ち、修行し、果てに奥義が花開く。行こうかグレイ。地獄の修行を重ねにね」

 

 かつてグレンザーは、命のかかった戦いを毎日のようにすることで奥義へと辿り着いた。

 グレイに課すのは、それと同じ命懸けの修行である。

 

 しかしグレイならば、必ず奥義にたどり着く。

 グレンザーはそう、確信していた。

 

 

 ◇

 

 

「ハクア……遅く、なっちまったな」

 

 修行の果てに奥義にたどり着き、ようやくハクアの元へ帰ってきた。

 でも、グレンザーの言う通り一年だ。一年も、かかってしまった。

 

「ううん。グレイが、無事でよかった」

 

 奥義は解除され、グレイとハクアは等身大で抱き合った。

 互いの無事と、再会を喜ぶように涙を流して愛を伝え合う。

 

「これからは、もう大丈夫だ」

「うん。絶対、離さないから」

 

 ぎゅっとハクアはグレイを腕を掴み、もう離してくれそうにない。

 

「私のために、いっぱい、修行したの?」

「ああ。本当に、ごめんな。だけど、もうこれ以上ハクアを苦しませない」

「っ。そっか……ありがとね、グレイ」

 

 一年も放置してしまった悲痛と罪悪感を、グレイからは痛いほど感じた。

 決してハクアが嫌になって消えたのではないのだ。だからそれ以上なにも言わず、絶対に離さないと態度で愛を伝え続ける。

 

 それをグレイも感じ、もうこれ以上ハクアを悲しませないことを固く誓った。

 

「ああ。じゃあ、行こうか」

「ん?」

 

 だからそんなハクアと一緒に、グレイは立ち上がる。

 

「戦争を終わらせに行こう」

「へっ? できるの?」

 

 そしてグレイは、世界に平和をもたらすために、そう言ってハクアに笑いかけた。

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