一年前、師は言った。
「〝姫騎士殺し〟だ。君にしかできない――」
グレンザーが目指した最後の目的。それが姫騎士ハクアについてである。
「……どういうことだ?」
「どういうこと? グレイと同じ目的じゃないか」
「……?」
グレンザーの言葉の意味は今一理解しきれない。
別にグレイは、ハクアを殺したいと思っていない。救いたいと思っているのだ。
「そうだね……まず、ハクアは神の子だ。それは、間違いない」
困惑するグレイに対し、グレンザーはそう断言する。
確かにハクアが唯一持つ白や、規格外の力。それらを考えれば、人以外の存在が関係すると考える方が自然だろう。
「故に人々はその力に縋るのさ。その神のごとき力を崇め、民は救いを求める」
「……それは、そうだろうな」
バルカンも、王国民も、全員がハクアの力に縋る姿を見ればそれも理解できる。
今もまた、ハクアに頼って帝国軍を引かせたのだから。
その圧倒的力により、姫騎士は戦いから逃げられない。
「しかし――もしその運命を変えられるとしたら、グレイしかいない」
「俺が?」
グレンザーは確信するようにグレイを指さした。
「人々が作り上げた姫騎士という偶像を、君が破壊するんだ」
「……俺が、破壊。つまりそれが――」
「――姫騎士殺しさ」
姫騎士という偶像を殺し、ハクアを運命から救い出す。
それがグレンザーの言う目的だ。
確かにそうすれば、ハクアを救えるかもしれない。
絶対的象徴が崩れれば、みなが姫騎士に縋ることはなくなるだろう。
無敗で全てを守り続け、神格化された姫騎士という像にハクアは苦しんでいる。それをグレイは破壊する。
「確かにそれは、俺の目的と同じだ。でも、なんで師匠はハクアを救おうとするんだ?」
「言っただろ。仲間達の無念を晴らしたあとは、願いを叶えるんだ。僕らが目指した自由と平和さ」
グレンザーは過去を思い返すようにそう告げる。
「平和のためには、この戦争をどうにかしないといけない。それをなせるのはグレイだけだ。そしてその後の差別なき世界のためには、グレイだけじゃだめ」
「なるほど」
「グレイとハクア。違う人種二人の恋が、僕らの目指した世界を作ってくれると信じている」
グレンザーの目は、ハクアという個と、世界という大局を見つめて全てを救う一手を打っていた。
それはまさしく、英雄と言うに相応しい視点なのかもしれない。
「僕はずっと全員が平和で生きられる世を願っている。もう、仲間が死ぬのは見たくないんだ」
その言葉がグレンザーの真意だろう。
疑う余地もない。彼はマヌルの英雄だ。
ならばハクアを救うため、グレイはその手を取るしかない。
「師匠。姫騎士という偶像を俺が殺すと言ったな。そして、戦争を止めるとも。俺は本当に、最強になれるのか? ……とても、そうは思えない」
「なれるさ。君は僕が見出した最強だ。たどり着けば良い。闘術の奥義にね――」
「!」
グレンザーはグレイが最強へたどり着く道を示してくれた。
つまり、ついに来たのだ。ずっと目標としてきた闘術の奥義に至る日が。
実のところ、闘術の奥義を見たことは一度もない。
しかし師匠が口酸っぱく最強の力だと言ったから、それを信じて憧れていた。
確かに奥義は、現状ハクアの横に立てる唯一の手段だろう。
「マヌル人の血を覚醒させ、膨大な力を得る奥義『暴獣変化』。詳しい解説をすれば退屈な神話になるから省くけど、姫騎士を倒す唯一の力と言っていい」
「っ……」
「グレイは、そこにたどり着く覚悟があるかい?」
「もちろんだ」
グレイは師の言葉に、力強く頷いた。
その覚悟を、グレンザーも確かに受け取る。
「じゃあ始めようか。まあグレイなら……一年ぐらいでものになるかな」
「……へっ?」
「じゃあ厳しい修行になるけど行こう。これから向かう修行場は、途方もない地獄だよ」
「っ……!」
グレンザーは立ち上がり、グレイは慌ててそれを遮る。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一年? 一年って言ったか?」
「ああ。本来は五年十年かかってもおかしくない。けどグレイなら一年で会得できるはずだ」
その言葉に、グレイは絶句した。
一年。一年は無理だ。
ハクアを一年も放置するなんて、できるはずがない。
ただでさえ何も告げずにここまで来たのに、一年も修行するなんて考えられなかった。
「俺はすぐ帰らないといけないんだ。ハクアが待ってる。ハクアは今すごい辛い思いをしてるんだ。だから、俺が側にいないと」
「――駄目だよ」
グレイの必死の懇願すら、グレンザーはあまりに冷淡に却下した。
ハクアの現状を、グレンザーはちゃんとわかっているはずだ。しかしそれでもなお、グレンザーは帰ることを許さない。
「言っただろ。渇望だよ。最強へ至る最後の鍵は」
「っ……!」
「好きな子の隣で緩い修行なんて許さない! 心の底から力を欲しろ! 愛した女を守るため! 命を燃やすと心に誓え! 会いたくて会いたくてたまらなくて、だから会うために全力になって、ようやくたどり着くんだよ!! 奥義ってのは、そう言うものだ!」
グレンザーは、絶叫するかの如くグレイに向かって叫んでいた。
かつてより師が求め続けた渇望。それは、グレイの想像よりも何倍も深いものだ。
「グレイには、渇望がなかった。しかし、今ならある。今を逃すな。心を燃やせ。だから問うただろう。覚悟はできてるかってね」
甘い考えをグレンザーは許してくれない。
最強へ至るため、多くを犠牲にしてたどり着けと言っている。
ぬるま湯のような今を許さず、烈火のような修行を課すのだ。
そうでなければたどり着けない。
ここで逃げたら、またハクアを戦わせることとなり、無力な己に嫌悪する日々がやってくるだろう。
そんなの――絶対に嫌だった。
「わかった。やる。最短で習得する。必ずハクアの下へ帰るんだ」
「いいね。そうだ。それほどの渇望を持ち、修行し、果てに奥義が花開く。行こうかグレイ。地獄の修行を重ねにね」
かつてグレンザーは、命のかかった戦いを毎日のようにすることで奥義へと辿り着いた。
グレイに課すのは、それと同じ命懸けの修行である。
しかしグレイならば、必ず奥義にたどり着く。
グレンザーはそう、確信していた。
◇
「ハクア……遅く、なっちまったな」
修行の果てに奥義にたどり着き、ようやくハクアの元へ帰ってきた。
でも、グレンザーの言う通り一年だ。一年も、かかってしまった。
「ううん。グレイが、無事でよかった」
奥義は解除され、グレイとハクアは等身大で抱き合った。
互いの無事と、再会を喜ぶように涙を流して愛を伝え合う。
「これからは、もう大丈夫だ」
「うん。絶対、離さないから」
ぎゅっとハクアはグレイを腕を掴み、もう離してくれそうにない。
「私のために、いっぱい、修行したの?」
「ああ。本当に、ごめんな。だけど、もうこれ以上ハクアを苦しませない」
「っ。そっか……ありがとね、グレイ」
一年も放置してしまった悲痛と罪悪感を、グレイからは痛いほど感じた。
決してハクアが嫌になって消えたのではないのだ。だからそれ以上なにも言わず、絶対に離さないと態度で愛を伝え続ける。
それをグレイも感じ、もうこれ以上ハクアを悲しませないことを固く誓った。
「ああ。じゃあ、行こうか」
「ん?」
だからそんなハクアと一緒に、グレイは立ち上がる。
「戦争を終わらせに行こう」
「へっ? できるの?」
そしてグレイは、世界に平和をもたらすために、そう言ってハクアに笑いかけた。